ラビング 愛という名前のふたり |
<大阪ステーションシティシネマ>
2017年3月4日鑑賞
2017年3月8日記
1月27日にトランプ大統領が署名した大統領令である「入国制限令」でも、連邦政府といくつかの州の立場の違いが鮮明化したが、60年前には「異人種間結婚禁止法」の合憲性を巡ってこんな裁判闘争と夫婦愛の物語が!
黒人差別を巡っては1960年代のキング牧師やマルコムXの公民権活動が有名だが、『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』(16年)と同じように、本作によって新たなアメリカ史のお勉強を!
連戦連敗の闘いの中での最後の連邦最高裁判所の勝利は画期的だが、その感動をこの夫婦はいかに受け止めるの?映画は勉強!あらためてそんな感動を・・・。
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監督・脚本:ジェフ・ニコルズ
リチャード(レンガ職人、白人)/ジョエル・エドガートン
ミルドレッド(リチャードの妻、黒人)/ルース・ネッガ
ブルックス保安官/マートン・ソーカス
バーナード・コーエン(アメリカ自由人権協会(ACLU)の弁護士)/ニック・クロール
ガーネット(ミルドレッドの姉)/テリー・アブニー
レイモンド/アラーノ・ミラー
フィリップ・ハーシュコブ(コーエンの先輩弁護士、アメリカ自由人権協会(ACLU)の弁護士)/ジョン・ベース
グレイ・ヴィレット(ライフ誌の記者、カメラマン)/マイケル・シャノン
ビーズリー(バージニア州の弁護士)/ビル・キャンプ
2016年・イギリス、アメリカ映画・123分
配給/ギャガ
<『ニュートン・ナイト』に続いてアメリカ史の勉強を!>
3月5日の自民党大会で安倍首相(自民党総裁)は今年が憲法施行から70年の節目にあたることに触れ、「次なる70年を見すえて新たな国造りに取りかからなければならない。自民党は憲法改正の発議に向けて、具体的な議論をリードしていく」と強調した。日本は1945年の「敗戦」から早くも72年が経過したが、去る2月11日に観た『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』(16年)は、はじめてニュートン・ナイトという、「アメリカ史が封印してきた黒人を率いた白人の英雄(リーダー)」の「実像」を知る貴重な素材になった。これによって、映画は単なる娯楽ではなく、勉強の素材であることをあらためて痛感!しかして本作では、今からつい60年前までアメリカ(のいくつかの州)では異人種間の婚姻を禁じる「異人種間結婚禁止法」があったこと、またそれによって州外退去を余儀なくされたラビング夫妻の長年にわたる法廷闘争があったことを知ってビックリ!アメリカにおける黒人差別との闘いは1960年代の「公民権運動」が有名だが、それ以外にも『マルコムX』(92年)等の名作がたくさんある。本作はラビング夫妻による異人種間結婚禁止法との長く困難な闘いに焦点をあてた映画だが、2017年の第74回ゴールデングローブ賞の主演男女優賞にWノミネートされたことにわかるように、2人の静かな熱演が光っている。映画は勉強!まさに本作は、アメリカについ60年前まで存在していた「異人種間結婚禁止法」についての新たな勉強の素材だ。したがって、本作は法学部の学生や法科大学院の院生たちには必見!
<一見ワル風だが、この若者はメチャ誠実!>
私は本作でゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされたジョエル・エドガートンの印象はこれまで全くなかったが、本作導入部で彼が演じるレンガ職人をやりながら自動車の整備に熱心で、自動車レース(賭け?)に精を出している若者リチャードを見ていると、それほどハンサムではなく、どちらかというと目つきが悪くかつ口数が少ないこともあって、一見ワル風・・・?しかし、一個一個丁寧にレンガを積んでいくレンガ職人としての作業ぶりを見ていると真面目そうだし、黒人の恋人ミルドレッド(ルース・ネッガ)とのデート風景を見ても、口数は少ないが真面目そう。そして、2人で並んで座っている中、ミルドレッドから「妊娠したの」と打ち明けられた後、何とも言えずうれしそうな顔をしてミルドレッドの手を握りしめるシーンを見ると、ああこの男は誠実な青年だな、ということがよくわかる。
ミルドレッドの妊娠の告白は、まだ結婚していない男女の仲でのそれだから、不安いっぱいのもの。しかも、彼らが住んでいるバージニア州キャロライン郡では白人と黒人の結婚を禁じる異人種間結婚禁止法があることを2人とも知っているから、ミルドレッドは妊娠の告白に不安いっぱいだったはずだ。ところが、それに対するリチャードの反応を見たことによって、ミルドレッドの不安はふっとんでしまうことに。しかも、その数日後リチャードがミルドレッドをあるところに案内し、「ここが台所・・・」と語り始め、土地を購入したことを打ち明けたうえ、「結婚してくれ」と言われると、ミルドレッドは幸せの絶頂に・・・。リチャードの計画は、「異人種間結婚禁止法」のないワシントンD.C.まで行って結婚すること。ワシントンD.C.までは車を飛ばせばひとっ飛びだから、ミルドレッドの父親を乗せてワシントンD.C.の教会に行き、神父の前で無事結婚の儀式を終えた2人は両親や姉ガーネット(テリー・アブニー)らと共に過ごし始めたが、これは明らかな法律違反!もしそれがバレたら、2人は一体どうなるの?
