歌声にのった少年(パレスチナ・2015年) |
<テアトル梅田>
2016年10月8日鑑賞
2016年10月13日記
イスラエルのハニ・アブ=アサド監督は、『オマールの壁』(13年)から一転して日本の『スター誕生!』と同じようなサクセスストーリーを映画化!命懸けの国境越えというテーマは共通しているが、本作は実話だけに問題提起よりもエンタメ色をより強く!
もっとも、桜田淳子、山口百恵、森昌子なら歌のすばらしさがわかるが、主人公が歌うアラブの歌の良さは日本人にはわかりにくいのが、いささか難点・・・。
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監督・脚本:ハニ・アブ=アサド
ムハンマド・アッサーフ(青年時代)/タウフィーク・バルホーム
ムハンマド・アッサーフ(少年時代)/カイス・アタッラー
ヌール(ムハンマドの姉、少女時代)/ヒバ・アタッラー
ムハンマド・アッサーフ(回想シーン)/ムハンマド・アッサーフ(本人)
2015年・パレスチナ映画・98分
配給/アルバトロス・フィルム
<同じ「壁」でも大違い?それともやっぱり同じ?>
『オマールの壁』(13年)(『シネマルーム38』110頁参照)で、ヨルダン川西岸地区に建設されたイスラエルとパレスチナの「分離壁」を鋭く社会問題提起したイスラエルのハニ・アブ=アサド監督が、本作では一転して(?)全米の人気オーディション番組『アメリカン・アイドル』のエジプト版『アラブ・アイドル』にパレスチナ・ガザ地区からただ一人出場し、見事「アラブ・アイドル」の地位に輝いたムハンマド・アッサーフの「サクセスストーリー」を映画に。
もっとも「一転して」と言えるのかどうかは微妙で、ムハンマドは少年時代から「スター歌手になって世界を変えること」を目指しながらもパレスチナのガザ地区から一歩も抜け出せないまま青年時代を迎え、これが最後のチャンスだとして命がけで国境を越えて『アラブ・アイドル』に出演したのだから、本作も「ガザの壁越え」の物語として『オマールの壁』と共通している。しかし『オマールの壁』は劇映画だからどうにでも脚本が書けたが、本作は実話にもとづく物語だけに、最初から結論が見えているという大きな制約が・・・。
<前半と後半は、ガラリと変化!>
本作は98分だが、前半の50分は少年時代のムハンマド(カイス・アタッラー)と「歌手になり世界を変える」という夢をムハンマド以上に強く持っている姉のヌール(ヒバ・アタッラー)を中心に描かれる。4人で組むバンド(?)は男3人、女1人だが、この4人はまともな楽器すら持っていないから大変。そのうえヌールの腎臓病が発覚し、透析だけでは治らず腎臓移植が不可欠となったが、腎臓提供を申し出たムハンマドの腎臓は適合しなかったためアウト。そのためヌールは若くして死んでしまうことに・・・。
なるほど、前半の主人公はむしろヌールだったから、これからムハンマドが「歌声にのった少年」として颯爽と登場!そう思っていると・・・。
<アラブの歌の魅力をどこまで理解できる?>
本作後半からは、突然ハンサムで魅力的な青年に成長したムハンマド(タウフィーク・バルホーム)が登場するのでビックリ!もっとも、少年時代のムハンマドも、青年になってからのムハンマドも美しい声で歌っているが、いつ「声変わり」したのかサッパリわからない。また、結婚式のパーティー等で歌っているその声を聞くとたしかにすばらしいが、何せアラブの歌だけにその内容がサッパリわからない。
『The Asahi Shimbun GLOBE October 2016 No.186』は本作を取り上げ、歌手の一青窈は「国境を越えて命を吹き込む」と題して次のように書いている。
