マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙(イギリス映画・2011年) |
<GAGA試写室>
2012年1月23日鑑賞
2012年1月25日記
日本でもヨーロッパでも政治と経済が低迷している今、サッチャーのような「鉄の女」への待望が?レーガン、サッチャー、中曽根による1980年代の「新保守主義」の功罪はそれなりに総括されているが、「何も決められない民主主義」よりよほどマシでは?日経新聞の「私の履歴書」でのサッチャーも興味深かったが、本作からは人間サッチャーと政治家サッチャーを共に学びたい。しかして、「サッチャー映画」ができるのなら、日本ではぜひ「田中角栄映画」を!
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監督:フィリダ・ロイド
マーガレット・サッチャー/メリル・ストリープ
デニス・サッチャー(マーガレットの夫)/ジム・ブロードベント
若き日のマーガレット/アレクサンドラ・ローチ
若き日のデニス/ハリー・ロイド
キャロル・サッチャー(マーガレットの娘)/オリヴィア・コールマン
アルフレッド・ロバーツ(マーガレットの父親)/イアン・グレン
ジェフリー・ハウ(副首相)/アンソニー・ヘッド
マイケル・ヘーゼルタイン/リチャード・E・グラント
2011年・イギリス映画・105分
配給/ギャガ
<1979年という年は?>
今年2012年は台湾、ロシア、アメリカ等の指導者選びの選挙と中国の指導部交代の年。日本の衆議院議員の任期は来年の8月29日までだが、きっと日本でも近いうちに衆議院議員の総選挙があり、国政は更なる混迷に陥るはず。そんな今、イギリスでマーガレット・サッチャーが女性初の英国首相に選ばれた1979年という年を考えてみると・・・。
私は日経、朝日、読売、産経と大阪日日新聞を購読しているが、今産経新聞の連載小説は黒木亮の「法服の王国」。そこでは、ちょうど私が司法修習生時代を過ごした1972~74年の少し前の時代が描かれているから興味深い。サッチャーはレーガン、中曽根と並ぶ「新保守主義」を代表するリーダーとして、1980年代を牽引した。もちろんそれには賛否両論があったが、私の印象では賛成が6~7割、反対が4~3割だ。「法服の王国」は今第4章「最高裁事務総局55」の最中だが、試写室で本作を観た翌日1月24日の連載には、何の偶然か「2月11日、英国の保守党党首選挙で、エドワード・ヒースらを破ったマーガレット・サッチャーが、英国初の女性党首に就任した」という文章が踊っていた。これは同年「5月20日、最高裁第一小法廷は、昭和27年に札幌市警の白鳥一雄警備課長が射殺された白鳥事件の再審請求に関し、「再審開始のためには、確定判決における事実決定につき、合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、『疑わしいときは被告人の利益に』という刑事裁判の鉄則が適用される」という画期的な「白鳥決定」(通称)を出した」ことにつなげるための時代背景として使われていたが、同年「4月30日、北ベトナム軍が南ベトナムの首都サイゴン(現・ホーチミン)市に無血入場し、ベトナム戦争が終結した」ことと並んで、サッチャーの首相就任が1979年の大きな出来事として書かれているところがミソだ。また、日経新聞の「私の履歴書」は私の愛読コーナーだが、1995年の7月にサッチャーが取り上げられていたことはよく覚えている。
いみじくも、1979年は1974年に弁護士登録した私が独立し、坂和法律事務所を開設した年。世界史的にはそれから10年後の1989年が、①ベルリンの壁崩壊②天安門事件などのエポックメイキングになった年だが、1979年もそんな激動の年なのだ。
<サッチャーは雑貨商の娘!その意味は?>
政治が混迷し強いリーダーが求められる今、橋下徹大阪市長が大きな注目を集めているが、「日本列島改造論」を引っさげて颯爽と登場し、40年前の1972年に日中国交回復を成し遂げたのが「今太閤」ともてはやされた田中角栄元総理。1918年に新潟の農家の次男坊として生まれた彼は、高等小学校卒(実際には中央工学校土木科の夜間部を卒業しているが、「高小卒」を売りにしていた)だが、卓越した頭脳と行動力はすばらしいものだった。それに対してサッチャーは、子供の頃からガリ勉タイプ(?)でオックスフォード大学を卒業した秀才だが、その父親アルフレッド・ロバーツ(イアン・グレン)は小さな雑貨商を営んでいたそうだ。しかして、その意味は?
