バーン・アフター・リーディング(アメリカ映画・2008年) |
<試写会・TOHOシネマズ梅田>
2009年1月29日鑑賞
2009年1月31日記
アカデミー賞4部門受賞の「ノーカントリー」(07)に続くコーエン兄弟のブラックコメディ「怪作」に注目!「あて書き」されたジョージ・クルーニーやブラッド・ピットをはじめとする5人の俳優のキャラはそれぞれ変な奴ばかり。テーマは疑心暗鬼。そしてストーリーの核はCIAの秘密情報。それに絡むのが離婚と不倫、そして出会い系サイトによる色模様・・・。こんなハチャメチャな映画ながら、コーエン兄弟最大のヒット作となったのは、やはり脚本のすばらしさ。この映画は評論を読むだけではダメ。あくまで、自分の目で観なければ・・・。
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監督・脚本・製作:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
ハリー・ファラー(財務省連邦保安官)/ジョージ・クルーニー
リンダ・リツキ(フィットネスセンターの従業員、チャドの同僚)/フランシス・マクドーマンド
チャド・フェルドハイマー(フィットネスセンターの従業員)/ブラッド・ピット
オズボーン・コックス(クビになったCIA調査員)/ジョン・マルコヴィッチ
ケイティ・コックス(オズボーンの妻、神経過敏な女医)/ティルダ・スウィントン
テッド・トレフォン(フィットネスセンターの上司)/リチャード・ジェンキンズ
サンディ・ファラー(ハリーの妻)/エリザベス・マーベル
CIA上官(オズボーンの上司)/J・K・シモンズ
2008年・アメリカ映画・96分
配給/ギャガ・コミュニケーションズ、日活
<すべては「あて書き」から>
あなたは「あて書き」という言葉を知ってる?これは、脚本家が特定の演者を想定して脚本を書くこと。『ノーカントリー』(07年)でアカデミー賞作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞(ハビエル・バルデム)の4部門を受賞したコーエン兄弟が次に挑戦し、完成させたのが本作のブラックコメディだが、プレスシートによると、そのプロジェクトは「あて書き」から始まったらしい。
コーエン兄弟が書く脚本で想定する俳優は、フランシス・マクドーマンド、ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、ジョン・マルコヴィッチ、リチャード・ジェンキンズの5人。ジョージ・クルーニーとブラッド・ピットはビッグネームだから誰でも知っているが、他の3人はどんな俳優?
またプレスシートによると、『フィクサー』(07年)で企業側の女性弁護士に扮して「もみ消し屋」のジョージ・クルーニーと対決し、見事アカデミー助演女優賞を受賞したティルダ・スウィントン(『シネマルーム19』238頁参照)だけは、「あて書き」ではなかったらしい。さて、そんな彼女もスンナリと脚本のイメージに入り込んでいけたのだろうか?
