悪人(日本映画・2010年) |
<東宝試写室>
2010年8月5日鑑賞
2010年8月11日記
こんなことが殺人事件に発展するの?やっぱり出会い系サイトって恐い。ところが、同じサイトで出会った2つの孤独な魂が触れ合うこともあるから不思議。孤独かつ孤立する若者たちと、今を楽しく生きる若者たち。対照的な若者の生態が描かれるが、そのどちらもヘン。さらに、世代間の隔絶も明らかだ。そんな中、絶望的な逃亡劇=愛の逃避行の行き着く先は?ちなみに、この後予想される裁判劇をあなたはどう読み解く?
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監督:李相日
原作:吉田修一『悪人』朝日文庫刊
脚本:吉田修一・李相日
清水祐一(長崎に住む土木作業員)/妻夫木聡
馬込光代(佐賀の紳士服量販店で働く販売員)/深津絵里
石橋佳乃(福岡の保険会社に勤めるOL)/満島ひかり
増尾圭吾(福岡の大学に通う裕福な青年)/岡田将生
清水房枝(祐一の祖母)/樹木希林
石橋佳男(佳乃の父)/柄本明
石橋里子(佳乃の母)/宮崎美子
2010年・日本映画・140分
配給/東宝
<これでいいの?若者たち?>
去る8月5日付の新聞各紙は、「就職した大学生、60.8%=過去最大の落ち込み─就職あきらめ進学?」と報道した。今後、統廃合が進むはずの法科大学院の先行きも真っ暗だが、今や誰でも入れる時代となった大学の惨状は、目を覆うばかりだ。そんな中、吉田修一原作の『悪人』を映画化した本作に登場する主人公は、小泉改革によって格差が広がったとされる田舎の若者。すなわち、長崎の外れのさびれた漁村で生活する若者・清水祐一(妻夫木聡)と、佐賀の紳士服量販店に勤めながら、妹とともにつつましやかに生きている女性・馬込光代(深津絵里)の2人だ。
離婚した母親・依子(余貴美子)から捨てられた祐一は、祖母・房枝(樹木希林)によって育てられ、今は大叔父・矢島憲夫(光石研)が経営する解体会社で現場の仕事に従事しているが、きっとその収入はわずかのはず。彼の唯一の趣味は車。かなり改造を加えたと思われる白のスカイラインに乗っているが、そこに乗せるのは、祐一の車がなければ病院に通うこともできない房江の夫・勝治(井川比佐志)だけ。つまり、助手席に彼女を乗せて休みの日にはドライブへ、などという生活は夢のまた夢。それでも毎日まじめに働いているだけマシだが、先日出会い系サイトで知り合った女の子・石橋佳乃(満島ひかり)は、果たして自分に目を向けてくれるの?
他方、光代の方はというと、一緒に暮らす妹の珠代(山田キヌヲ)は、時々ボーイフレンドを家の中に引き入れていい思いをしているようだが、光代は全く男性に縁がなさそう。アパートと職場を往復するだけの退屈な日々がずっと続いているようだ。
こんな本作の主人公2人を見ていると、思わず「これでいいの?若者たち?」と叫びたくなったが・・・。
<あと2人の対照的な若者は?>
本作には、2人の薄幸の主人公とは対照的な、現代をたくましくかつ楽しく生きている2人の若者が登場する。1人は、由布院の高級旅館の息子で、福岡の大学に通っているお坊っちゃん、増尾圭吾(岡田将生)。金持ちには大勢の取り巻きが集まってくるのが世の常だから、圭吾はそんな連中の中心でいつも楽しそう。こんな年頃の男たちの話題はいつも女だが、圭吾の話によると、今メールが入ってきた女はうっとうしいだけの存在らしい。どうも、圭吾の周りにはそんな女がうじゃうじゃいそうだ。
もう1人は、福岡の保険会社に勤めているOLの佳乃。佳乃は、久留米で小さな理容店を営む父親・佳男(柄本明)、母親・里子(宮崎美子)の一人娘だが、田舎の理容店を継ぐつもりなど毛頭なく、会社の同僚たちと共に青春を謳歌しながら、玉の輿を狙っているしっかり者?そんな佳乃にとって、先日出会い系サイトで知り合い、「あの人、運転とセックスだけはうまいんだけどねぇ」とシャーシャーと友人に紹介する存在にすぎない祐一は、付き合う相手としては論外。佳乃の目下のターゲットは圭吾だが、さて圭吾の方は?
