花のあと(日本映画・2009年) |
<梅田ブルク7>
2010年3月22日鑑賞
2010年3月25日記
庄内の海坂藩に凛々しき女剣士登場!『真夏のオリオン』(09年)での一瞬の敬礼姿が目に焼きついた超美人女優北川景子が、初の時代劇でそれを静かに熱演。さて、その殺陣は?見どころは、瞬時の恋心を生んだ竹刀の試合でのあの一瞬。さて、今ドキの若者たちはそれをいかに理解?不倫と政官の不正は昔も今も同じだが、海坂藩はそれをいかに解決?そして、今の日本では・・・?
本文はネタバレを含みます!!
それでも読む方は下の「More」をクリック!!
↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!
読まれる方はご注意ください!!
↓↓↓
監督:中西健二
原作:藤沢周平『花のあと』(文春文庫刊)
以登(武家の娘、剣の達人)/北川景子
片桐才助(以登の許嫁)/甲本雅裕
江口孫四郎(羽賀道場の高弟、藩随一の剣士)/宮尾俊太郎
藤井勘解由(藩の重鎮)/市川亀治郎
寺井甚左衛門(以登の父)/國村隼
郁(以登の母)/相築あきこ
津勢/佐藤めぐみ
加世(孫四郎の妻)/伊藤歩
永井宗庵(医師)/柄本明
語り/藤村志保
2009年・日本映画・107分
配給/東映
<一瞬の敬礼も良かったが、殺陣は?>
若い美人女優大好き人間の私は『真夏のオリオン』(09年)における超美人女優北川景子の一瞬の敬礼姿にひどく感激した(『シネマルーム22』253頁参照)。あの一瞬の敬礼も良かったが、本作の見どころはその北川景子が魅せる凛々しい女剣士としての殺陣。藤沢周平の原作はいつも東北・庄内地方の海坂藩が舞台だが、女剣士を主人公として登場させた映画は本作がはじめてだ。
現在放映中のNHK大河ドラマ『龍馬伝』では、千葉道場の千葉定吉の娘千葉佐那を演ずる貫地谷しほりの女剣士ぶりがカッコ良かったが、明らかに貫地谷しほりより美人顔の北川景子が演ずる以登の女剣士ぶりは?以登は組頭の一人娘だから、桜の花見には下女を伴って行く身分。したがって、その立ち居振る舞いはあくまで優美。映画冒頭、そんな嫁入り前の娘以登の美しくまげを結った着物姿が登場するが、私の興味は胴着と袴を身につけ長い髪を後ろで束ねた凛々しい女剣士以登の姿とその腕前だ。
映画の冒頭、花見の席で偶然出会った羽賀道場の高弟江口孫四郎(宮尾俊太郎)と以登が言葉を交わすシーンが登場するが、そこで語られるのは羽賀道場の実力者たちを次々と連破した以登の武勇談。しかし、これはあくまでセリフ上だけのことで、その姿はスクリーン上に登場しないから残念。以登が本作ですばらしい女剣士ぶりを披露するのは計2回。1度目は念願の孫四郎と竹刀で手合わせする時。そして2度目は孫四郎を陥れた藤井勘解由(市川亀治郎)との真剣での対決だが、さてその殺陣は?
<あの時代の二男坊、三男坊は?>
中国の一人っ子政策にはさまざまな問題点があるが、「貧乏人の子だくさん」とは良く言ったもので、藤沢周平が描く貧しい海坂藩では侍であっても二男坊、三男坊として生まれてくると大変。それは、貧しい下級武士でも家の跡を継げれば何とか藩から禄(給料)をもらえるが、二男、三男となれば、自力で食いぶちを探さなければならないからだ。
そんな視点から本作は原作にはない人物永井宗庵(柄本明)を登場させたが、宗庵が以登の父親寺井甚左衛門(國村隼)と碁を打ちながら語る人生談義はけっこう面白い。つまり、宗庵は現在医師として身をたてているが、彼が医師となったのは貧乏侍の二男、三男として生まれ、仕方なく生きる道を探したためらしい。それと同じように、貧乏侍の二男、三男でありながら、ずっと身分の高い内藤家の娘加世(伊藤歩)との婚約が整い婿入りすることになった孫四郎は一躍奏者見習いという地位に取り立てられたからこりゃラッキー。誰もがそう思い多少妬みの目も向けられたが、実はこの加世は今でいう不倫妻だったから大変。そのうえ、その不倫のお相手が海坂藩の御用人藤井勘解由で、奏者見習いの孫四郎を江戸への大事な使者として推挙したのもこの藤井勘解由だったから、そこには何となくキナ臭い匂いが・・・。
ストーリーが展開していく中、孫四郎は加世のすべて(=不倫)を知ったうえで婿入りしたことが明らかになるが、そんなことをすべて腹の中に納めた上で婿入りせざるをえなかったあの当時の二男坊、三男坊はホントに大変だ。
<この名シーンを今ドキの若者はいかに?>
私はテレビのアホバカバラエティー番組を全く見ないが、明石家さんま司会の長寿番組『恋のから騒ぎ』など恋をテーマとした告白番組(?)は時々見ている。そこでは、ありとあらゆるパターンの恋の芽生えが面白おかしく語られている。そんな今ドキの若者に味わってもらいたいのが、竹刀を交えて右小手を取られ、一瞬抱きかかえられながら目を合わせた瞬間に芽生えた恋心という、一瞬の名シーン。以登には今は江戸でお勤めしている父親甚左衛門が決めた許嫁の片桐才助(甲本雅裕)がいたが、この一瞬はそんな才助を忘れたのはもちろん、右腕の痛さも忘れ孫四郎に一目惚れしたことはまちがいない。昔鶴田浩二は耳に手をあてる独特のポーズで『傷だらけの人生』を歌う時、曲の合間に「好いた惚れたとけだものごっこがまかり通る世の中でございます。好いた惚れたは、もともと心が決めるもの… こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかね。」という名セリフを吐いたが、あの時代、あの場面での一瞬の恋の芽生えは、まちがいなく本作のハイライト。
それに気付いた父甚左衛門は「江口孫四郎は好漢だが、二度と会うことはならん」「そなたは婿となる男が決まった身だ」と申し伝え、もちろん以登もそれに従ったが、こんな一瞬の淡い恋のメッセージのシーンを今ドキの若者はさていかに?
