二つの祖国で 日系陸軍情報部(日本、アメリカ合作映画・2012年) |
<角川映画試写室>
2012年11月22日鑑賞
2012年11月24日記
『東洋宮武が覗いた時代』(08年)、『442 日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍』(10年)に続く、すずきじゅんいち監督渾身の日系史ドキュメンタリー三部作が本作で完結。米国陸軍の秘密情報機関=MIS(ミリタリーインテリジェンスサービス)の中心メンバーであった日系二世の元兵士たちの証言はいずれも重い。とりわけ、兄弟が敵味方に分かれて戦った「沖縄戦」を巡る証言や原爆投下直後の広島での証言は生々しく、かつ心に響く。2012年12月16日の衆議院議員総選挙後の「この国のかたち」を考えるうえで、絶好の映画だ!
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企画・監督・脚本:すずきじゅんいち
製作総指揮:鈴木隆一、渋谷尚武
共同総指揮:古賀哲夫、櫻井雄一郎
ナレーション:レーン・ニシカワ
取材者
アメリカより 日本より
/ハリー・アクネ /知花治雄
/グランド・イチカワ /比嘉盛保
/トーマス・サカモト /比嘉正光
/タケジロウ・ヒガ /喜友名朝昭
/ノーマン・ミネタ /小林徹
/ジョージ・アリヨシ /喜屋武初子
/ダニエル・イノウエ /升田久
/ジェイク・シマブクロ /大田昌秀
/タムリン・トミタ /テリー・ツボタ
/フランク・ヒガシ
/ヒトシ・サメシマ
/ハーバート・ヤナムラ
2012年・日本、アメリカ合作映画・100分
配給/フイルムヴォイス
<これは必見!MISとは?>
007ことジェームス・ボンドはイギリスのMI6(英国情報局秘密情報部)の秘密諜報部員、『ボーン』シリーズのジェイソン・ボーンはアメリカCIAの秘密諜報部員として有名だが、米国陸軍の秘密情報機関であったMIS(ミリタリーインテリジェンスサービス)とは一体ナニ?それを知っている人はごく少ないはずだ。それは長い間、秘密情報部員という性格上MISの存在自体が国家の最高機密として極秘扱いとされてきたからだ。
団塊世代の男性の多くは「女優」榊原るみを知っていると思うが、本作ではその榊原るみが「監督の監督」という、ちょっとふざけたような肩書きでクレジットされているうえ、プレスシートには彼女によるすずきじゅんいち監督の「監督紹介」がある。私は女優・榊原るみは知っていてもこの監督すずきじゅんいちのことは知らなかったが、これを読むと現在60歳の彼がかなり変わった経歴の持ち主であることがよくわかる。そんな彼が、近時渾身の力でチャレンジしてきたのが、日系アメリカ人に焦点を当てた日系史ドキュメンタリー三部作。本作はその第一部『東洋宮武が覗いた時代』(08年)、第二部『442 日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍』(10年)に続く日系史ドキュメンタリー三部作の完結編らしい。こりゃ必見!さてMISとは?
<日系アメリカ人は政府高官にも!>
本作は80名以上のMISの元兵士たちのインタビューで構成されているので、情報量がベラボウに多い。その「語り」が迫力を持ってくるのは後半の「沖縄戦」に入ってからだが、前半ではMISがどのような情勢下でどのような必要性からつくられ、どのように活用されてきたのかが明らかにされる。そんな中で注目されるのは、①大統領、副大統領の次の地位にある長老上院議員ダニエル・イノウエ、②元ハワイ州知事のジョージ・アリヨシ、③共和党と民主党政権で大臣を務めたノーマン・ミネタなど、アメリカの政府や州、政党などで重要な地位を占めている日系アメリカ人がいることだ。中でもプレスシートによると①のダニエル・イノウエ氏は10代の頃『442 日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍』で描かれた442日系部隊の一員としてアメリカへの忠誠を尽くすために戦ったらしい。
日米開戦は1942年12月8日、日本の降伏は1945年8月15日だから、その頃10代20代で442日系部隊員として戦闘に従事したり、MISの情報部員としてアメリカのために働いた人たちは、今は既に80代90代。したがって、早く取材をしないと彼らの命それ自体が・・・。現に本作で重要な役割を担っていたオキナワ出身の「語り部」の一人は本作完成後亡くなっている。アメリカではユダヤ系の多くの人たちが政府や党そして実業界や教育界、軍事界等々で大きな役割を担っていることはよく知られているが、「442日系部隊」や「MIS」出身で高い地位で活躍している人がたくさんいたとは・・・。
<『延安の娘』と対比すれば、一層興味が!>
私はどちらかというとドキュメンタリーよりもドラマの方が好きだが、王兵(ワンビン)監督の『鉄西区』(03年)や池谷薫監督の『延安の娘』(02年)という中国映画では、ドキュメンタリーの素晴らしさを堪能した(『シネマルーム5』369頁、373頁参照)。『延安の娘』は北京から下放された青年と地元の娘との間に1972年に生まれた何海霞(フー・ハイシア)が「親探し」の活動を始めるところからスタートし、何海霞の父親を含む4人の「老紅軍」(かつて長征(1934~1935年)に参加し、毛沢東の指揮のもとで長いゲリラ戦を戦った兵士たちのこと)たちの口から次々と生々しい「証言」が引き出されていった。
『延安の娘』がつくられたのは2002年。日本ではそれから10年後の今年12月16日に衆議院議員総選挙が実施され、新たな「この国のかたち」が模索されている。しかし、そのドタバタぶりを見ていると、「あの戦争」と「戦後67年間」の総括をどのようにやったのかはほとんど見えてこない。そんな意味では、今年の年末年始のお休みは本作を劇場で鑑賞し、さらに『延安の娘』をビデオ鑑賞することによって、2013年以降の「この国のかたち」を考える必要があるのでは・・・。
<沖縄戦ではどんな役割を?MISの功績は?>
軍人のみならず多くの民間人の犠牲を生んだ「沖縄戦」の悲劇は『ひめゆり』(06年)(『シネマルーム15』246頁参照)等々で語り継がれているが、沖縄戦でMISがどんな役割を果たしたのかは、本作によってはじめて明らかにされたはずだ。沖縄には比嘉姓が多いが、7人兄弟のうち5人がアメリカに渡り、2人が沖縄に残ったという比嘉盛保、比嘉正光兄弟が、沖縄戦で同胞たちの命を救うためいかなる献身的努力をしたのかは本作を見ればよくわかる。捕虜となった同郷の友人と尋問室で再会すれば、そりゃMISの比嘉さんも驚いただろうが、相手はもっと驚いたはずだ。壕の中に隠れたまま自決しようとする民間人たちに対して、外は安全だから壕から出てくるように説得するのが、比嘉さんたちの一つの重大な役目。その成否によって何十人、何百人の民間人の命が助かるか否かが決するわけだから、その役割は大きい。
「あの戦争」の中で兄弟が敵味方に分かれて戦った最近のドラマとしては、日本のTBSテレビの開局60周年記念として同局系列で、2010年の11月3日から7日まで五夜連続で放映された『99年の愛~JAPANESE AMERICANS~』が印象強いが、なるほど本作のような活動もあったわけだ。日本人はえてしてこういうMISの活動を「裏切り」ととらえる傾向があるが、決してそうではないことは本作を見ればよくわかるはずだ。それにしても、アメリカはMISの兵士たちを祖国の英雄として勲章を与えたことがラストに描かれていたが、さて日本での彼らに対する取り扱いは・・・?
2012(平成24)年11月24日記