ゴーストライター(フランス、ドイツ、イギリス映画・2010年) |
<シネ・リーブル梅田>
2011年10月8日鑑賞
2011年10月14日記
日経新聞の「私の履歴書」も面白いが、ゴーストライターによるアフガン戦争とイラク戦争を主導した元英首相の自叙伝ともなると、その価値は絶大!しかも、前任者はナゾの死を遂げ、元首相にはある疑惑で訴追の危機が迫っていたから、世間の注目は最高潮。こんな時期に出版できれば大成功だが、いくらゴーストライターでも真実を書くためには調査が大切。しかし、素人探偵も度が過ぎると・・・。こりゃ面白い!こりゃ最高!ハラハラドキドキの緊張感とCIAの暗躍ぶり(?)を、今あらためて・・・。
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監督:ロマン・ポランスキー
原作:ロバート・ハリス『ゴーストライター』
ゴースト(ゴーストライター)/ユアン・マクレガー
アダム・ラング(元英国首相)/ピアース・ブロスナン
アメリア・ブライ(ラングの専属秘書)/キム・キャトラル
ルース・ラング(ラングの妻)/オリヴィア・ウィリアムズ
ポール・エメット(ハーバード大学教授)/トム・ウィルキンソン
シドニー・クロール(ラングの顧問弁護士)/ティモシー・ハットン
リック(ゴーストの代理人)/ジョン・バーンサル
リチャード・ライカート(元英外相)/ロバート・パフ
ジョン・マドックス(出版社)/ジェームズ・ベルーシ
老人(島の住人)/イーライ・ウォラック
2010年・フランス、ドイツ、イギリス映画・128分
配給/日活
<誰が、何の自叙伝を?なぜ今?>
私は日本経済新聞に連載されている「私の履歴書」のファン。興味をもつ有名人が、功なり名を遂げた後に書く自叙伝は結構面白い。2011年10月10日は私が監査役を務めている株式会社オービックの代表取締役兼会長である野田順弘・みづき夫妻の結婚50周年=金婚式のパーティーだったが、その会長が「私の履歴書」に登場したのが2010年6月。この連載は『転がる石は玉になる』としてまとめられ、2011年1月に出版されたが、これを書いたのはもちろんゴーストライターだ。
ロバート・ハリスの原作をロマン・ポランスキー監督が映画化した本作で今自叙伝を書こうとしているのは、元英国首相アダム・ラング(ピアース・ブロスナン)。そのゴーストライター役として白羽の矢が立ったのがユアン・マクレガー演ずる本作の主人公だが、面白いことに彼には名前が与えられていない。したがって、この評論では便宜上彼をゴーストとしておこう。
ゴーストが聞くところによると、何ともヤバイことに、前任のゴーストライターであったマイク・マカラは仕事の途中で大酒を飲んで溺死したらしい。マカラは一体どんな自叙伝を書いていたの?そして今、ラング元首相はなぜそんなに自叙伝づくりにこだわるの?その自叙伝には一体ナニを書こうとしているの?
<ブレア元首相は、なぜブッシュ大統領と?>
世界を震撼させた2001年の9・11世界同時多発テロの直後、アメリカのブッシュ大統領はアフガン戦争に踏み切り、さらに03年3月にはイラク戦争に踏み切った。その当時、小泉純一郎首相とブッシュ大統領との「蜜月関係」以上に固い信頼関係にあったのが、米英の絆。イラク戦争の開始はサダム・フセイン元イラク大統領が大量破壊兵器を保有していることが最大の理由とされたが、その認識の成否については問題が多い。ところが小泉総理と同じように、いやそれ以上にブッシュ大統領を信じていた英国のブレア元首相は、参戦を正当化するために情報操作が行われているのではないかという意見に全く耳を貸さず、ブッシュと共に対アフガン、対イラク戦争に突き進んだ。それは一体なぜ?
そんなブレア元首相を彷彿させる本作のラング元首相は、今妻のラング夫人(オリヴィア・ウィリアムズ)、専属秘書のアメリア・ブライ(キム・キャトラル)らと共にアメリカのある小島にこもっていた。ラング夫人から推薦を受けたゴーストは、出版社のジョン・マドックス(ジェームズ・ベルーシ)、ラングの顧問弁護士のシドニー・クロール(ティモシー・ハットン)らの面接をパスした後その島へ向かったが、さてラングの口から直接対アフガン、対イラク開戦に向けての生々しい話を聞くことができるのだろうか。もしそうなれば、ゴーストの代理人リック(ジョン・バーンサル)の狙いがピタリと当たるのだが・・・。
<引退すると、手ごわい政敵に?>
外務省のことを「伏魔殿」と罵ったのは田中真紀子元外相。それによって官僚との対立が激化したため、小泉総理はやむなく彼女を切ったが、さてその報復は?本作では、政界を引退したラングがイスラム過激派のテロ容疑者をCIAに引渡した際に不当な拷問をしたという疑惑が浮上するが、その調査をICC(ハーグ国際刑事裁判所)に依頼したのが元外相のリチャード・ライカート(ロバート・パフ)だったから、ラングはカリカリ。このニュースにマスコミが色めいたのは当然で、それまで静かだったラングの滞在先はたちまち多くのマスコミと反対デモであふれることに。これではラングの執筆作業も落ち着いてできないが、逆にこれだけ騒がれている時だからこそ、ラングの自叙伝に価値が生まれるのも当然。そこでゴーストは、出版社から1ヵ月だった予定を2週間で完成させるよう命令されたから大変だ。
学生時代は政治に興味のなかったラングが共和党に入党したのは、当時共和党の選挙活動を手伝っていた今はラング夫人のルースに一目ボレしたため、という面白いエピソードから書き始めようとしていたゴーストだったが、事態が混乱を極める中、死亡したマカラの部屋で発見した写真や資料によると、どうもラングがゴーストに語った話はインチキらしい。いくらゴーストでもまさか真実でない事をシャーシャーと書くわけにはいかないから、調べていくと怪しいことだらけ。こりゃ、一体どないなってるの?
