沈まぬ太陽(日本映画・2009年) |
<試写会・TOHOシネマズ梅田>
2009年9月28日鑑賞
2009年10月5日記
日本航空の再建問題、日本郵政公社西川善文社長の退任問題、さらに福知山脱線事故の調査情報漏洩問題に揺れるJR西日本など、民主党新政権下で注目される各種社会問題の理解には本作がピッタリ?そう思えるほどタイムリーな骨太作品に注目!1960年代の高度経済成長期を、半官半民の巨大企業国民航空内で生きる企業戦士たちの生きザマとは?対照的な人生を歩む恩地(渡辺謙)と行天(三浦友和)の姿から、あなたは何を学ぶ?日本国の根本的変革が求められる今、就カツ中のあなたもたまにはこんな大きな視点から勉強を。
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監督:若松節朗
脚本:西岡琢也
原作:山崎豊子『沈まぬ太陽』(新潮文庫刊)
恩地元(国民航空労働組合委員長、遺族係、会長室部長)/渡辺謙
三井美樹(国際線客室乗務員、行天の愛人)/松雪泰子
行天四郎(労働組合副委員長、取締役)/三浦友和
恩地りつ子(恩地の妻)/鈴木京香
国見正之(国民航空会長)/石坂浩二
国民航空
桧山衛(運輸官僚、天下り社長)/神山繁
堂本信介(労務担当役員、桧山の後任社長)/柴俊夫
八馬忠次(取締役、国航商事会長)/西村雅彦
八木和夫(労組書記長)/香川照之
沢泉徹(恩地の後任、労組委員長)/風間トオル
志方達郎(整備士長)/菅田俊
和光雅継(カラチ支店長)/大杉漣
古溝安男(遺族係)/山田辰夫
樋田恭子(客室乗務員、三井の同僚)/松下奈緒
日本政府
利根川泰司(内閣総理大臣)/加藤剛
竹丸欽二郎(副総理)/小林稔侍
龍崎一清(利根川の参謀)/品川徹
道塚一郎(運輸大臣)/小野武彦
青山竹太郎(民自党代議士)/矢島健一
井之山啓輔(社進党代議士)/田中健
遺族
阪口清一郎/宇津井健
鈴木夏子/木村多江
小山田修子/清水美沙
布施晴美/鶴田真由
恩地家
恩地将江(恩地の母)/草笛光子
恩地克己(恩地の長男)/柏原崇
恩地純子(恩地の長女)/戸田恵梨香
2009年・日本映画・3時間22分(途中休憩10分)
配給/東宝
<1962年の風景は?あんな労使対決の姿が>
本作の主役は渡辺謙演ずる国民航空の社員恩地元。映画冒頭、①恩地の1962年当時の労働組合委員長としての活躍ぶり、②その十数年後創立35周年を迎えた国民航空の記念パーティーの姿、そして③某年8月に御巣鷹山で起きた国民航空ジャンボ機墜落事故という3つの姿が平行して描かれる。
1967年大学に入り学生運動にのめり込んだ私は、1960年代の大学や労働組合での団交の様子をよく知っている。恩地は副委員長の行天四郎(三浦友和)、書記長の八木和夫(香川照之)を従えて、年末手当の支給をめぐって社長の桧山衛(神山繁)、労務担当役員の堂本信介(柴俊夫)、堂本の右腕の八馬忠次(西村雅彦)らと団交で対決中。「交渉決裂!」となる中、恩地は「スト決行!」を宣言するが、民間企業とはいいながら政府が出資し日本国を代表する大会社国民航空でホントにストライキなんかできるの?もしそれをやれば総理大臣が乗る飛行機が飛べなくなるから、どえらいことに。現実主義者(?)の行天はストはあくまで駆け引きの材料と考えていたが、原理主義者(?)の恩地は本気でそれをやるつもりらしい。そんな路線の対立が表面化する前に会社側が全面的に折れてきたから、八木をはじめ組合員は「恩地!恩地!」の大合唱となったが、そこで面白くないのが行天。2人の運命的な対立の原点はここに。
<十数年後の風景は?国民航空はいかなる改革を?>
それから十数年後。今や行天は国民航空の常務取締役として大車輪の活躍中。また運輸官僚からの天下り社長ではなく、社内生え抜き初の社長となった堂本は今国民航空の創立35周年記念パーティーで挨拶中。恩地をパキスタンのカラチに追いやり、階級闘争路線に立つ労働組合を非主流派に追いやった堂本、八馬、行天ラインが今やトップを握っていたが、そんな中起きたのが520名が死亡した国民航空機墜落事故。この事故は天災?それとも人災?これは、派閥闘争にうつつを抜かし、安全体制の確立をおろそかにしてきた国民航空の悪しき体質の問題では?事故調査委員会による原因究明が進むにつれて、次第にその実態と驚くべき国民航空の企業体質が明らかに。
さあ創立35周年という記念すべき年にジャンボ機墜落による520名死亡という大惨事を起こした国民航空は、いかなる改革を?また、その中でうごめく政・官・財をめぐる人間ドラマとは?
