砂漠でサーモン・フィッシング(イギリス映画・2011年) |
<GAGA試写室>
2012年11月7日鑑賞
2012年11月9日記
イエメンの砂漠に川を流してサーモン・フィッシング!そんなバカな!コリャ単にイエメンの大富豪のホラ?誰もがそう思うが、そんなバカバカしい話が意外な人間ドラマとなり、感動作に。本作のテーマは「信じる心」。それさえあれば養殖の鮭だってきっと遡上!現実はともかく、映画ではそれが可能だから、映画ってホントにすばらしい!
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監督:ラッセ・ハルストレム
脚本:サイモン・ビューフォイ
原作:ポール・トーディ『イエメンで魚釣りを』(白水社刊)
アルフレッド・ジョーンズ博士(英国の水産学者)/ユアン・マクレガー
ハリエット・チェトウォド=タルボット(投資コンサルタント)/エミリー・ブラント
パトリシア・マクスウェル(首相広報担当官)/クリスティン・スコット・トーマス
シャイフ・ムハンマド(イエメンの大富豪)/アムール・ワケド
ロバート・マイヤーズ(中東派兵軍人)/トム・マイソン
バーナード・ザクデン(漁業・農業省の上司)/コンリース・ヒル
メアリー・ジョーンズ(ジョーンズ博士の妻)/レイチェル・スターリング
2011年・イギリス映画・108分
配給/ギャガ
<このタイトルは一体ナニ?そんなバカな・・・。>
10月11日に観た『ウェイバック ―脱出6500km―』(10年)は、ソ連の捕虜となったポーランド人兵士が、シベリア―バイカル湖―モンゴル―万里の長城―ゴビ砂漠―チベット―インドという6500kmの脱出行を徒歩だけで敢行したという信じられない「実話にもとづく物語」だった(『シネマルーム29』18頁参照)。しかして、本作の『砂漠でサーモン・フィッシング』もありえないもの・・・。
そもそも、砂漠では『ウェイバック』や名作『アラビアのロレンス』(62年)で見たように、水が命綱であり、黄金やダイヤモンド以上の貴重品。他方、サーモン(鮭)は河川に生まれ、外洋で長旅をしながら成長し、産卵のために生まれ故郷の河川に戻ってくる魚で、鮭の遡上は有名だ。したがって、砂漠と河川を遡上するサーモンとは全く相容れない。しかるに、『砂漠でサーモン・フィッシング』とは一体ナニ?誰でもそう思うのが当然だが、本作は、ポール・トーディが2006年に発表した小説『イエメンで魚釣りを』を映画化したもの。するとこれも、『ウェイバック』と同じように、ひょっとして「実話にもとづく物語」?そんなバカな・・・?
<誰がこんな企画を?なぜゴーサインが?>
企業成長の生命線は「企画力」だが、いくらいい企画であってもそれにゴーサインが出るかどうかは、上司や周りの状況次第というのが現実。すると逆に、どうでもいい企画であっても上司や周りが悪ノリすることによってゴーサインが出ることだってありうることに。
しかして、イエメンの大富豪シャイフ・ムハンマド(アムール・ワケド)が企画した「砂漠の国イエメンに、鮭を泳がせて釣りをする」という壮大なプロジェクトに対して、水産学者のアルフレッド・ジョーンズ博士(ユアン・マクレガー)は検討するのもバカバカしいとばかりに、シャイフの窓口となっている投資コンサルタントの女性ハリエット・チェトウォド=タルボット(エミリー・ブラント)に対して「まったく実行不可能です」と返事したのは当然。ところが、混迷する中東情勢の中に何か明るい話題を見つけ、英国への批判をかわしたいと狙う英国の首相広報担当官の女性パトリシア・マクスウェル(クリスティン・スコット・トーマス)は、この「イエメンで鮭釣り」プロジェクトに「悪ノリ」に近い興味を示し、英国首相を説得したから、一発でゴー!そんなバカな!しかし現実は現実。しかしてジョーンズ博士の選択は?
