シャドー・ダンサー(アイルランド、イギリス映画・2011年) |
<シネ・リーブル梅田>
2013年4月3日鑑賞
2013年4月5日記
南北分断に苦しむ韓国には名作『二重スパイ』(03年)があるし、イギリスにもサーカス(英国諜報部)がKGBの二重スパイ「もぐら」を捜し出す『裏切りのサーカス』(11年)という名作がある。しかして、イギリスと長い間戦ってきたアイルランドのIRA(アイルランド共和軍)にも「二重スパイ」が・・・。息子を守るなら、家族をそして組織を裏切る密告者になれ!そう迫られた場合、あなたならどんな選択を?『裏切りのサーカス』と同じくストーリーは難解だが、「シャドー・ダンサー」とは一体誰?それをテーマとした「二重スパイ」の悲しみは、あなたの胸にどう響く?
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監督:ジェームス・マーシュ
原作・脚本:トム・ブラッドビー
コレット・マクビー(MI5の情報屋となったアイルランド共和軍「IRA」の女性、マクビー家の長女)/アンドレア・ライズブロー
マック(イギリス情報局保安部「MI5」の捜査官)/クライヴ・オーウェン
ケイト・フレッチャー(マックの上司)/ジリアン・アンダーソン
コレットの母親/ブリッド・ブレナン
ジェリー・マクビー(マクビー家の長男)/エイダン・ギレン
コナー・マクビー(マクビー家の次男)/ドーナル・グリーソン
ケビン・モルビル(アイルランド共和軍「IRA」の権力者)/デヴィッド・ウィルモット
イアン・ギルモア/スチュアート・グラハム
ブレンダン/マーティン・マッキャン
ショーン(マクビー家の三男)/
マーク(コレットの一人息子)/
2011年・アイルランド、イギリス映画・101分
配給/コムストック・グループ
<着想は卓抜!このヒロインに注目!>
最近、①南北不可侵合意の無効化、②朝鮮戦争の休戦協定白紙化、③停止した原子炉の再稼働等々、金正恩率いる北朝鮮の動きがヤバイ。朝鮮戦争(50年~53年)の終結後も北朝鮮と韓国は「休戦状態」(戦闘の一時休止)であって戦争は「継続中」だから、ややもすれば緊張関係が高まるのはやむをえない。さて、朝鮮半島の今後の成り行きは?
実はそれと同じような緊張関係が北アイルランドとイギリスとの間にあったことは国際情勢に疎い日本人はあまりよく知らないが、アイルランド共和軍(IRA)とイギリスとの血で血を洗う抗争は長い間続いてきた。2012年6月27日に即位60周年記念としてアイルランドを訪れたエリザベス女王がIRAの活動拠点であったベルファストでIRA元司令官マーティン・マクギネス副首相と握手を交わしたことによって、「歴史的和解」が成立したが、そんな時にIRAとMI5(イギリス情報局保安部)との死闘をテーマとした本作が製作され、IRAの活動家がMI5への密告者になるという、言わば「二重スパイ」ともいうべきヒロインが登場したのは何とも皮肉だ。
IRA映画は『プルートで朝食を』(05年)(『シネマルーム12』303頁参照)、『麦の穂をゆらす風』(06年)等たくさんあるが、「二重スパイ」になることを強要された20代の若い母親を主人公としたIRA映画は本作がはじめて。その「二重スパイ」コレット・マクビー役を演じるのは、『わたしを離さないで』(10年)(『シネマルーム26』98頁参照)でキャリー・マリガンとキーラ・ナイトレイという2人の美人女優の脇役だったアンドレア・ライズブロー。韓国映画には『二重スパイ』(03年)(『シネマルーム3』74頁参照)をはじめ南北問題をスパイの視点から描いた名作がたくさんあるが、IRAの「二重スパイ」という本作の着想は卓抜!さあ、まずはそのヒロインに注目!
<なぜコレットはIRAの活動家に?なぜ二重スパイに?>
本作は『キング 罪の王』(05年)(『シネマルーム13』378頁参照))の監督であり、『マン・オン・ワイヤー』(08年)で第81回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したイギリス生まれのジェームス・マーシュ監督の作品だが、映画冒頭の2つのシークエンスはドキュメンタリー監督とは思えない緊張感がある。まず映画冒頭、コレットの少女時代たる1973年の出来事が登場する。父親から頼まれたおつかいに自分が行かず三男の弟のショーンを行かせたことによって、ショーンがIRAと英国警察の発砲事件に巻き込まれ死亡してしまうわけだが、これによってコレットは心にどんな傷を?
続くシークエンスは1993年で、一児の母となったコレットが地下街に爆弾を仕掛けるシークエンスだが、これも緊張感がいっぱい。この爆弾が不発弾になったのは一体なぜ?また、その直後にMI5によって逮捕連行され、捜査官マック(クライヴ・オーウェン)からショーンの死は英国警察の銃弾ではなくIRAからの流れ弾だという証拠を突きつけられるとコレットの動揺は?さらに、その直後に展開される①25年の刑に処され、息子と会うこともできないままずっと刑務所に入るか、それとも②ベルファストへ戻り、彼女を信じている家族を欺き、内部情報をMI5に渡すか、という究極の選択をマックから迫られるシークエンスも緊張感いっぱいだ。ここまで迫られたら、コレットが息子と生きるために二重スパイ(密告者)になるのは仕方なし?それとも・・・?
