キャピタリズム ~マネーは踊る~(アメリカ映画・2009年) |
<TOHOシネマズ梅田>
2009年12月20日鑑賞
2009年12月21日記
『華氏911』(04年)もタイムリーだったが、世界的金融危機の原因となったウォール街支配への突撃取材にもとづく本作はもっとタイムリー。もっとも、本作を観て資本主義=キャピタリズムを悪と捉えてしまうと、それはミスリード?ひょっとして、マイケル・ムーア監督は社会主義者?他方、アメリカがウォール街支配の国なら、日本は官僚支配の国。そこに突撃取材をして、その本質を暴く映画監督が早く日本にも登場しなければ。さて、その登場はいつ?
本文はネタバレを含みます!!
それでも読む方は下の「More」をクリック!!
↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!
読まれる方はご注意ください!!
↓↓↓
監督:マイケル・ムーア
ロナルド・レーガン(第40代合衆国大統領)
ドナルド・リーガン(第66代財務長官)
チェズレイ・サレンバーガー(アメリカの民間航空パイロット)
エリザベス・ウォーレン(ハーバード大学法科大学院教授)
アンジェロ・モジロ(元カントリーワイド・ファイナンシャル会長兼CEO)
クリストファー・ドッド(民主党上院議員、弁護士)
チャールズ・キーティング(アメリカン・コンチネンタル(不動産)等の元経営者)
フィル・グラム(元共和党上院議員、USB投資銀行副会長)
ウィリアム・ブラック(ミズーリ大学カンザスシティ校教授、弁護士、経済学者)
ケネス・ロゴフ(ハーバード大学経済学部教授)
アラン・グリーンスパン(前FRB議長)
ロバート・ルービン(第70代財務長官)
ラリー・サマーズ(第71代財務長官)
ヘンリー・ポールソン(第74代財務長官)
ティモシー・ガイトナー(第75代財務長官、現職)
2009年・アメリカ映画・127分
配給/ショウゲート
<資本主義が悪いの?ウォール街が悪いの?>
資本主義のことを英語で言えばcapitalismだが、マイケル・ムーア監督は本作で資本主義そのものに異議を唱えているの?それとも、底辺の95%の合計より多い富を所有する1%の富裕層が独占的に支配し、独占的に利益を得る社会に異議を唱えているの?本作を観るについては、その視点をしっかり持つことが大切だ。
産業革命の後イギリスで生まれた資本主義とは、マルクスが『資本論』で分析したとおり、生産手段を持つ資本家と、労働力を売るしか生産手段のない多数の労働者が存在する生活の様式のこと。そして、資本主義から必然的に生まれる搾取(?)を否定し、生産手段の公有(国有)と果実の平等な配分を主張するのが社会主義。しかして、その優劣は?それは既に歴史的にはっきりしているはずだ。
私は日本は理想的な共産主義に一番近い国と考えているが、アメリカがウォール街の一部の富裕層が政治家と組んで国を支配しているとすれば、そんな資本主義はヤバいはず。マイケル・ムーア監督の本作における問題提起に最も近い立場の経済アナリストは、日本では森永卓郎氏。したがって、本作のパンフレットには森永氏の「本当の敵を見分けるマイケル・ムーア監督の感性」という解説がある。しかし私は基本的に森永説には反対で、小泉構造改革の経済面における指南役になった竹中平蔵氏の方が正しいと考えている。森永氏に言わせれば、竹中説=ウォール街支配説になるのだろうが、私はそうは思わない。2008年秋に世界的金融危機を引き起こしたアメリカの金融政策は当然批判されなければならないし、その原因が本作で描くような内容であったことは明らかだが、それを修正・克服する処方箋とは?当然ながらそれは本作では示されていないから、各自しっかりそれを模索することが大切だ。
<マイケル・ムーアって社会主義者?>
本作によると、アメリカがウォール街に支配され始めたのは、1981年に第40代大統領に就任したレーガン元大統領以降らしい。本作にはメリルリンチ、AIG、シティバンクなど私たちにも聞き覚えのある銀行や生保会社の名前が登場する。また、リーガン、ルービン、サマーズなど、これまた聞き覚えのある歴代財務長官の名前やグリーンスパン前FRB議長の名前が登場する。マイケル・ムーアの突撃取材によると、メリルリンチ出身でレーガン政権の財務長官となったリーガンが、レーガン大統領と組んで実施した法人税減税と規制緩和を柱とする「レーガノミクス」が、2008年の金融破綻の出発点らしい。
