王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件(狄仁杰之通天帝国)(中国、香港映画・2010年) |
<角川映画試写室>
2012年3月27日鑑賞
2012年3月29日記
長ったらしいサブタイトルには異議ありだが、徐克(ツイ・ハーク)監督が描く世界は今や張藝謀(チャン・イーモウ)以上、またスピルバーグ以上!通天仏の建造・崩壊と人体発火事件、中国最初の女性皇帝・則天武后誕生のウラにはいかなる渦巻く王朝の陰謀が・・・?それを解き明かすのは、中国版シャーロック・ホームズこと判事ディー。あの時代にこんな推理力を持った天才がいたなんて。米タイム誌がベスト3に選んだ、「これぞエンタメ!」という「怪作」をタップリ楽しみたい。
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監督:徐克(ツイ・ハーク)
アクション監督:サモ・ハン
美術監督:ジェームス・チュウ
狄仁杰(ディー・レンチェ)(判事)/劉徳華(アンディ・ラウ)
静兒(チンアル)(武后の側近、ディーの監視役)/李冰冰(リー・ビンビン)
裴東來(ペイ・ドンライ)(司法官、ディーの補佐役)/鄧超(ダン・チャオ)
沙陀(シャトー)(ディーの旧友)/梁家輝(レオン・カーフェイ)
則天武后/劉嘉玲(カリーナ・ラウ)
ワンポー(宮廷侍医)/テディ・ロビン
2010年・中国、香港映画・128分
配給/太秦
<通天閣ならぬ、「通天仏」に注目!>
大阪の通天閣は1956年に建設された。それに対して、本作に登場する通天仏は唐の時代の689年、皇宮のある洛陽に則天武后(劉嘉玲/カリーナ・ラウ)が建設中の巨大な仏塔。この通天仏は弥勒菩薩像をかたどっており、その顔は則天武后の顔を模していたが、それはとりもなおさず、則天武后が中国史上初の女帝の位に就くための象徴として建設されているためだ。映画冒頭ヨーロッパからやってきた客を通天仏に案内するシーンが描かれるが、これを見れば唐の時代の都洛陽(本当は、唐の都は洛陽ではなく長安)が当時世界最大の都市だったことがわかる。ちなみに、日本からは随の時代の遣隋使に続いて、唐の時代には遣唐使が派遣されていたが、それが894年に廃止されたこと(白紙に戻す遣唐使)は日本史を勉強した人は誰でもよく知っているはずだ。
この仏塔の高さは660尺=約200mで、通天閣の高さ100mのちょうど倍。これは東京タワーの333m、今年5月にオープンする東京スカイツリーの634mには到底及ばないが、映画冒頭で説明される建物の構造や建設技術を見ていると、当時の中国の建築技術がいかにすばらしいものだったかがよくわかる。もっとも、聖書における「バベルの塔」の建設もエジプトにおける巨大なピラミッドの建設もすべて歴史上の事実(?)だが、この通天仏の建設は完全に徐克(ツイ・ハーク)監督の創作=でっち上げだから、要注意!しかし、映画はもともと創作=でっち上げの世界だから、それを楽しむのならでっち上げはデカイ方が面白い。しかして、本作を楽しむについては、まずこの通天仏に注目!
