アクトレス~女たちの舞台~(フランス・2014年) |
<シネ・リーブル梅田>
2015年10月31日鑑賞
2015年11月9日記
かつての大ヒット作のリメイクは嬉しいが、主役から脇役への変更など、もっての外!50歳の大女優がそう考えたのは当然だが、さて時代の変化の大きさは?
『ブラック・スワン』(10年)や、『Wの悲劇』(84年)に見る劇中劇と女優たちの葛藤ぶりは面白かったが、本作もそれと同じ。原題の「シルス・マリア」と「マローヤのヘビ」の意味やその美しさと共に、女3人の葛藤ぶりを楽しみたい。
黒のシャネルもいいけど、やっぱり女たちの中味の方がより興味深いはずだ。
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監督:オリヴィエ・アサイヤス
マリア・エンダース(ベテラン大女優)/ジュリエット・ビノシュ
ヴァレンティン(マリアのマネジャー)/クリステン・スチュワート
ジョアン・エリス(お騒がせ人気女優、マリアのライバル)/クロエ・グレース・モレッツ
クラウス(新進演出家)/ラース・アイディンガー
Chiristopher Giles/ジョニー・フリン
/ブラディ・コーペット
ヘンリク・ヴァルト(メルヒオール作品の常連俳優)/ハンス・ジシュラー
/アンゲラ・ビングクラ―
/ノラ・フォン・バルトシュテッテン
2014年・フランス、スイス、ドイツ合作映画・124分
配給/トランスフォーマー
<オリヴィエ・アサイヤス監督とその最新作に注目!>
フランスのオリヴィエ・アサイヤス監督の最新作が登場!そう聞いてもピンと来なかったが、地下鉄・九条駅にある映画館シネ・ヌーヴォが『アクトレス 女たちの舞台』公開特別企画として11月14日から12月4日までオリヴィエ・アサイヤス特集を組んだことで、私は俄然注目!さらに、そのラインナップを見てはじめて、彼がマギー・チャン主演の印象に残る映画『クリーン』(04年)(『シネマルーム23』75頁参照)の監督であることを再確認することができた。同監督の『夏時間の庭』は星4つだった(『シネマルーム22』未掲載)が、私はそこでタッグを組んだフランス人の美人女優で、『イングリッシュ・ペイシェント』(98年)(『シネマルーム1』2頁参照)で第69回アカデミー賞助演女優賞を受賞し、カンヌ・ベネチア・ベルリンの三大映画祭で女優賞を獲得しているジュリエット・ビノシュが、黒のシャネルを美しく着こなしているチラシに魅かれて、本作を鑑賞することに。
本作の公式サイトによれば、本作は「若き巨匠」オリヴィエ・アサイヤス監督の終生のテーマである“過ぎゆく時間”に関して新たなアプローチを試みた最新作らしい。また、ネット情報によると、「時間と対峙する女性の本質を掘り下げてほしい」との一言がきっかけとなり、本作の脚本は2週間を待たずに完成したらしい。
オリヴィエ・アサイヤス監督が脚本家として映画界にデビューしたアンドレ・テシネ監督の『ランデヴー』(85年)でジュリエット・ビノシュが主演をつとめたとき、彼女は20歳だったから、1964年生まれの彼女も今や50歳を超えた。そんな功成り名を遂げたベテラン女優が、本作で挑む「時間と対峙する女性の本質」とは・・・?