<こんな逮捕ってあり?司法取引を経た判決は?>
「アメリカ史上最も純粋なラブストーリー」と謳われた本作のチラシには、「『英国王のスピーチ』コリン・ファースが映画化を熱望した感動の実話」と書かれている。本作の元になったのは、ナンシー・バースキー監督のドキュメンタリー『The Loving Story』(12年)らしい。それを見て感銘を受けたイギリスの名優コリン・ファースがプロデューサーに名乗り出たことによって、本作の映画化が進み始めたわけだ。
私はミルドレッドと結婚したリチャードが、黒人であるミルドレッドの両親や姉と共に生活している姿に何の違和感も覚えなかったが、きっと誰かの「密告」によってリチャードとミルドレッドの結婚を聞かされたバージニア州の保安官・ブルックス(マートン・ソーカス)にとっては、それが耐えられなかったのだろう。そこで彼がとった手段は、リチャード夫婦や両親たちの「寝込み」を襲ってリチャードとミルドレッドを逮捕すること。あえてそんな時間帯を狙わなくても逮捕は容易だと思うので、ナンシー・バースキー監督のドキュメンタリー映画には多分そんな映像はなく、ジェフ・ニコルズ監督が2人の逮捕劇をよりショッキングに見せるため、もしくは保安官・ブルックスの異人種間結婚に対する憎悪感を強調するためにあえて本作でそんな演出をしたのだろう。
翌朝リチャードは無事に保釈されたが、ミルドレッドの保釈はその数日後に・・・。リチャードが依頼した地元一の弁護士・ビーズリー(ビル・キャンプ)の指導よろしきを得て(?)、法廷では2人とも有罪を認めたうえでの司法取引となったが、その結論(判決)は1年間の服役は執行猶予とされたものの、この先25年間、ふたり一緒にバージニア州に戻ってはならないという過酷な条件をつけられることに。いやいや、何ともはや・・・。
<アメリカには州法と連邦法が!その狭間で2人は?>
アメリカには「大統領令」というものがあり、それをめぐって政府と州が対立するケースがあることが、今年1月27日にトランプ大統領が署名した「大統領令」の1つである「入国制限令」をめぐって大きな話題を呼んだ。他方、アメリカには州法と連邦法の2つの体系があることは周知のとおりだ。
もちろん、バージニア州にある「異人種間結婚禁止法」は州法で、ワシントンD.C.には存在しなかったから、バージニア州で有罪判決を受け、執行猶予の条件として25年間の「州外退去」を余儀なくされたリチャードとミルドレッドは今、ワシントンD.C.にあるミルドレッドの親戚の家に身を寄せて平穏に暮らしていた。一人目の子供を産む時は、ベテラン助産婦であるリチャードの母親の下で出産したいというミルドレッドの希望を容れて、あえて故郷に「潜入」したところをブルックス保安官に発見されたため、一騒動になったが、ビーズリー弁護士の機転あふれる尽力(?)によって何とかセーフに。その後、夫妻はワシントンD.C.でささやかながらも幸せな生活を営み、5年の間に3人の子供にも恵まれたから、25年間も故郷へ帰れなくたってもう平気・・・?
そんな雰囲気もあったが、やはり広い大地のある故郷(田舎)のバージニア州と大都会のワシントンD.C.の環境は全然違うため、ある日遊び場にもこと欠くワシントンD.C.で子供の1人が交通事故に遭うと、ミルドレッドはがぜん故郷が恋しくなることに・・・。
<セッションズ司法長官は危機!ケネディ司法長官は?>
折しも時代は1960年代に入ったところ。テレビでは連日、黒人の自由と平等を認める「公民権運動」の高まりが報道される中、親戚のひと言にヒントを得たミルドレッドが私たち夫妻はただ故郷へ帰りたいだけだという気持ちを伝える中で、「異人種間結婚禁止法」の不当性を訴える手紙をロバート・F・ケネディ司法長官に出すと・・・。
ちなみに現在、トランプ政権下で司法長官に任命されたセッションズ司法長官が、米大統領選への介入疑惑があるロシア側と接触していたことが表面化し、「それを議会の公聴会で否定していた発言は偽証に当たる」として辞任の要求をつきつけられている。前国家安全保障担当大統領補佐官のマイケル・フリン氏が、昨年12月29日にロシアの大使と複数回、電話で接触していたことが対露制裁解除を巡る密約疑惑に発展し、更迭されたのに続く大きな危機になっている。
しかし、ジョン・F・ケネディ大統領の弟であるロバート・F・ケネディ司法長官の当時の人気は抜群だったし、国民のために働く意欲も満々だったから、ひょっとしてミルドレッドのような一民間人からの手紙にも誠実に対応してくれるかも・・・?
