ジェーン・エア(イギリス、アメリカ合作映画・2011年) |
<GAGA試写室>
2012年4月13日鑑賞
2012年4月17日記
世界文学全集の定番で、過去の映画化は18回。そんなヒロインにキャリー・ジョージ・フクナガ監督が新しい息吹を!ジェーンは『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラほど美人ではないが、強い意思を秘めた前向きの女性。広大な田園風景の中で展開される2人の男性を巡るストーリーは、単なる恋愛物語を超えたダイナミックな広がりがある。それをタップリ楽しみつつ、ちょっと意外なそして感動的なフィナーレを味わおう。
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監督:キャリー・ジョージ・フクナガ
原作:シャーロット・ブロンテ
ジェーン・エア(孤児、家庭教師)/ミア・ワシコウスカ
エドワード・フェアファックス・ロチェスター(屋敷の主人)/マイケル・ファスベンダー
セント・ジョン・リバース(牧師)/ジェイミー・ベル
フェアファックス夫人(屋敷の家政婦)/ジュディ・デンチ
リード夫人(ジェーンの叔母)/サリー・ホーキンス
ダイアナ(セント・ジョンの妹)/ホリデイ・グレインジャー
メアリー(セント・ジョンの妹)/タムジン・マーチャント
ミス・イングラム(令嬢)/イモージェン・プーツ
2011年・イギリス、アメリカ合作映画・120分
配給/ギャガ
<世界文学全集上の位置づけは?>
イギリスのブロンテ姉妹の姉シャーロット・ブロンテが1847年に書いた『ジェーン・エア』と、妹エミリー・ブロンテが書いた『嵐が丘』は世界文学全集の定番で、私は小学生時代に読んだ。しかし、その主人公(ヒロイン)は、両者ともマーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』のような「激動の時代の中で強く生きる美しい女性」ではなく、18~19世紀のイギリスの貴族社会の中での恋愛物語のヒロインだから、男の子向けの文学ではないことは明らかで、正直あまり印象に残っていなかった。それよりはやはり、スタンダールの『赤と黒』やトルストイの『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』、ドストエフスキーの『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』などの方が圧倒的に強く印象に残ったものだ。
しかし、『ジェーン・エア』も『嵐が丘』も全世界的に読み継がれている名作中の名作だけに過去何度も映画化されている。『ジェーン・エア』は既に18作品が映画化(テレビでは9作品)されているが、今回は『闇の列車、光の旅』(09年)(『シネマルーム25』174頁参照)で一躍有名になったキャリー・ジョージ・フクナガ監督が19度目の映画化を。ブロンテ姉妹より少し後のイギリスの女流作家ジェーン・オースティンは、キーラ・ナイトレイ主演の『プライドと偏見』(05年)(『シネマルーム10』198頁参照)の大ヒット等によって最近の若者にも浸透してきたが、さてシャーロット・ブロンテは?
<ジェーンの人生はここから・・・>
映画冒頭、暴風雨の中を1人さまよい歩くジェーン・エア(ミア・ワシコウスカ)の姿が映し出される。息も絶え絶えにたどり着いたのは、妹のダイアナ(ホリデイ・グレインジャー)とメアリー(タムジン・マーチャント)と共に暮らしている牧師のセント・ジョン・リバース(ジェイミー・ベル)の屋敷。ジェーンは、なぜ今こんな状況に?キャリー・ジョージ・フクナガ監督はまずこんな冒頭シーンを提示した後、一転してストーリーを昔の時代に戻す「フラッシュバック」という手法で不遇な少女時代のジェーンを描き出していく。
孤児だったジェーンは叔母さんのリード夫人(サリー・ホーキンス)に育てられたが、このリード叔母さんは意地悪で極端にジェーンのことを嫌っていたから大変。シャーロット自身が通っていたコウエン・ブリッジ・スクールをモデルにしたと言われているローウッド校に送られたジェーンは無二の親友ヘレン・バーンズと出会うが、結核のためにヘレンは死亡。このストーリーはコウエン・ブリッジ・スクールの衛生状態の悪さのために、実の姉マライアとエリザベスを結核で失ったシャーロットの体験にもとづいているから、いくら産業革命を世界で最初に成し遂げたイギリスでも、あの時代を生き抜くことは大変。また、今でも就職難だが、あの当時のイギリスでは女性の社会進出など考えられなかったから、「自立」を目指す卒業後のジェーンにローウッド校の教師という職が見つかったのはラッキー。そして、その2年後、ジェーンはソーンフィールド館へ。その館の主である大金持ちの貴族エドワード・フェアファックス・ロチェスター(マイケル・ファスベンダー)が後見人となっている少女アデールの家庭教師になったことから、ジェーンの新たな人生が開けていくことに。
