スポットライト 世紀のスクープ(アメリカ・2015年) |
<TOHOシネマズ西宮OS>
2016年4月16日鑑賞
2016年4月21日記
『インサイダー』(99年)や『大統領の陰謀』(76年)もすごい社会派ドラマだったが、第88回アカデミー賞作品賞を受賞した本作の問題提起もすごい!
弁護士は個々の事件において依頼者だけではなく(社会)正義にどう向い合うかが問われるが、新聞記者は商業主義と伝えるべき報道との兼ね合いが大問題。しかして、定期購読者の53%がカトリック信者のボストン・グローブ紙が、カトリック教会批判スクープを掲載することの可否は・・・?
そんな葛藤を乗り越えていく「スポットライト」の4人の記者を中心とする群像劇は、『真田丸』の群像劇と同じようにチョー面白いから、こりゃ必見!
ちなみに、本作を観れば法曹志望者もジャーナリスト志望に変更してしまうかも・・・?
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監督:トム・マッカーシー
マイク・レゼンデス(≪スポットライト≫チームの熱血記者)/マーク・ラファロ
ウォルター“ロビー”ロビンソン(≪スポットライト≫チームのリーダー)/マイケル・キートン
サーシャ・ファイファー(≪スポットライト≫チームの紅一点の記者)/レイチェル・マクアダムス
マーティ・バロン(ボストン・グローブ紙の編集局長)/リーヴ・シュレイバー
ベン・ブラッドリー・Jr(ボストン・グローブ紙のベテラン部長)/ジョン・スラッテリー
ミッチェル・ガラベディアン(虐待被害者を支えるアルメニア人の弁護士)/スタンリー・トゥッチ
マット・キャロル(≪スポットライト≫チームのデータ分析担当記者)/ブライアン・ダーシー・ジェームズ
ジム・サリヴァン(教会の内情を熟知した弁護士)/ジェイミー・シェリダン
エリック・マクリーシュ(教会と被害者の間で示談をまとめてきた弁護士)/ビリー・クラダップ
フィル・サヴィアノ(被害者団体のメンバー)/ニール・ハフ
ピート・コンリー/ポール・ギルフォイル
ロウ枢機卿(ボストンの教会の頂点に君臨する聖職者)/レン・キャリオー
ゲーガン神父(ゲーガン事件の容疑者)/
2015年・アメリカ映画・128分
配給/ロングライド
<ハリウッドでは時々社会派ドラマの超傑作が!>
現在ハリウッドではアメコミ(アメリカン・コミックス)ものが大流行りで、日本でもバットマンとスーパーマンが対決する『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(16年)や、多くの「マーベルヒーロー」たちが政府側と反政府側に分かれて対決する『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(16年)が大ヒットしている。しかし、私はこの手のハリウッド映画は、もうノーサンキュー。
一方ではそんなくだらない映画を大量生産しているハリウッドだが、他方で歴史ある「映画の都」ハリウッドは、タバコの有害性をタバコメーカーの内部から告発した技術者とそれをインタビューしたアメリカの三大ネットワークの人気番組のプロデューサーという2人の活躍を描いた『インサイダー』(99年)(『シネマルーム1』46頁参照)や、ニクソン政権下におけるウォーターゲート事件を調査し公表したワシントン・ポスト紙の2人のジャーナリストを描いた『大統領の陰謀』(76年)等の社会派ドラマの超傑作を生み出している。
第88回アカデミー賞作品賞にノミネートされた10本の映画のうち、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15年)(『シネマルーム36』232頁参照)や『オデッセイ』(15年)(『シネマルーム37』34頁参照)のような娯楽作に対して、『ブリッジ・オブ・スパイ』(15年)(『シネマルーム37』20頁参照)、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15年)(『シネマルーム37』232頁参照)、本作、の3本がそんな社会派ドラマだが、その中で見事本作が作品賞をゲット!
<まずは、「スポットライト」の4人の記者に注目!>
『インサイダー』はアル・パチーノとラッセル・クロウ、『大統領の陰謀』はダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードという「二枚看板」が圧倒的な存在感でストーリーを引っ張っていた。それに対して本作は、ボストンの地方紙である「ボストン・グローブ紙」の≪スポットライト≫を担当する4人の記者を中心とする「群像劇」になっているので、まずはそれに注目!
≪スポットライト≫は、ひとつのネタを数カ月間じっくりと追いかけ、1年間にわたって連載するボストン・グローブ紙の特集記事欄の名称で、そのチームのリーダーは、常に冷静なウォルター“ロビー”ロビンソン(マイケル・キートン)。そして、チームのメンバーは、①行動力抜群の熱血記者であるマイク・レゼンデス(マーク・ラファロ)、②データ分析担当記者のマット・キャロル(ブライアン・ダーシー・ジェームズ)、そして③地道で粘り強い取材を身上とするチーム紅一点のサーシャ・ファイファー(レイチェル・マクアダムス)の3人だ。
本作がアカデミー賞作品賞を受賞できたのは、全体としての問題提起のすばらしさもさることながら、この4人の記者たちの演技によるところが大きい。とりわけ、マーク・ラファロはアカデミー賞助演男優賞に、レイチェル・マクアダムスはアカデミー賞助演女優賞にノミネートされるほどの熱演を見せるので、本作に見る彼らのジャーナリスト魂に注目!