<才助の姿をみていると、男の値打ちは外見では・・・>
本作の主人公は、あくまで北川景子演ずる凛々しき女剣士以登。他方ストーリーとして面白いのは、たった一度竹刀を交えた以外何の関係もない以登が、無念の切腹を遂げた孫四郎の敵討ち(?)をするという筋立てだ。以登が孫四郎に対して一瞬の出来事で淡い恋心を抱いたことは前述のとおりだが、もっともそこには主題歌となっている一青窈の『花のあと』の歌詞に「誰にも負けない愛」「誰にも言えない恋」とあるように、心の奥に秘めた思いはあったはずだ。以登は家(親)が決めたとおり、許嫁の片桐才助とスンナリ結婚することになった。
本作はかつての美人女優藤村志保のナレーションから始まるが、これは今はおばあさんになってしまった以登による回顧談のスタート。そして、すべての物語が終わった後に語られるのは、以登は才助との間にたくさんの子供を設けたばかりか、才助は海坂藩の家老職まで出世したということ。これを聞けば、本作では外見上それほど冴えないうえ、飯のおかわりばかり要求するヌーボーとした雰囲気で、少なくとも「切れ者」とは思えない才助が意外な才能の持ち主だったことがよくわかる。
孫四郎の妻加世と不倫の仲にあった御用人の藤井勘解由が藩内で数々の悪事を働いていたことは、すべて以登の依頼を受けた才助の調査によって明らかになったのだから、才助の調査能力は大したもの。今日風に言えば、検事のエースを集めた東京地検特捜部の仕事を才助が一人でやり切ったようなものだ。さらに才助が偉いのは、そんな成果を誇らず、自分の手柄にしようとしないところ。こんな才助の姿勢は、以登を闘いの場に送り出す時の思いやりや、闘い終わった以登を静かに抱き起こし介抱するシーンにも如実に表れている。映画後半、ウラの仕事で大活躍をするこんな才助の姿をみていると、男の値打ちは外見だけではないと痛感!
<政官の不正は昔も今も>
本作では孫四郎役に映画初出演となるクラシックバレエの宮尾俊太郎の起用が異色だが、悪役の藤井勘解由役に歌舞伎界の市川亀治郎を起用したのも異色。最近の邦画は説明過多の映像とセリフの多さが目立ってかなわないが、本作はその正反対で極力セリフを少なくし、目の表現を強調しているのが特徴だ。そんな監督の狙いに、宮尾俊太郎も市川亀治郎も忠実に応えている。不倫は昔も今も同じだろうが、あの時代の野外での内緒のデートやラブホテルでの秘密の逢瀬はかなり情緒があるから、そんな隠微な香りはあなた自身の目と耳と鼻で・・・。
他方、不倫と同じく昔も今も変わらないのが、政官の不正。中国における中国共産党と中央・地方官僚による不正・汚職は目にあまるものがあるようだが、日本でも政治とカネの問題や公務員の天下り問題など政官の不正は途切れることなく続いている。市川亀治郎演ずる藤井勘解由は顔もワルそう(?)だが、映画鑑賞後じっくり考えてみると彼のやっていることは不倫、悪企み、賄賂、不正、蓄財そして敵討ちにきた以登に対する応援団の要請などひどいことだらけだ。2009年8月30日の総選挙でせっかく自民党から民主党への政権交代が実現したにもかかわらず、鳩山内閣の支持率が約30%まで下落しているのは、政治とカネの問題をはじめとして民主党への期待が急速にしぼんでいるため。本作では才助の捜査活動と以登の命を張った行動によって藤井勘解由の不正が暴かれ海坂藩は正常化したが、今も続く日本の政官の不正を正してくれるのは一体ダレ?
2010(平成22)年3月25日記