ココシリ(中国映画・2004年) |
<ソニー・ピクチャーズ試写室>
2006年4月26日鑑賞
2006年4月27日記
この映画は海抜4700mの中国青海省チベット高原において、チベットカモシカの密猟者を追いつめていく、民間の山岳パトロール隊の命がけの活動を描く感動作。「ココシリ」とはチベット語で「青い山々」、モンゴル語で「美しい娘」の意味だが、この映画を観れば、山の厳しさに圧倒されるはず。自然の脅威の前に隊員たちの命が次々と失われていく中、密猟犯の逮捕は・・・?キーパーソンは1人の取材記者。彼の眼を通したことによって、事態はどのように・・・?マスコミ報道の価値についても改めて再認識できるはず・・・。
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監督・脚本:陸川(ルー・チューアン)
リータイ/デュオ・ブジエ
ガイ/チャン・レイ
リウ/キィ・リャン
ロンシエ/チャオ・シュエジェン
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント配給・2004年・中国映画・88分
<「ココシリ」とは?>
「ココシリ」とは、原始のままの姿で残されている広大な無人地帯だが、これはチベット語で「青い山々」、モンゴル語で「美しい娘」を意味する言葉とのこと。中国の南西端の省がベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーに接する雲南省なら、最西端の省が青海省で、そのすぐ西側はチベット自治区だ。私が旅行した雲南省の麗江にある玉龍雪山は海抜5596mだったが、青海省のチベット高原は、海抜4700mの高さ。したがって、両者ともに高山病の危険がつきもの。
この映画は、最初から最後までこのココシリが舞台。そんな中で、一体何がテーマとして描かれるのだろうか・・・?
<チベットカモシカとは?山岳パトロール隊とは?>
この映画のテーマは、チベットカモシカの密猟者たちと民間の山岳パトロール隊との闘い、そして、そのために必然的に生ずるパトロール隊と厳しいココシリの自然との闘い。
チベットカモシカの毛皮は、最高級毛織物「シャトゥーシュ」の元として西欧諸国で重宝されるため、密猟による乱獲が後をたたず、20年の間に100万頭から1万頭に激減したとのこと。ところが、中国政府も省もこれに対して何ら有効な手を打たなかったため、民間の山岳パトロール隊が組織された。
山岳パトロール隊といっても、「火の用心」のパトロールとはワケが違う。1度ココシリの中に入れば、雪・砂・嵐・高山病など厳しい自然との闘いの中で、密猟者を追跡し、探り当てなければならないが、それには当然危険がつきもの。場合によれば、逆襲されて命を失うことも・・・。
他方、命がけでチベットカモシカを守るため密猟者と闘っても、報酬など全くないうえ、経費は自分持ちのボランティア。さらに映画の中でわかったことだが、必要最低限の経費を捻出するため、没収したチベットカモシカの毛皮を売却したりすれば、それもたちまち犯罪になってしまう。彼らをこんな困難な行動にかき立てる動機とは一体ナニ・・・?それをこの「骨太映画」の中でじっくりと味わってもらいたいものだ。
<リーダー比較、『ココシリ』VS『南極日誌』>
韓国映画に珍しく、「到達不能点」への到達を目指す6人の南極探検隊員たちを描いた映画が『南極日誌』(05年)だった。『南極日誌』における隊長のリーダーシップは、一見申し分ないように思えたが、実はそれが大問題だった(『シネマルーム8』259頁参照)。
これに対して、『ココシリ』において山岳パトロール隊の隊長となるリータイ(デュオ・ブジエ)は理想的なリーダーで、映画の中には一切の不協和音は登場しない。しかしそうかといって、すべてがうまく進んでいたのかというと決してそうではなく、むしろ、あんなトラブル、こんなトラブルと問題は山積・・・。
密猟者追跡の旅に出発するため、本部を出発したのは1996年11月1日だが、この時の家族との別れを告げる隊員たちの思いは・・・?この映画は、そこから17日目に至ってやっと密猟者の主犯たちに追いつくまでのパトロール隊の行動を追っていくが、その中で犠牲者が続出・・・。こんな状態でパトロール隊を引っ張っていく、このリータイのリーダーシップぶりに大いに注目しよう。ちなみに、こんな過酷な自然環境の下、こんな冷酷な命令に無条件に隊員たちが従うのは、やはりこの地方に住む人たちが生まれつき純朴なせい・・・?
<キーパーソンは1人の取材記者>
この映画の主役はリータイだが、キーパーソンとなるのは取材記者のガイ(チャン・レイ)。彼は、パトロール隊員の1人が密猟者たちの手によって殺されたというニュースの取材のためにやってきたのだが、リータイは当初はそれをにわかに信じられない様子。しかし、ガイの「自分の記事がパトロール隊の活動の役に立つはずだ」との言葉を聞いて納得し、密猟者追跡の旅にガイが同行するのを許可することに。
出発当日は、隊員たちを涙で見送る家族たちの姿を不思議そうに見ていたガイだったが、5日経ち、7日経ち、10日経つ中、次々と起こる生死をかけた厳しい現実と、その中でリータイが下す非情ともいえる「決断」を目のあたりにする中、ガイの見方はどのように「成長」していくのだろうか・・・?そして、このような「現場主義」に裏づけられた取材をもとに、マスコミ人としての彼が書いた記事は、社会に対していかなる影響を及ぼすのだろうか・・・?