<中国版シャーロック・ホームズとは?>
唐の時代に中国版シャーロック・ホームズがいたことを本作ではじめて発見!それが劉徳華(アンディ・ラウ)演ずる狄仁杰(ディー・レンチェ)だが、彼は則天武后の権威に反逆した人物として8年も前から投獄されている男らしい。しかし、邦題のサブタイトルとなっている「人体発火怪奇事件」(英題も同じくDetective Dee and the Mystery of the Phantom Flame)が起きる中、則天武后が「国師」から「このような怪事件が起こるのは“明けの星”が朝廷を離れ、8年も獄から戻らぬからだ」との「お告げ」を聞いたため、明けの星=判事ディー=中国版シャーロック・ホームズを呼び出すことになったわけだ。
シャーロック・ホームズは映画『シャーロック・ホームズ』(09年)によって知的でクールな英国紳士から肉体派ホームズに変身した(『シネマルーム24』198頁参照)が、中国版シャーロック・ホームズはもともと、類まれな知性の持ち主であると同時に武術の達人らしい。しかし、果たして「非常時」とはいえ、かつて自分に反逆したそんな男ディーに、則天武后はホントに事件解決の全権を委任するの?また、ディーは率直に則天武后の要請に応じるの?そこらあたりのかけひきに注目!さらに、日本の「政局」とは違い中国の権力闘争は筋金入りだから、誰の言葉をどのように信用すればいいの?続いて、その吟味も・・・。
<2人の「お目付役」は?チームワークは?>
則天武后はディーに「特命判事」の称号を与えたうえ、人体発火怪奇事件の解明についての全権を与えたが、何事にも疑い深くかつ何事にも心を許さないのが則天武后のキャラ。そこで則天武后がディーの「お目付役」に任命したのは、第1に則天武后が最も信頼している美しき側近静兒(チンアル)(李冰冰/リー・ビンビン)。これは、『ベルサイユのばら』におけるマリー・アントワネット王妃を守る近衛連隊長オスカルのような存在だ。『ただいま(過年回家/Seventeen Years)』(99年)(『シネマルーム17』421頁参照)で私が注目し、近時は『1911』(11年)(『シネマルーム27』81頁参照)などで引く手あまたの美人女優李冰冰が、見事「男装の麗人」役を演じている。
第2は司法官の裴東來(ペイ・ドンライ)(鄧超/ダン・チャオ)。人体発火怪奇事件は彼の目の前で起きたから、現場を見ていないディーより自分の方が真相解明の能力は上。ペイがそう考えていることは、その自信満々の態度で明らかだから、そもそも彼はディーの下で働くということに不満があるはずだ。それはチンアルも同じで、則天武后はなぜ最も信頼されているはずの私に全権委任をせず、牢獄から連れ戻したディーに全権を?そう考えていたはずだから、当初からこの3人のチームワークはバラバラ。私にはそんな風に思えたが・・・。
<「亡者の市」は『オペラ座の怪人』を彷彿>
『オペラ座の怪人』は劇団四季のミュージカルでも有名だが、映画『オペラ座の怪人』(04年)のすばらしさ、とりわけクリスティーヌ役を演じた歌姫エミー・ロッサムの「天使の歌声」のすばらしさは圧巻だった(『シネマルーム7』156頁参照)。しかして、あなたはオペラ座の怪人ことファントムがなぜオペラ座の地下に住みつくことになったのか、またなぜあんな風にマスクで隠さなければならない醜い顔になったのか、を知ってる?『オペラ座の怪人』はそんな謎をはらみながら、最大の見せ場であるシャンデリアの落下シーンを経て、地下でのクリスティーヌの攻防戦に至るが、本作でもファントムが住みついている地下を彷彿させる「亡者の市」が登場するので、それに注目!
本作は「香港のスピルバーグ」との異名をとるツイ・ハーク監督の作品であるうえ、美術監督のジェームス・チュウが大いに存在感を発揮しているから、裏社会の情報屋が潜んでいるというこの「亡者の市」の描き方は興味深い。互いに腹の探り合いをしながら、一応ディーの主導権の下で「亡者の市」まで探りに来たディーたち3人は、化身術の使い手である宮廷侍医のワンポー(テディ・ロビン)を救出。しかして、ディーたちはこのワンポーからどんな情報を?
<手品だって仕掛けが!すると人体発火の仕掛人は?>
かつてユリ・ゲラーのスプーン曲げが一世を風靡したが、手品にはすべて仕掛けがあるのは当然。引田天功やMr.マリックなどの有名なマジシャンは、その仕掛けを観客に覚られない超一流のテクニックが売り物だ。そう考えれば、科学技術がまだまだ発達していない唐の時代では、ちょっとした薬物や科学技術のテクニックがあれば人体を発火させて燃やし殺すくらいは朝飯前?とはいかないにしても、中国版シャーロック・ホームズこと判事ディーの推理は、ある「虫」の話になってくると俄然冴え渡ってくる。ペイの推理力もかなりのものだし、何と後半にはチンアルが化身術の使い手だったことが明らかにされてビックリするが、やはりそれ以上に驚くのは判事ディーの推理力だ。
サモ・ハンをアクション監督に迎えた香港流アクションの冴えも見逃せないが、本作はアクションも知能ゲームも両方楽しめるから、まさに「1粒で2度おいしい」グリコの味!