<テーマは疑心暗鬼>
私は2009年3月末で弁護士生活35年になるが、その間さまざまな依頼者から、さまざまな相談を聞き、さまざまな訴訟をやってきた。弁護士がやるべきことは法律上の問題処理だが、必然的にそれに付随してくるのが、各種の身の上相談、身の下相談を含む悩み相談。それは本来の業務の延長線と捉えてもいいのだが、困るのは各種の思い込みにもとづく相談。たとえば、「最近家の前を変な男がうろついている!これは離婚した夫が家の中に盗聴器をセットしたせいだから何とかしてほしい」などの相談。この手の相談に対しては頭ごなしに「それはムリ!」と回答するとかえってトラブルになるため丁重にお断りしているが、そんな風に相談者が思い込む原因は何よりも疑心暗鬼。そんな私の目から見れば、この映画のテーマは疑心暗鬼だ。
フィットネスクラブの更衣室で見つかった一枚のCD-ROMをきっかけに疑心暗鬼の輪が少しずつ広がっていくわけだが、ロシア大使館に飛び込んだり、離婚のための調査員が登場したり、挙げ句の果ては殺人事件まで発生すれば、登場人物たちの疑心暗鬼は一気に頂点に。コーエン兄弟がそんな演出効果を考え、かつそれに最適な俳優をイメージしながら脚本を書いたのだから、そんな映画が面白くないはずがない。
人間ってやっぱり置かれた環境によって、あるいは周りの人たちの対応によって、いくらでも疑心暗鬼の泥沼に落ちていく動物・・・。
<ストーリー展開の核はCIA!男性主人公はオズボーン!>
2008年末に始まった非正規社員の「派遣切り」は今なお拡大の一途をたどっているが、2009年に入ってからは正規社員の首切りと新規採用の取消しに広がり、わが国の労働市場は未曾有の事態となっている。しかし、この映画をみるとアメリカのCIA(中央情報局)でも同じようだ。
この映画は有能なCIA調査員だった(はずの)オズボーン・コックス(ジョン・マルコヴィッチ)がCIA上官(J・K・シモンズ)の部屋に呼ばれ、ヤンワリと今の職を解き閑職へ移れと命じられるところからスタートする。「その理由は?」と質問するオズボーンに対する答えは飲酒問題、つまりオズボーンがアル中だから、ということらしい。それに対してオズボーンが怒り狂ったのは当然だが、せっかく用意してくれた閑職のポストを蹴り、CIAを辞めてしまったのは少し軽率?
家に帰り妻のケイティ(ティルダ・スウィントン)にその旨を報告しようとしたが、神経過敏な女医で、対人関係の派手なケイティは今日も来客がたくさんあったため、話すキッカケすらつかめなかった。その結果、来客が帰った後ベッドルームで交わされる夫婦の会話は、ケイティが離婚を計画中ということもあり、かなりすれ違ったものに・・・。
この映画は日本人の映画ファンに対してはブラッド・ピットとジョージ・クルーニーのビッグネームで売り出しているが、実はストーリ展開の核はCIA。そしてホントの意味でのこの映画の男性主人公はオズボーン・コックス。
<女性主人公はリンダ・リツキ!>
他方、ホントの意味でのこの映画の女性主人公は、全身整形願望で頭がいっぱい、そして今や、出会い系サイトにハマり男漁り中のリンダ・リツキ(フランシス・マクドーマンド)。彼女の勤務先はハードボディーズ・フィットネス・センター。彼女の同僚が、スポーツドリンク好きでiPOD中毒、そして筋肉バカを地でいくチャド・フェルドハイマー(ブラッド・ピット)であり、上司がテッド・トレフォン(リチャード・ジェンキンズ)。ここで注目すべきはコーエン兄弟がチャドのようなチョー珍しいキャラに、ブラッド・ピットを想定してあて書きをしたこと。更衣室で発見した一枚のCD-ROMを読んだチャドが「これはCIAの秘密情報だ!」と早トチリしたことが、コーエン兄弟の脚本のポイントだ。実はこのCD-ROMはCIAをクビになった(辞表をたたきつけた?)オズボーンが書き始めた回想録(CIAの暴露本?)なのだから大笑いだが、疑心暗鬼をテーマとしたこの映画では、このCD-ROMが以降の大騒動の根源となることに。
しかして、なぜチャドの同僚のリンダが女主人公?それは、人はいいがチョー頭の悪いチャドに代わって、どうしても整形手術の費用を稼がなければならないリンダが、電話での交渉からロシア大使館への情報売りまで、すべての行動をリードし始めたから。ちなみにリンダを演じるフランシス・マクドーマンドはコーエン兄弟の兄ジョエル・コーエンの妻だが、『ファーゴ』(96年)でアカデミー賞主演女優賞を受賞している名優。私が彼女を見たのは、シャーリーズ・セロンが主演した名作『スタンドアップ』(05年)だが、そこでも鉱山組合(ユニオン)役員グローリー役を演じた彼女は、シャーリーズ・セロン演じるジョージーに対して大きな影響を与えていた。そんな1957年生まれの個性的な演技派女優が、この映画ではまさに八面六臂の大活躍!
