ファントム 開戦前夜(アメリカ映画・2012年) |
<テアトル梅田>
2013年10月29日鑑賞
2013年11月1日記
久しぶりの「潜水艦モノ」に注目!そこに登場するのは、「東西冷戦時代」のソ連の原子力潜水艦B-67だ。旧型艦ながら、そこに積まれた試作装置”ファントム”とは?また、そこに乗り込んできたKGB特殊部隊の狙いとは?
本作は、ハリソン・フォードが艦長に扮した『K-19』(02年)との対比が不可欠。そして、核弾頭付きミサイルの発射をめぐる緊張感が最大のポイント。テーマ は最高だが、若干分かりにくいのが玉にキズ。 また、いくらハリウッド映画とはいえ、艦長がこれほど「親米」ではちょっと現実感が・・・。
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監督/脚本:トッド・ロビンソン
撮影監督:パイロン・ワーナー
デミトリー・ズボフ(B-67の艦長)/エド・ハリス
ブルニー(≪ファントム≫の技術者)/ディビッド・ドゥカブニー
アレックス(B-67の副長)/ウィリアム・フィクトナー
マルコフ(ソ連海軍司令官)/ランス・ヘンリクセン
ティルトフ(兵士)/ショーン・パトリック・フラナリー
パブロフ(ソ連共産党の政治将校)/ジョナサン・シェック
セマク(医師)/ジェイソン・ベギー
ガーリン(≪ファントム≫の技術者)/デレク・マジャール
ソフィー(デミトリーの妻)/ダグマーラ・ドミンスク
サーシャ(兵士)/ジェイソン・グレイ=スタンフォード
ヤニス(兵士)/キップ・パルデュー
バベノッド(兵士)/ジュリアン・アダムズ
角川書店配給・2012年・アメリカ映画・99分
<テーマはピカイチ!しかし国民の興味と関心は?>
第二次世界大戦終結後、共産主義を代表する国・ソビエト連邦を中心とする「東側」と、資本主義・民主主義を代表する国アメリカ・イギリスを中心とする「西側」とが対立する「東西冷戦時代」があった。その時代の最大の危機は1962年10月の「キューバ危機」で、あわや全面核戦争に至ったかも知れないその緊張感を描く映画の代表は、『13デイズ』(00年)(『シネマルーム1』63頁)だ。また、東西冷戦を巡る「スパイもの」の代表は、『寒い国から帰ってきたスパイ』(65年)だろう。今や核兵器を保有する国はアメリカ・ソ連(ロシア)の他、中国やフランス、さらにはイランや北朝鮮にまで広がっているから、核戦争の危険性は格段に大きくなっている。しかし、他方で情報の伝達がスムーズになっているから、昔のように「疑心暗鬼」の中で核の発射ボタンを押してしまうという危険は少なくなっているかもしれない。
本作がネタにしたのは、1968年に起きたソ連のゴルフ型潜水艦K-129が3月8日にハワイ近海で謎の爆沈を遂げたという、現実に起きた事件。同潜水艦(の一部)はその後大変な労力と膨大な費用をかけてアメリカによって引き揚げられたから、そこにはK-129が発射した(?)核弾頭付きのミサイルの残骸や機密情報がいっぱい!だったかどうかはわからないが、とにかく当時の世界を揺るがす重要機密の数々が詰まっていたことは間違いない。私にとってそんなテーマは極めて興味深い。しかし、本作のスタッフやキャストで知っているのは、ソ連海軍司令官のマルコフ(ランス・ヘンリクセン)から、中国海軍に払い下げ予定とされている旧型潜水艦B-67に乗って最後の偵察航海の指揮を執れ、と命じられたデミトリー・ズボフ艦長を演じるエド・ハリスだけ。残念ながら、トッド・ロビンソン監督の名前も聞いたことがない。また、上映館もテアトル梅田で、1日1回だけで、その宣伝もイマイチだ。したがって私にとって本作のテーマはピカイチだが、国民の興味と関心は?