<新たな編集局長にも注目!>
他方、新たな編集局長としてマイアミから転属してきたマーティ・バロン(リーヴ・シュレイバー)が、ボストン・グローブ紙のベテラン部長ベン・ブラッドリー・Jr(ジョン・スラッテリー)と「スポットライト」のリーダーたるロビーに対して出した新しい「指令」は、「ゲーガン事件の深掘り」。
ゲーガン事件とは「地元ボストンのゲーガンという神父が、30年の間に80人もの児童に性的虐待を加えたとされる疑惑」だから、そのネタの取扱いは要注意だ。ボストン・グローブ紙が新たにそんな方針を打ち出すことができたのは、ほとんど地元の記者で成り立っているボストン・グローブ紙の中で、ボストン出身でないバロンだけはボストンの地元のしがらみがなかったうえ、自身がユダヤ人でありキリスト教会のしがらみもなかったためだ。本作では、「スポットライト」の4人の記者に続いて、何とも異色なこの編集局長に注目!
<カトリック教会側の主張は?被害者側の主張は?>
本作は、「記者目線」で、記者たちの活動ぶりをスクリーン上に描いていくので、カトリック教会側の対応はあまりスクリーン上で伝えられない。ゲーガン神父は現在ボストン警察署に拘留されていたが、ボストンの教会の頂点に君臨するロウ枢機卿(レン・キャリオー)をはじめとするカトリック教会側は、ゲーガンの容疑を全面的に否認。そればかりか、このロウ枢機卿は神父にあるまじきゲーガン神父の行為を隠蔽しつつ、秘かに被害者側と示談したり、ゲーガン神父を転任させる等の対応をとっていたらしい。本作のパンフレットにある町山智浩氏(映画評論家)の「『スポットライト』の後、何が起こったのか」によれば、2002年1月6日のボストン・グローブ紙によって、130人の子どもをレイプしたゲーガン神父をカトリック教会が隠蔽してきた記事が発表された後、カトリック教会に対する1億ドルに迫る損害賠償の裁判が次々と提起され、ロウ枢機卿はついに責任を取って辞任したそうだ。
他方、被害者団体(聖職者虐待被害者の会「Survivors Network of those Abused by Priests=略してSNAP」)のメンバーであるフィル・サヴィアノ(ニール・ハフ)は、自らの経験にもとづき虐待の生々しい実態を訴え続けていた。彼の主張は、ボストンのみならず世界中で犯されているこれらの罪が黙殺されているのは、バチカンが黒幕だからだということだが、それに対する世間の反応は?彼の「口撃」の矛先は、優柔不断だった(?)ボストン・グローブ紙にも向かったが、ロビーたちがゲーガン事件を「深掘り」する中で少しずつ見えてきた、フィルの主張の正当性は・・・?
本作を鑑賞するについては、そんなカトリック教会側と被害者側双方の言い分についても、しっかりフォローしておきたい。
<テンポ良いスピーディな「群像劇」に注目!>
本作にはゲーガン事件をめぐって、立場が全く異なる3人の弁護士が登場するので、それにも注目!まず、ミッチェル・ガラベディアン(スタンリー・トゥッチ)は、虐待被害者を熱心に支えているアルメニア人の弁護士。このガラベディアン弁護士に対してマイクは猛アタックをかけたが、守秘義務を持つガラベディアン弁護士からの情報提供は大変だ。さて、そこに見るマイクの奮闘ぶりは?
次に、性犯罪が表沙汰にならないように、教会と被害者の間で数多くの示談をまとめてきたエリック・マクリーシュ弁護士(ビリー・クラダップ)の対応は?最後に、教会の内情を熟知しているベテラン弁護士がジム・サリヴァン(ジェイミー・シェリダン)。サリヴァン弁護士はロビーの旧友だったが、完全に教会側に立っている彼がロビーの協力要請を拒否したのは当然。しかし、「いいか、俺は神父だの何だのはどうでもいい。お前が困ることになる。近づくな」と脅迫めいた言動をとったのはいかがなもの・・・?
現在放映中のNHK大河ドラマ『真田丸』では、真田昌幸、真田信繁親子を中心とし、徳川、北条、上杉そして豊臣秀吉とその配下の石田三成ら多種多様な登場人物たちが織りなす「群像劇」がテンポよくスピーディに展開しているが、「スッポトライト」の4人のチームを中心とし、聖職者とその被害者たち、さらには立場の異なる3人の弁護士たちが織りなす「群像劇」たる本作も、それと同じようにテンポよくスピーディに展開していくので、それに注目!
