海にかかる霧(韓国・2014年) |
<TOHOシネマズ西宮OS>
2015年5月5日鑑賞
2015年5月13日記
2014年4月に韓国の観梅島沖で発生したセウォル号事件では、乗客を放って真っ先に逃げ出した船長が殺人罪で起訴されたが、2001年10月に麗水で起きたテチャン号事件では、大量の密航者たちが窒息死したうえ、その死体は海に捨てられたそうだ。
そんなテチャン号事件をモチーフとした「密室劇」は、韓国映画らしく登場人物たちのキャラクターが明確なだけに面白い。船には女は乗せないはずだが、チョンジン号の機関室に若い女が入ってくると、それをめぐって特に若い船員たちの欲望の発露は・・・?
「そして誰もいなくなった」状態へのストーリーの展開と、余韻のあるラストシーンをしっかり味わいたい。
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監督・脚本:シム・ソンボ
製作・脚本:ポン・ジュノ
カン・チョルジュ(責任感の強いチョンジン号の船長)/キム・ユンソク
ドンシク(一番下っ端の心優しき船員)/パク・ユチョン
ワノ(借金取りに追われる機関長)/ムン・ソングン
ホヨン(カン船長の命令には無条件に従う甲板長)/キム・サンホ
ギョング(お金に目がない巻き網係の船員)/ユ・スンモク
チャンウク(女に目がない機関室担当の船員)/イ・ヒジュン
ホンメ(韓国に渡った兄を探すため密航を試みる朝鮮族の女性)/ハン・イェリ
教師(密航を試みる朝鮮族の男)/チョン・インギ
キム(海洋警察の監視長)/ユン・ジェムン
2014年・韓国映画・111分
配給/ツイン
<密室モノは面白い!密室は潜水艦や列車のみにあらず!>
密室モノは面白い。それが私の持論だ。それは『U・ボート(ディレクターズ・カット版)』(97年)(『シネマルーム16』304頁参照)、『K-19』(02年)(『シネマルーム2』97頁参照)や、『ローレライ』(05年)(『シネマルーム7』51頁参照)、『真夏のオリオン』(09年)(『シネマルーム22』253頁参照)等の潜水艦モノや、『イノセントワールド―天下無賊― (天下無賊/A WORLD WITHOUT THIEVES)』(04年)(『シネマルーム17』294頁参照)、『スノーピアサー』(13年)(『シネマルーム32』234頁参照)等の列車モノを観れば、明らかだ。
しかして、公海の上を航行する普通の船は密室?たしかに、いくら大きな船でも大海原の上に浮かぶ密室にすぎないということは、『タイタニック』(97年)にみるタイタニック号の沈没事件を見れば明らかだが、豪華客船を「密室」というのはかなり抵抗がある。しかし、一面を深い霧に覆われた海の中に浮かんだチョンジン号のような小さな漁船なら、完全な密室といってもいいはずだ。
チョンジン号の乗組員は、カン・チョルジュ船長(キム・ユンソク)以下、①船長の命令には無条件に従う甲板長ホヨン(キム・サンホ)、②借金取りに追われ世間から身を隠している機関長のワノ(ムン・ソングン)、③お金に目がない巻き網係のギョング(ユ・スンモク)、④女に目がない機関室担当の若者チャンウク(イ・ヒジュン)、⑤一番下っ端の心優しき青年ドンシク(パク・ユチョン)の5人。チョンジン号はかつてはアンコウ網漁で潤っていたが、不況の影響と不漁続きの日々が続く今、本業だけでは船の修繕費も出ない窮状らしい。そこでカン船長は、ある危険な「副業」の実行を決意することを決意。当初の計画ではそれは簡単な仕事だったが、深い海霧に覆われた密室の中で副業を遂行中、カン船長以下の面々は大変な事態に遭遇することに。
密室は潜水艦や列車のみにあらず!海霧の中のチョンジン号のような漁船も密室!そんなことを痛感させられる本作の企画に拍手!