<久々の本格的「潜水艦モノ」に期待!>
「潜水艦モノ」に名作が多いことを、私はシネマルームで再三書いてきた。その代表作は『Uボート 最後の決断』(03年)(『シネマルーム7』60頁)、『Uボート・ディレクターズカット版』(97年)(『シネマルーム16』304頁)、『眼下の敵』(57年)、『K-19』(02年)(『シネマルーム2』97頁)、『ローレライ』(05年)(『シネマルーム7』51頁)等々だ。また、古い東宝の戦争映画では『潜水艦イ-57降伏せず』(59年)などの名作も多い。「潜水艦モノ」に名作が多い理由は、密室性とそこから生まれる緊張感にあるが、きっとそれは本作でも同じはず。私は2010年3月の中国旅行で、青島(チンタオ)にある海軍博物館に入り、退役したホンモノの潜水艦を見学したが、全長76m、幅6.7mという艦内は本当に狭かった。こんな狭い空間の中で数十人の男たちが共同生活を続け、日夜命がけの行動を続けていたら、神経はすり減るはずだ。
時は1968年、デミトリー艦長は76日間の航海からカムチャッカにあるルイバチー原潜基地に戻ってきたばかり。そして、いよいよ退役(引退)に向けての道筋をつけようとしていたのに、自分が艦長としてはじめて乗ったB-67という旧型潜水艦にまた乗れと言う命令はかなり酷だ。それは、副長のアレックス(ウィリアム・フィクトナー)はもちろん、結婚したばかりの兵士サーシャ(ジェイソン・グレイ=スタンフォード)や血気盛んな兵士ティルトフ(ショーン・パトリック・フラナリー)も同じ。しかし、司令官からの命令は絶対だから、従わなければならないのは当然だ。
もっとも、今回の作戦が奇妙なのは、B-67に取りつけた試作装置”ファントム”の実験のためと称して、技術者のブルニー(ディビッド・ドゥカブニー)とガーリン(デレク・マジャール)の2人が乗艦してきたこと。また、「命令書」は金庫の中に入れ、外洋に出てから開けと言われたから、これも奇妙だ。さらに、スクリーン上にはB-67の出航を見届けたマルコフ司令官が自らの頭に拳銃の弾を打ち込んで自殺する姿が映ったから、これまた不思議、というより不吉だ。さて、B-67の真の出撃目的はナニ?そして、ブルニーとガーリンは一体何者?
<「B-67」VS「K-19」、その艦長を比較してみると・・・>
ハリソン・フォードがソ連の誇る原子力潜水艦「K-19」のボストリコフ艦長に扮した『K-19』(02年)は、涙なくしては見られない原子炉事故の悲惨さを実感させてくれた名作だった。この「K-19」はホテル型弾道ミサイル原子力潜水艦だが、度重なる事故で有名となり、別名「ウィドーメーカー(未亡人製造艦)」と呼ばれた実在艦だ。ハリウッドがなぜ東西冷戦時代のソ連の原子力潜水艦の映画を作ったのかは興味深いが、考えてみればロシア文学の最高峰であるトルストイの『戦争と平和』だって、オードリー・ヘップバーンを主演させて最高の映画にしたのはハリウッドだ。
『K-19』では、ボストリコフ艦長はアメリカを攻撃するミサイルの発射テストを成功させた後に次の任務が与えられ、アメリカの海岸線に接近したが、そこで原子炉の冷却装置が故障したから大変。そこから被爆覚悟での壮絶な修理作業が始まるわけだが、ここでの任務遂行をめぐって展開するボストリコフ艦長らの人間ドラマはすごかった(『シネマルーム2』97頁)。ソ連本国の指導部との連絡もとれない中、ボストリコフ艦長は「K-19」の艦長として国家への最大級の忠誠を尽くしていたが、さて本作にみる「B-67」の艦長デミトリーは?
日米開戦の時の連合艦隊司令長官としてハワイの真珠湾攻撃の指揮をとった山本五十六は、1919年にアメリカに駐在し、1921年までハーバード大学に留学していたため、「彼我の物量の圧倒的な差」を身をもって体験していた。それと同じように、デミトリ-艦長もアメリカに行った経験があるため、アメリカの国力とその国民性についてよく知っていたらしい。それは東西冷戦のあの時代には珍しいことだが、そのためかデミトリー艦長の発言には何かとアメリカへの理解と共感が目立っている。しかしそれは、デミトリー艦長の心情としては理解できるものの、本作にリアルさを持たせる意味では如何なもの・・・?レーニンやスターリンそしてフルシチョフへの盲信とまではいかなくても、やはりあの時代のソ連海軍の原子力潜水艦の艦長としては、良くも悪くもソ連という国家への忠誠心いっぱいでなくちゃ・・・。
<こんな二重権力・三重権力では、混乱は必至!>
ソ連でも中国でも北朝鮮でも、共産党が指導する国の軍隊には共産党員の「政治将校」がつくのが特徴。山本さつお監督の『戦争と人間』3部作(70年、71年、73年)でも、韓国映画の『戦火の中へ』(10年)(『シネマルーム26』104頁)でも(ここで描かれたのは北朝鮮の政治要員)、ロシアのニキータ・ハミルコフ監督の『終火のナージャ』(『シネマルーム26』110頁)や『遥かなる勝利へ』(『シネマルーム31』44頁)でも、それが描かれていた。しかして、本作において、B-67に乗り込んでいるソ連共産党の政治将校はパブロフ(ジョナサン・シェック)だ。パブロフのデミトリー艦長に対する信頼は厚そうだが、かつて多くの部下を死なせた事故の時に負った頭部のケガの後遺症で艦長が時々、発作を起こすことを医師のセマク(ジェイソン・ベギー)から聞いたパブロフは、デミトリーの解任を主張。副長のアレックスは、「艦長は任務に堪えられる」と主張してそれを無視したが、さて、パブロフはその後デミトリーに対してどんなスタンスを?