<旺盛な執筆意欲にビックリ>
私にとっての作家山崎豊子氏のベスト3は『白い巨塔』『華麗なる一族』『不毛地帯』だが、当然それは年代によって違うはず。私の大好きな作家司馬遼太郎が1996年に72歳で亡くなったのは非常に残念だが、今回プレスシートを読んで驚いたのは、山崎豊子は1923年生まれの司馬遼太郎とほぼ同じ、1924年生まれだということ。そして『沈まぬ太陽』は1995年に刊行した作品だから、何と彼女が71歳の時に完成させた作品ということになる。そのタイトルは知っていたが、それがこんな骨太の社会派ドラマだったことをはじめて知るとともに、それを映画で観ることができて大感激。
そんな山崎豊子は2009年5月には10年ぶりの新作となる『運命の人』を刊行し、大きな注目を集めているというから恐れ入る。もし司馬遼太郎があと10年、15年生きていたら?それと対比して、「後期高齢者」の仲間入りした山崎豊子の旺盛な執筆意欲にビックリ。
<今は死語?昭和の企業戦士の生きザマは?>
1949年生まれの私は団塊世代の代表だが、企業戦士という言葉は団塊世代より少し前、つまり恩地や行天たちが国民航空の労働組合でひと暴れしていた当時に使われたもの?本作後半には内閣総理大臣利根川泰司(加藤剛)の「参謀」として龍崎一清(品川徹)が登場するが、これは明らかに『不毛地帯』の主人公壱岐正のモデルとされた瀬島龍三をイメージしたもの。彼は元関東軍参謀だが、終戦後シベリアに抑留され、帰国後商社に入って辣腕をふるった人物。そんな瀬島龍三をモデルとした龍崎は、利根川総理の参謀として関西紡績会長の国見正之(石坂浩二)に「三顧の礼」を尽くして、国民航空の会長就任のために尽力するから、その姿に注目。
「不毛地帯」で描かれた企業戦争は、まさに企業戦士たちの生死をかけた戦い。今でこそパキスタンのカラチやイランのテヘラン、そしてケニアのナイロビという地名は日本でも知られているが、1960年代にそんな所へ赴任を命じられるのはまさに島流し。しかし、桧山衛との間で「2年間だけの辛抱だ」「他の組合員には一切の不利益処分はない」と約束を交わしてパキスタンのカラチへ旅立った企業戦士の恩地はそれをじっと我慢したからえらい。かたや行天が早々と組合活動をやめて出世主義に舵を切り替え、組合分断工作を強めていく中、恩地はもちろん書記長の八木たち組合員にはさらに苛酷な運命が。さあ、そこでどう動く?昭和の企業戦士たち!
