RAILWAYS[レイルウェイズ](日本映画・2010年) |
<梅田ピカデリー>
2010年5月30日鑑賞
2010年6月1日記
49歳だって夢を追ってもいいんじゃない!いや、49歳の今しかそんな行動はとれないのでは?政治も経済も低迷どころか真っ暗闇のニッポン国に、心温まる大人のファンタジー映画が誕生!年収は?老後の保証は?そんな現実問題はさておき、岡村孝子の名曲『あなたの夢をあきらめないで』の大人版をほっこりと楽しみたい。もっとも、主人公の真似はしない方が安全かも・・・
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監督・脚本:錦織良成
筒井肇(一畑電車の運転士)/中井貴一
筒井由紀子(肇の妻)/高島礼子
筒井倖(肇の娘)/本仮屋ユイカ
宮田大吾(肇と同期入社の一畑電車運転士)/三浦貴大
筒井絹代(肇の母)/奈良岡朋子
大沢悟郎(一畑電車社長)/橋爪功
石川伸生(一畑電車運輸営業部長)/佐野史郎
森山亜紀子(絹代の介護士)/宮崎美子
川平吉樹(京陽電器・工場長)/遠藤憲一
西田了(肇の同級生)/中本賢
福島昇(一畑電車運転士“指導係”)/甲本雅裕
高橋晴男(一畑電車車両課長)/渡辺哲
薮内正行(一畑電車運転士)/緒形幹太
田窪俊和(一畑電車指令室)/石井正則
長岡豊造(絹代の同級生)/笑福亭松之助
2010年・日本映画・130分
配給/松竹
<49歳の決断は2つの理由から>
大手家電メーカーの経営企画室室長・筒井肇(中井貴一)が49歳にしてその地位を捨て、子どもの頃からの夢だった一畑電車の運転士になろうと決心したのは、2つの理由から。第1は同期の友人・川平(遠藤憲一)の交通事故による突然の死亡。次の昇進のため、工場閉鎖=リストラの役目を引き受けた筒井に対して協力してくれた川平は、本社への誘いをきっぱりと拒否。あくまでモノづくりにこだわる彼は、「自分の好きなように、生きるサ」と言っていたが、さてその意味は?
第2は病気で倒れた母親・絹代(奈良岡朋子)に悪性腫瘍が見つかり、余命いくばくもないことが判明したこと。故郷の出雲に母親を一人残して、筒井は妻・由紀子(高島礼子)、一人娘・倖(本仮屋ユイカ)と共に東京で暮らしていたが、こんな状況下一人息子の自分はどうすべきかと真剣に考え始めたわけだ。母親の看病のため、田舎の家に戻ってくつろぐ中で見つけたのが、子どもの頃集めていた缶の中に入ったたくさんの一畑電車の切符。母親は今でも大切にこれを保管していたわけだ。子どもの頃の夢を娘の倖に語る筒井の心の中には、すでにある決心が・・・。
49歳のエリートサラリーマンの決断はこの2つの理由からだが、さてあなたはそれをどう評価?あまり真剣にそれを論じ始めると本作のほのぼのとした味を壊してしまうかもしれないので、それはオブラートで包んだ方が良さそうだが、本音をいうと、これってファンタジー?
