東ベルリンから来た女(ドイツ映画・2012年) |
<角川映画試写室>
2012年12月3日鑑賞
2012年12月4日記
『善き人のためのソナタ』(06年)に続いて、いかにもドイツ映画らしい重厚な名作が登場!この女医はなぜ西ドイツへの亡命を撥ねつけられたの?左遷された病院での彼女の監視体制は?その中での生きザマは?
南北朝鮮の分断とは異質の東西ドイツ分断の悲劇と、そこから生まれる濃厚な人間ドラマをタップリと堪能したい。さて、アカデミー賞外国語映画賞のゆくえは?
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監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
バルバラ(亡命を願う女医)/ニーナ・ホス
アンドレ(バルバラの上司の医師)/ロナルト・ツェアフェルト
ステラ(トルガウの矯正収容施設から脱出した少女)/ヤスナ・フリッツィー・バウアー
ヨルク(西ドイツに住むバルバラの恋人)/マルク・ヴァシュケ
シュッツ(秘密警察シュタージの諜報員)/ライナー・ボック
マリオ(3階から転落して意識不明に陥った少年)/ヤニク・シューマン
アンジー(マリオの恋人)/アリツィア・フォン・リットベルク
2012年・ドイツ映画・105分
配給/アルバトロス・フィルム
<この重苦しい雰囲気は・・・?>
本作は、その邦題を見ただけでいかにも重たそう。原題の『バルバラ』は本作の主人公である東ベルリンからバルト海沿岸の小さな町の病院に赴任してきた美人女医の名前だが、赴任早々彼女の表情は固く、かつ重苦しい。西ドイツへの移住申請を政府から撥ねつけられ、今この地に左遷されてきたバルバラ(ニーナ・ホス)を、病院の窓越しに見下ろすのは、彼女の上司となる医師のアンドレ(ロナルト・ツェアフェルト)と、秘密警察シュタージの諜報員シュッツ(ライナー・ボック)の2人。
導入部で展開されるバルバラの自宅の家宅捜索を見れば、「こりゃひどい!」とぞっとするうえ、優しそうで誠実そうなアンドレも、事前にバルバラの住所はおろか、左遷の理由まで全部知っているというから、秘密警察が支配している共産国家は恐ろしい。しかして、勤務初日から病院の同僚に対して頑なな態度を示しているバルバラに対してアンドレは「孤立しない方がいい」とアドバイスしたが、それに対するバルバラの回答は「孤立させてもらうわ!」というものだった。この重苦しい雰囲気は一体ナニ?でも仕方がない。まさにこれこそが、東西を隔てたベルリンの壁崩壊9年前である1980年夏の東ドイツの雰囲気だったのだから・・・。
<壁ができても東西の交流は意外にも・・・>
本作のプレスシートには、高橋秀寿立命館大学文学部教授の「東と西の狭間で」という興味深いコラムがある。それによれば、南北に分断された朝鮮半島では南北の往来は命懸けとなったが、東西ドイツ間の交流はそれとは全然違うものだったらしい。つまり、1961年に「ベルリンの壁」が構築されても、多くの東ドイツ市民、とりわけその体制に不必要、あるいは危険とみなされた人々は合法的に西ドイツに移り住むことができたらしい。年金生活者がその一例で、東ドイツ政府は彼らの移住を認めることによって、事実上年金の支給を西ドイツ政府に肩代わりさせたわけだ。さらに、1962年からはいわゆる「自由売買」が東西ドイツ間で実施されたため、東ドイツは反体制の政治犯や危険分子など約30万人を追い出したうえ、巨額の外貨を手にすることができたらしい。
ところが、社会の担い手として活躍することを期待されていた東ドイツ人に移住の許可が容易に下されることはなかったらしい。その典型が本作の主人公バルバラだ。彼女がこの病院に赴任してきたのは、まさにそういう事情によるものだ。なるほど、なるほど。本作を鑑賞するについては、このコラムは必読だ。
<西ドイツへの亡命はどんな段取りで?>
『グッバイ、レーニン!』(03年)は1989年のベルリンの壁崩壊に焦点を当てた名作(『シネマルーム4』212頁参照)、そして『善き人のためのソナタ』(06年)は共産国家の恥部、国家保安省(シュタージ)による盗聴の実態に焦点を当てた名作だった(『シネマルーム14』208頁参照)。また、東西冷戦時代の東ドイツから西ドイツへの亡命をテーマにしたスパイものの名作に、リチャード・バートンが主演した『寒い国から帰ったスパイ』(65年)やポール・ニューマンとジュリー・アンドリュースが共演した『引き裂かれたカーテン』(66年)があるが、あの時代の亡命が命懸けだったのは当然。しかして、本作中盤からのバルバラの西ドイツへの亡命の動きにシュタージならずとも注目!
