コネクション マフィアたちの法廷(アメリカ映画・2006年) |
<テアトル梅田>
2012年5月28日鑑賞
2012年5月30日記
『十二人の怒れる男』(57年)のシドニー・ルメット監督が、マフィアを裁く史上最大最長の法廷ドラマに挑戦!『ゴッドファーザー』(72年)と同じように、主人公の信念はファミリーの結束。たとえ身内から撃たれてもその信念が揺らぐことはなかったが、20名の統一公判が続く中、他の幹部たちは?そして弁護人たちは?興味深いのは、検察官との司法取引を拒否し、弁護人なし裁判を断行する主人公にみる弁論術と証人尋問能力。こりゃ法曹関係者は必見だし、裁判員教育の素材にも最適だ。日本の裁判員も大変だが、627日間もの審理に立ち会った12人の陪審員はもっと大変。しかして、その評議は?有罪無罪の結論は・・・?
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監督・脚本:シドニー・ルメット
ジャコモ・“ジャッキー”・ディノーシオ(ルッケーゼ・ファミリーの一員)/ヴィン・ディーゼル
ベン・クランディス(小人症の弁護士)/ピーター・ディンクレイジ
ショーン・キーニー(連邦検察官)/ライナス・ローチ
ファインスタイン判事/ロン・シルバー
ベラ・ディノーシオ(ジャッキーの別れた妻)/アナベラ・シオラ
ニック・カラブレーゼ(ルッケーゼ・ファミリーのボス)/アレックス・ロッコ
/ジェリー・アドラー
/ラウル・エスパルザ
/リチャード・ポートナウ
/アレクサ・パラディノ
/ロバート・スタントン
/マルシア・ジーン・カーツ
/ドメニク・ランバルドッツィ
/ジョシュ・パイス
/ピーター・マクロビー
/チャック・クーパー
2006年・アメリカ映画・124分
配給/ミッドシップ
<弁護士としてもエンタメ作品としても、こりゃ必見!>
シドニー・ルメット監督は、2011年4月に86歳で亡くなったが、その代表作は何といっても劇場映画デビュー作である『十二人の怒れる男』(57年)。これはベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞するとともに、キネマ旬報ベスト・テン第1位の映画。そして、弁護士兼映画評論家の私が映画ネタの講演をする場合、必ず題材に使う名作だ。私が観た彼の最新作で、結果的に彼のラストの映画になったのが『その土曜日、7時58分』(07年)だが、これもパーフェクトなはずの宝石店強盗計画があの誤算、この誤算から意外な展開を見せていく傑作だった(『シネマルーム21』303頁参照)。そんな彼は監督として生涯45本の映画を撮っているが、その44本目の作品が本作。
マフィアの世界を描いた映画の最高傑作は、フランシス・フォード・コッポラ監督の『ゴッドファーザー』(72年)だが、本作も実在の人物“ジャッキー”・ディノーシオに焦点を当てて、アメリカで現実に起きた史上最大のマフィアたちを裁く法廷を描いた映画。そう聞くと、『十二人の怒れる男』を十二分に活用している私は、弁護士としても映画評論家としても、こりゃ必見!
<被告人は20人、容疑は76件、そんな裁判をいかに?>
日本でも戦前は1928年の3・15事件、1929年の4・16事件という日本共産党弾圧事件で大量の被告人について実質的な統一公判が行われた。また、1928年の奈良の天理研究会事件や1935年の第2次大本教事件でも、多くの被告人について統一公判が行われた(これについては是非、高橋和巳の小説『邪宗門』を読んでもらいたい)。
さらに、戦後も1952年の大須事件やメーデー事件という騒擾罪で大量の被告人について統一公判が行われた。また、1969年の東大安田講堂事件を頂点とする学生運動の活動家や連合赤軍の永田洋子、坂口弘被告人らについても統一公判が行われた。これらは当然、戦前・戦後の日本の憲法や刑事訴訟法にもとづく刑事裁判だが、ご存じのとおりアメリカの刑事裁判は陪審制だ。
1987年の今、ニュージャージーの裁判所で始まろうとしているのは、悪名高いマフィア、ルッケーゼ・ファミリーの幹部たちを裁く裁判。そのボスはニック・カラブレーゼ(アレックス・ロッコ)だが、本作が焦点を当てるのはジャコモ・“ジャッキー”・ディノーシオ(ヴィン・ディーゼル)だ。この裁判における被告人の総数は20人、容疑は76件もあるそうだ。そんな多数被告人の事件を、陪審制のアメリカではいかに裁判するの?
