ハーモニー 心をつなぐ歌(韓国映画・2010年) |
<東映試写室>
2010年11月26日鑑賞
2010年11月29日記
梶芽衣子主演の『女囚さそり』(72年)は徹底的に暗い女刑務所内を描いたが、女囚たちの心の中の悲しみを歌に託するという本作のテーマでは、明るさもホドホドに。悲しみと喜び。達成感と喪失感、そのバランスがすばらしい。そして何よりも、合唱団の結成とそのサクセス・ストーリーの中での人間同士の心のふれあいがすばらしい。日常生活の中で濁ってしまったあなたの心の中も、本作を観れば、きっと洗われ感動の涙を流すはずだ。
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監督・脚本:カン・テギュ
ホン・ジョンヘ(息子ミヌの母親)/キム・ユンジン
キム・ムノク(元音大教授、死刑囚)/ナ・ムニ
カン・ユミ(新入りの女囚)/カン・イェウォン
チ・ファジャ(元クラブ歌手)/チョン・スヨン
カン・ヨンシル(元プロレスラー)/パク・ジュンミョン
コン刑務官(新任の看守)/イ・ダヒ
パン課長/チャン・ヨンナム
2010年・韓国映画・115分
配給/CJ Entertainment Japan
<韓国法における刑務所内での出産は?>
韓国法においては刑務所内で出産した場合、生後18カ月間は房内で同居できるけれども、それを過ぎると子供を手放さなければならないらしい。私は弁護士生活36年だが最近刑事事件をほとんどやっていないので、妊娠中の女性収監者が刑務所内で出産する時の手続や、その後の取扱いは全然知らなかった。そこで調べてみると、日本では「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」によってその期間は原則1年間とされ、「特に必要があるとき」はさらに6カ月間許されることがある、とされている。したがって、両国とも似たようなものだ。
<こんな雑居房での子育ては?>
もっとも、殺人罪で懲役10年の判決を受け、チョンジュ女子刑務所に収監されているホン・ジョンヘ(キム・ユンジン)は今雑居房の5号室で他の数人の収監者と共に同居中。映画では、息子ミヌの1歳の誕生日を同居人はもとより5号室担当の新任の看守コン刑務官(イ・ダヒ)と共に祝うシークエンスが楽しそうに描かれるが、生まれたばかりの赤ちゃんを育てるのは大変。赤ちゃんの泣き声で夜も眠れないという同居人からの文句は出なかったの?その他いろいろ、ホントにこんな雑居房の中で1年半も子育てをすることができるの?弁護士という立場上ついそんなことを考えてしまったが、映画を楽しむにはそれはどうでもいいことだ。
映画としてまず冒頭に提示されるテーマは、18カ月を過ぎればミヌを養子に出すと決心したジョンヘが、残された6カ月間をいかにミヌと共に過ごすか?ということ。そんなジョンヘはある日慰問にやってきた女性合唱団の歌声を聴いて感銘を受け、そこで思いついたのが自分たちの合唱団を結成すること。そうだ、そうすれば残りの6カ月間をミヌと共に充実した時間を過ごすことができる。そう考えたわけだが、刑務所内でホントにそんなことが可能なの?
<「罪を憎んで人を憎まず」の精神で・・・>
ジョンヘが合唱団の指揮者として白羽の矢を立てたのは、5号室の母親的存在であるキム・ムノク(ナ・ムニ)。ムノクは元音大教授だから引き受けてくれれば申し分ないが、彼女は死刑囚の私にはそんな資格はないと断固拒否。さてジョンヘのねばりは・・・?
