ティエリー・トグルドーの憂鬱(フランス・2015年) |
<シネ・リーブル梅田>
2016年9月18日鑑賞
2016年9月21日記
51歳にして、長年勤めてきた会社から突然解雇通告を!フランスの労働事情が日本以上に厳しいことは、本作や『サンドラの週末』(14年)等を見れば明らかだが、ハローワークの充実度は・・・?スカイプによる面接シーンもはじめて見たが、その効用は?
スーパーの警備員という第2の職場が見つかれば、それで十分御の字。また、リバースモーゲッジがもてはやされている(?)昨今、持ち家にこだわらず借家に切り替えて生命保険に入り安心した生活を送ることにも一理あるが、さて・・・?
憂鬱な演技だけで主演男優賞を受賞できるのだから、フランス映画はさすが奥が深い・・・。
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監督:ステファヌ・ブリゼ
ティエリー・トグルドー(51歳のエンジニア)/ヴァンサン・ランドン
ティエリーの妻/カリーヌ・デ・ミルベック
ティエリーの息子/マチュー・シャレール
2015年・フランス映画・92分
配給/熱帯美術館
<一億総活躍社会の中、団塊世代の男たちは?>
2014年12月14日の衆議院議員総選挙で大勝し、今年8月10日の参議院議員選挙でも勝利した自公連立による第3次安倍内閣(第2次改造)の「売り」は「一億総活躍社会」。言うまでもなくアベノミクスにおける3本の矢は①大胆な金融政策②機動的な財政政策③民間投資を喚起する成長戦略だが、③の効きは弱い感じ。また、少子高齢化が否応なく進んでいく中、「働き方改革」を進めることによる「一億総活躍社会」の樹立を目指したが、その人気はイマイチだ。
ところで、私の同級生で、民間企業を定年退職した男たちは、現在全国規模や各地域毎の同窓会、同期会を頻繁に開催し、飲み会、ゴルフ会、旅行会等を楽しんでいる。そこでの問題はその経済的基盤だが、私が聞いている限り、贅沢さえしなければ十分回っている感じだ。もちろん、定年後の第2の仕事を見つけなければ収入は基本的に無くなるが、年金と貯えでそれなりにやっていけるらしい。
私たち67歳の年齢では、次の仕事を求めてハローワークに通ってもロクな仕事は紹介してくれないだろう。また、面接までたどり着いても、不採用になり続けている本作の主人公ティエリー・トグルドー(ヴァンサン・ランドン)と同じようなことになるのがオチだろう。
<突然の解雇通告!さあ人生の選択は?>
エンジニア一筋で働いてきたティエリーは、会社の集団解雇のため突然クビに。そこでティエリーは仲間たちと共に裁判に立ち上がったが、しだいにティエリーは裁判闘争に疑問を持ち始め、仲間たちとは違う現実的な生き方を模索することに・・・。それを「裏切り」と言うかどうかは難しいところだが、日本では今ドキこんな荒っぽい首切りは考えられない。しかるに、人権の国フランスの雇用事情はこんなに厳しいの・・・?同じことは『サンドラの週末』(14年)(『シネマルーム36』193頁参照)や『キリマンジャロの雪』(11年)(『シネマルーム29』10頁参照)でも感じたが・・・。
裁判の獲得目標は①解雇の撤回と②職場への復帰、そして③未払賃金の支払いだから、その間のアルバイトならともかく、他の企業への就職はダメだ。しかし、51歳になったティエリーが妻と身体障害を抱えた一人息子を養って生きていくためには、多少給料が低くても、また馴れないフォークリフトの仕事だって・・・。そう思ってハローワークの担当者の指示通り面接し、研修に通い、資格まで取ったのに、現実は・・・?
本作冒頭は、一方ではハローワークの担当者と、他方ではかつての職場の仲間たちと議論を続けるティエリーの姿が描かれるが、まずはそのリアルさに注目!また、その後もティエリーの面接態度をフリートーキングするシーンのリアルさや、スカイプによるティエリーの面接風景のリアルさにも注目!私は新卒の学生さんたちの就活の大変さとそのバカバカしさを、9月1日に観た東宝映画の『何者』(16年)で思い知らされたが、突然会社から解雇宣告された51歳の男の再就職の大変さを改めて痛感!
