マイ・ブラザー(アメリカ映画・2009年) |
<GAGA試写室>
2010年4月5日鑑賞
2010年4月7日記
兄弟の確執を描く新旧名作は『ゆれる』(06年)と『エデンの東』(55年)だが、そこに割って入ったのがデンマークの女流監督スサンネ・ビアの『ある愛の風景』(04年)。それを海兵隊員におきかえたアメリカ版リメイクが本作だが、なぜそれが今?「話せること」と「話せないこと」があるのは当然だが、話せない苦悩の重さとは?そして、本作にみる家族の絆と人間の再生とは?ナタリー・ポートマンの熱演に拍手しながら、じっくり味わいたい名作だ。
本文はネタバレを含みます!!
それでも読む方は下の「More」をクリック!!
↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!
読まれる方はご注意ください!!
↓↓↓
監督:ジム・シェリダン
サム・ケイヒル(米軍大尉)/トビー・マグワイア
トミー・ケイヒル(サムの弟)/ジェイク・ギレンホール
グレース・ケイヒル(サムの妻)/ナタリー・ポートマン
ハンク・ケイヒル(サムの父、元海兵隊)/サム・シェパード
エルシー・ケイヒル(サムの母)/メア・ウィニンガム
イザベル・ケイヒル(サムとグレースの長女)/ベイリー・マディソン
マギー・ケイヒル(サムとグレースの次女)/テイラー・ギア
キャシー・ウィリス(死亡した二等兵の妻)/キャリー・マリガン
2009年・アメリカ映画・105分
配給/ギャガ、powered by ヒューマックスシネマ
<どこかで見たテーマ?>
出来のいい兄と出来の悪い弟の確執。エリート兵士の兄はアフガン戦争に赴いたが、あっけなく戦死。残された美しい妻とその子供たちの心の隙間を埋めるかのように、甲斐甲斐しくその面倒を見る弟が、いつの間にか美しい妻と・・・?
そんな中、戦死したはずの兄が戻ってくることになったが、戦地で極限状態の選択を迫られた兄は今は別人となり、子供たちも恐れる存在となったうえ、妻と弟の関係を疑うまでに。戦争によってここまで失われてしまった人間性の回復はできるの?兄と弟の、そして夫と妻の人間としての再生は?本作もそんなテーマだと知ってビックリ。あれ、それってどこかで見たテーマ?そこで思い出したのが、デンマークの女流監督スサンネ・ビア監督の『ある愛の風景』(04年)だ。
<なぜあの名作のリメイクを?>
極端なクローズアップを多用するスサンネ・ビア監督の才能にビックリした私だけに、『ある愛の風景』の印象は強かった(『シネマルーム16』70頁参照)。ところでなぜ今、数々の受賞歴を誇るジム・シェリダン監督が、アメリカの海兵隊員である兄のサム(トビー・マグワイア)と刑務所から出所してきたばかりの弟トミー(ジェイク・ギレンホール)、そしてサムの美しい妻グレース(ナタリー・ポートマン)を主人公とした『ある愛の風景』のアメリカ版リメイクをつくったの?
それはやはり、今や完全に行き詰まっているアメリカのイラク政策とアフガン政策を今一度見直したいという気持の表れ?キャスリン・ビグロー監督の『ハート・ロッカー』(08年)が最有力候補だったジェームズ・キャメロン監督の『アバター』(09年)を押しのけて、第82回アカデミー賞作品賞、監督賞等6部門を受賞した理由とあわせて、なぜ今『ある愛の風景』のリメイクを?という問いの答えを真剣に考える必要があるのでは?
<帰還した兄の変身はなぜ?>
兄弟の確執を描いた映画の新旧名作は、西川美和監督の『ゆれる』(06年)と『エデンの東』(55年)。デンマークがアフガンへ派兵した部隊は700人だが、デンマークの人口はわずか500万人。そう考えると、1億3000万人の人口を持ちながら一人も派兵していない日本に比べると、その国際貢献度は大したものだ。
デンマークのスサンネ・ビア監督がなぜ兄弟の確執というテーマに惹かれたのかはわからないが、『ある愛の風景』のストーリー展開を見ていると、なるほど、兄弟の確執はそういうところから生まれてくるのかということがよくわかる。帰国したサムの性格が以前と一変していたのはなぜ?それは映画を観ている観客にはすぐにわかるが、その体験談をひと言も妻に語ってくれないのだから、妻にはサムの頭の中の苦悩がわかるはずがないのは当然。
<「お前寝たのか?」の重さをどう理解?>
他方、銀行強盗の罪での服役を終えてシャバに戻ってきても、父親のハンク(サム・シェパード)はトミーをひどく嫌っていたから、その関係は最悪だった。それなのに、サムが戦死したと聞かされた後、トミーが人が変わったようにグレースやグレースの子供たちに尽くすようになったのは一体なぜ?それは映画を観ている私たちにも少し意外に思えるくらいだから、戦地から奇跡の生還を果たしたサムがこれほど変身し、グレースたちと打ち解け合った雰囲気をかもし出すトミーを理解できなかったのは当然。戦争に行く前はあれほど優しく陽気だったサムが、帰国後急に無口になったのは仕方ないが、そんなサムからいきなり「お前寝たのか?」と質問されたら、トミーは一体どう答えればいいの?そしてまた、そんな質問はサムの真意?
『ある愛の風景』も本作もストーリー展開は全く同じだが、さてあなたは、この質問の重さをどう理解?
