パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト(ドイツ映画・2013年) |
<TOHOシネマズ西宮OS>
2014年7月21日鑑賞
2014年7月31日記
超絶技巧のウリはピアノならリスト!ヴァイオリンならパガニーニ!それが定説だが、1831年のロンドン公演を軸に構成された本作に見るパガニーニの生きザマとは・・・?
音楽映画の最高峰たる『アマデウス』(84年)では晩年のモーツァルトは死神から『レクイエム』の作曲を依頼されたが、ウルバーニはパガニーニをどのようにプロデュース?現代最高のヴァイオリニストたるデイヴィッド・ギャレットの現実の演奏を聴きながら、波瀾万丈のストーリーを楽しむのは最高。もっとも、ちょっとカッコ良すぎる点は、史実とは大違い・・・?
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監督・脚本:バーナード・ローズ
ニコロ・パガニーニ(イタリア生まれの天才ヴァイオリニスト)/デイヴィッド・ギャレット
ウルバーニ(パガニーニの崇拝者、パガニーニのプロデューサー)/ジャレッド・ハリス
シャーロット・ワトソン(ジョンの娘、ソプラノ歌手)/アンドレア・デック
ジョン・ワトソン(イギリスの指揮者)/クリスチャン・マッケイ
エセル・ランガム(タイムズ紙の女性記者)/ジョエリー・リチャードソン
エリザベス・ウェルズ(ワトソンの愛人のオペラ歌手)/ヴェロニカ・フェレス
プリムローズ・ブラックストーン(道徳向上女性同盟の活動家)/オリヴィア・ダボ
バーガーシュ卿(ロンドン音楽界の重鎮)/ヘルムート・バーガー
アルバトロス・フィルム、クロックワークス配給・2013年・ドイツ映画・122分
<ピアノならリスト!ヴァイオリンならパガニーニ!>
「ドイツ三大B」と言えば、バッハ、ベートーヴェン、ブラームス。彼らは作曲家として歴史上燦然と輝いているが、演奏家として最も有名な人物と言えば、きっとピアノならリスト、ヴァイオリンならパガニーニだ。今でこそ、専門の音楽学校を卒業し、世界の音楽コンクールで受賞したたくさんの音楽家がプロとして飯を食えているが、17~19世紀の貴族の庇護を受けるだけの音楽家は食っていくこと、生きていくことに大変だった。
音楽家とその音楽を主役に据えた映画の最高峰は何といっても『アマデウス』(84年)。あの映画が面白かったのは、天才モーツァルトに対置されるサリエリという宮廷音楽家を準主役として起用したこと。それまでサリエリなどという音楽家の名前は全く知らなかったが、なるほどあの時代でも男の世界は嫉妬で動いており、宮廷内には権力闘争が渦巻いていることを実感!
中学生の頃に観たフランツ・リストを主人公とした『わが恋は終りぬ』(60年)では、コンサート会場をはじめとするヨーロッパの宮廷文化の華やかさに感激したし、最近では『敬愛なるベートーヴェン』(06年)(『シネマルーム12』277頁参照)、『ラフマニノフ ある愛の調べ』(07年)(『シネマルーム19』374頁参照)、『マーラー 君に捧げるアダージョ』(10年)(『シネマルーム26』未掲載)は、それなりに面白かった。しかして、ピアノならリスト、ヴァイオリンならパガニーニと評価するのが普通だが、これまでパガニーニと彼の音楽を主役に据えた映画がなかったのは一体なぜ・・・?
<主役を演じた、現代最高のヴァイオリニストに注目!>
本作最大の特徴は、「悪魔のヴァイオリニスト」と呼ばれながら、人並み外れた超絶技巧をウリにしているパガニーニを、現役のヴァイオリニストであるデイヴィッド・ギャレットが演じたこと。私が日本映画の最高傑作と位置づけている『砂の器』(74年)では、後半の真相解明に向けたストーリーは、加藤剛演じる音楽家・和賀英良のコンサート会場の風景と交叉しながら展開していった。一方では、自ら作曲した『宿命』というピアノ協奏曲を自ら演奏する風景を楽しみながら、他方では感動的な親子の絆が語られていくわけだが、カメラはなぜか、和賀英良の指だけを映したり、逆に和賀英良の全体像を映すときはあえて和賀英良の指を隠したり・・・。
これは映画特有のカメラワークによる「ごまかし」だが、そうせざるをえないのは言うまでもなく俳優の加藤剛が音楽家と同じレベルでピアノを弾くことができないためだ。しかし、パガニーニ役を現役のかつ現代最高のヴァイオリニストが演じれば・・・?そうなれば、パガニーニの何ともカッコ良いヴァイオリン協奏曲だって、超絶技巧曲だって御手の物。もちろん、そのためには現代最高のヴァイオリニストが演技者としても一流でなければダメだが、往々にして、天はニ物を与えるもの・・・。何はともあれ、本作ではパガニーニを演じるデイヴィッド・ギャレットの演技と彼の超絶技巧に注目!