女刑務所を舞台とした名作は梶芽衣子主演の『女囚さそり』(72年)だが、そこでは一貫して暗く重々しいムードが支配していた。しかし、チョンジュ女子刑務所5号室の入居者たちはまずジョンヘがメチャ明るいし、その他の同居人たちもみんな明るい。その1人は、元クラブ歌手のチ・ファジャ(チョン・スヨン)で、彼女は生活苦から詐欺罪を犯して服役中。もう1人は元プロレスラーのカン・ヨンシル(パク・ジュンミョン)。彼女は力加減を誤ってコーチの首を折ってしまった過去を持つ太めの女だが、なぜか彼女もメチャ明るい。しかし、それらはすべて表面上だけで、心の中にはそれぞれの苦悩があるはずだ。
本作が長編監督デビュー作となるカン・テギュ監督は、5号室に同居するこれら4人の女たちがなぜそれらの犯罪を犯したのかを要領よく説明したうえ、彼女たちの心の中の苦悩をしっかりと見せてくれる。なるほど、犯罪にはそれぞれの理由が・・・。まさにそうだからこそ、「罪を憎んで人を憎まず」の精神が必要だと痛感。
<新入りは、「松島ナミ」風だが・・・>
5号室の定員が何名か知らないが、それまで4人の女囚+1歳のミヌだけだった雑居房に、ある日新入りが入ってきた。これが、いかにも『女囚さそり』で梶芽衣子が演じた主人公・松島ナミ風の、自分の世界に閉じこもった暗い目をした女囚カン・ユミ(カン・イェウォン)。彼女の罪も殺人罪だが、彼女はなぜそんな大それた犯罪を?何度も訪れてくる母親との面会を断固拒否するとともに、ことあるごとに自暴自棄的な行動が彼女の特徴だ。これでは懲罰をくり返すのもやむをえないが、ある日懲罰房から聞こえてくる美しい歌声につられてジョンヘが懲罰房をのぞいてみると、そこにはユミの姿が。何と、彼女は声楽科出身で美しいソプラノの持ち主だったのだ。これは、合唱団に不可欠の人材。そう思ったジョンヘは、ムノクの力を借りてユミの入団を誘ったが、心を閉ざしたユミはかたくなにそれを拒否。そんな姿にむかついたのか、ムノクがいきなりユミのほっぺたをぶん殴ったから、さすがに年長者のムノクに反撃はしなかったものの、更にユミとみんなの関係は悪化。誰もがそう思ったが、そんな頑な女ほど、優しさに飢えているもの。やがてユミは・・・?
<看守も意外とカッコいい・・・>
女囚が主人公に設定されれば、女看守は悪役で決まり!たしかに、『女囚さそり』ではそうだったが、涙の感動作を目指した本作では、一見悪役的な女看守だって最後には・・・。女看守役で最高にカッコよかったのは、李冰冰(リー・ビンビン)が刑務所主任の役で登場した張元監督の『ただいま』(99年)だった(『シネマルーム17』421頁参照)。一時帰宅を許されたヒロイン陶蘭と、やむなくそれに同行することになった主任・小潔との二人旅から見えてくるものは感動的だったし、李冰冰の主任さん姿は実にカッコよかった。
本作では、新任刑務官のコン刑務官(イ・ダヒ)は若いだけに明るく何事にも前向きなキャラ(?)だが、刑務所の課長ともなるとやはり厳しさが必要だ。5号室の女囚たちはジョンヘに対して特にきつくあたるパン課長(チャン・ヨンナム)のことを「自分に子供がいないから」と陰口をたたいていたが、パン課長だってその心の中は・・・?場合によれば、刑務所長に対しても厳しい意見を具申する一見嫌な女課長役を、『7級公務員』(09年)でコミカルな味をみせていたチャン・ヨンナムが演じているが、李冰冰ほどではないが、これもほどほどにカッコいい・・・。
<中盤の泣かせ所では、つい・・・>
私は『北京ヴァイオリン』(02年)(『シネマルーム5』299頁参照)、『オーケストラ!』(09年)(『シネマルーム24』210頁参照)など、音楽と父子(母子)の絆をセットにした感動作に弱く、いつも大量の涙を流してしまう。すると、きっと本作でも・・・。そんな予感を持ちながら観ていたが、たちまち中盤の泣かせ所では、つい・・・。ジョンヘの尽力によってムノクが指揮者として合唱団を率いることになったうえ、美しいソプラノの持ち主であるユミが加わったため、合唱団の力は一気に伸びていった。ユミの個人指導の甲斐あって、かつては歌うとミヌが泣きだすほどの音痴であったジョンヘも、いつしか立派に歌えるように。その結果、刑務所内での発表会は大成功!
