孫文の義士団(中国、香港合作映画・2009年) |
<GAGA試写室>
2011年2月18日鑑賞
2011年2月21日記
「辛亥革命」から100周年。といっても中国の近現代史に疎い日本人にはなじみが薄いが、中国では「革命の父」、台湾では「国父」と呼ばれる孫文の偉大さは不滅!したがって、その孫文が1906年10月15日に香港で開催される1時間の会議に出席するためなら、己れの命は惜しくない。そんな切り口から、中国香港の資本と人材を結集した「エンタメ巨編」が誕生!しかして、あなたは本作に描かれた名もなき義士団たちの犠牲をいかに評価?そこらの論点整理も、しっかりと!
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製作:陳可辛(ピーター・チャン)、黄建新(ホアン、チェンシン)
監督:陳徳森(テディ・チャン)
沈重陽(シェン・チョンヤン)(賭博好きの警官)/甄子丹(ドニー・イェン)
李玉堂(リー・ユータン)(革命を支持する商人)/王學圻(ワン・シュエチー)
陳少白(チェン・シャオバイ)(中国日報社長)/梁家輝(レオン・カーフェイ)
阿四(アスー)(ユータンの車夫)/謝霆鋒(ニコラス・ツェー)
閻孝国(ヤン・シャオグオ)(孫文暗殺団の首領)/胡軍(フー・ジュン)
方紅(ファン・ホン)(ティアンの娘)/李宇春(クリス・リー)
史密夫(シー・ミーフ)(警察署長)/曾志偉(エリック・ツァン)
方天(ファン・ティアン)(朝廷から追われた元・将軍)/任達華(サイモン・ヤム)
月茹(ユエル)(ユータンの妻、チョンヤンの元妻)/范冰冰(ファン・ビンビン)
阿純(アーチュン)(アスーの恋人)/周韵(チョウ・ユン)
李重光(リー・チョングアン)(ユータンの息子)/王柏杰(ワン・ポーチエ)
王明(ワン・フーミン)(少林寺出身の豆腐売り)/巴特爾(メンケ・バータル)
チェンシャン(暗殺団のNo.2)/カン・リー
劉郁白(リウ・ユーバイ)(物乞い)/黎明(レオン・ライ)
2009年・中国、香港合作映画・139分
配給/ギャガ
<日本人はまず、「孫文」の学習を!>
中学、高校の歴史教育のレベルの低下を憂えている私としては、今ドキの大学生に「孫文」とは?「辛亥革命」とは?と聞いてもほとんど答えられないのでは?と危惧している。下手すると、その漢字を見せても読むことすらできないのでは?日本の近現代史は「NHK大河ドラマ」が幕末モノや明治維新モノを再三とりあげるため少しは「国民的素養」になっているが、中国の近現代史については私のような団塊世代のおっちゃんは別として、日本の若者たちはほとんど興味がなく知らないようだ。アヘン戦争とは?日清戦争とは?西太后とは?義和団事件とは?袁世凱とは?対華21カ条の要求とは?さあ、こんな質問にあなたはどれくらい答えられる?
『宋家の三姉妹』(97年)は中国の近現代史を理解するのに最善の教科書だが、そこには当然日本に留学した孫文の姿が描かれている。1905年に東京で中国同盟会を結成した孫文は、同じく東京で1914年に中国革命党を結党した。そしてこれは、1919年に反日の「五四運動」が広がる中、中国国民党に改組された。つまり、孫文は現在台湾で大きな支配力を持っている国民党の生みの親なのだ。孫文の後を継いだ蒋介石は中国共産党との「国共内戦」に敗れて台湾に逃げ込んだため、中国人からは大いに嫌われているが、孫文は別格。つまり、孫文は中国では「革命の父」、台湾では「国父」と呼ばれ中台の双方から尊敬されているわけだ。
<さらに「辛亥革命」の学習を!>
1911年10月に「辛亥革命」が武昌で勃発したことによって清王朝が滅亡することになったわけだが、この「武昌起義」の前にも各地で武装蜂起が起きていた。しかして、これらは単発的なもの?それとも中国同盟会が指導した計画的かつ連鎖的なもの?それが大きなポイントだ。そこでネット情報を調べてみると、1985年から1911年にかけて広州起義、恵州起義、黄岡起義、安徽起義など計10回の武装蜂起が実行されている。これらはいずれも失敗に終わったが、このような革命運動の積み重ねの結果、やっと1910年10月10日の武昌起義が成功し、「辛亥革命」が成立したわけだ。
またプレスシートにある、緒形康(神戸大学大学院教授、孫文研究会代表)のコラム「『孫文の義士団』に込められた、歴史からのメッセージ」には、「史実が伝えるのは、1910年11月13日、孫文がペナンで開催した同盟会幹部会議に、南洋及び中国東南各省の中国同盟会代表が参加し、広州起義(11年3月29日)の計画が練られた」と書かれている。したがって、本作が焦点として描く1906年10月15日の「1時間」というのは完全なフィクション。しかし、中国各地での連鎖的な武装蜂起のプランを練るために幹部会議が不可欠であったこと、またその会議には中国同盟会の総リーダーたる孫文の出席が不可欠という時代的要請は全く史実のままだ。
当時、清王朝の実権を握るのは、現在NHKドラマ『蒼穹の昴』で放映されている西太后。彼女の下にそんな情報が入れば、西太后はどんな命令を?本作はそんな映画だが、その前提として日本人はまず「孫文」と「辛亥革命」の学習を!