<家族とは?家族の絆とは?>
ファンタジー色の強い本作は、家族の絆についても、ほのぼのとした味を見せてくれる。仕事人間の筒井はいつも時間を気にしているから、娘の話を聞いていても目はチラリチラリと時計へ。娘も就活をやる年になれば、そんな父親を見限るのは当然。
他方、本作でイマイチ距離感が微妙なのが妻・由紀子との仲。専業主婦だった由紀子が、自分の夢だったハーブショップを開店したのはすごいことだが、そうなるとこちらも時間を気にし始めることになるから、倖から「お母さんもお父さんに似てきたね」と言われる始末。これでは一つ屋根の下に生活していても、家族の心はバラバラになるのは当然だ。そのうえ、絹代が入院したため、筒井と倖が東京と出雲を行ったり来たりし始めると、東京に残る由紀子との間でますます心が離れてしまうのは当然。そんな中、筒井に対して、由紀子からは微妙な発言も・・・。
こんな風に離れ離れになりかけていた家族の心をまとめる求心力になったのは、筒井が夢を追い続けてイキイキと生きていく姿。49歳で新人研修を終え、一人前の運転士となった筒井はホントに楽しそう。接客対応などもさすがエリートサラリーマンだっただけに、そんじょそこらの若者と大違いだ。もっとも、そのために定時運行が少し疎かになったりするマイナス面もあるようだが、そこは田舎の電車だから大目に?別段筒井が家族のために何かをしようとしているのではないが、筒井の生き方に少なくとも娘は大きな刺激を受けたようだ。そして私が少し心配した妻との仲も・・・。
私はかつての岡村孝子の名曲『あなたの夢をあきらめないで』が大好きだったが、筒井のように夢をあきらめなければ、娘も妻も幸せに。本作はそんなファンタジー作品として鑑賞しなければ・・・。
<人情が大事?それとも規則が?>
あなたは、「泣いて馬謖を斬る」という諺を知っている?これは、愛弟子であっても自らの指示に背いた馬謖を、諸葛孔明が処刑したことから生まれた有名な諺だ。本作には多くの人物が登場するが、一畑電車の社長・大沢(橋爪功)や車両課長の高橋(渡辺哲)をはじめとして誰一人悪人が登場しない。人間関係が濃密な田舎だからという理由もあるが、絹代の同級生で、絹代が入院している間何の見返りもないのに絹代の畑を耕す隣人の長岡豊造(笑福亭松之助)などは、善人の典型だ。
ところが、ファンタジー色の強い本作にも、後半にほんの一瞬だけケータイを持った意地悪そうな中学生が登場する。彼が一瞬のシャッターチャンスを逃さずケータイで撮影したのは、なんと小さな男の子が誰もいない運転席に座って、レバーを動かす姿。これによって一瞬電車が動いたから、筒井も、筒井に代って運転をしていた宮田大吾(三浦貴大)もビックリ。電車が動いたのは一瞬だけだったが、これがもし公になったら大変。宮田はなぜ、一瞬とはいえ運転席を離れたの?そこらあたりのドラマティックな盛り上がりを映画はうまく描いていく。
一瞬の空白が生じたのは、例によって(?)規則(定時運行)よりも人情を大切にする筒井のある行動のためだが、これがもし事故に繋がれば大変なこと。したがって宮田に代って筒井が退職願を提出せざるをえなくなり、大沢社長が記者からの追及を前に深々と頭を下げざるをえなくなったのは当然だが、さてその結末は?ここもファンタジー映画らしく結果オーライとなるのだが、ファンタジーではなく現実問題して考えればホントは「泣いて馬謖を斬ら」なくてはならなかったところ?
<「ほっこり映画」におじさんおばさんは大感激!>
私が観た日曜日の昼間、館内の入りは半分から3分の2。その90%以上は中年ないし老年のおじさんおばさんだ。近時のハリウッド映画は『007/慰めの報酬』(08年)にしても『シャーロック・ホームズ』(09年)にしても、アクションシーンはスピードがメチャ早いから、動体視力の衰えた彼らにはしんどいはず。かといって、若者が派手にケンカばかりする近時の邦画や、一途でピュアな純愛に涙する邦画も観る気はしないだろうから、なるほど彼らには本作はベストチョイス。脚本も書いた錦織良成監督も、きっとそれを意識して本作をつくったのだろう。
経済不況が強まり、都市と地方の格差が広がり、過疎問題、老人問題が深刻化している現在、誰もが少年の頃の夢を思い出し、49歳の今それを追いかけ始めるという筒井のような決断ができないのは当然。しかし、錦織監督は本作を、日本が抱えるそんな問題点をいかに直視し、いかに問題解決のための処方箋を描くかという社会問題提起作にしようとはせず、わかりやすさを徹底するとともに、あくまで「ほっこり」路線を貫いた。
「ほっこり」という形容詞がどういう意味を持つのかは人それぞれかもしれないが、私は本作には「ハートウォーミング」などというハイカラな形容詞ではなく、「ほっこり」という形容詞がもっともふさわしいと思う。それは、劇場を出てきた時に、老夫婦が交わしていた「久しぶりにほっこりとした、いい映画を見せてもらったねぇ」との会話でも明らかだ。興行収入10億円以上の大ヒットは無理かもしれないが、地元の島根県や松江市、出雲市の町おこし活動にこんな「ほっこり映画」が寄与することができれば、映画製作の新たなひとつの方向性を示すことができるのでは。
2010(平成22)年6月1日記