<テチャン号事件も、地中海の海難事故もすべて現実!>
本作は、2001年に韓国の麗水(ヨス)で実際に起こった事件“テチャン号事件”を基とする、韓国芸術総合学校出身のキム・ミンジョンが執筆した戯曲・『海霧(ヘム)』を映画化した作品(劇団『演友(ヨンウ)舞台』が2007年初演)。そして、“テチャン号事件”とは俗に、韓国に密入国しようとした中国人60人のうち、25人が船内で窒息死し、船員らがこれらの死体を海に捨てた事件のことを指すそうだ。パンフレットにはその詳細が載っているので、是非それを確認してもらいたい。
他方、近時世界的に大問題になっているのが、内戦が続くリビアから地中海を経てイタリアに渡る難民船の相次ぐ海難事故。ゴールデンウィーク中にも、地中海で難民船遭難のニュースが相次いだ。地中海での難民船海難事故では、年間数千人が死亡しているそうだ。平和と安全を享受している日本のすぐ近くでも、また遠いところでも、現実にこんな事件が起きていることをしっかり認識する必要がある。
<カネのためつい手を出した副業とは?>
チョンジン号の修繕費用の融資を断られたうえ、「アンコウ網の時代は終わった」とまで言われてしまったカン船長が、最後の金策に頼ったのが中国から密輸業を請け負っているヨ社長。「今はこれがカネになるんです」と“密航”の仕事をいとも簡単に語るヨ社長は、同時に「密航とは言っても結局はお国のためですよ。働き手が減れば困るのは国ですから」とも。なるほど、たしかにそれも一理ある。そう納得したわけではないだろうが、前金として半金を見せられると、カン船長がそんな副業に飛びついたのは仕方なし・・・。
カン船長から密航の話しを聞かされた船員たちも、当初は「下手したら捕まってしまう」と躊躇したが、カン船長から「こうまでするのは俺たちのためだ」と言われたうえ、カネを見せられると、結局は全員納得。しかし、約束の「座標」にたどり着いたチョンジン号が、雷雨で荒れ狂う海の中、目の前に見た密航者の数は・・・?
<ポイント1 密航者の大量死!船長の対応策は?>
本作は魚艙(ぎょそう)の中で起きたフロンガスによる大量の密航者の死亡と、カン船長によるその証拠隠蔽工作の徹底ぶりが第1のポイントとなる。2014年4月16日に韓国の観梅島(クヮンメド)沖海上起きた「セウォル号」事件で、476人の乗客を放置して真っ先に逃げ出したイ・ジュンソク船長は殺人罪で起訴されたが、「船では俺が大統領で父親だ。貴様らの命は俺が握っていることを忘れるな!」と自負するカン船長の行動もイ・ジュンソク船長と同じように(?)常軌を逸したもの。
甲板の上に置いている大勢の密航者が発見されればヤバいから、他の船が近づいてきた時に、密航者たちを悪臭漂う漁艙の中に隠したのは、やむをえない処置。それに対して、「漁艙ではなく、機関室や別の場所にかくまえ」と文句をつけ、密航者たちを煽動した朝鮮族の教師(チョン・インギ)を執拗に殴りつけ、海中に放り込むカン船長の行為も、度を越しているとはいえ、やむをえないと納得できるもの。さらに、韓国の監視船が近づいてきた時、再び密航者たちを漁艙の中に隠したのも仕方ない。監視船からチョンジン号に乗り込んできた旧知の監視長キム(ユン・ジェムン)と甲板の上で酒を飲み交わしている時、漁艙の中で不審な音が発生したのは想定外だったが、それを故障した冷凍機の修理だとごまかし、賄賂でケリをつけたのも、カン船長らしい大人の知恵だ。
しかし、キム監視長が去った後、大慌てで漁艙を開けてみると、密航者全員が死亡していたのは全くの想定外。それは冷凍機の爆発によって発生したフロンガスのためだったが、この密航者たちの大量死という現実を収拾するため、カン船長はいかなる方策を?夜になり、海に霧がかかりはじめた時、カン船長は「密航者の死体をすべて甲板にあげろ」と船員たちに指示したうえ、「むしろ好都合だ。一度に死んでくれた」と発言し、「身元を証明するものをすべて焼却し、死体を切断し海に捨てろ」と指示したから、すごい。「血を出せば魚が寄ってくる。海を漂うより、魚に食われたほうがいい。1つでも陸に流れ着いたら俺たちは終わりだ」という、カン船長の理屈にもたしかに一理あるが、そこまで徹底した隠蔽工作はいかがなもの・・・。
<ポイント2 この女のためにこの男はなぜここまで?>
本作の第2のポイントは、チョンジン号の一番下っ端の船員ドンシクと、韓国に渡った兄を探すため密航者としてチョンジン号に乗り込んできた若い女ホンメ(ハン・イェリ)との間でくり広げられる恋模様(?)。その恋模様の発端は、中国船からチョンジン号に乗り移る際に、誤って海の中に落ちてしまったホンメを救うため、ドンシクが無謀にも荒れ狂う海の中に飛び込んだこと。「下手するとお前まで死んでしまうぞ!」とカン船長から怒られたのは当然だが、なぜドンシクはホンメのためにそこまでの行動を?
本作はポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』(03年)(『シネマルーム4』240頁参照)の脚本を書いたシム・ソンボの監督デビュー作。ポン・ジュノは本作では製作・脚本に回ったが、2人の「出会い」以降、ドンシクとホンメの恋模様がどんな風に展開し、ドンシクをして「俺の命に代えてでも、必ずお前を陸に上げてやる」とまで言わせるようになるのかが、本作第2のポイントになるので、それに注目!