<「歴史大作」ではなく、「エンタメ巨編」として!>
孫文は清王朝にとって最大最悪の危険人物だから、孫文が日本から香港に入り、武装蜂起のための幹部会議に総リーダーとして出席することがわかれば、西太后がその暗殺指令を出すのは当然。しかし『宋家の三姉妹』のような「歴史大作」を目指す映画なら、そういう事実はストーリー構成の一要素として入れるだけで十分。歴史大作としては、その会議に誰が出席し、どんなことが決議され、それがいかに実行されたかが重要になるはずだ。しかし、ハリウッドに並ぶ、いやハリウッド以上のエンタメ巨編をつくりあげることを目指した中国香港合作映画たる本作は、その方向を取らなかった。
張藝謀(チャン・イーモウ)監督の『HERO』(02年)や呉宇森(ジョン・ウー)監督の『レッドクリフ』(08年)、『レッドクリフPartⅡ』(09年)が大ヒットしたのは、ハリウッド型の映画製作(法)を学び、大金をかけてエンタメ巨編をつくり、世界の市場に販売したからだ。しかして、香港の陳可辛(ピーター・チャン)が製作し、香港の陳徳森(テディ・チャン)が監督した本作も、中国資本との提携を深めたエンタメ巨編として製作された。したがって、本作に歴史的大作たる『宋家の三姉妹』はもちろん、『始皇帝暗殺』(98年)、『項羽と劉邦-その愛と興亡』(94年)、『阿片戦争』(97年)、『国姓爺合戦』(01年)などの感動を期待してはダメ。本作に期待するのは、『HERO』『LOVERS』(04年)、『レッドクリフ』『レッドクリフPartⅡ』を超えるエンタメ巨編になっているかどうかであり、また香港テイストと中国(大陸)テイストがいかにうまく融合しているかということだ。もちろんそれは観てのお楽しみだが、「『レッドクリフPartⅡ』『HERO』を超え、中国歴代興収トップ10にランクイン!」「アジア各国の映画賞を席巻!(計70部門ノミネート、37部門受賞)」という宣伝文句のとおり、きっとあなたも大満足!