<原題は?「マローヤのヘビ」とは?>
本作の邦題にある「アクトレス」はもちろん女優のことだから、『アクトレス 女たちの舞台』という邦題を見れば、本作の大体のイメージは湧いてくる。他方、本作の原題『Sils Maria』とは一体ナニ?本作の公式サイトでは、シルス・マリアについて次のとおり紹介されている。
シルス・マリアは、スイス東南部、高級山岳リゾート地で知られるサン・モリッツからバスで20分程のところにある標高1,815mの小さな集落。エンガディン地方の谷筋に沿って連なる4つの湖。その西側にあるシルス湖とシルヴァプラーナ湖の間に位置するシルスはバゼリアとマリア地区に分かれており、神秘的な湖、谷、山々の織りなす美しい風景はまさに日常とはかけ離れた別世界。車の入場が規制されているため、静寂が保たれている。トーマス・マン、ヘルマン・ヘッセ、ジャン・コクトー、マルク・シャガール、マルセル・プルーストなど多くの文人や画人が、創作のインスピレーションや安らぎを求めてこの地を訪れたことでも知られている。なかでも晩年の充実した時をシルス・マリアで過ごした哲学者ニーチェは、この地で数多くの重要な作品を着想し、現在、彼の滞在した家は記念館になっている。
他方、本作では『マローヤのヘビ』という、劇作家ヴィルヘルム・メルヒオールが書いた戯曲を軸としてストーリーが展開していくが、同時にシルス・マリアでのみ見られる「マローヤのヘビ」という自然現象が大きなテーマになっている。「マローヤのヘビ」についても公式サイトによれば、次のとおり紹介されている。
スイス、エンガディン地方で見受けられる独特の気象現象。初秋の早朝に現地を訪れた人は、運が良ければ、山の合間を奇妙な“マローヤのヘビ”がはう姿を目にすることができる。この現象は、一般的には悪天候の訪れのサインであるが、湿った空気がイタリアの湖で生じて雲に変わり、マローヤ峠をうねりながら進むことで発生する。雲は伸び、広がり、漂ってシルス・マリアやシルヴァプラーナ上空の谷を通り、サン・モリッツへと向かう。その姿はまさに“ヘビ”のようで、恐ろしくも美しい壮観な雰囲気を持っている。
本作の本筋は『マローヤのヘビ』に出演する2人の女優同士の葛藤という生々しいものだが、その背景として「マローヤのヘビ」が重要な自然現象になっているので、それに注目!
<劇中劇の面白さ(1)、新旧女優の葛藤は?>
「潜水艦モノ」や「列車モノ」の「密室モノ」が面白いのと同じように、「劇中劇」は面白い。それは、現実の世界と劇中の世界が同時に展開していくことによって、虚と実が入り混じる中で人間の本性が浮かび上がってくるためだ。劇中劇の代表ともいえる『恋におちたシェイクスピア』(98年)は、若き日のシェイクスピアが男装した女に恋をしてしまうという恋愛劇だったが、薬師丸ひろ子が主演し、主題曲も大ヒットした『Wの悲劇』(84年)も、ナタリー・ポートマンが主演し、第83回アカデミー賞主演女優賞を受けた『ブラック・スワン』(10年)(『シネマルーム26』22頁参照)も、女優同士の葛藤をストーリーの軸とするドロドロ劇だった。
しかして、本作の劇中劇は、かつてマリア・エンダース(ジュリエット・ビノシュ)が20歳のときにジグリッド役で主演して大ヒットしたヴィルヘルム・メルヒオールの戯曲『マローヤのヘビ』。本作は、その「メルヒオールを祝う会」に出席する旅の途中で、メルヒオールが死亡したというニュースをマリアのマネージャーであるヴァレンティン(クリステン・スチュワート)が受け取るところから始まる。そして、若き演出家クラウス(ラース・アイディンガー)がそのリメイクを企画し、マリアに対して出演依頼をしてきたところから、本格的なストーリーが展開していく。そこで問題は、リメイク版でのマリアの役がジグリッドに翻弄され、死んでいくジグリッドの上司ヘレナ役だったこと。そりゃ、あの大ヒットから30年経った今、マリアは年齢的にはヘレナ役にピッタリかもしれないが、主演のジグリッド役は一体誰がやるの?