<法廷劇?公民権運動?いやいや夫婦愛のストーリーに!>
ミルドレッドの手紙をロバート司法長官がアメリカ自由人権協会(ACLU)に送ったことによって、リチャードとミルドレッドの弁護を依頼されたというバーナード・コーエン弁護士(ニック・クロール)とフィリップ・ハーシュコブ弁護士(ジョン・ベース)が登場し、本作後半はリチャードとミルドレッドに対して下された判決の不当性をいかに連邦裁判所まで持っていくかという闘いのストーリーになっていく。これは、いわば日本でいう「再審請求」のようなものだが、前述したように、アメリカには州法と連邦法がある上、ジョージア州での判決からすでに何年も経過していたから上訴ができないことは明らかだ。すると、本作後半以降は、そんな法廷での闘いをメインにした法廷劇に・・・?
他方、万一リチャードとミルドレッドの州法に基づく判決が連邦裁判所でひっくり返されたとしても、それは所詮リチャードとミルドレッド夫婦だけの人権に関するもの。根本的な問題は「異人種間結婚禁止法」の黒人差別にあることは明らかだから、その反対運動はリチャードとミルドレッド夫婦個人のものではなく、黒人全体の「公民権運動」に高めなくちゃ・・・。1968年4月4日に暗殺されたキング牧師なら、きっとそう言うはずだ。すると、本作後半はそんな政治闘争が展開していくの?
ナンシー・バースキー監督のドキュメンタリー作品『The Loving Story』を映画化するについては、特に後半以降はそんな2つの視点(切り口)が考えられるが、ジェフ・ニコルズ監督はその両者とも採用せず、本作をあえて第三の道たる「夫婦愛」のストーリーに仕上げていくので、それに注目!
<裁判闘争への弁護士の思惑は?2人のスタンスは?>
弁護士の私としては、大都会のワシントンD.C.では子供を育てられないと決心したリチャードとミルドレッドが、再び性懲りもなく(?)故郷のバージニア州に舞い戻り、人目につかない農場の一軒家でひっそり暮らし始めたことに賛成はできない。しかし、弁護士の「公益活動」としてリチャードとミルドレッドを支援するコーエン弁護士とフィリップ弁護士としては、バージニア州の州法の下で下された一審判決に見直しを迫り、新たに連邦裁判所で「異人種間結婚禁止法」の違憲を宣言し、リチャードとミルドレッドの結婚を認める判決を獲得するためには、大きく世論を盛り上げることが不可欠だ。
そんな目で見ると、リチャードとミルドレッドがバージニア州に何の危害も与えないのに、バージニア州で2人が夫婦として住んでいるだけで逮捕されたことが公になれば、その裁判闘争にはある意味で好都合・・・?2人の弁護士がそう考えたかどうかは微妙なところだが、リチャードとミルドレッドは2人とも逮捕されることは既に覚悟していたから、2人の戦いはより強いものになっていくことに・・・。もっともスクリーン上を見ていると、裁判に積極的で、その取材やインタビューに応じたのはミルドレッドだけ。口下手で万事引っ込み思案なリチャードの方はいつも一歩引いていたが、それでもミルドレッドの活躍ぶりをいつも温かく見守っていたから立派なものだ。
<一枚の印象的な写真に注目!>
本作ラストには、リビングルームのソファ上で、ミルドレッドの膝枕でテレビを見ているリチャードのくつろいだ写真が映し出される。これは2人の家に取材にやってきたライフ誌の記者でカメラマンのグレイ・ヴィレット(マイケル・シャノン)が半分隠し撮りのような形で撮影したものだが、この写真を見て驚くのは、スクリーン上で展開されるストーリーの中でグレイが撮影した写真と実に良く似ていること。これを見ればゴールデングローブ賞にノミネートされた2人の俳優は2人とも、リチャード役とミルドレッド役になり切っていることがよくわかる。
コーエン弁護士から2人の裁判に取り組むと聞いたときのリチャードの最初の質問は「弁護士費用は?」というものだったが、ACLUは公益活動をやるための組織だから、リチャードたちが負担すべき弁護士費用はゼロ。アメリカにはそんな制度があったため、リチャードとミルドレッドの裁判闘争も連戦連敗が続く中、最後の最後にやっと連邦最高裁判所で画期的な勝利を収めることができたわけだ。それをやり抜いた弁護士の執念や努力も称えたいが、本作で最も印象に残るのは、それを戦い抜いた夫婦愛の姿だ。マスコミに対して雄弁に語りかけるミルドレッドに対して、リチャードの方は終始無口で無愛想だが、「異人種間結婚禁止法」の不当性を何より身に感じていたのはリチャード。連邦最高裁判所の判決を電話口で聞いたときのミルドレッドの表情と、それを外で子供たちと遊んでいるリチャードに伝えるために外に出たミルドレッド。そして、それを見つめるリチャード。何のセリフもないがこの2人の表情だけでラストの感動は十分観客に伝わってくるはずだ。いやー、映画は勉強!あらためて、そんな感動を・・・。
2017(平成29)年3月8日記