ひょっとして、自分があんな高級旅館の女将になれたら?そんな夢を膨らませている時、たまたま待ち合わせた所に停まっていた祐一の車の前に、真っ赤なカッコいい車に乗った圭吾の姿が。こりゃラッキー。佳乃はただちに祐一との約束をキャンセルして、圭吾の車に乗り込んだが・・・。
<父親の怒りもわかるが・・・。こりゃどっちもどっち?>
『愛のむき出し』(08年)で大ブレイクし、最新作『川の底からこんにちは』(09年)でも極上の味を出していた、若手女優成長株ナンバーワンとも言うべき満島ひかりが、「犯人は誰だ?」という本作のサスペンス面で、キーウーマンとしての役割を果たしている。
佳乃の絞殺死体が発見された時、その犯人は事件当日の晩に佳乃が会っていた圭吾に違いないと判断されたため、目下逃亡中の圭吾の発見、逮捕は時間の問題。一人娘の死を悲しみ、葬式に現れた佐野刑事(塩見三省)に対して、「早く犯人を検挙しろ!」と叫んだ父親・佳男もそう確信していたから、圭吾逮捕の報告を聞いてひと安心。ところが、それに続く「どうも圭吾は犯人ではなさそうです」の言葉に、佳男は唖然。ならば、犯人は一体ダレ?
本作後半では、誤認逮捕とわかり、友人たちと釈放祝いをしている圭吾のもとを、佳乃を失った悲しみいっぱいの佳男が訪れるシーンが登場する。そしてこれが、柄本明の達者な演技のおかげもあって、ちょっと恐い。「俺が殺人犯?なんで、俺があんな安っぽい女を?」と面白おかしく友人たちに話している圭吾の前に立つ佳男の姿を見ると、予想されるその後の展開は?圭吾に対して怒りを燃やす佳男の気持もわからないではないが、私に言わせれば、これはちょっと筋違い。だって、面白おかしく生きているだけの圭吾も悪いが、一方で祐一のような男を手玉にとりながら、他方で玉の輿を夢見て不用心に圭吾の真っ赤な車に乗り込んでいく佳乃だって?こりゃ、どっちもどっち?
<妻夫木聡と深津絵里の内面の演技に注目!>
殺人事件を告げるTVニュースを横目に、祐一は今日も房枝が作ってくれるご飯を食べながら仕事に励んでいたが、あまり期待しないまま女に送ったメールに反応があったから、内心大喜び。ともに孤独な魂を抱えた祐一と光代の出会いとその直後のラブホテルへの直行、そしてお金のやりとりを見ていると、それはいかにも切ない現代的な風景。光代が祐一からの出会いメールに返送したのは真剣な気持だったから、コトが終わった後お金を渡されたのは大ショック。したがって、これにて2人の関係はジ・エンドと思えたが、そこから本作が描く究極の愛(?)が生まれてくるから不思議なものだ。
何回かデートを重ねる中で祐一は光代に対して自分の気持を正直に伝えていたが、ただ1つ、重大なことを隠していた。それは、佳乃殺しの犯人が自分だということだが、これを告白するのは一体いつ?そして、告白後の2人の決断は?
深津絵里の演技力は定評があるから、殺人犯との逃避行を決行し、どんなに困難な状況下でも生き抜く強さを示す光代の気持の表現は手慣れたもの。これに対し、陽気でカッコいい役が多い妻夫木聡が、本作では祐一の陰気で複雑な内面の演技に初挑戦!本作では、そんな妻夫木と深津の内面の演技に注目したい。
<ラストの舞台は?これが地の果て?>
殺人犯の逃亡劇を描いた名作は数多い。さしずめ、内田吐夢監督、三國連太郎主演の『飢餓海峡』(65年)はその筆頭。そんな名作の緊迫感に比べると、本作における祐一と光代の逃亡劇は、純愛面が強調されていることの裏返しとして少し甘い。情報化が進んでいる今、テレビで頻繁に顔写真が公開されれば、若い2人に関する情報などすぐ警察に集まるのでは?