プレスシートにある板倉厳一郎氏のコラム「『サッチャーを描く』ということ」には、「イギリスの社会は上流クラス(貴族など)、上層中産階級(弁護士、医師など)、下層中産階級(サラリーマン、商店主など)、労働者階級(工場労働者、使用人など)に分かれる」という面白い分析をしたうえで、サッチャーのコンプレックスの原因が「雑貨商の娘」だったことにあると指摘している。「イギリスでは、アッパーミドルクラス以上だと標準英語、それ以外の階級の人々はその土地の訛りで話すのが普通」であるため、上昇志向の高いサッチャーは発音を矯正したらしい。ダミ声の田中角栄元総理はよくも悪くもアクの強さが売りだったが、サッチャーはいくら「鉄の女」であってもやはり女だから、イギリス初の女性首相になるについては、そんな苦労も・・・。
<アカデミー賞は2年続けて「英語」の矯正モノに?>
日経新聞2012年1月の「私の履歴書」には、トニー・ブレア元イギリス首相が登場している。そこでは超エリートの彼が労働党の党首となり、さらにイギリス首相になるについてのさまざまな「権力闘争」が回顧されているが、本作では保守党の党首選挙への立候補を決意したサッチャーが、髪型はもちろん発声法まで矯正される姿が登場する。メリル・ストリープ扮するサッチャーの英語のしゃべり方はロクロク英語をしゃべれない私でもその変化に気づくほどだから、その矯正は大変だったはずだ。前述の板倉厳一郎氏のコラムによれば、首相になってもサッチャーの発音はときどきまちがっていたらしい。
1月24日に召集された第180通常国会の冒頭で、野田佳彦総理が行った就任後初の施政方針演説は、強気だが反省がないと野党から猛反発されている。野田総理は昨年9月の首相就任直後から続いていた低姿勢を捨て今や強気一辺倒だが、それでも本作にみる「鉄の女」サッチャーの強気ぶりに比べれば月とスッポン?そこまでサッチャーが強気を貫くことができたのは自分の信念に忠実なためだが、それができた一因は英語の発音の矯正に成功したためかも・・・。メリル・ストリープがそんなサッチャー役を熱演し、第69回ゴールデン・グローブ賞の主演女優賞を受賞したうえ、第84回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたから、今年のアカデミー賞主演女優賞はメリル・ストリープに決まり?それは早計だが、もしそうなれば昨年の英語の吃音を矯正した『英国王のスピーチ』(10年)(『シネマルーム26』10頁参照)の主演男優賞に続いて、今年も英語の発音を矯正した本作が主演女優賞に?
<サッチャーでもムリだったことを考えると・・・>
消費税を10%に上げることはもともと自民党が言い出したことだから、今民主党がその提案をすることに基本的な文句はないはず。ところが、現実の昨今の日本の政局は・・・?ヨーロッパの消費税は軒並み高くおおむね15~20%だが、3度目の総選挙を勝ち抜き、恐いものなしのサッチャーが1990年に掲げたのが「人頭税」。これは個人の収入にかかわらず課せられるものだから国民の反発はもとより党内からの反発も強く、これによってサッチャーのよき理解者だった副首相のジェフリー・ハウ(アンソニー・ヘッド)が辞任してしまったうえ、党内からも「あなたは勝てない」との声が台頭。日本でも消費税の創設や、3%から5%へのアップをめぐってはいくつもの政権が崩壊してしまったが、鉄の女サッチャーでさえ人頭税の強行はできず辞任せざるをえなくなった。
それを考えると、国民の反対や野党からの反発はもとより、民主党内部でも小沢一郎グループ等から強い反対が出されている消費増税を、野田総理の強気の決意だけで実現することができるの?その見通しは非常に悲観的だ。しかし、消費増税を断行できずに野田内閣が辞任すれば、日本の内閣は安倍晋三→福田康夫→麻生太郎→鳩山由紀夫→菅直人に続いて6年連続で1年毎に交代することになる。そうかといって、逆に強気で衆議院を解散し、消費増税に反対する選挙区には「刺客」をたて総選挙で圧勝するなんてことは、夢のまた夢?サッチャー退陣後のイギリスではいくつかの混乱が起きたが、基本的にはまだ議会制民主主義が機能している。しかし、既に議会制民主主義と二院制が機能不全に陥ってしまっている2012年の今の日本では、消費増税などとてもムリ・・・?
<「サッチャー映画」ができるなら、「田中角栄映画」も!>
人間誰しも栄華の時代もあれば、失意の時代もある。イギリス国民の誰もが尊敬するチャーチルの伝記映画をつくるのならいざ知らず、86歳ながらも今なお生きているサッチャーの映画を伝記映画にすることができないのは当然。サッチャーと同時代の政治家中曽根康弘元総理は94歳にして今なおTV出演などもこなす存在感を見せつけているが、サッチャーは83歳の時に認知症になったらしいから、その老後は大変?人間誰しもそんな姿を公にしたくないものだが、娘キャロル・サッチャー(オリヴィア・コールマン)の回顧録によってその事実が発表されたこともあって、本作は自叙伝に思わず旧姓でサインしてしまうというヤバイ健康状態にあるサッチャーの描写から始まる。サッチャーの夫デニス・サッチャー(ジム・ブロードベント)は2003年に死亡したはずだが、スクリーン上にはたびたびこのデニスの姿が。こりゃ一体なぜ?サッチャーの認知症はここまで進んでいるの?
本作はそんな孤独な老境にあるサッチャーと、懸命な努力で鉄の女首相に登りつめるサッチャー、さらにIRA(アイルランド共和軍)のテロ攻撃との妥協なき戦いやアルゼンチンによるフォークランド諸島侵攻に対するイギリス軍出動の決断、さらには「人頭税」の提案等、「実行する政治家」サッチャーの姿をダブらせながら、人間味豊かに描き出していく。今サッチャーが亡き夫デニスに対して問うているのは、「あなたは幸せだった?」ということだが、そこに至るまでの人間サッチャーの栄光と苦悩とは?
議会制民主主義の元祖とも言うべきイギリスでは政治家に対する尊敬の気持が強いからサッチャーを描いた映画が成立するわけだが、それがきわめて弱い日本では、こんな映画はとてもムリ?たしかに今、中曽根康弘元総理を描く映画は成立しえないだろうが、政治家に強いリーダーシップが求められている今、田中角栄元総理を描く映画なら成立するのでは?折りしも、『池上彰と学ぶ日本の総理』(小学館)の第2号(1月31日号)が田中角栄を取り上げている今、「サッチャー映画」ができるなら、是非「田中角栄映画」も!
2012(平成24)年1月26日記