<ホンモノの迫力はさすが・・・>
スタート直後からラストまでこの映画が圧倒的な迫力を示すのは、何よりもホンモノの姿をスクリーン上に描いているから。その第1は、今なお原始の姿で残されている広大な無人地帯ココシリそのもの。第2は、密猟者追跡の旅の途中で次々と起こる出来事を、すべてつくりものではなく、現場でホンモノの撮影をしているため。こんなホンモノの迫力は『南極日誌』も同じだったが、とにかくこの映画を観ればホンモノの持つ魅力に圧倒されること請け合い。
しかしこれは裏返して考えてみると、その撮影がいかに大変だったかということ。私がそれを紹介しても仕方がないので、そこまで突っ込んで勉強したい方は、パンフレットにタップリと書かれてある苦労話をじっくりと・・・。
<興味深い人物像あれこれ>
物語の中で興味深いのは、密猟者の主犯たちから、1頭5元でチベットカモシカの皮はぎの仕事をもらっている長老のマーたちの動静。パトロール隊に逮捕された彼らは、パトロール隊の食糧と燃料が底をつく中、自力で歩いて戻ることを余儀なくされることになったが、さてその結末は・・・?
他方、隊員たちを襲う厳しい現実は実にいろいろ。それは映画を観ての「お楽しみ」だが、そんな中、観客にとっても束の間の「骨休め」となるのが、肺気腫で倒れた隊員をまちへ連れ戻り、医者に診せるようリータイから指示されたリウ(キィ・リャン)が、まちで恋人のロンシエ(チャオ・シュエジェン)と一夜を過ごすシーン。わずかの時間だが、やはりたまにはこんな人間的な時間も必要・・・。リウは食糧や燃料をタップリと積み込んで、再びココシリの山中を目指したが・・・。
<アリ地獄のサマに仰天!>
このリウが襲われたのは流砂のアリ地獄・・・?あの『アラビアのロレンス』(62年)にも登場したアリ地獄(砂地獄・・・?)だ。『アラビアのロレンス』では、ロレンスの協力によってアリ地獄に巻き込まれた少年は何とか救われたが、一歩まちがってアリ地獄に巻き込まれた時、自分1人しかいない場合は・・・?思わず私も何とかはい上がろうと頑張るリウと一緒に手足をバタつかせたが・・・?
<これぞマスコミの力!>
今日4月26日は、耐震強度偽装問題に関して姉歯容疑者ら8名の一斉逮捕とともに、小泉内閣誕生5周年の解説記事が各紙を躍った。しかし、最近の新聞記事は画一的で、通り一遍のものが多く、そのレベルの低下は明らか。これは、いわゆる「記者クラブ方式」や「ぶら下がり取材」に馴れてしまった記者たちが、自分の足を使って取材し、自分の頭を使って記事を書くことがなくなったためだ。このマスコミのレベルの低下は、日本をどんどん誤った方向に進めていくのではないかと心配される問題・・・。
このように、ここ数年来、日本のマスコミのあり方を嘆いていた私だったが、この映画を観て、『ヴェロニカ・ゲリン』(03年)(『シネマルーム4』168頁参照)以来、久しぶりに「これぞマスコミの力」を感じることができた。それは、リータイらとともに命がけの「取材旅行」を敢行した結果として、ガイが書いた記事。この記事が反響を呼んだことによって、ココシリに国家級の自然保護区管理局が設立され、その結果チベットカモシカの数も1万頭から3万頭(パンフレットには5万頭と書いてあるが、スクリーンに流れる字幕ははっきりと3万頭と書いてあったのでこちらを採用!)まで回復したとのこと。
<陸川(ルー・チューアン)監督に大拍手!>
中国第6世代監督としてデビューした陸川(ルー・チューアン)監督の第1作は『ミッシング・ガン』(01年)だった。これは、製作と主演を姜文(チアン・ウェン)に手伝ってもらった(?)ことを差し引いても、非常に面白いサスペンス映画だった(『シネマルーム5』214頁参照)。
この第1作目で、”News Weekly”若い芸術家による最優秀作品賞などを受賞した陸川監督の第2作目が注目されるのは、新人王を獲ったプロ野球選手と同じ。そしてややもすれば、「2年目のジンクス」になることが多いが、それは本人の「おごり」はもちろん、それ以外に次の努力目標やテーマが容易に見つからないこともあるはず。
そんな陸川監督が、第5世代監督として尊敬を集めている張藝謀(チャン・イーモウ)が、『HERO(英雄)』(02年)や『LOVERS(十面埋伏)』(04年)を監督し、陳凱歌(チェン・カイコー)が『PROMISE』(05年)を監督してハリウッドへの進出を競ったのを尻目に(?)、娯楽性に背を向けた、こんな社会問題を映画のテーマとして選んだことに、私はまず注目。こんな映画を観なければ、青海省のチベット高原の上で、チベットカモシカを守るため命を懸けて密猟者との闘いをくり広げている人たちの存在や結果的にココシリに国家級の自然保護区管理局が設立されたことなど知る由もないこと。
中国の黄砂が日本にも大きな被害を及ぼしている昨今、中国第6世代監督の陸川監督が、チベットカモシカの保護という重要な環境問題をテーマとして取りあげたことに大拍手!
2006(平成18)年4月27日記