<身内から撃たれても、なおファミリーの結束を!>
本作は124分のうち法廷シーンが7~8割を占めるが、冒頭に身内から銃で撃たれる物語を紹介することによって、ジャッキーの「ファミリー」に対する思いの強さが紹介(強調)される。映画冒頭「俺の銃は22口径しかない!」と電話口で叫んでいるのがジャッキーの従弟だが、その男が突如ベッドの中で眠っているジャッキーの部屋の中に入り込み、ジャッキーに向けて銃を発射。普通は1発でも心臓や頭部に当たれば即死するはずだが、スクリーン上では「なぜお前が・・・」と苦しみながらも、従弟に対して問いを発するジャッキーの姿が映し出される。それに対して男は続けて2発3発と撃ったため、この音に気づいて部屋に入ってきたジャッキーの娘の悲鳴によって男は部屋から去ったが、これだけの銃弾をくらえばジャッキーもお陀仏。誰もがそう思うはずだ。
ところがその後のシークエンスでは、病院に入院しているジャッキーが娘に対して「何があっても絶対警察には連絡するナと言ってるだろう」とお説教しているシーンが登場。さらに、「撃った男の顔を覚えているだろう」と質問する警察官に対して、ジャッキーは「顔は見ていなかった」と説明し、娘もそれに口ウラを合わせるから警察官は呆れ顔。「また、この病院で撃たれても俺たちは知らないぞ」と捨てゼリフを残して出て行くことに。この一連のシークエンスを見れば、なぜファミリーの一員が自分を射殺しようとしたのか、それがわからないうえ、怒りの気持でいっぱいだが、それでも警察に被害届を出したり、犯人としてファミリーの名前を告げることなど真っ平ごめんというマフィアの一員としての心意気(?)がよくわかる。民主党は現在さかんに「党の結束」を訴えているが、それが強調されればされるほど、逆にその空虚さが伝わってくる。しかし、ジャッキーの信念であるファミリーの結束はホンモノだ。
そんなこんなのストーリーが展開する中、ジャッキーはある日麻薬取引の現場を押さえられた挙げ句、公判の最中にちょっと居眠りをしていたことを咎められ、ヒステリックな女性裁判官(?)によって懲役30年の刑を言い渡されることに。そのため、シドニー・ルメット監督が描く本裁判に他の被告人たちは自宅から出廷しているのに、ジャッキーだけは刑務所の中から出頭せざるをえない羽目に。
<2つの決断と、そこに見る演技力に注目!>
本裁判に入る前に映画はジャッキーが2つの決断を下すシークエンスを見せてくれるが、その決断とその中に見るヴィン・ディーゼルの演技力に注目!本作を観た時、私はこれはどこかで見た顔だと思いつつ、なかなか思い出せなかったが、それも道理。マフィアの幹部ジャッキー役を時にユーモアを含めながら人間味タップリに演ずるヴィン・ディーゼルは、『トリプルX』(02年)(『シネマルーム2』234頁参照)等に出演している肉体派アクション俳優だ。なぜ、そんな俳優が本作に?それは、ヴィン・ディーゼルの演技力にシドニー・ルメット監督が惚れ込んで抜擢したためらしい。
ジャッキーの決断の1つは、前の裁判で不信感いっぱいになった弁護士の解任。ロクな結果も出ないのにカネだけ要求する弁護士に要注意なのはアメリカでも日本でも同じだが、本裁判に向けてそれに代わる信頼できる弁護士はいるの?そこで下すのが弁護士なしで裁判を自ら闘うという決断だが、そんなことは可能なの?