密航者たちの大量死以降、精神に異常をきたしたらしいワノ機関長とカン船長との対決。それを目撃したドンシクとホンメの驚愕と恐怖。突然いなくなったワノ機関長を船員たちが必死に探したのは当然だが、同時に「若い女がもう1人機関室の中にいたはずだ」と主張するチャンウクは、遂に機関室の物陰に隠れていたホンメを発見。女に目がないチャンウクは早速ホンメに対して「ヤろう!」と声をかけて行動に及んだが、その時ドンシクはいかなる行動を・・・?
<そして、誰もいなくなった・・・?>
何ゴトもお上品な邦画とは違い、韓国映画は登場人物たちのキャラや欲望をスクリーン上に露骨に見せる傾向が強い。とりわけ、実際に起きた“テチャン号事件”をモチーフとし、舞台劇としても大成功を収めた本作では、海と船という逃げ場の無い“密室”でくり広げられる物語の登場人物のキャラを明確に特定している。パンフレットにあるシム監督のインタビューによれば、「密室劇の人物の構図と個々のキャラクターは、“この世の縮図”を表現しなくてはならない」と考え、彼の考える“人間が執着するもののリスト”を作り、キョング=お金、チャンウク=女、ドンシク=愛、というような形で一人ひとりにキーワードを与えたらしい。
密航者たちは全員漁艙の中で死亡したはずなのに、ホンメだけが生き残っていることがわかる中、カン船長やホヨン甲板長は口封じのためホンメを殺そうとするが、女に目のないチャンウクやワノ機関長亡きあと機関長におさまったギョングたちの欲望は・・・?
漁艙内でフロンガスのために大量の密航者たちが死亡したのはある意味「事故死」かもしれないが、その後のカン船長による精神錯乱状態になったワノ機関長への行為は明らかに殺人罪。さらに、チャンウクやギョングたちによって現実にホンメの身体が襲われていたら、それは明らかに強姦罪だ。チョンジン号は大規模な修繕が必要とはいえ、アンコウ網漁で生計を立てるための大切な船。そして、カン船長と5人の船員たちはこの船と漁を通じて固い絆で結ばれていたはず。やむを得ず副業として手を出し朝鮮族の密航のお手伝いだって、本来はチョロイ仕事だったはずだ。ところが想定外の出来事が相次ぎ、密航者の大量死が発生した後、まさに一寸先も見えない暗い海霧の中、チョンジン号という密室でくり広げられる人間の欲望のサマは、シム監督の狙いどおり、各自のキャラクターが明確なだけに生々しくも興味深いストーリーになっていく。その結果、アガサ・クリスティーの小説『そして誰もいなくなった』状態に近づいていくが、さて・・・。
<余韻たっぷりのラストシーンをどう理解?>
現実のテチャン号事件では、死体を遺棄した後、麗水港に向かっていたテチャン号を確保したうえ、イ船長の「死体は海に捨てた」という供述を確保した海警が、イ船長たちを過失致死及び死体遺棄の疑いで緊急逮捕したそうだが、本作ではチョンジン号は沈み、カン船長以下、ドンシクを除く船員は皆死んでしまったから、「事件」として成立しなくなってしまったのはやむを得ない。
私はさまざまな苦難の中で、やっとドンシクとホンメとの「会話」が成立する中、ホンメが危険な密航の道を選んだのは「韓国に渡った兄を捜すため」と言っていたことについて「ホントかな?」と疑っていた。ドンシクもそれはウソで、本当は恋人を捜すためではないか?と疑っていたようだが、海霧の密室の中でさまざまな危機が連続する状況下、そんなことはどうでもよかったはず。しかし、チョンジン号が沈み、大量の密航者のみならずカン船長以下の乗組員たちも死亡し、ドンシクとホンメだけが救助されることになれば、以降ドンシクにとってはホンメが韓国内でどのように生活していくのかが最大のテーマになったはずだ。しかして、スクリーン上には、それから数年後の建設現場で働くドンシクの姿が映し出されるから、ドンシクは大勢の密航者たちの過失致死や死体遺棄の罪に問われることなく、今は海から陸に上がってささやかな暮らしをしていることがわかる。
しかし、沈没していくチョンジン号からいかだに乗って離脱した時、ドンシクはホンメと2人一緒ではなかったの?また、身柄を確保された時、ドンシクはホンメと一緒ではなかったの?すると、ひょっとして今はドンシクとホンメの恋が実り、2人は結婚して仲良く暮らしているの?そんなハッピーエンドの設定がないわけでもないが、さて本作のラストは・・・?
本作のラストシーンは、建設工事の現場を終えたドンシクが入っていった大衆食堂の中で、ふと2人の子供連れの女性と出会うシーンになる。さて、このホンメによく似た女性はあの時のホンメ・・・?それとも・・・?その真偽によっては、そこからまた別のラブストーリーが始まるかもしれないが、この余韻たっぷりのラストシーンをしっかりと味わいたい。
2015(平成27)年5月13日記