そんな2人の最終の逃亡先は、地の果ての灯台。たしかにこれはイメージとしてはすごくロマンティックだし、映像としても美しいが、今ドキ誰も人がいない地の果ての灯台なるものが日本に存在するはずがない。したがって、ちょっとウソっぽいのが欠点。逃亡資金もそれほど多くないはずだから、まずそれが切れたら2人の逃亡劇は終わり。また、買い物のために店に立ち寄った時、誰かに発見されて通報されたらそれで終わり。それくらいのことは2人ともわかっているはずだから、少し変装するとか、潜伏場所を次々に変えるとかの工夫がほしいが、その点2人の発想は?これでは、圭吾が潜伏先をすぐに発見されたのと同じく、2人が発見されるのは時間の問題。そう思っていると案の定・・・。
もっとも、本作がストーリーの軸として設定しているのは「2人がいかに逃亡するか」ではなく、「逃亡中の2人の魂がどのように触れ合うか」だからそれはそれでいいのかも。そしてまた、本作が設定するクライマックスは、いよいよ警察が灯台の中に踏み込んでくるシーンで訪れるから、それに注目。報道によれば、光代は祐一に拉致された女性だが、観客がスクリーン上で見る光代は祐一と恋に落ち、殺人犯・祐一の逃亡を幇助している女性。もし祐一が逮捕され、光代が保護された時、そんな真相が明らかになれば・・・?
本作のタイトル『悪人』は何とも大層だが、その定義は難しい。ちなみに、親鸞の言葉によれば、善人だけではなく、悪人だって往生できるのだから祐一だってきっと・・・?
<今後予想される裁判の展開は?>
本作は、やっと祐一と光代の魂が触れ合うことができたのに、祐一の逮捕によって2人が決別させられるところで終わる。しかし現実には、これから祐一の裁判が始まり、光代は弁護側の情状証人として出廷し証言するはずだ。その中できっと光代は、「自首しようとした祐一を止め、逃亡を勧めたのは自分だ」と証言し、「自らを犯人蔵匿罪で罰してほしい」と証言するはずだが、さてその証言の信憑性は?
他方、被害者側の証人として検察側が当てにするのが、佳乃の父親・佳男の被害者感情。佳乃の死亡によって佳男と妻・里子の関係もおかしくなり、家庭崩壊まで招きかけたのだから、佳男の証言には迫力があるはずだ。刑事裁判の手続を利用して、犯罪によって被害を受けた人の損害賠償請求を審理する制度=損害賠償命令制度が2008年12月1日から開始されたが、佳男がこの制度を活用するかどうかも1つの焦点。弁護士の私の予想では、若いOL・佳乃の死亡による損害賠償請求額は5000万円程度。目下の祐一にその支払い能力がないのは明らかだが、祐一が更生できた場合はその支払い可能性もあるはずだ。
そこまでははっきりしているが、難しいのは、観客はスクリーン上で見ることができた、圭吾と光代の絡み、そして祐一と光代の絡みをどこまで法廷で再現することができるかということ。つまり、観客はスクリーン上で観たシーンを現実と思い込んでいるが、それは祐一の殺人事件を審理する裁判官や裁判員は全く知らないこと。その状況を証言するのはまず圭吾だが、圭吾は佳乃を峠の上で置き去りにしたことや、車から降りるのをためらう佳乃を足蹴にして車から放り出したことなど、自分に不利なことを正直に証言しない可能性もある。他方、口が重く表現力の乏しい祐一が、佳乃からどのようにののしられたのか、なぜ佳乃のノドを絞めるまでに至ったのかの心理と過程を、裁判官や裁判員に正確かつ納得できるように証言できるだろうか?それが大問題だ。
妻夫木ファンとして本作を鑑賞する若者たちは、今後展開されるはずのそんな裁判シーンを予想してみるのも一興では・・・。
2010(平成22)年8月11日記