第2の決断は、連邦検察官のショーン・キーニー(ライナス・ローチ)から持ちかけられた「司法取引」を断固拒否すること。連邦検察官は招き入れた部屋の中でステーキとワインを勧めながら裁判での刑期を短くする代わりに仲間を裏切る証言をするよう持ちかけたが、それを断固として拒否するジャッキーの態度とセリフがカッコイイ。その結果、連邦検察官はステーキとワインが載った小テーブルを蹴飛ばしてジャッキーに対して悪態をつくのだが、それに対してもジャッキーはしっかり反論!こんなシーンを観ていると、本裁判開始前から観客はマフィアの幹部ながらジャッキーが持つ温かい人間味(?)にホレボレ。幸い私たちは陪審員ではないから、本裁判の行方に影響はしないが、これからいよいよ始まる本裁判では・・・。
<統一公判に向けて、被告人と弁護人の連携は?>
本作には個性ある(?)被告人が20人も登場するから、そのキャラとその罪名そして彼が有罪か無罪かをスクリーン上で観る法廷シーンだけで判断するのはとてもムリ。また各被告人には弁護士が弁護人として就いているが、冒頭陳述や証人尋問の姿を見ていると彼らの能力はさまざま。さらに、昼食時における昼食を食べながらの被告人と弁護人との打合せ(?)を見ていると、統一公判の維持がいかに大変かがよくわかる。
そんな中で特に目立つ弁護士が、たまたまジャッキーの隣に座っている小人症の弁護士ベン・クランディス(ピーター・ディンクレイジ)。クランディス弁護士はジャッキーが自分の弁護を自分でやると聞いて心配気味だが、以降何かにつけてジャッキーにアドバイスをすることに。他方、何かとスタンドプレーが目立つ(?)ジャッキーを厄介者扱いし、口も聞きたくないという態度を示すのがファミリーのボスであるニック。なぜ彼がジャッキーを嫌っているのかはストーリー展開を観ながら考えてほしいが、被告人間でこんなに対立していて長丁場の統一公判をちゃんと維持できるの?
<日本の裁判員も大変だが、こちらの陪審員は627日!>
裁判員制度の実施から3年を迎えた日本では、現在その検証作業が進められている。そんな中、重大事件、否認事件で長期にわたって拘束される裁判員の負担の重さが問題になっているが、ショーン連邦検察官が多数の証人申請をした本公判は何と627日間もかかったというから、陪審員は大変。裁判員制度はアメリカの陪審制とヨーロッパの参審制を折衷的に取り入れた制度だが、アメリカでは有罪無罪の判断はすべて12名の陪審員の手に委ねられるから、検察官も弁護人も陪審員の説得が最大の任務となる。私は弁護士だからそんな当たり前の理屈がよくわかっているが、裁判に興味のない人は本作に見る公判シーンに違和感を覚えるかもしれない。
現に私がネットで調べたブログの中には、本作を100点満点の42点としたうえ、「堅苦しさがなく、娯楽映画として気軽に見られる一方で全体の70%弱が裁判シーンで占められているため、法廷ものが苦手な人にはお勧めできない一本」「ピリピリとした裁判中に笑いを起こせば、その場に慣れてない陪審員の心なんてコロッと持っていかれてしまう可能性も十分にありそうです」「そう考えると、裁判なんてものは話の上手い下手が判決を左右する茶番劇と考えてもよさそうです」という辛辣な批評も・・・。
アメリカの法廷は専門用語も含めて書面より言葉のやりとりがメインだが、法廷での膨大な言葉のやりとりを陪審員たちはどこまで理解できているの?それは私も心配だが、それもこれも含めて陪審制がベストの制度として運用されているのだから、そのルールの下での本作に見る検察官と弁護人(+ジャッキー)の丁々発止の攻防戦は見応えがある。また見逃してはならないのは、これだけ多くの被告人の裁判の進行を見事に裁くファインスタイン判事(ロン・シルバー)の手腕。たった1人の裁判官がここまで見事に審理を進行させているのを見ると、私が日常的に見ている日本の裁判官とは雲泥の差・・・?