<物語は、ちょうど200年前から・・・>
昭和の時代の『スター誕生』から、平成の時代に入ってからの『ASAYAN』そして、現在のAKB48まで、高度経済成長時代と、超マスコミ時代の中で、日本人は常にアイドルを求めて生きてきた。しかして、17~19世紀に花開いたヨーロッパの宮廷文化の時代でも、貴族たちが音楽家たちにアイドルを求めたのはきっと同じ。日本で、昭和のアイドル発掘時代の後、平成に入ってからの音楽界をプロデューサーとして引っ張って来たのは、80年代のglobeや安室奈美恵を生み出した小室哲哉、90年代のモーニング娘。を生み出したつんく♂、そしてAKB48を生み出した秋元康。しかして、パガニーニのプロデューサーとして今からちょうど200年前の1813年に活躍したのがウルバーニ(ジャレッド・ハリス)だ。
彼は、酒浸り、女浸り、自堕落な生活を送っているパガニーニを「マイスター」と呼び、契約書へのサインを迫っていた。ウルバーニの口説き文句の第1は、「君はナポレオンをしのぐ帝国の支配者になれる」。そして第2は、「パガニーニの才能と技術には問題はないが、かけているのは物語。それを引き受けるのが自分」というものだ。ヨーロッパはあの時代から「契約社会」だから、「一生の約束」を前提に契約書にサインすれば、それは文字どおり一生の契約。スクリーンを観ている限り、当面のカネ欲しさや酒の勢いでサインした感もないではないが、さて、これからウルバーニはプロデューサーとしてパガニーニをどのように売り込むの?
<パガニーニはイタリア人。そんな彼のイギリス征服は?>
日本人はヨーロッパと聞くと十把一絡げで考えてしまう傾向がある。たしかに今では通貨はユーロに統合されているし、アメリカやロシアと対抗すべく、ユーロ圏としてのまとまりはある。しかし、イタリアのミラノの劇場でヴァイオリンの演奏を続けているパガニーニにとって、イギリスは遠い遠い国だったはずだ。
本作は、史実と伝説を生かしながらストーリーを組み立てているそうだが、パガニーニにとって人生の転機になったのはイギリスの指揮者ジョン・ワトソン(クリスチャン・マッケイ)からのロンドン公演のお誘い。「悪魔のヴァイオリニスト」「愛人を殺して投獄され、独房で弦が1本ずつ切れてもG線だけで弾いた」とのパガニーニの評判を聞いたワトソンは、バーガーシュ卿(ヘルムート・バーガー)と掛け合い、渡航費もすべて持つという破格の条件でパガニーニの招聘を求めたから、こりゃまたとない好機。私はもちろん、プロデューサーのウルバーニもそう考えたが、当のパガニーニは溺愛する一人息子アキレウスと離れたくない、と頑なに拒否。そのうえ、ギャンブルと酒は相変わらずで、金欠病の中で、経費の増額だけ迫るから、始末が悪い。
こんな様子を見ていると、『アマデウス』でみた悪ガキ、モーツァルトと同じだが、なぜ神はこんな人格破綻者に音楽の才能を与えるの?ついそう思ってしまったが・・・。
<中国はPM2.5問題、イギリスはスモッグ問題!>
日本の新聞記者のレベルが劣化している一つの原因は記者クラブ制にある。政治、経済、司法の記者ですら劣化は明らかだから、芸能記者になればなおさら。ところが、本作に見るイギリスのタイムズ紙の女性記者エセル・ランガム(ジョエリー・リチャードソン)の取材ぶりは面白い。場末のパブでひょんなことからパガニーニの即興演奏を聴くことができたのは、まさに彼女の突撃取材のおかげだ。さらに本作では、女性差別に反対し、女性の地位向上を目指す「道徳向上女性同盟」の活動ぶりが面白い。「悪魔の崇拝者!」「女たらし!」と叫びながら、パガニーニの泊まるホテルの前をデモ行進するリーダーのプリムローズ・ブラックストーン(オリヴィア・ダボ)たちの主張がどんな取材で成り立っているのかはわからないから、私はプリムローズたちの運動に共感できないが、19世紀のイギリスであんな形のデモ行進がまかり通っていたこと自体が興味深い。
パガニーニがイギリスへの渡航を嫌がっていたのは、息子と離れたくないという気持ちの他に、イギリスのスモッグ(霧)を嫌がっていたのでは・・・?昨今の中国のPM2.5による大気汚染問題は深刻だが、本作に見るロンドンのスモッグもひどい。口をハンカチで押さえればOKというレベルではなさそうだが、果たしてこんなロンドンにパガニーニは順応できるの?