<この俳優陣は、まさにアジア版「オーシャンズ」!>
本作では、誰でもまず孫文(役)に注目するはずだが、実は孫文の姿はなかなかスクリーン上に登場せず、登場しても後ろ姿かせいぜい横顔を少し見せるだけ。ひょっとしてこれは、かつて「天皇三部作」として東宝が制作した、嵐寛寿郎主演の『明治天皇と日露大戦争』(57年)、『天皇・皇后と日清戦争』(58年)、『明治大帝と乃木将軍』(59年)において、天皇陛下の顔をスクリーン上に映すことについて賛否両論あったのと同じ?いやいや、決してそんなことはない。「10億人の希望と、国の未来がかかった1時間」が終わると、孫文の晴れやかな顔(?)を拝むことができるからご安心を。しかしそれと同時に、なぜそのような演出にしたのかについては、熟考することが大切だ。
他方、『孫文の義士団』という邦題はかなり正確で、エンタメ巨編たる本作のスクリーン上での主役は孫文ではなく、その義士団だ。義士団として戦闘能力を発揮するのは①賭博好きの警官であるシェン・チョンヤン(ドニー・イェン)、②少林寺出身の豆腐売りの巨人ワン・フーミン(メンケ・バータル)、③ワケありの物乞いリウ・ユーバイ(レオン・ライ)、そして④朝廷から追われた元・将軍のファン・ティアン(サイモン・ヤム)、⑤その娘たるファン・ホン(クリス・リー)たち、武闘派の面々。
他方、本作のストーリー展開をリードするのは、⑥中国日報社長で孫文の香港入りを手引きするチェン・シャオバイ(レオン・カーフェイ)、⑦孫文に多額の資金援助をしてきた商人リー・ユータン(ワン・シュエチー)の2人。さらに⑧リー・ユータンの一人息子で外国の大学への合格と留学が決まりながら、孫文の影武者となるリー・チョングアン(ワン・ポーチエ)⑨リー・ユータンの忠実な車夫アスー(ニコラス・ツェー)も、戦闘能力こそないものの義士団の一員として重要な役割を果たすことになる。したがって、彼らこそ、1906年10月15日午前10時から開催される1時間の会議のために上海からやってきた孫文が、無事出席して議事を務め香港から無事脱出することに命をかけた「孫文の義士団」なのだ。そんな義士団を中国香港合作映画たる本作ではオールスターという以上のすごい俳優陣が演じている。
02年の『オーシャンズ11』(『シネマルーム1』32頁参照)に始まり、『オーシャンズ12』(04年)(『シネマルーム7』140頁参照)、『オーシャンズ13』(07年)(『シネマルーム15』28頁参照)と続いたスティーブン・ソダーバーグ監督の『オーシャンズ』シリーズは作品の出来としてはイマイチだったが、俳優陣はすごかった。つまり、ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、マット・デイモン等の他、『オーシャンズ11』ではジュリア・ロバーツ、『オーシャンズ12』ではキャサリン・ゼタ=ジョーンズなどの女優陣も超豪華だった。そう考えると、本作はまさにアジア版「オーシャンズ」!
<一人また一人・・・。しかし、ラストには・・・>
本作の原題は『十月圍城』、邦題は『孫文の義士団』だが、英題は『Bodyguards and Assassins』。ボディガードよりはきっと「義士団」の方が適切だろうが、Assassinsとは暗殺団のこと。したがって、この英題が最も客観的に本作を表現しているのだろうが、本作は義士団の面々が主人公だから、やはり邦題の方がベター。すると、悪役になる暗殺団のボスはどんな凶悪な奴?
誰もがそう思うはずだが、西太后が放ったという500万の暗殺団の首領ヤン・シャオグオの人となりは興味深い。今彼は清王朝の役人になっているものの、チェン・シャオバイの教え子だからチェン・シャオバイにしてみれば、西洋の学問を身につけたのに彼がなぜ清王朝の手先になっているのかが理解できないらしい。そこで暗殺団の奇襲によって今は獄中にいるチェン・シャオバイをヤン・シャオグオが訪れるシーンが登場し、そこで師弟の議論が展開される。チェン・シャオバイの疑問は「民主主義を学んだおまえが、なぜ反革命の道を選んだのか」ということだが、さて、それに対するヤン・シャングオの回答は?本作はエンタメ巨編とは言いながら、そんなシリアスかつアカデミックな面もあるのでお見逃しなく。
それはともかく、ヤン・シャオグオ率いる優秀な暗殺団によって最初に血祭りにあげられたのが、元・将軍のファン・ティアン。ここらのシークエンスはまさに、これぞ香港カンフー活劇!ファン・ティアンのとっさの機転で命を救われた娘のファン・ホンも、父親の死を嘆く姿を見ている限りはカンフー戦士とは見えなかったが、その後の義士としての活躍は特筆もの。本作は孫文が1時間の会議を無事終了するために義士たちが命をかけて暗殺団と戦い、一人また一人と殺されていくサマをエンタメ性タップリの活劇の中で描いていく。もちろん義士が一人また一人と殺されていくサマは悲しいが、それは孫文の会議を成功させるという大義のためだからそれなりに意義があるはず。したがって、会議が無事成功すれば影武者として命を危険にさらしてきたリー・チョングアンだって、命を奪われても本望というもの。
たしかに理論的にはそうだが、それを本当に納得するには、そこまで陶酔できる孫文という人物の偉大さについて今少し勉強が必要かも・・・。
2011(平成23)年2月21日記