<出会い系サイトって、こんなに便利なの?>
財務省連邦保安官。この役職がどの程度価値があるのか私にはわからないが、きっとそれなりの高い地位のはず。ところがジョージ・クルーニー扮するハリー・ファラーはそんな立場にありながら、妻のサンディ・ファラー(エリザベス・マーベル)と離婚寸前状態にあるのをいいことに、オズボーンの妻であるケイティと不倫関係の真っ只中。あるパーティーで顔を合わせたハリーとその妻サンディ、オズボーンとその妻ケイティの4人が、表面上のキレイな会話とは異なり、内心火花を散らす様子は是非スクリーンで味わってもらいたいが、男は常に一人の女では満足できないもの・・・?
ケイティとの不倫とかけもちしながら、目下ハリーがハマっているのが、出会い系サイトで互いに一目惚れしたリンダ。リンダは既に出会い系サイトで何人もの男とデートしてきたが、過去の男に比べればハリーは最高。弁護士としての私の目で見れば、そもそも出会い系サイトはヤバイという感覚が強いが、この映画におけるリンダの出会い系サイトの活用ぶりをみると、こんなに便利なものかと思わず錯覚してしまいそう・・・。
<テッドはちょっとかわいそう>
この映画は単なるコメディではなくブラックコメディ。なぜならそれは、第1に登場人物たちが疑心暗鬼になる原因がCIAの秘密情報にあるから。第2に当初はチャドのアイディアから、途中からはチャドをリードするリンダの行動力によって、情報売り合戦がエスカレートし、ロシア大使館まで巻き込む事態になるから。第3にCIAの秘密情報と同じくらいのウエイトで、離婚と不倫そして出会い系サイトによる男と女の色が絡むから。そして第4にチャドの殺害(?)、チャドとリンダの上司のテッド(リチャード・ジェンキンズ)の殺害(?)という血なまぐさい事件が絡んでくるから。
私が思うに、コーエン兄弟があて書きした5人の登場人物はそれぞれひとクセもふたクセもあるうえ、みんな自分の欲がはっきりしているヤツばかり。すなわち①チャドは入手したCD-ROMを売って小遣い稼ぎをしようと意欲満々。②リンダは頼りないチャドに代わって、整形手術代を稼ぐことに意欲満々。③オズボーンはCIAをクビになった腹いせに暴露本を書いて稼ぐことに意欲満々。④ハリーはケイティとの不倫に飽き足らず、ダブル不倫に意欲満々。⑤ケイティは自分の不倫は棚にあげて、オズボーンとの離婚を有利に進めるネタさがしに意欲満々、というわけだ。
そう考えると、密かにリンダに思いを寄せているテッドだけがまともな人間?ストーリー展開においてもCD-ROMの発見と出会い系サイトに目覚めた後、何かと無茶な行動をとり始めたリンダに対してテッドは再三注意しているのだが、リンダは一向にそれを聞き入れる気配がないのは悲しい限り。そのうえ何とテッドは、リンダからコンピューターの情報に関してある無茶なお願いをされることに。もともとコンピューター情報には疎いうえ、そんな犯罪行為に手を出すことはできないと一旦は断ったのだが、そこには惚れた男の弱みが。テッドがリンダのためにある行為を引き受けたため、テッドには何とも悲しい運命が訪れる羽目に。これではテッドが少しかわいそう・・・。
<タイトルの意味をしっかりと>
この映画についてあの論点、この論点を拾って評論を書いていくと、書くことがたくさんあるからエンドレスになってしまいそう。そこで、一応の人物紹介と基本的な論点を書き終えたこの程度でジ・エンドとしたいが、最後にタイトルの意味をしっかり考えておきたい。
原題も邦題と同じ「BURN・AFTER・READING」だが、これを直訳すると「読んだ後 燃え上がれ!」。しかし、これって一体どういう意味?
『ノーカントリー』を超えて全米オープニング成績第1位を記録し、コーエン兄弟にとって最大のヒット作になったというこんな「怪作」を、タイトルの意味と共にじっくり味わおう。
2009(平成21)年1月31日記