<単なる女好き?いやいや、やっぱり真の音楽家?>
本作は強引にパガニーニのプロデューサーに就任するウルバーニはもちろん、女性陣もエセル、プリムローズというキャラの濃さが際立っている。そんな中、一人だけ善人ぶりで目立つのがパガニーニをロンドンに招聘した指揮者のワトソンだ。プリムローズによるド派手でチョーやかましいデモ行進のためにホテルに宿泊できないパガニーニをワトソンは自宅に泊める手配までしたから、その献身ぶりにビックリ。ワトソンは既に愛人でオペラ歌手のエリザベス・ウェルズ(ヴェロニカ・フェレス)の宝石まで質に入れて、パガニーニの渡航費用、滞在費用を準備していたのに、今回はさらに声楽の勉強をしている娘のシャーロット(アンドレア・デック)をメイドに扮装させて、パガニーニのサービス係までさせたのだから恐れ入る。そこまで至れり尽くせりのサービス提供を受けてもなお、パガニーニはヴァイオリンの練習をしないばかりか、王宮からの招待も演奏料が出ないという理由で断ってしまう有様だ。そのうえ、好色家のパガニーニはメイド姿の美しいシャーロットを一目見た時から興味を示し、あれこれとちょっかいを出してきたから最悪!
そんな中、前述した場末のパブでのパガニーニの即興演奏の素晴らしさがタイムズ紙によって伝えられるわけだが、あまりにも尊大なパガニーニに対してシャーロットの堪忍袋の緒は切れてしまい、「ハンサム気取りのうぬぼれ屋」は「家を出て行って!」と絶交宣言を!それによって、気持ちが吹っ切れたのか、パガニーニを「不世出の名手」と絶賛するタイムズ紙の記事に大喜びするワトソンを尻目に、シャーロットは久しぶりに声楽の練習を再開したところ、その美声を聞いたパガニーニは自作のアリアをシャーロットに捧げることに。こうなれば、互いに音楽に生きる者同士、2人の結びつきは早かったが、これってパガニーニの単なる女好き?いやいや、やっぱり真の音楽家?そして、2人の恋とやる気の発露をプロデューサーたるウルバーニはどんな冷静な目で・・・?
<スクリーン上のパガニーニは何歳?本作の結末は?>
パガニーニを演じるデイヴィッド・ギャレットは、1980年生まれだから、まだ30歳代前半。現代最高のヴァイオリニストながらベッドシーンも堂々と演じているからすごいが、スクリーン上で見るデイヴィッド・ギャレット演じるパガニーニは、とにかくカッコいい。CHAGE and ASKAのASKAも全盛期はカッコよかったし、今をときめくEXILEのATSUSHIやHIROもカッコいいが、本作に見るデイヴィッド・ギャレット演じるパガニーニのカッコ良さはそれ以上。ところで、私が今スクリーン上で見ているパガニーニは一体何歳なの?
それを年表で調べてみると、パガニーニが初のロンドン公演をしたのは、1831年だから、48歳の時だ。アレレ・・・。パガニーニはヴァイオリン協奏曲を1番から5番まで5曲作っているが、4番5番が作曲されたのが1830年だから、1831年のロンドン公演は彼の全盛期を過ぎてからの公演ということになる。本作のイメージはデイヴィッド・ギャレットの風貌から見ても、シャーロットに対するちょっかいの出し方から見ても、せいぜい30歳代と思えたが、現実はなるほど、そうだったのか・・・。しかして、1831年6月3日にキングス・シアターで開催されたパガニーニ初のロンドン公演は大絶賛を受けたが、パガニーニのその後は・・・?シャーロットとの大スキャンダルはいかにもパガニーニらしいが、さてその結末は?また、パガニーニは一人息子アキレウスに看取られて57歳で死亡したが、ニース司教は葬儀と埋葬を拒否したらしい。さて、それは一体なぜ?50歳を超えてからのパガニーニの姿は、どちらかと言うとあまり見たくないが・・・。
2014(平成26)年7月31日記