それによってジョンヘは所長との約束どおり、ご褒美にミヌと一緒での特別外泊が許されることになったが、同時にそれがミヌとの永遠の別れになろうとは。いずれその日が来ることは必然だったし、ジョンヘもその覚悟を決めていたはずだが、いざその日、その局面を迎えてみると・・・?韓国映画、韓国の監督はここらあたりの描き方が実にうまい。それまでコミカルな味を演出していた女優キム・ユンジンも、いざ泣かせ所になるとさすがにその演技は絶品。新しい養母の腕の中に抱かれながら泣いているミヌとガラス越しに別れを告げるジョンヘの姿に、思わず涙が・・・。
<クライマックスの泣かせ所も、つい・・・>
はじめて大西洋横断飛行を成功させたアメリカの女性飛行士アメリア・イヤハートを描いた『アメリア 永遠の翼』(09年)ではクライマックスをつくるのが難しかったが、音楽と母子愛をテーマとした本作ではそれは容易。つまり、ラストの音楽会のシーンに感動的なクライマックスを持ってくることは、ある意味約束事だ。しかして本作のそれは、刑務所内での発表会から4年後に。
今やチョンジュ女子刑務所の女性合唱団は内外でその実力を認められるようになったため、クリスマスイブの日にソウルで開かれる全国合唱大会に招待されることに。とはいっても、これは囚人たちだけで構成させた合唱団だから、この機会に誰か一人でも逃亡されたらえらいこと。責任感の強いパン課長はしきりにそれを心配し、厳戒体制で大会に臨もうとしたが、所長はこの際家族を招待しようとか、家族と面会できる機会を与えようとか、何かと暖かい配慮を。この姿を見ていると、そしてまた涙のクライマックスを盛り上げるために設定された「指輪窃盗事件」の挿話に対する所長の毅然とした態度を見ていると、所長の人間としての包容力と奥深さに脱帽!
この合唱団が歌うのはてっきり最初に歌った「ダニー・ボーイ」だと思っていたが、そんな私の予想は見事にハズレ。彼女たちが選んだ楽曲とは?そのタイトルやその曲のいわれを知っている人は少ないだろうが、そのしっとりとした曲調と歌詞に注目!さらに見事に歌い終わった後、カン・テギュ監督は何とも感動的な演出をしているので、それにも注目!
ジョンヘ以外はみんな家族との面会を果たしていたから、ジョンヘだって別れたミヌとの再会をここで?誰もがそう期待しているわけだが、一体それはどんな演出で?それをここで書くのは、ヤボというもの。ある程度予想できる想定でも、いざそれが思いがけない形でスクリーン上に登場し、感動的な演技を見せられると、つい涙が出てくるはずだ。そこに感動的な音楽が流れてくると、さらに涙が止まらなくなるもの。そんなクライマックスの泣かせ所では、つい大量の涙を・・・。
<本作を観れば、誰だって死刑廃止論者に・・・>
09年5月から日本では裁判員裁判が始まったが、去る11月16日横浜地裁で初の死刑判決が下された。すると続いて11月25日仙台地裁が18歳7カ月の少年に対して死刑判決を。これによって、死刑の存続か廃止かをめぐる議論が活発化することが求められているが、今の日本人はそんな重たいテーマについての議論は苦手?
先ほど本作のクライマックスはラストの音楽会と書いたが、実はカン・テギュ監督はその後にもう1つの泣き所を設定している。それは音楽会の大成功と女囚たちそれぞれの家族との再会という最高のお土産を受け取った後に訪れる、ある悲劇。2010年7月17日から施行された改正臓器移植法によって、脳死判定を受けた20代の男性が本人の書面による意思表示なく、家族の承諾のみによって、心臓・肺・肝臓・膵臓・腎臓を提供する第1号の事例が8月10日に実施された。すると、その後第2号、第3号とたて続けに事例が増加し、今や10例以上になっている。死刑判決も第1号が出るとすぐに第2号が続いたが、現在各地の地裁に係属中の重大案件を考えると、ひょっとして今後もたて続けに死刑判決?韓国は日本と同じく死刑制度の国だが、キリスト教徒である金大中、盧武鉉大統領の政権が続いたため、1997年12月以降死刑の執行はなかったらしい。しかし、あるところで、ある凶悪事件が発生すると?それによって韓国内で死刑の必要性の議論が高まれば、その結果法務部長官(法務大臣)は?
合唱団の指揮をとっていたムノクが死刑判決を受けたのは若い時のはずだから、この時までその執行はされなかったわけだが、いつ執行命令が出されてもおかしくないのは韓国も日本も同じ?ここまで書けば推測がつくはずだ。しかして、本作を観れば誰だって死刑廃止論者に・・・。
2010(平成22)年11月29日記