<テーマは「女性の自立」だが・・・>
『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラと異なり、ジェーンはあまり美人ではなかったらしい。そんな前提でキャスティングされた(?)ミア・ワシコウスカ演ずるジェーンはたしかに美人とはいえない(?)が、意思の力はかなり強そう。
ソーンフィールド館の主はロチェスターだが、ロチェスターは留守が多く、ソーンフィールド館を取り仕切っているのは家政婦のフェアファックス夫人(ジュディ・デンチ)。ジェーンがロチェスターとはじめて出会ったのは最悪のシチュエーションだったし、横柄で気難しいロチェスターと、一介の家庭教師に過ぎないジェーンとの会話を聞いていると、すべて直球で変化球がないから、この2人は永久に仲良くなれそうもない。誰しもそう思うのだが、最初のそんな設定から次第に2人を心惹かれていく関係にしていくのが作家の手腕。シャーロットが描く、自立を目指す女性ジェーンは、自分でも気づかないうちに次第にロチェスターの興味を集めていたらしい。
それにしても、『嵐が丘』同様ブロンテ姉妹が描く屋敷の中は、どこか不気味なところがある。時々聞こえてくる「あの音」は一体ナニ?しかして、ある日の真夜中、不穏な物音に目を覚ましたジェーンが胸騒ぎを覚えてロチェスターの部屋に入ってみると、カーテンに火が。このままではお屋敷は火事に!ジェーンは必死に火を消したが、ロチェスターはなぜ火事の原因を深く追及しないの?
本作のテーマは「女性の自立」だが、今と違ってあの時代でのそれは大変なこと。さあ、あまり美人ではないが意思力の強いジェーンは、こんな秘密ありげなソーンフィールド館の中でいかなる生き方を?
<身分違いの恋の行方は?>
シャーロット・ブロンテが『ジェーン・エア』を書いた1847年当時の日本はまだ明治維新前だから、大名や公家は2号さん3号さんを持てていたが、一夫一婦制を前提とする近代民法は当然「重婚」を禁止!しかし、警察の手がなかなか貴族まで及ばないとすれば、事実上の重婚はあり?
シャーロット・ブロンテは一方ではロチェスターとジェーンとの身分違いの恋を少しずつ成就させていきながら、他方でロチェスターが何を苦悩しているのか、何に縛られているのか、を少しずつ明らかにしていく。そして、結婚式というピークの日にウェディングドレスを着たジェーンに明かされる秘密が、「実はロチェスターには妻がいた」というショッキングな事実だから、このとんでもない構想が当時の小説の常識を大きく超えていたのは当然。精神病を患っている妻をロチェスターが精神病院に隔離せず、屋敷の中の部屋に監禁状態にしていたのはなぜ?ジェーンに結婚を申し込む時にも、その事実を隠していたのはなぜ?大金持ちの貴族は、そこまで自分勝手なことが許されるの?そんな疑問が次々と湧いてくるが、ウェディングの日にそんな重大な秘密を明かされたジェーンは、さてここでいかなる決断を?
<このフィナーレがあるからこそ、世界文学全集に!>
全体のストーリーとしては、ソーンフィールド館における紆余曲折を経た後に本作冒頭のシーンにたどりつくわけだが、ここでもジェーンはセント・ジョンと2人の妹に優しく迎え入れられたから、やはりジェーンはもともと人を引きつける魅力を持っていたのだろう。そして、ここでも牧師としてインドに行くことを決意したセント・ジョンから「妻として同行してほしい」と求婚されるわけだが、それに対するジェーンの回答は?
ここで注目しなければならないことが2つある。その第1は求婚の時点で、ジェーンはセント・ジョンとその妹たちと従兄弟であることが判明していること。これは法的な意味での結婚障害事由ではないらしいが、それは別としてジェーンの対応は?第2は求婚の少し後の話だが、突然ジェーンが莫大な遺産の相続人になったことが明らかにされること。普通なら突然そんな立場になれば、有頂天になるものだが、さてジェーンは?
本作のフィナーレは世界文学全集を読んだ人なら誰でも知っているものだが、小説を読まずに映画だけを観ている人はなかなか予想できないはず。セント・ジョンから求婚されたうえ莫大な遺産の相続人となったジェーンにこんなラストを用意したからこそ、シャーロット・ブロンテの小説は世界文学全集として長く読み継がれてきたわけだ。さあ、そんな感動的なフィナーレは、あなたの目でじっくりと。
2012(平成24)年4月17日記