<IRAでもMI5でも、一つの疑惑が次の疑惑を・・・>
マックがコレットに求めたのは、IRAがいかなるテロ実行計画を企んでいるかの情報提供だが、IRAの組織だって複雑だし、上下関係がハッキリしているからすべての情報がコレットに集まるわけではない。20年前に三男のショーンが発砲事件に巻き込まれて死亡したことによって、今や長男のジェリー・マクビー(エイダン・ギレン)も次男のコナー・マクビー(ドーナル・グリーソン)もIRAの活動家になっていたが、今ジェリーたちが企んでいるのは、イギリスの刑事の暗殺計画らしい。コレットには「二重スパイ」としてその情報をマックに密告すべき義務があるわけだが、実際にその情報がMI5のマックに到達すれば、ジェリーたちの命は・・・?
映画中盤では、そんなストーリーが展開していく中IRAの幹部であるケビン・モルビル(デイヴィッド・ウィルモット)がコレットに対して疑惑の目を向けていくことになる。マックはコレットが二重スパイになることを強いる代わりにコレットの安全を約束していたが、事態がこんなに緊迫の度を増してくるとその約束は守られるの?他方MI5の内部でもマックは一つの部署の一つの駒にすぎないから、上層部がトータルとして意図していることをすべて把握しているわけではない。したがって、上司の女性ケイト・フレッチャー(ジリアン・アンダーソン)がマックの報告を求めないまま別の動きをしていることを知ると、マックの不安が次第に増大していったのは当然。つまり、IRAの内部でも一つの疑惑が次の疑惑を・・・。そして、MI5の内部でも一つの疑惑が次の疑惑を・・・。
<やっぱり『007』シリーズの方が面白い?それとも?>
クライヴ・オーウェンはナタリー・ポートマンとジュード・ロウと共演した『クローサー』(04年)(『シネマルーム7』144頁参照)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた演技派で、『インサイド・マン』(06年)(『シネマルーム11』65頁参照)や『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(07年)(『シネマルーム18』174頁参照)等でもいい味を出していた。そのクライヴ・オーウェンが演ずるマックはMI5の所属。007ことジェームズ・ボンドが所属する通称MI6がイギリス政府、経済への恐怖となる活動、犯罪を阻止するための任務を担当するのに対し、MI5はイギリス国内における、危険なスパイ活動、テロ活動、破壊活動等を阻止し、国家への危険な活動を阻止するための任務が担当だから、マックの任務がジェームズ・ボンドとだいぶ違うことは本作を観ていればよくわかる。MI6の職員だったイアン・フレミングを原作者とする『007』シリーズは50年間で計23作と世界的に大ヒットしてきたが、MI5を描いた作品は少ない。本作に見るマックの活動を見ていると、それがかなり地味なことがわかるから、両者を比べれば、やっぱり『007』シリーズの方が面白い?
他方、『裏切りのサーカス』(11年)のテーマは、サーカス(英国諜報部)に潜むソ連の二重スパイ“もぐら”を捜し出すことだったが、そこで織り成す渋い男たちの欺し合いは難解だった(『シネマルーム28』114頁参照)。それと同じように、本作中盤にみるマックとコレットの欺し合い、さらにIRAの上層部やMI5の上層部との欺し合いも難解だ。すると、その視点からもやっぱり『007』シリーズの方が面白い?それとも・・・?
<シャドー・ダンサーとは?>
スパイは何種類もの名前を使い分けるものだが、その「帰属先」ではコードネームがつけられているのが普通。『裏切りのサーカス』におけるソ連の二重スパイのコードネームは「もぐら」だったが、さて本作のタイトルにもなっている「シャドー・ダンサー」とは一体ナニ?ひょっとしてこれは、どこかのスパイのコードネーム・・・?
本作中盤で次々と提起されるさまざまな疑惑をマックが追及していく中で浮かびあがってくるのが、このシャドー・ダンサー。そして、その解明が本作後半からあっと驚くクライマックス(?)に向けての大きな焦点になっていく。ちなみに、何かと忙しいシングルマザーであるコレットの大切な息子マークの世話をしているのはコレットの母親(ブリッド・ブレナン)。末っ子のショーンを幼い時に失った後、マクビー家は必然的に長女のコレットはもちろん、長男のジェリーも次男のコナーもみんなIRAの活動家になっていたが、さて母親は?シャドー・ダンサーなる人物が実在している場合それは女性だろうという想定がつくから、それは一体ダレ、という推理を働かせていくと、一人思い浮かぶのは、マックの美人上司であるケイト・フレッチャー。しかし、彼女はMI5の幹部だからまさか・・・?すると、ひょっとしてシャドー・ダンサーとはコレットの母親?
ラストが近づいてくると何となくそんな予感がしてくるが、クライマックスに向けての本作の展開はあっと驚くものになっている。そのうえパンフレット冒頭には「ラストの秘密は誰にも話さないで下さい。」と書かれているから、そのネタばらしは厳禁。したがって、シャドー・ダンサーとは一体ダレ?という本作のテーマについては、あなた自身の目でしっかりと・・・。
2013(平成25)年4月5日記