<女の子でも、女の嫉妬と嘘は恐ろしい>
本作の主人公はサムとトミー兄弟とサムの妻グレースだが、サム、グレース間の長女イザベル(ベイリー・マディソン)と、次女マギー(テイラー・ギア)もストーリー展開に大きな役割を果たしている。嫉妬は女の専売特許ではなく男も同じだが、本作では幼い姉の嫉妬心と嘘がある決定的な役割を果たすからそれに注目。
サムが戦地に赴いている間に訪れた長女イザべルの誕生日と、サムが帰還した後に訪れた次女マギーの誕生日の祝い方に大きな差があったのは当然。それは母親のグレースもわかっていたが、姉のイザベルは幼い心の中で、「なぜ妹の誕生日には私の時よりたくさんのプレゼントがあるの?」と思っていたらしい。その結果、イザベルは妹マギーの誕生日祝いの食事会で何かと反抗的な態度を示したから、今は気が短くなっているサムがそれにイラついたのは当然。そして、サムの怒りがイザベルに対して爆発したとき、イザベルがサムに対して言い返した言葉とは?
この年頃の男の子は単純だから、反抗のためにわざと嘘をつくなどという芸当はできないが、おませな女の子イザベルがここでついた一世一代の嘘とは?そしてそれによる父親に対する反撃とは?そんな実態をここで明かすわけにはいかないから、その決定的嘘はあなた自身で味わってもらいたいが、幼い女の子でも女の嫉妬と嘘は恐ろしいと痛感!
<ナタリー・ポートマンの熱演に注目!>
『コールド・マウンテン』(03年)での演技が印象に強く残ったナタリー・ポートマンは美人女優だから、スカーレット・ヨハンソンと共演した『ブーリン家の姉妹』(08年)などの役がよく似合う。それに対して、本作のような役柄は、どちらかというと美人女優ではなく個性派女優向き?ところがプレスシートを読むと、脚本に惚れ込んだナタリー・ポートマンは自らを必死に監督に売り込むことによってグレース・ケイヒル役をゲットしたらしい。
ナタリー・ポートマンは1981年生まれだから、幼い2人の娘の母親役でもおかしくはないが、それが似合う年でもないことは明らか。ジム・シェリダン監督がナタリー・ポートマンをキャスティングしようと思ってなかったのは、きっと彼女では若すぎると思ったためだ。しかし本作では、本来美人女優であるはずのナタリー・ポートマンが美しさで売るのではなく、夫を失った悲しみ、途方に暮れる生活の中でただ一度だけ交わしたトミーとのキス、夫が帰還する喜びと現実に帰還した姿とのギャップによる苦悩、そして夫から言われた「トミーと寝たのか?」との質問を真正面から受けとめた答えなどの難しい役を熱演している。せっかくナタリー・ポートマンが出演しているのにラブシーンが全然ないのは少し不満だが、本作はそれを求めるものではないと自分で自分を納得させることに。
<あの女優にも注目!>
本作のもう一つの注目点は『17歳の肖像』(09年)で、第82回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、そこでの女子高生役の演技が「21世紀のオードリー・ヘップバーン」と注目された女優キャリー・マリガンの登場。本作は戦地アフガンで捕虜となったサム大尉と二等兵の様子を断片的に映し出し、銃後を平和の中で守るグレースたちの姿と対比させながら、そこでサムに迫られた何とも厳しい選択を観客に示す。
キャリー・マリガンはそんな戦地でサムとは対照的に死亡してしまった二等兵の妻キャシー・ウィリス役だが、幼い子供を抱えたキャシーが、夫を失った悲しみをグレースと語り合う姿を自分だけ帰還したサムは一体どんな気持で聞いていたのだろうか?キャリー・マリガンの出番はこのワンシーンだけだが、『17歳の肖像』の女子高生役とは全く異質な彼女の演技に注目!
<話せること、話せないこと、しかして結末は?>
人間は誰でも秘密を持つもの。したがって、いくら仲の良い友人でも、また夫婦や親子でも「話せること」と「話せないこと」があるのは当然。本作では、帰還後性格が一変し、今や2人の娘たちからもすっかり嫌われてしまった(?)サムの再生がなるか否かがポイントだが、そこで大切なことは本来話せないことであっても誰かに話せるかどうかということだ。キリスト教でも仏教と同じように「懺悔」という便利な制度があるから、人間は神父サマに向かって自らの罪を告白することができ、それによって自分の気持を軽くすることができる。したがって、誰にも言えない戦地でのあまりにむごい体験を持つサムも懺悔という形で神父サマに告白すればいいと思うのだが、彼はそれもできなかったからその苦悩から解放されないままだったのは仕方がない。
本作はスサンネ・ビア監督の『ある愛の風景』のリメイクだが、感動のラストシーンも全く同じだったからビックリ。そのラストシーンでは、ナタリー・ポートマン扮するグレースの覚悟がサムの苦悩を上まわるところがミソ。つまり、これまで何度も「何があったのか話してくれ」と頼んでも無視され続けてきたグレースが、今回ばかりはハラを据えて「何も言わないなら、もう2度と会わない」というすごいセリフを吐いたことだ。さあこれに対するサムの答えは?そして行動は?それは、『ある愛の風景』の評論に書いているからそれも参照しながら、じっくりスクリーン上であなた自身の目で確認してもらいたい。
2010(平成22)年4月7日記