リンカーン弁護士(アメリカ映画・2011年) |
<テアトル梅田>
2012年7月16日鑑賞
2012年7月23日記
『評決のとき』(96年)の若き正義派弁護士も、15年後にはチョイ悪で銭勘定のうまいリンカーン弁護士に!そんな変化には感無量(?)だが、「秘匿特権」をキーワードとした弁護士と依頼人との緊張関係は興味深い。弁護士にとって後ろから鉄砲で撃たれるのは最も嫌なもの。しかも、それがすべて計算づくとなると・・・。ドンデン返しに向けての法廷シーンも十分見応えがあるから、法廷技術と弁護士倫理の両方を楽しく学べる映画として本作は最適!
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監督:ブラッド・ファーマン
原作:マイクル・コナリー『リンカーン弁護士』(講談社文庫刊)
ミック・ハラー(敏腕弁護士)/マシュー・マコノヒー
ルイス・ルーレ(資産家の御曹司、レジーナ暴行事件の容疑者)/ライアン・フィリップ
マギー・マクファーソン(ミックの元妻、検事)/マリサ・トメイ
フランク・レヴィン(ミックの親友の私立探偵)/ウィリアム・H・メイシー
テッド・ミントン(レジーナ暴行事件担当検察官)/ジョシュ・ルーカス
ヴァル・ヴァレンズエラ(保釈金立替業者)/ジョン・レグイザモ
ジーザス・マルティネス(ドナ殺害事件の容疑者)/マイケル・ペーニャ
セシル・ドブズ(メアリーの不動産会社の顧問弁護士)/ボブ・ガントン
メアリー・ウインザー(ルイスの母親)/フランシス・フィッシャー
カーレン刑事(ドナ殺害事件担当刑事)/マイケル・パレ
レジーナ・カンポ(レジーナ暴行事件の被害者)/マルガリータ・レヴィエヴァ
ドナ・レンテリア(ドナ殺害事件の被害者)/ヤリ・デレオン
ドウェイン・J・コーリス(レジーナ事件検察側証人)/シェー・ウィガム
アール(運転手)/ローレンス・メイソン
グロリア(麻薬常習者、ミックの依頼者)/キャサリン・メーニッヒ
ローナ(ミックの秘書)/ペル・ジェームズ
2011年・アメリカ映画・119分
配給/日活
<15年も経つと、正義派弁護士もこんなに変身!>
ガソリンを大量に喰いながら走るアメ車の代表がリンカーン・コンチネンタル(エンジンの排気量は6600cc)だったが、その後部座席を事務所代わりに使いながら東奔西走の弁護活動を展開しているのが、本作の主人公リンカーン弁護士ことミック・ハラー(マシュー・マコノヒー)。映画導入部で紹介される、バイカーの一団との弁護料の相談や保釈金立替業者ヴァル・ヴァレンズエラ(ジョン・レグイザモ)から容疑者ルイス・ルーレ(ライアン・フィリップ)の刑事事件を紹介されている姿を見ると、この弁護士は自信タップリのやり手ながら、金にシビアーなことがよくわかる。また麻薬常習者の女性グロリア(キャサリン・メーニッヒ)とのやりとりを聞いていると、ミックは麻薬や売春関係の事件関係者とも親しそうで、ひょっとして刑事事件の依頼者と弁護人の関係を越えているのでは?と思われる面も・・・。
思い返してみると、ミックを演じたマシュー・マコノヒーは『評決のとき』(96年)で殺人事件の被告人とされた黒人の弁護人となり、白人至上主義団体KKKからの各種妨害にもめげず、自分の信念を貫いた新進気鋭の弁護士ジェイク役をフレッシュに演じ、ポール・ニューマンの再来と言われた俳優だ。そんな正義感に溢れ、家族や自分自身への命の危険もかえりみず被告人のために働いていた弁護士が、15年も経つと本作のようなリンカーン弁護士に・・・?そんな見方(批判?)があるかもしれないが、弁護士の生き方や活動スタイルはさまざま。まして、本作を丹念に観ていると、あながちミックも金儲け主義だけのイヤな弁護士ではなく、刑事弁護士としてそれなりに筋の通った考え方の持ち主であることがわかる。したがって、そこらあたりの評価は是非正確に・・・。
<弁護士の生命線は依頼者からの正確な事情聴取、だが>
保釈金立替業者のヴァルから紹介された依頼者ルイスの容疑は、売春婦のレジーナ・カンポ暴行事件。レジーナ・カンポ(マルガリータ・レヴィエヴァ)の主張は、自宅に乱入してきたルイスに突然襲われ、ナイフで脅かされて顔に大怪我を負ったというものだが、ルイスはミックと母親メアリー・ウインザー(フランシス・フィッシャー)が経営する不動産会社の顧問弁護士であるセシル・ドブズ(ボブ・ガントン)による事情聴取において、これは完全なつくり話だと一蹴。ルイスの主張は「はめられた」というもの。具体的には、ナンパ目的の若者たちが集まるバー「アソシエーション」に立ち寄ったルイスがレジーナに誘われて彼女の自宅を訪問したところ、突然レジーナに背後から頭を殴られて気を失い、近所に住むゲイのカップルに取り押さえられたというものだが、さてルイスは真実を語っているの?