<最も目立たない奴が実は・・・>
推理小説の華はもちろん犯人捜しだが、必ず犯人は登場人物の中にいるのが推理小説のルール。しかして、一般的に確率の高い犯人捜しの方法は最も犯人らしくない奴、あるいは最も目立たない奴を捜すことだ。最初からそんな推理小説の犯人捜しの視点で本作を観れば、勘のいい人なら早い段階で犯人がわかるかもしれないが、それはあなたの推理力次第・・・?
本作にはアンディ・ラウと同期の俳優梁家輝(レオン・カーフェイ)が通天仏の建造に従事する労務者のまとめ役沙陀(シャトー)役で冒頭から登場してくる。期限までに通天仏を完成させなければならないから彼も一生懸命頑張っているようだが、当初犯人捜しにあたったペイがこのシャトーに目をつけたのは慧眼。ペイの尋問によると、シャトーはディーと共に則天武后に反逆したため左手を切り取られるという処罰を受けたものの、その後反省(転向?)したため監獄入りは免れているらしい。しかして、あれから8年。共に則天武后に反逆したディーが今は人体発火事件解明の特命判事としてシャバに戻り、シャトーとの再会を果たしたのも奇縁だが、シャトーはそれをどのように受け止めているの?本作では、そんな目立たない男シャトーにも注目する必要がある。
<通天仏崩壊!このスペクタクルの陰謀は?>
2001年の9・11世界同時多発テロから早くも10年が経過し、昨年9月11日にはその式典が挙行された。昨年の3・11東日本大震災における大津波の風景と、2001年の9・11世界同時多発テロにおける世界貿易センタービル(WTCビル)崩壊の風景はしっかり瞼の奥に記憶されているが、本作のクライマックスとなる通天仏崩壊の大スペクタクルシーンを観ていると、思わずWTC崩壊の映像とダブってくる。
通天仏の耐震強度は厳格な計算の上に成り立っているもので、地震でも雷でも崩壊しないというのが売りだったが、何事にも想定外はあるもの。外部からの要因であれば相当程度のものに耐えられても、内部からの、しかも人為的な要因だとすれば、いくら頑丈さを誇っていてもイチコロ・・・?もしそうだとしたら、そんな陰謀を企てているのは一体誰?そしてまた、一体何のために?本作のクライマックスではそれがかなりの説得力を持って解き明かされるから、それに注目!
<始皇帝暗殺と対比すれば・・・>
始皇帝暗殺の史劇は陳凱歌(チェン・カイコー)監督の『始皇帝暗殺(The First Emperor)』(98年)(『シネマルーム5』127頁参照)や張藝謀(チャン・イーモウ)監督の『HERO(英雄)』(02年)(『シネマルーム5』134頁参照)で有名だが、絶対的な権力を誇る中国では皇帝の暗殺を図るのは至難のワザ。刺客「無名(ウーミン)」による始皇帝暗殺は今一歩のところで未遂に終わったが、さて則天武后の暗殺計画はいつ誰がいかなる立案を?『HERO(英雄)』を観れば、無名が始皇帝に近づくために犠牲を覚悟した多くの刺客がいたことが明らかだが、則天武后の暗殺についてはどんな犠牲が・・・?もし通天仏の崩壊が則天武后の暗殺に直結しているとすればものすごいプロジェクトだが、残念ながらここで書けるのはこれが限度。これ以上のお楽しみはあなた自身の目で・・・。
ちなみに、本作は米タイム誌が選ぶ2011年ベストムービーで、アカデミー賞の受賞作『アーティスト』(11年)と『ヒューゴの不思議な発明』(11年)に次いで堂々の第3位にランクイン。4位が『ツリー・オブ・ライフ』(11年)(『シネマルーム27』14頁参照)、5位が『戦火の馬』(11年)だから、まさに世界の政治・経済において米中(対決)時代に突入したのと同様、映画の世界でも中国はハリウッドと互角の戦いを・・・。
2012(平成24)年3月29日記