<法曹界より新聞記者の方が!志望の変更も?>
都市問題をライフワークとしている私には、最近再開発関係の仕事が多い。そこでは最新の時代状況に対応した最新の問題点が次々と生まれてくるため、新聞記者が取材にくることも多い。1980年代に私が弁護団長として大阪阿倍野の再開発訴訟に取り組んでいた頃の新聞記者たちは、再開発関係の法的知識が乏しい中でも一生懸命に勉強して論点把握に努め、手厳しい質問をくり返していたから、私たち弁護団もそれが大きな刺激になっていた。しかし、近時は新聞記者のレベルも大きく低下しているためか、基礎的知識が不十分であるうえ、突っ込み的質問も弱い。しかしそれでは、問題の本質をあぶり出し、市民、国民に対して適切な情報提供をすることはできないだろうと憤慨することが多くなっている。
それに対して、本作に見る4人の記者たちの現場での個々の奮闘はすごいうえ、バロン編集局長をトップとするボストン・グローブ紙のチーム力はすごい。とりわけすごいのは、第1に取材によってゲーガン神父の悪行の数々が明らかになっていく中、バロン編集局長が「組織に焦点を絞ろう。個々の神父でなく。熱意と用心深さで、教会の隠蔽システムを暴け」という大局的な大方針を打ち出すこと。上層部(デスク)と現場(記者)との意思疎通の悪さが組織をダメにしてしまうケースは、シャープや東芝の例を見れば明らかだが、ボストン・グローブ紙における上下の意思疎通の良さと上層部の的確な戦略の立て方はまさに理想的だ。
第2にすごいのは、4人の記者たちが見せる、3人の弁護士からの取材力。弁護士には依頼者との関係で守秘義務があるから、その取材は難しい。しかし、それぞれ立場が大きく異なる3人の弁護士に対するロビーやマイクのアタックぶりはホントにすばらしい。ちなみに、本作のパンフレットには、『週刊文春』編集長・新谷学氏の「タブーに斬り込む記者たちの背中を押すもの」と題する「映画評」があるが、そこに書いてあるとおり、本作における記者たちの大スクープ獲得は、近時立て続けのスクープで大金星を挙げている『週刊文春』以上のものだ。
本作を見れば、近時人気が薄れてしまっている法曹界の志望から、新聞記者の志望へ変更する学生が相次ぐのでは・・・?
<商業(儲け)主義と伝えるべき報道との兼ね合いは?>
弁護士法第1条は「弁護士の使命」について「基本的人権の擁護と社会正義の実現」とうたっている。しかし、基本的人権を擁護し、社会正義を実現しているばかりでは十分に飯が食えず、儲からないとして、金を出してくれる企業や個人の依頼者の言うがままに活動を行う弁護士は多い。学生運動あがりの私は、弁護士登録直後から手弁当で苦労ばかり多い「公害訴訟」にのめり込んだが、登録5年目、10年目頃からは、通常の民事事件においても自分のカラーを出しつつそれ相応の弁護士報酬をもらうことに慣れてきた。そのうえ、裁判所から破産管財事件の破産管財人に選任されると、その収入は想像以上に大きいものだった。また、私の事件処理のスピードは人の2倍で、働いている時間も2倍だと自負しているから、そんな働き方をしていれば、今日まで悪徳弁護士に落ちることなく十分な収入を得ることができた。このように、弁護士にとってはそれぞれの事件に対する自分の処理方針と依頼者の処理方針が一致するか否か?一致しない場合には、依頼者から金をもらうために自分の処理方針に反してまで依頼者の意思に従うかどうか?が大問題になる。それと同じように、新聞記者にとっては商業(儲け)主義と伝えるべき報道との兼ね合いが大問題だ。
ボストン・グローブ紙はマサチューセッツ州ボストンにおいて最大の部数を発行する日刊新聞だが、その定期購読者の53%がカトリック信者。したがって、そのボストン・グローブ紙があえてカトリック信者の神経を逆なでするような、ゲーガン神父批判、カトリック教会批判のスクープを掲載すれば、カトリック信者から新聞の購読そのものを打ち切られてしまう危険がある。ちなみに、大阪では阪神タイガースが大人気のため、某紙を除くスポーツ新聞はすべてその記事で埋め尽くされているが、読売新聞には読売巨人軍の記事が満載。それは、読売巨人軍のファンが多い読売新聞には、巨人大勝利の記事が望ましいからだ。そう考えれば、カトリック信者が53%も占めるボストン・グローブ紙ではカトリック教会を礼賛する記事が望ましいのは当然だから、ゲーガン神父批判、カトリック教会批判の大スクープなどもっての外ということになる。さらに、バロン編集局長はボストン出身ではないユダヤ人だが、≪スポットライト≫の4人の記者たちは全員ボストン出身のキリスト教信者だから、ゲーガン神父やボストンの教会の頂点に立つロウ枢機卿を批判するのは、ボストン・レッドソックス球団がボロ負けしたのを喜ぶのと同じで、そんなことをすればボストン市民から嫌われるのは当然だ。
さあ、バロン編集局長をトップとして、ゲーガン事件を大スクープするため懸命の取材を重ねてきたボストン・グローブ紙の記者たちは、そんな商業(儲け)主義と伝えるべき報道の兼ね合いをいかに整理して、2002年1月6日にゲーガン神父批判の大スクープ記事を掲載したのだろうか。本作の鑑賞については、そんな視点も忘れずに!
2016(平成28)年4月21日記