本作で興味深いのは、そんなウォール街のアメリカ支配に警鐘を鳴らすハーバード大学法科大学院教授エリザベス・ウォーレンや、民主党上院議員で弁護士のクリストファー・ドッドらが登場し、説得力ある発言と行動を示すこと。これらを観ているとアメリカの民主主義はまだまだ健在だと思うし、「Yes,we can」を合言葉にしたオバマ大統領の誕生を考えると、アメリカは立派に軌道修正を完了?いやいや、そう甘くはない。
国民皆保険制度はやっと成立のメドが立ったらしいが、アフガンとイラクの政策がうまく進まないオバマ大統領の支持率は急落気味。しかも、いったんは否決された70兆円の公的資金投入を可能とする「米金融安定化法」が再度可決されたのはなぜ?また、その効果は?公的資金を受けとることによって自由を縛られることを嫌うバンク・オブ・アメリカ(BOA)は去る12月9日450億ドル(約4兆円)の公的資金を返済し、役員への多額のボーナスを復活させるらしい。すると、あの大騒ぎは一体何だったの?腹の立つことおびただしいが、こんなに必死でウォール街に食いついていくマイケル・ムーアはひょっとして社会主義者?そんな誤解をしないためには、本作を観るだけでは不十分で、さらにいろいろな勉強をすることが必要だ。
<ラスト2曲の音楽に注目!>
あなたは、「起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し」から始まる『インターナショナル』の歌を知ってる?言うまでもなくこれは革命歌の代表曲であり、世界各国の共産党が最も大切にしている「聖歌」。したがって、共産主義を極端に嫌うアメリカは、こんな曲には無縁のはずだ。ところが、本作の最後に流れる2曲のうちの1曲は、歌詞こそ私が知っているものとは違うものの、何とこの『インターナショナル』だ。こりゃすごい!
他方、私が大学に入学した1967年に大ヒットした曲が、「おらは死んじまっただ」で始まる『帰ってきたヨッパライ』。これは去る10月16日に自殺した加藤和彦がつくったおふざけソングだが、大ヒットしたのは心に訴える何かがあったから。本作のラストに流れるもう1つの曲は、「だから、イエス・キリストは殺された」という歌詞で終わるフォーク調の覚えやすい面白いもの。イエス・キリストが磔にされたのは、金持ちに対して自分たちの富のすべてを貧者に与えなさいと説いたから。また、イエス・キリストが殺されたのは、汝の敵を愛せよと説いたから。なぜこんな曲が本作のラストに流れるの?
『華氏911』(04年)によるブッシュ政権批判(『シネマルーム6』124頁参照)、『シッコ』(07年)によるアメリカの医療保険制度批判(『シネマルーム15』269頁参照)など、次々と問題提起を続け、アメリカの保守派から極端に嫌われているマイケル・ムーアにはSPがついているそうだから、ひょっとして彼は自分が映画製作中に殺されてしまうことを予測?
<「官僚支配」に突撃取材する日本人監督の登場はいつ?>
本作では大企業のトップがボロ儲けせず、国民皆保険制度のある日本はアメリカに比べるとマトモな民主主義国として描かれているが、さてその実態は?マイケル・ムーア監督が本作の突撃取材で明らかにしたように、アメリカがウォール街支配の国なら、日本は明治政府以来の官僚支配の国。とりわけ、戦後約50年間続いた自民党を中心とする政権のリード役は実は官僚たちだ。そして、国の予算90兆円の半分以上を国債に頼らなければならない破産状態の日本国にしたのも、彼ら官僚たちだ。アメリカではウォール街を牛耳る少数の者が天文学的数字の報酬とボーナスを受け取っているが、日本の天下りシステムによって国民の血税をどれほど彼らに投入したことだろう。「政権交代」はそんな旧来のシステムを打破し、脱官僚支配と政治主導を実現する最も有効な道だと信じて多くの国民が民主党に投票したわけだが、さて現実は?
12月21日付日本経済新聞の夕刊によれば、不況下の日本だが2009年の映画興行収入は2000億円を突破し、3年振りに前年を上回る見通しになったらしい。もっともその原動力は、1位『ROOKIES-卒業-』(約85億)、2位『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(約79億)、3位『レッドクリフ PartⅡ未来への最終決戦』(約55億)、4位『劇場版ポケットモンスター』(約46億)等だから、3位の『レッドクリフ PartⅡ』は別として私はあまり喜ぶ気になれない。マイケル・ムーアがウォール街に突撃取材したように、日本の官僚制度に突撃取材する日本人監督が登場しなければ。さてその登場はいつ?
2009(平成21)年12月22日記