それ以上に問題なのは、”ファントム”の実験のためと称してB-67に乗り込んできたブルニーとガーリンの扱いだ。ある日、B-67がパナマ籍のタンカーと遭遇した時、ブルニーはこの機会に”ファントム”の起動実験を行うことを主張し、B-67の操艦にまで口を出してきたが、こんな場合、艦長としてはどうすればいいの?当然、操艦については艦長が最高責任者だが、一方で命令書には「アメリカ海軍の動きを監視し、新兵器ファントムの実験も行うこと」と書かれていたからややこしい。デミトリー艦長は自分を押し殺してブルニーの言うとおりにB-67をタンカーの下を潜航・通過させたが、その事態を察知したアメリカの原子力潜水艦が急迫!そこで”ファントム”が起動されたが、何とこれによってアメリカの原潜は元の進路に戻ってしまったから、ビックリ!これにてもう大丈夫となったが、それは一体なぜ?新兵器”ファントム”の威力とは?
やっとここで明らかにされる”ファントム”の正体は、あらゆる船の音波を模倣できる偽造装置で、音の船種を特定する敵のソナーを欺くもの。いったんはB-67に向かってきたアメリカの原潜も、このファントムから出された偽装音によって、B-67をただのタンカーと誤認してしまったわけだ。すると、こんな新兵器があればB-67はアメリカが制海権を握っている海域だって、自由に潜航していけるのでは・・・。
<ブルニーの正体は?その狙いは?>
1986年当時の中国は、毛沢東が主導した「文化大革命」に突入したばかりの時期だから、国内はガタガタで、現在のように経済的にも軍事的にもアメリカと対抗できる唯一の大国にはほど遠い状態だった。したがって、冒頭マルコフ司令官が言っていたように、そんな中国にソ連の旧型潜水艦を売りつけるのは一種の詐欺行為だが、東西冷戦時代には同じ共産国同士でもそんなインチキがまかり通っていたわけだ。本作では、ブルニーがB-67に乗り込む時からデミトリー艦長に対して親しげな挨拶をしていたのが気にかかっていた。また、”ファントム”の実験だけなら、パナマ籍のタンカーと遭遇した時の起動実験で「成功」を確信できたのだから、万々歳で終わり。ところが、その後ブルニーはデミトリー艦長に拳銃を突きつけて事実上B-67を乗っ取り、ある方向へ進路をとることを命令したから大変。一体このブルニーは何者?そして、何を狙っているの?
ここで、あえてタネを明かせば、実はブルニーはKGBの特殊部隊”オズナ”の幹部だ。彼らはファントムを使ってB-67を中国艦になりすましたうえで、核ミサイルをアメリカ本国へ撃ち込み、それによってアメリカから中国への報復攻撃を誘発させることによって、アメリカと中国との間で全面戦争を起こさせ、ソ連だけが”漁夫の利”を得ようと画策したわけだ。聞くところによると最近、中国の習近平国家主席はアメリカのオバマ大統領と会談した際、太平洋の真ん中で支配権を2分し、東をアメリカが、西を中国が支配しようと提案したそうだが、1968年当時の中国は、ソ連からその程度に見られていたわけだ。デミトリー艦長や副長のアレックスたちが拘束されたまま、B-67の艦内ではアメリカに向けたミサイルの発射準備が着々と進んだが、もしそれが実行されると・・・。
<ハラハラ、ドキドキのクライマックスの展開をじっくりと・・・>
ブルニーとガーリンはB-67を乗っ取ったものの、B-67の操艦とミサイルの発射準備を同時に行わなければならないから、結構忙しい。他方、デミトリーたちは監禁状態に置かれたものの、狭い潜水艦の内部は知り尽くしているから、核弾頭の構造に詳しい兵士ティルトフらの技術を頼りに、ミサイルの核弾頭だけを取り外す作業に着手していた。こうなると双方とも時間との競争だから、本作のクライマックスに向けては、そのハラハラドキドキの展開をじっくりと楽しみたい。
こんな狭い艦内での緊迫した闘いこそが潜水艦映画の神髄だが、ちょっと残念なのは、ティルトフたちが艦内をどのように移動し、どのような方法でミサイルの核弾頭の除去作業を行おうとしているのかが、わかりにくいこと。また、ブルニーの味方は少ないから、ブルニーはよほど用心しながら艦内を制圧しつつ、ミサイル発射までやり遂げなければならないが、現実には意外にあっさり反撃されてしまうこと。
そんな不満もあるが、ミサイルの発射とその後のアメリカ原潜からの反撃、そしてB-67のクルーたちの獅子奮迅の働きぶりは興味深い。時代が米ソの冷戦から、米中の覇権争いに大きく変わってきている今、東西冷戦時代のこんな出来事を描いた本作から学ぶものは多いはずだ。
2013(平成25)11月5日記