人間は誰でも自分を良いように見せたがるものだし、刑事事件の容疑者や被告人とされた人間はなおさらだ。真っ赤なウソはすぐにバレてしまうが、一つ一つの事実について少しずつニュアンスを修正したり、ちょっとだけ隠したりするのはよくあること。したがって、弁護士も検事と同じように依頼者が真実を語っていないのではないかと疑い、話している内容のつじつまが合わない時はその矛盾を追及し、真実を語らせることが必要だ。ところが、カネに目がくらむ弁護士は私が名づけた「依頼者教育型」ではなく、どうしても「依頼者迎合型」になりやすいから、依頼者の甘い説明に納得してしまうことが多い。しかし、これは問題の先送りに過ぎず、依頼者から正確な事情聴取ができていないと法廷での証人尋問でボロが出ることに。したがって、弁護士の生命線は依頼者からの正確な事情聴取だが・・・。
<こんな調査員がいれば、弁護士は鬼に金棒!>
日本の弁護士は法廷活動が中心だが、一般的に調査能力をほとんど持っていないから、自分で積極的に証拠を集めたり、検事側の証拠を弾劾するための証拠を集めるのはムリ。しかし本作を観ていると、ミックが刑事弁護士として大いに能力を発揮できているのは、フランク・レヴィン(ウィリアム・H・メイシー)という有能な調査員がいるからだということがよくわかる。
レジーナ暴行事件においてフランクが調査し入手した重要資料は「アソシエーション」の監視カメラの映像。ここにはレジーナがルイスを誘った瞬間の映像がバッチリ映っていたから、ミックはテッド・ミントン検事(ジョシュ・ルーカス)と得意の「司法取引」をすることに自信満々。もっとも、ミントン検事の方はルイスの所持品である血まみれのナイフを現場から確保しており、それこそがレジーナへの暴行容疑の動かぬ証拠と判断していたから、こちらも自信満々だ。そのうえ、ルイスが断固無罪を主張してくれと主張するため、ミックの司法取引路線は修正を余儀なくされ、遂にミントン検事とミックは法廷で全面対決することに。
フランクのような調査員がいれば弁護士は鬼に金棒だが、裁判の展開の中でフランクの身にも大きな変化が・・・。
<弁護士と依頼者間の「秘匿特権」とは?>
弁護士の目で本作を観ると、教訓の一つはミックほどのチョイ悪ながら一流の刑事弁護士でも、カネの魅力に負けたり(?)、依頼者からの事情聴取が甘かったりすると、依頼者に騙されることがあるということ。いわゆる「後ろから鉄砲で撃たれる」ほど弁護士にとって気分の悪いものはない。しかして、本作のキーワードは弁護士・依頼者間の「秘匿特権」。日本でも弁護士法第23条によって弁護士には「守秘義務」が課せられているが、アメリカでは弁護士と依頼者間の秘匿特権が認められている。もっとも私の理解では、秘匿特権が認められるのは、それによって依頼者は秘密を隠すことなく弁護士に打ち明けることができ、弁護士はすべての情報を依頼者から得ることで十分な弁護活動ができるという効用を持つためだ。ところが、パンフレットには「弁護士は依頼人を警察に突き出せず、ルイスの悪行を検察官に告げることもできない。“秘匿特権”のせいであらゆる証拠は使えず、もしそれを使えばルイスの罪を裁けなくなってしまう。ルイスはこうした法律の盲点を熟知したうえでミックを雇ったのだ」と書かれている。アメリカの「秘匿特権」にこのような法的効果があるのか否かについて、私は十分理解できないので、どなたか教えていただける方があれば・・・。
それはともかく、ルイスがミックに対して「ドナを殺したのはボクだ」とあっさり認めたのはミックがかつて司法取引によって、犯人とされたジーザス・マルティネス(マイケル・ペーニャ)を死刑から15年の懲役刑に減刑させることができたドナ・レンテリア殺害事件との関連性に気づいたため。あの時ドナ・レンテリア(ヤリ・デレオン)という若い女性を切り刻んで惨殺した真犯人がマルティネスではなくルイスだったとしたら、レジーナ暴行事件においてもルイスはレジーナを殺そうとして失敗しただけ・・・?こんな疑いを持った自分の依頼者であるルイスから、あっさり「ドナを殺したのはボクだ」と言われれば、ドナ殺害事件についてマルティネスに対してベストの弁護活動をしたと自負しているミックの立場は?そしてまた、今回のレジーナ暴行事件についてミックは一体どのように対処すれば・・・?