<恩地のような遺族係は例外中の例外?>
去る9月28日、JR西日本福知山線脱線事故の調査情報漏洩問題で、前原誠司新国土交通大臣がJR西日本の社長らを呼び、鉄道事業法にもとづき事実関係の調査や再発防止策の提示を求める命令書を手渡し、「被害者や国民に対する背信行為。言語道断で重く受け止めてほしい」と徹底調査を求めたが、これはきわめて異例。JR西日本出身者による報告書案を国交省航空・鉄道事故調査委員会(現・運輸安全委員会)の委員から入手し有利な内容に書き換えるように働きかけたというひどい癒着ぶりをみると、本作にみる遺族係恩地の誠実さが鮮明に浮かびあがってくる。
行天常務を従えて堂本社長が一軒ごとに遺族宅の弔問に訪れたのは、今さらとはいえ企業の誠実さをアピールするものとして評価すべき。ところが、今お線香をあげている被害者の名前も認識していないことが明らかになったのでは、かえって逆効果。怒り狂った遺族が、堂本らを追い返したのは当然だ。はるか昔、1957年から『スーパージャイアンツ』で勇姿を見せた宇津井健が、本作では自分が飛行機のチケットを送ったばかりに、帰省する一人息子夫婦とその孫を失った遺族阪口清一郎役を存在感豊かに演じている。また、①東京出張だった夫を失い、アルコール中毒症になってしまった妻の鈴木夏子(木村多江)、②ひとり旅をさせるべく搭乗させたために、9歳の息子を失った小山田修子(清水美沙)、③遺体安置所となった市民体育館の中で原形をとどめない無惨な遺体の中から夫の遺体を捜し出そうと血眼になる妻布施晴美(鶴田真由)などの遺族の悲しみが浮かびあがってくる。
もちろん、遺族係の恩地がその悲しみを和らげたり救うことはできないが、せめて恩地のように誠実に対応してくれれば遺族としても納得できるというものだ。人間のやることだから結果的に列車事故も航空機事故も不可避かもしれないが、そこで求められるのは堂本社長のようなその場しのぎのつくろいではなく、恩地のような真の人間性。しかし、恩地のような遺族係はきっと例外中の例外?
<松雪泰子の立場には痛々しさが>
ジャンボ機墜落事故を起こした国民航空の再建問題は、基本的に国民航空内の権力闘争を含む政と官を巻き込んだ男のドラマだが、そこに一人だけ登場する女性が、本来あの123便にスチュワーデスとして乗り込むはずだった松雪泰子演ずる三井美樹。三井は1962年当時の労使団交当時から恩地と行天を見守っていたから、それから十数年経った今は何歳?そして今、彼女は国民航空内のどんな部署で、どんな仕事を?
私の友人の女性では、小学校時代の同級生と大学時代の同級生の2人が日本航空に就職したが、1971年当時日本航空へ就職するのはエリート中のエリートだった。そんな彼女たちのその後の立場を考えると、1962年当時労働組合の委員長や副委員長と親しくしていた三井が、十数年後行天の愛人兼スパイとして生きていたのも納得できないわけではない。しかし、『フラガール』(06年)でのキラリと光った女性像がイメージとして残っているためか、私には松雪泰子のこんな立場には痛々しさが?
<何ともタイムリー その1 国民航空のウミと再建策は?>
途中休憩(インターミッション)10分まで用意した、3時間22分の大作の公開は2009年10月24日だが、これが実にタイムリー。多額の赤字を抱えて破綻寸前にある日本航空の再建策が世間の注目を集めている昨今、本作に描かれる①国民航空内の権力争いと分裂した労働組合の縄張り争い、②国民航空役員と癒着した運輸官僚たちの国益、省益を無視した私欲の追求、③運輸大臣道塚一郎(小野武彦)をはじめとする政治家たちの運輸利権をめぐる見苦しい姿は実にわかりやすい。まさか、日本航空をめぐってもこんな不透明で黒い癒着構造が?
後半からラストにかけて少しずつ暴かれていく為替差損による裏金作りのシステムや、日航商事の会長八馬忠次によるホテル買収を軸とした裏金作りの理解は難しいが、真の改革を進めるためにはこのようなウミを出し切ることが大切。自民党政権下で隠されていたたくさんのウミは民主党政権下で少しずつ暴かれていくだろうが、国民航空のウミと同じように存在しているであろう日本航空内のウミはどのように暴かれていくのだろうか?1960年代~80年代に起きた国民航空の問題点は、きっと現在起きている日本航空の問題と共通点があるのでは?そんなタイムリーな視点から、是非本作を!