<スーパーの警備員の仕事は楽?それとも・・・?>
スーパーの警備員の仕事は、スーツ姿にネクタイを締めて店内を歩き回り、防犯カメラをチェックして万引き防止に努めることだから、作業現場での肉体労働に比べれば楽な仕事。そんな就職先が決まり、出社していくティエリーの姿を見るとひと安心したが、先輩から教えてもらう多数のカメラのチェック方法はかなり難しそうだ。また、万引き犯を特別室(?)に案内し、「自白」させて料金を払わせることで終わるのか、それとも警察を呼んで突き出すのかの判断も難しそうだ。
それ以上に驚いたのは、ガードマンから目撃したと言われ、かつ監視カメラに映っていると言われても、容易に自己の犯行を認めようとしない万引き犯たちの態度だ。私が司法修習生のときにやった検察修習の「取調べ」では、「万引き」は最も簡単な「犯罪」の処理だったが、検事の前に一件記録が提出されてくるまでには、こんな苦労があるわけだ。しかも、ガードマンの仕事が、買い物客だけではなく自分の同僚たちまで不正をしていないかどうかを監視し、発覚した場合には告発しなければならないことを知らされるとティエリーは・・・。さらにある日、そんな告発にあった従業員の一人が自殺にまで追い込まれてしまうと・・・。
<持ち家売買の値段交渉に注目!>
フランスが日本以上に公的支援の制度が充実している国であることは、ある公的機関の相談員が持ち家にこだわるティエリーに対して、今後の生活のためには家を売却して借家に移り、生命保険に加入することを勧めるシーンをみているとよくわかる。この相談員はファイナンシャル・プランナーの有資格者だろうが、そこで言っている内容はあくまで一般論だから、その意見を採用するかどうかはあくまでティエリーの気持ち次第。ところが、次のシークエンスではティエリーの家を訪問してきた客との間の値段交渉になるので、それに注目!
ハリウッド映画『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』(14年)(『シネマルーム37』227頁参照)では口うるさい「仲介人」の存在が際立っていたが、本作に見る交渉はあくまで売り手たるティエリー夫妻と買い手夫妻の4人だけ。また、持ち家といっても、それは郊外にあるわずか35㎡のトレーラーハウスらしい。それを7000万フランで売りに出していたところ、その価格を了解の上で見学に来ると言ったので、ティエリーは応対したらしい。ところが、見学した買い手は、気に入ったと言いながら6000万フランにまけてくれと注文。日本ならこれは1回目の現地見学で、不動産仲介業者が入っていることもあり、「値段交渉は追って・・・」となるところだが、さすが議論の国フランスでは、不動産の売買における値段交渉も日本とは大違いだ。途中、買い手は6500万までオーケーしたが、ティエリーは100万ないし200万はまけることをオーケーしたものの、6500万は絶対ダメと主張。あげくの果ては、「6900万以下にはまけられない。交渉は決裂だ」と怒鳴ってしまったが、さてそれで良かったの・・・?
<あまりに直線的だが、邦題はピッタリ!>
ティエリーを演じたヴァンサン・ランドンは、本作の演技で2015年カンヌ国際映画祭と2016年フランス・セザール賞で主演男優賞をW受賞したそうだ。設定されたティエリーの年齢は51歳だから、67歳の私たち団塊の世代よりまだまだ有利だが、逆に少なくともあと10年間は働ける仕事を見つけて就職しなければ、自己破産や一家離散の危険もある。ハローワークの職員に対して、これまでの面接や研修は一体何だったのかと食い下がるティエリーの姿はいわゆるクレーマーではない。あくまで彼の話しは論理的で説得力十分だが、そんなところの議論に勝っても、現実には何の意味もなし・・・?また、スーパーでの万引き防止を中心にした警備員の仕事も立派な職業だから、誇りをもってそれに取り組むべきだし、馴れてくればティエリーなら十分つとまるはず。
そう思いながら観ていたが、前の職場の仲間たちとの議論でも憂鬱でいっぱいだったティエリーの憂鬱度は次の職場でもどんどん高まっていたらしい。ティエリーの場合、本作の邦題に使われている「憂鬱」は「ストレス」と言い換えることができるかもしれないが、もしそうだとしたら、持ち家(トレーラーハウス)の売買における値段交渉もストレスいっぱい?「ティエリー・トグルドーの憂鬱」という邦題はあまりに直線的で味わいに欠けるが、まさに本作で主演男優賞をW受賞したヴァンサン・ランドンにはふさわしい邦題だ。
2016(平成28)年9月21日記