美空ひばりは七色の声を持っていると言われた。私はいま端唄を習っているが、都々逸をさらりとこなすひばりさんの歌を聞くと勉強すべきことがたくさんあると気づく。アッサーフの歌も同様で、不思議と民謡に通ずるものがあるのを教えてくれる。曲の本質をつかみさえすれば、あとは歌い手の味でいかようにも解釈してよい、それがアドリブとなって聴衆に届く。新たな命を吹き込む彼の声はまさに国境を越えて音楽そのものの意味を私に突きつける。アラビア音楽の未知のリズムと哀愁を帯びたその圧倒的な節回しを聞いて欲しい。心は震え、身体は揺れ、合いの手を入れたくなるだろう。映画を見終わった後、彼の唄声をYouTubeで洗いざらい聞いた。あまりに素晴らしく、難解なアラブの変拍子すら、波乗りのように心地よい。いつか彼が歌うリンゴ追分を聞きたい。それはきっとガザの林檎(りんご)の味がするだろう。
しかし、本作でムハンマドの歌を聞いて、ここまで理解し感動するのは素人には到底無理だろう。
<日本にも同じような歌の勝ち抜き番組が!>
日本にもかつて『アラブ・アイドル』と同じような番組があった。それが①1970年1月5日から1976年12月25日まで放送された『全日本歌謡選手権』と、②1971年10月3日から1983年9月25日まで放送された『スター誕生!』の2つだ。『全日本歌謡選手権』は五木ひろし、八代亜紀等の大スターを生み出し、『スター誕生!』は桜田淳子、山口百恵、森昌子等の超アイドルを生み出した。
1972年~74年の2年間を司法修習生として過ごした私はよくこの番組を見ていたし、1974年4月に弁護士登録をした後も、『スター誕生!』でアイドルたちが次々と誕生していく姿は毎週のように見ていた。ちなみに、伊藤咲子の「ひまわり娘」や柏原芳恵の「春なのに」は今でも私のカラオケの定番だし、デビュー間もない頃の中森明菜の「セカンド・ラブ」などもバブル時代はカラオケでよく歌っていたものだ。
<この国境越えをどう見る?>
『オマールの壁』では恋人と会うために命懸けで壁をロープでよじのぼる主人公の姿が印象的だったが、本作ではムハンマドがいかに国境を越えてエジプトのカイロに入るかがポイントになる。日本では海外に行くのは自由だが、ガザ地区に住むムハンマドにはそんな自由はないわけだ。その結果、ムハンマドはある時は友人・知人を頼ったり、ある時は無茶をしたりして国境越えを目指すが、私にはムハンマドのそんなやり方がいずれもわがまますぎて気に入らない。
そりゃ、タクシーの運転手をしているだけで自分の希望が全然実現しないことに苛立つ気持ちはわかるが、そうかといってここまで身勝手ばかり言っていいの・・・?もちろん、結果的に国境越えは成功するわけだが、それをスクリーンで見ていると単なる偶然の連続と他人の善意の結集のおかげとしか思えない。ムハンマドの歌声を聞いただけで国境の入国審査官がパスポートが偽造だとわかっていても通してしまうシーンは、映画としてはOKだが現実にはいかがなもの・・・。
<クライマックスの勝ち抜き戦での歌声は?>
本作のクライマックスは、ガザ地区を強行出国してエジプトに入り、『アラブ・アイドル』に出場したムハンマドが力の限り歌うシーン。第1週でトップになったムハンマドは、2週3週と勝ち抜き、10週連続で勝ち抜けば「アラブ・アイドル」になるわけだが、さてその結末は?その結果がわかっているだけに、本作の見どころはオーディションでのムハンマドの歌にどこまで酔いしれることができるかになるが、日本人の私には残念ながらそれが難しい。
私はカラオケ・バトルのファンで必ず録画して観ているが、そのレベルの高さはすごい。ちなみに10月12日の『THEカラオケ★バトル 2016年間チャンピオン決定戦 4時間スペシャル』では100点満点を叩き出した翠千賀・林部智史・宮本美季の3人がそろって優勝者になったが、さてムハンマドの得点は「何点だあ・・・」。もっとも、カラオケバトルに比べるとアラブの歌は理解できないので、いくらムハンマドの歌がすばらしくても、私の感動はイマイチ・・・。
2016(平成28)年10月13日記