<ユアン・マクレガーが演ずるこのキャラに注目!>
最近、『天使と悪魔』(09年)(『シネマルーム23』10頁参照)、『ゴーストライター』(10年)(『シネマルーム27』143頁参照)、『人生はビギナーズ』(10年)(『シネマルーム28』200頁参照)、『エージェント・マロリー』(11年)(『シネマルーム29』未掲載)と出演作が相次いでいるユアン・マクレガーは、どんな役柄でもこなせる俳優。そんな彼が本作では、学問の他は唯一の趣味の釣りしか愛するものがないという不器用でジョークのヘタな男ジョーンズ博士役を演じている。そんな男でも尽くしてくれる妻がいれば、学者として一流になれるのかもしれないが、ジョーンズ博士の妻メアリー・ジョーンズ(レイチェル・スターリン)はバリバリのキャリアウーマンだから、そんな2人がうまくいくはずがない。
ジョーンズ博士は水産学者とはいっても英国の漁業・農業省に勤務しているから、それなりに安定した給料をもらっているはず。ところが、彼はこのプロジェクトに参加すると給料が倍になるという現実的誘惑から、妻とロクに相談もしないまま参加を決めてしまったから、妻はおかんむり。もっとも、ジョーンズ博士は当初このプロジェクトに仕方なく参加したようだが、金で買えないものはないと考える不遜な男と思っていたシャイフが、実は大富豪である前に人間味溢れた一人の釣り人だったこと、さらに雨期の水を蓄えた地層を利用して砂漠に水を引くことはイエメンの人々のためだという夢のために活動していることを知ると、俄然やる気に・・・。釣りを通じた男の友情がどんなものか私にはよくわからないが、そこらあたりの機微をユアン・マクレガーの名演技の中でしっかり味わいたい。
<三本の矢の固さは意外にも・・・>
毛利元就が隆元、元春、隆景という3人の息子たちに語った「三本の矢」のお話は有名だが、本作では期せずしてプロジェクトに熱中することになったジョーンズ博士とシャイフとハリエットの「三本の矢」が成立していくから、その成立に至る人間ドラマに注目!シャイフはもともと自分の財力を投げうってでもこのプロジェクトを成功させたかったようだが、ジョーンズ博士がこのプロジェクトに熱中できたのは、妻メアリーとの不仲という要素が逆に作用したはず。またハリエットも、付き合いは短いがかなりハードな恋仲(?)になっていた軍人のロバート・マイヤーズ(トム・マイソン)が中東で戦闘中に行方不明になってしまったというショックを、このプロジェクトによって乗り越えようとする気持が大きく働いていたことはまちがいない。
プロジェクトの前に立ちはだかる難問は多かったが、その最大のものは釣りを愛する英国の釣り人たちや英国環境局の役人たちが、イエメンになどたとえ1匹たりとも英国の鮭を送ることはできないと主張したこと。それに対して、マクスウェルは有能な広報官らしく、「ならば、養殖の鮭を提供すればいい」とジョーンズ博士たちに提案したが、遡上した経験のない養殖の鮭をイエメンの砂漠の中に人工的につくった川に放流しても遡上するの?いくら優秀な水産学者のジョーンズ博士でもそれはわからなかったが、最後にそれでもOKと決断したのはいかなる学問的根拠から?どうもそれは確たる学問的根拠たるものはなく、シャイフが常に言っていた「釣り人には信じる心がある」という言葉に影響を受けた「信心」によるものらしいが、ホントにそれで大丈夫?
そんな不安の中、マクスウェルが政治的効果を最大限に発揮するべく演出した1万匹の鮭の放流日が近づいたが、この「三本の矢」の固さはいかに?このプロジェクトは本来バカバカしいものだったが、話がここまで進んでくるとスクリーンを見ている私たちもいつの間にかハラハラドキドキ。手に汗を握ることに・・・。
<こちらにも大敵が!>
明治維新以降の日本はアジアで最も早く西欧化に成功したし、西欧化に対する抵抗も少なかった。しかし『アラビアのロレンス』を見ればわかるように、イスラム教を信仰している中東諸国では西欧化に対する抵抗が強い。したがって、シャイフが企画した「イエメンで鮭釣り」プロジェクトが成功すれば砂漠に水を引くことができると喜ぶのではなく、「イエメンを西欧化する気か!」と非難するイエメン過激派が騒ぎたてシャイフの暗殺まで企てたのもうなずける。その企ては一度は失敗したが、彼らは一度の失敗ぐらいで諦めるの?
川に放流された1万匹の鮭が最初下流に向かって泳ぎ始めたときは、ジョーンズ博士も驚いたが、その直後に鮭たちが次々と上流に向きを変え始めると、ジョーンズ博士たち三本の矢は抱き合って喜んだのは当然。しかしそのときイエメン過激派たちが着々と仕掛けていた工作とは・・・?英国の釣り人たちや英国環境局の妨害は何とかクリアできだが、さてこちらの大敵は・・・?
<本作のテーマは「信じる心」!>
2012年下半期お薦め50作を収めた『シネマルーム29』第1章のタイトルは「信念、変革、友情、希望」とし、「①信念を貫く」「②変革は行動から」「③友情とは?希望とは?愛国心とは?」と分類して計8本の映画を掲載した。『ウェイバック』は「①信念を貫く」の中に入れた1本だ。しかして、もし本作を観るのがあと1週間早ければ、本作はこのラインナップの中に入っていたはずだ。なぜなら、本作のテーマはまさに「信じる心」で、「信念を貫く」というタイトルにピッタリの映画だからだ。もっとも、イエメン過激派によるダムの爆破(ホントはここまでネタバレにするつもりはなかったが、つい筆の勢いで・・・)によって、鮭たちが全滅したのはもちろん、ジョーンズ博士やシャイフたちも命の危険にさらされたとなっては、プロジェクトの推進はもはやこれまで!誰もがそう思ったが、そこで目の前にした奇跡のような出来事とは?それをじっくり楽しみながら、あらためて人間の「信じる心」の価値を考え直してみたい。
さらに恋愛ドラマとして面白いのが、ジョーンズ博士とハリエットとのぎこちない恋の展開模様。中東の戦場で行方不明になっていたロバートが突然、放流の日に目の前に現れたからハリエットは大喜び。しかし、プロジェクト解散(?)の日、ハリエットは本当にプロジェクトを諦め、ロバートの車に乗って帰国するのだろうか?それとも、あの「奇跡」を見てイエメンに残ると決めたジョーンズ博士と共にこの地に残るのだろうか?もし残るとしても、さらに大きなポイントになるのは、アシスタントとして?それともパートナーとして?ということだが、さてハリエットの決断は?
バカバカしい「イエメンで鮭釣り」プロジェクトから始まったドタバタ劇のような本作だが、こんな感動的な人間ドラマとして完結したことによってちょっとだけ涙を流し、本作には星5つを!
2012(平成24)年11月9日記