<こんな私生活も、アメリカ的・・・?>
日本では弁護士同士の夫婦や弁護士と裁判官の夫婦はたくさんいるが、弁護士と検事の夫婦は少ない。日本では裁判官も検事も全国を定期的に移動するのが常だから、弁護士と結婚すればその夫婦は別居生活になることが多い。ところが、アメリカでは?そんな目で見ると、本作に見る現職の女性検事マギー・マクファーソン(マリサ・トメイ)とリンカーン弁護士ミックとの離婚した後の関係は良好そうだから、それに注目!2人には一人娘ヘイリーがいたが、それを監護・養育しているのはマギー。ミックは定期的にヘイリーと面会させてもらっているが、適度なセックスまで含めた2人の関係が続いているようだから、この2人がなぜ離婚したのかは本作では見えてこない。
『週刊文春』7月26日号は大阪北新地のホステスが告白したという橋下徹市長との「交際」を掲載したが、これはレッキとした不貞行為だから明確に離婚原因になるもの。「維新八策」を示し、大阪維新の会を率いて国政に打って出ようとしているこの時期になぜこんな告白記事が?それはともかく、橋下市長も脅しには馴れているはずだが、それはミックも同じ。中盤から後半にかけて表面上善良に見えるハンサム男ルイスが次第にその悪の本性を現してくるが、ミックの家族に対する脅しともとれる言葉を吐くルイスに対するミックの対応は?ミックの信頼すべき相棒だった調査員のフランクが突然銃で打たれて死亡したのも、きっとルイスの仕業。しかし、その銃がミックの自宅から盗み出されたものだということが判明すると、警察は当然のようにミックに疑いの目を向けたから、ミックは家宅捜索を受ける羽目に。こんな時、別れた妻が検事だったら、何か便宜を図ってくれるの?それは多分期待できないだろうから、そこで発揮されるミックの知恵は?
本作はスピーディーな展開で本筋の攻防の背景事情、とりわけミックと別れた妻マギーやその一人娘ヘイリーとの関係を見せてくれるから、それにも注目。やっぱり弁護士はミックのようにすべての拘束から離れて何でも自分の思うようにやるのがベスト?私のようなわがまま弁護士は、ついそう思ってしまったが・・・。
<法廷シーンは見応えあり!>
5月28日に観た『コネクション マフィアたちの法廷』(06年)の日本での興行成績はたいしたことなさそうだが、弁護士の私にはメチャ面白い映画だった。アメリカの陪審員制度を学ぶためには、くだらない大学の講義をやめて『十二人の怒れる男』(57年)と『コネクション マフィアたちの法廷』を観ればよい。そんな思いをあらためて強くしたものだ。
それに比べると、本作は本格的法廷モノではなく、リンカーン・コンチネンタルに乗ったチョイ悪弁護士の生きザマをテーマとした映画。そう理解していたが、「秘匿特権」の重圧に悩みながらもルイスの無罪を主張するミックの刑事弁護士としての奮闘ぶりは見応えがある。対峙する検事はキャリアは浅いが野心的な性格の男ミントンだが、こちらの尋問テクニックもなかなかなもの。また、アメリカの陪審員映画はどの映画でも裁判官の訴訟指揮のすばらしさが目立つが、それは本作でも同じだ。ミックは本来司法取引で事件を早く解決し、少しの時間で多くの金を稼ぐタイプの弁護士だが、ルイスがあくまで無罪を主張して法廷で徹底抗戦することを望めば、それに従うしかない。被告人質問におけるルイスの供述を聞いているといかにも説得力があるから、陪審員の説得はこれで十分。私にはそう思えたが、さて最後に起きる法廷の大波乱とは?
<判決は?その後のあっと驚く結末は?>
本作は登場人物が多いから少し頭を整理しなければわかりにくいが、法廷のラストシーンに向けて登場してくるのは、ミックがルイスとの最初の面会の際に留置所の中から「俺の弁護人もやってくれ!」と声をかけてきた男ドウェイン・J・コーリス(シェー・ウィガム)だ。ドウェインは警察の留置所の中でルイスと直接話をした男だから、ドウェインの証言は重要。そんな「検察側の証人」が審理終結という段階で検察側から申請され、採用されたからビックリ!日本では弁護士側が検察側証人の証言の価値を減殺するための資料を集めるのは難しいが、麻薬常習者のグロリアや保釈金立替業者のヴァルら怪しげな人脈の他、リンカーン・コンチネンタルの中からの指示を受けてテキパキと処理している有能な秘書ローナ(ペル・ジェームズ)たちを活用したミックの対応力は?
あえてその結論を言えば、ミックの見事な弁護術によってルイスは無罪。これによってルイスもルイスの母親メアリーも大喜びしたのは当然だし、ミックの刑事弁護人としての名声が高まったこともまちがいない。しかし、これはルイスの計算どおりにミックが動かされた結果だから、ミックが素直に喜べないのは当然だ。しかして、そこでミックが仕掛けたさまざまなワナとは?見事ルイスがこのワナにはまった場合、ルイスの身柄はどうなるの?日本では弁護士が拳銃の撃ち合い現場に立つことはまずないが、本作ではミックはルイスの母親メアリーと拳銃を持って向き合い、現実に撃たれる結果になるから大変。もっとも、それはミックがどんな仕掛けを施したことの対価なのだろうか?リンカーン弁護士と知能派弁護士を兼ねたミックがラストに向けて仕掛けたあっと驚くワナと、それに沿ったあっと驚く結末はあなた自身の目でしっかりと・・・。
2012(平成24)年7月23日記