クラウスの話によると、それは現在ハリウッドで活躍中の才能ある若手女優ジョアン・エリス(クロエ・グレース・モレッツ)だそうだが、マリアが彼女の出演している「SFモノ」を観ると、何ともバカバカしい映画。したがって、マリアが「なぜ功成り名を遂げた一流女優の私が、そんなバカ女優の引き立て役に?」と考えて、クラウスからの出演依頼を断ったのは、ある意味当然だったが・・・。
<劇中劇の面白さ(2)、主役とマネージャーとの葛藤は?>
本作は黒のシャネルを着こなした、現実にも劇中劇でも大女優のジュリエット・ビノシュが主役だが、ストーリー展開の中でそれを食うような存在感と演技力を見せて、アメリカ人女優として初のフランスのセザール賞最優秀助演女優賞を受賞したのが、マリアの忠実なマネージャーであるヴァレンティン役を演じたクリステン・スチュワート。私にもこんな秘書が欲しいなと思うほど、ヴァレンティンは何ゴトもテキパキと処理するだけではなく、マリアのセリフ練習のお相手まで完璧にこなしているからすごい。メルヒオールの戯曲『マローヤのヘビ』では、シルス・マリアで見ることができる本物の「マローヤのヘビ」の美しさや儚さを女優としての肉体と精神で受けとめ、それを演技に生かすことが不可欠だが、ヴァレンティンはそのための山道の案内役もバッチリだから、マリアにとってホントに頼りになる存在だ。
そんな2人だから、もちろん宿泊のホテルは同じ部屋。さすがに、そうなると近時流行の「2人は同性愛・・・?」そんな疑いも湧いてくるが、その実情はあなた自身の目でしっかりと。山中の湖で素っ裸になって泳ぐシーン(もっとも、なぜかヴァレンティンは下着をつけたまま)や、悩ましい黒のTバック姿で挑発するようにベッドに横たわるヴァレンティンの姿を見ると、その方面の興味も津々・・・。
もっとも、私は演技に対する姿勢は真摯でセリフの稽古や各シーンの解釈のためにヴァレンティンをトコトン使いこなしている大女優マリアの姿により興味がある。ヴァレンティンはそのすべてを「マリアのために良かれ」と願ってやっていることが観客の私たちにはよくわかるのだが、毎日それを見ているマリアはどうもそれがわからないらしい。そのため、結局『マローヤのヘビ』のヘレナ役を引き受けたマリアが、ヴァレンティンを相手にその稽古を続けていると、多くの点で解釈の違いが顕在化してくることに。とりわけ、ヴァレンティンはジョアンの才能を高く評価していたが、マリアはそれを全く認めないため、それが2人の葛藤となり、2人の溝は次第に大きくなっていくことに。
なるほど、女優とマネージャーとしてベッタリ密着した女同士の関係は、うまくいくときはいいが、考え方がズレてしまうと本作後半に見るような、とんでもない悲劇に結びつくことに・・・。
<さあ、舞台初日。マリアの心境は?>
『ブラック・スワン』では鬼気迫る白鳥の踊りと黒鳥の踊りが続いた後の「落下シーン」が最大の見どころだったが、本作の劇中劇『マローヤのヘビ』はそのほとんどがマリアとジョアン2人の稽古に費やされ、全体的なリハーサル風景は少ししか描かれない。その少ないシーンで大きなインパクトを与えるのは、リハーサル中のジョアンに対してあるアドバイス(修正要求?)を行ったマリアが、ジョアンからキッパリと拒絶されたばかりか、鼻であしらうような仕打ちを受けたこと。そんなバカな!私のような女優が、こんな成り上がりのハリウッド女優に全否定されるなんて!マリアの怒りはまさに天をつくほどだったが、舞台初日を控えた今、その不満をぶつけるべきヴァレンティンも今はおらず、新マネージャーではマリアの気持ちがわかるはずがない。明らかに時代は変わり、クラウスの言うように、主役の座は若手に移っているわけだ。
さあ、そんな状況下、今日は舞台初日。そこで「5分前」ですと告げに来た進行係に対するマリアの質問は、「入りは?」というもの。それに対する答えは「満席です」だったが、さてそれを聞いたマリアの心境は・・・?余韻の残るそんなラストに見るマリアの心境を、しっかり受け止めたい。
2015(平成27)年11月9日記