<何ともタイムリー その2 会長人事>
民主党の新政権下、何とも危なっかしい動きをしているのが亀井静香金融担当大臣によるモラトリアム構想だが、もう1つの大問題は郵政担当大臣も兼ねる亀井静香大臣による日本郵政の西川善文社長の「首切り」問題。かんぽの宿をめぐる鳩山邦夫前総務大臣のパフォーマンスは大きな注目を集めたが、かんぽの宿売却問題と小泉元総理が「三顧の礼」を尽くして迎えた西川善文社長の解任問題とは全く別。郵政民営化見直しをマニフェストとして掲げた民主党も西川善文社長解任の意向だが、私はそれは大間違いだと思っている。
それはともかく、某年8月のジャンボ機墜落事故の後、国民航空の再建はどうなるの?一体誰がこの巨大企業改革のリーダーシップをとるの?それは郵政民営化法案がやっと国会を通った後の日本郵政トップの選任と同じような大問題だから、時の総理大臣が頭を悩ませたのは当然。それに対して国民航空役員や運輸官僚そしてそれと癒着した道塚運輸大臣以下の運輸族が事なかれ主義で押し通そうとしたのはある意味当然だが、そこで利根川総理が白羽の矢を立てたのが関西紡績の国見会長。本作にみる総理大臣の命を受けた参謀龍崎による国見の一本釣り劇は興味深いから、是非それに注目。会長室の設置、元労働組合委員長であった恩地の会長室部長への抜擢など矢継ぎ早の改革はいかにも民間出身の国見らしいが、西川善文社長ですら政局の嵐の中で命運尽きようとしている今、改革派国見会長の命運は?
<行天にはどんな結末が?>
国民航空のお家芸(?)は、多額の政府出資を受けた日本屈指の大企業である親方日の丸体質が多分に残る日本航空のそれと同じく、派閥対立と労働組合間の抗争?そう思っていると、映画終盤に至って俄然明らかになるのが、為替差損を活用した大規模な裏金作りという恐るべき実態。西松献金問題では民主党幹事長に就任した小沢一郎の秘書大久保隆規被告の公判がいよいよ始まる上、鳩山由紀夫総理大臣の故人献金問題についても検察庁の捜査が始まった。政治とカネをめぐる問題は政治改革の一大テーマだが、さてその進展は?
他方、政官財の鉄のトライアングルには財から政官へのカネの提供が不可欠だが、その必要資金は一体どこから捻出するの?そこでいろいろ工夫されるのが裏金作りのテクニックだが、半官半民の、国家を代表する巨大企業国民航空の中でホントに裏金作りが?そんな汚れ役をきっちりと果たす人物が重宝されるのは当然だが、そんな生き方にどっぷりと浸かってしまった昭和の企業戦士の運命は?
今や国民航空の常務として実質的にその屋台骨を支えている行天と、今やそのコマとしてのみの役割しか存在しなくなった元労働組合書記長八木が迎える運命とは?
<10年ぶりにみる「沈まぬ太陽」は?>
サラリーマンには転勤がつきものだが、恩地には懲罰人事と言わざるをえないパキスタンのカラチ行き、2年と限定されていた約束の一方的反故による、イランのテヘラン、ケニアのナイロビ勤務など、企業戦士恩地には苛酷な試練が続いた。それでも彼が会社を辞めなかったのはなぜ?それも本作の大きなテーマだ。
本人はそれでもいいかもしれないが、日本人の友達もおらず学校にもロクロク行けない環境下でパキスタンで生活する恩地の子供たちはたまったものではない。恩地家の長男克己(柏原崇)と長女純子(戸田恵梨香)が、子供時代にさまざまな問題を抱えながらもグレもせず、今は一人前の大人に成長したのは、ひとえに妻りつ子(鈴木京香)が献身的に夫を支え家族を守ってきたため。ところが、国見会長の下でやっと国民航空改革のために実力を発揮し始めた恩地も、国見会長が解任されることになると運命共同体?それはサラリーマンとしてやむをえない変化だが、まさかここで更に行天常務からケニアのナイロビ行きを命じられるとは。
ここまで不当な人事配置命令を受ければ、裁判闘争に踏み切っても勝てるはずと私は確信しているが、さてそんな命令を受けた恩地の対応は?これが3時間22分という大作の最後のみせどころだ。一人息子とその家族を失った阪口は「補償問題は無用」と恩地に告げて今は一人お遍路の旅に出ているが、再度単身赴任でナイロビに赴いた恩地が阪口にあてて書いた手紙とは?そこに、あの高度経済成長時代に企業戦士として生き、天国と地獄を体験してきた恩地の人間としての成長の姿が見えるはずだ。太陽は、東から出て西に沈むもの。そう教わってきた私たちには「沈まぬ太陽」とは何とも不思議なタイトルだが、山崎豊子は本作になぜそんなタイトルを?そんなことを考えながら、久しぶりの邦画の骨太大作をじっくり鑑賞したい。
2009(平成21)年10月5日記