なぜ、バルバラには西ドイツ在住の恋人ヨルク(マルク・ヴァシュケ)がいるの?また、ヨルクはなぜ大きな危険を冒してまで、バルバラの亡命資金の準備やその手引きをしているの?本作はその点については多くを語らないが、シュタージの目をかいくぐって、バルバラが着々と進めている亡命工作に注目!自転車を頻繁に利用するバルバラが亡命資金を隠している場所は人気のない森の中の岩の下だが、この程度の知恵でシュタージを欺けるなら、東ドイツのシュタージのレベルはあまり高くないのかも。さらに本作を観ていると、「外国人専用ホテル」に友人と共に泊まるヨルクの部屋にバルバラが窓から忍び込んで、ベッドを共にすることもできているから、その点でもシュタージの監視能力は低いのかも。
ヨルクの話によれば、亡命の実行は今週の土曜日。バルバラが海岸の某地点に出向いて待っていれば、海からバルバラを迎えにきてデンマークに亡命できるらしい。なるほど、それはわかったが、どうも恋人ヨルクの話では「僕が君の所へ来るよ。東で暮らそう」とか「西に行けば、僕の稼ぎで十分だ。きみは働かなくでもいい」とか、少しトンチンカン。本当に西ドイツに亡命してこの人と一緒になって大丈夫?バルバラの頭の中には一方でそんな心配が芽生えてきたうえ、今バルバラには医師としてなすべきことが次々と・・・。
<女医としての責任感は?>
前述のように、西ドイツへの移住申請が撥ねつけられたのは、女医としてのバルバラが東ドイツにとって必要な人材だったから。同じ職場の中で当初孤立していたバルバラもアンドレに対して次第に心を開いていったが、それにはアンドレのバルバラに対する「ある告白」も大いに役立ったはず。その「告白」とは、かつて小児科医として働いていた時に、致命的な医療ミスを犯したアンドレは、それをもみ消してやる代わりに、地方で働けと政府から命じられ、秘密警察への密告を承諾したというもの。その告白は当然自嘲気味だったが、同時に「でも、出世欲はない」という率直なものだった。
その言葉どおり、彼は医師として病院内の仕事を誠実にこなしているうえ、末期ガンとなっているシュッツの妻への出張診療までしていた。これを見たバルバラは「下衆の手助け」と吐き捨てたが、それに対するアンドレの答えは「病人なら助ける」というものだったから、次第にバルバラもアンドレのそんな姿勢を見直すことに。こんな風にバルバラの病院での仕事が増え、バルバラの責任感が次第に高まっていったら、それこそ東ドイツ政府の思うツボ・・・。
<ステラやマリオをとるの?それとも亡命をとるの?>
本作には、トルガウの矯正収容施設から逃亡してきた少女ステラ(ヤスナ・フリッツィー・バウアー)、3階から転落して意識不明に陥った少年マリオ(ヤニク・シューマン)という2人の重要な「患者」が登場する。ステラは髄膜炎、マリオは脳の奥にレントゲンでは見えない血栓があるから重症だが、それ以上に2人とも重大な心の病を抱えていたから、医師としてそれにどう向き合うかは大変だ。
今やっと、マリオの開頭手術の日が決まったが、それは奇しくもバルバラの亡命実行日と同じ土曜日。アンドレからその手術の協力を求められたバルバラはどう対応するの?女医としての責任を放棄することはできるの?他方、一度は強制的に矯正収容施設に戻されていたステラは、再度矯正収容施設を逃げ出し、今は「バルバラ、独りにしないで、一緒にいて」とバルバラの胸に縋りついてきたから、これにバルバラはどう対応するの?アンドレの医師としての仕事ぶりを間近に見てきたバルバラは、矯正収容施設で妊娠させられ「耐えられないの。トルガウから逃げたい。この国から逃げたい」と訴えるステラを、このまま放置することはできるの?そんな過酷な状況下、バルバラが下した決断とは?
<銀熊賞受賞!アカデミー賞外国語映画賞は?>
本作は2012年ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞したが、105分という時間で展開される濃密な人間ドラマは、まさにそれにふさわしいものだ。昨今の軽くて薄っぺらい邦画の洪水に辟易している私は、そのレベルの差に唖然とせざるをえない。それは、来る12月16日の衆議院議員総選挙投票日を控えて、原発廃止に向けて、わかったようなわからないような低レベルの「人気取り合戦」をくり広げる付け焼き刃的な日本の原発への対応と、何十年も議論を積み重ねてきたうえ、自信と将来への展望をもって「原発廃止」を決めたドイツの違いと同じだ。鳩山由紀夫元総理をマスコミも国民も「ルーピー」と叩いて面白がっているが、それは日本のマスコミと国民がバカだということを自白しているのと同じなのだ。ベルリン国際映画祭で本作のような重苦しいけれども問題提起に富んだ映画が銀熊賞を受賞したということは、まさにドイツ国民の映画鑑賞眼の確かさを物語るものだ。 しかも、本作は2013年アカデミー賞外国語映画賞ドイツ代表に決定!『善き人のためのソナタ』は見事に07年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞したが、さて本作は?去る11月のアメリカ大統領選挙で再選された民主党のオバマ大統領は、中国の台頭を前提として日本をはじめとする太平洋戦略に重点を置いているから、ヨーロッパへの関心は少し薄れているが、それはあくまで政治・外交・軍事面の話。さてアカデミー賞レースでは?
2012(平成24)年12月4日記