<いくら何でも、そりゃ・・・>
本作では、ゴーストライターに過ぎないのに、ラング夫人から一瞬作家と呼ばれてドギマギする(?)ゴーストの姿が描かれる。ベストセラーが出れば有名になって大金が入ってくる「作家」と異なり、「ゴーストライター」の収入(原稿料)なんてタカが知れている。ちょっとやばそうな(?)今回の仕事をゴーストが引き受けたのは正直なところ25万ドルという破格の報酬に惹かれたためだが、ラングが滞在する別荘内で半監禁状態(?)になりながら密着取材を続けていると、ラングをめぐるラング夫人とアメリアとの「女の対決」やラングとルースの夫婦関係の現状など、微妙なアヤが見えてくるから面白い。平常時ならそんな問題点が浮上することはないはずだが、ひょっとしてラングが「戦犯」として起訴されるかもしれないという大変な事態ともなると、それぞれの意見や思惑が錯綜するため、それぞれの本性が丸見えになってくる。
そんな中、ラングが島の老人(イーライ・ウォラック)から聞いた「フェリーから海に落ちたとしても、潮の流れの関係上死体はこの浜には絶対漂着しない」という話をラング夫人に伝えると、ラング夫人は激しく動揺。そして、マカラ死亡の前日、ラングはマカラと激しく口論していたという秘密をゴーストに告白した。そりゃ、一体どういう意味?さらに、激しい雨の中を1人で外に出かけていったラング夫人がずぶ濡れのままゴーストの部屋に入ってくると、そのまま2人は裸になって・・・。いくら何でも、そりゃ・・・。
<エメット教授とは?CIAの陰謀とは?>
本作はロバート・ハリスの原作『ゴーストライター』を原作者とロマン・ポランスキー監督が共同で脚本化したものだが、マカラが車に残していたカーナビに導かれるようにゴーストがポール・エメット教授(トム・ウィルキンソン)の別荘を訪れるあたりから、俄然ミステリー色とサスペンス色を増してくる。マカラが残していた、ラング元首相とエメット教授が一緒に写っている写真を見せても、教授には何の反応もなかったが、こりゃきっとウラがある。ゴーストがそう考えたのは当然だが、帰路にはヤバそうな車が尾行してきたから大変。このまま帰りのフェリーから海の中に突き落とされたら、ゴーストも前任のマカラと同じ運命を・・・。
そんなゴーストを間一髪のところで救ってくれたのが、なぜか写真のウラに書いてあった電話番号の主であるライカート元外相だったから、話はますますややこしい。助けが来るまでの間、ゴーストがインターネットでエメット教授のことを調べていくと、何やらCIAと関係がありそうなキナ臭い話まで・・・。結局ゴーストはラングからかかってきた電話によって首相専用機の中に収容されたが、今ゴーストは誰を信じればいいの?もちろん、機内でゴーストはラングに対して直接いろいろな質問を投げかけたが、その結果はマカラと同じような(?)口論に。すると、このままではやっぱりゴーストもマカラと同じ運命に?
<前任者の原稿には、どんな秘密が?>
ロマン・ポランスキー監督がアカデミー賞監督賞等を受賞した『戦場のピアニスト』(02年)は「骨太さ」が際立っていた(『シネマルーム2』64頁参照)が、後半以降の本作はまるでアルフレッド・ヒッチコック監督のサスペンス映画のよう。とりわけ、フェリー乗り場までの追いかけっこやフェリーからの脱出劇は、ヒッチコック監督を彷彿させる緊張感でいっぱいだ。他方、エメット教授やラング夫人がCIAのエージェントだったなどという途方もない話(仮説?)が登場してくると、俄然ポランスキー色が際立ってくる。本作最大のナゾは、「マカラは一体誰に殺されたのか?」ということだがもちろんそれは容易に明かされない。またエメット教授の説明によると、ラングの忠実な部下だったマカラはイスラム過激派の輸送記録を調べ真実を知っていく中で自分に協力するようになり、ラングの大きなスキャンダルを自叙伝の冒頭に記した、とのことだが、マカラの原稿をいくら読んでもそれらしきことは書かれていない。こりゃ、一体ナゼ?
てな緊張感の中で短期間に完成したラングの自叙伝が、バカ売れになったことはいうまでもない。しかして、今日はその出版記念パーティーの日。今ラング夫人がお祝いのスピーチを述べていたが、その時ラング夫人の手にゴーストから1枚のメモが。さあ、そこには一体ナニが書かれていたの?そして、ゴーストによる手に汗握る素人探偵(?)の行く末は?また、最後にゴーストを待ち受けていたある悲劇的な結末とは?
2011(平成23)年10月14日記