本裁判はアメリカ史上最長の627日(21カ月)の裁判になったわけだが、それにすべて付き合った陪審員はホントにご苦労サマ。それを考えると、日本の裁判員は不平不満を言わず、もっと頑張らなくちゃ。
<こりゃ必見!ジャッキーの弁論術と証人尋問能力は?>
裁判員制度の施行後、弁護人の法廷での弁論術や証人尋問能力のアップを目指して泥縄式の(?)セミナーや実演が実施された。多くの国民は無条件に弁護士はしゃべるのがうまいと考えているようだが、それはテレビに進出しているごく一部のマスコミ用弁護士(?)だけで、しゃべるのは苦手、まして相手方証人をいじめるのは苦手という弁護士はたくさんいる。しかし、本作に見るクランディス弁護士やその他の弁護士の弁論術や証人尋問のテクニックを見れば、大いに参考になるから、弁護士主催のくだらない研修に参加するより、映画館で本作を観た方がよほど勉強になるはずだ。
意外なのは被告人と弁護人を兼ねたジャッキーの弁論術と証人尋問のテクニック。彼はズブの素人であることを自認したうえ、時には法廷を笑いの渦に巻き込んだり、どぎつい言葉づかいで証人を威嚇したりしたから、当初は往々にして公判進行の支障にも。再三にわたるショーン連邦検察官の指摘に応じてファインスタイン判事もジャッキーに対して警告を発したが、それに対するジャッキーの対応と学習能力は?しかして、見どころはジャッキーの最終弁論。それまでも彼の弁論や証人への反対尋問の最大のポイントは「ファミリー間の信頼」だったが、公判開始後627日目に彼が述べた最終弁論とは?それはまさに自己犠牲も辞さない彼のファミリー愛の発露だったから、これには観客はもちろん、12名の陪審員もしんみり。そのためショーン連邦検察官は、陪審員がこんなムードに流されることを恐れたが・・・。
<陪審員の評議は?判決は?>
法廷でのすべての審理が終了すれば、12名の陪審員は被告人の有罪無罪を決めるための「評議」に入る。『十二人の怒れる男』では、夏のクソ暑い日に行われたその評議において、「早く有罪と決めてナイターを観にいこう」という意見をはじめとして「有罪に賛成」の陪審員が11名もいたのに、1人だけ「いや、もう少し慎重に」と述べる陪審員8号が登場するところから長い評議が始まることになる。
評議の時間には制限がないから、20名の被告人、76件もの容疑で627日間の審理を経た本件では、有罪無罪の結論を出すまでの評議は一体何日かかるの?ショーン連邦検察官も多くの弁護人、被告人もそう考えていたが、意外にも本件の評議はわずか1日。審理終結から14時間後には結論が出たとの連絡が入ったから、関係者はみんなビックリ。さあ、評議がこんなに短いのはどちらに有利?そしてまた、こんな短い評議で陪審員が下した結論は、有罪それとも無罪?それは、しっかりあなた自身の目で。
前述のブログにあるように、法廷モノが苦手な人にはたしかに本作はお薦めできないが、法曹関係者は必見!さらに、「司法の民主化」というキーワードの下で裁判員制度が3年間にわたって実施され、その検証作業が進められている今、私はすべての国民の学習の素材として本作は必見。私はそう思うのだが・・・。
2012(平成24)年5月30日記