アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発 |
<シネ・リーブル梅田>
2017年3月19日鑑賞
2017年3月23日記
『ハンナ・アーレント』(12年)以降多くの「アイヒマンもの」映画を学んだが、ミルグラム博士による「アイヒマン実験」とは?その立証テーマは?
実験のやり方には多少の問題があるかもしれないが、それによって「人間はなぜ権威に服従してしまうのか?」が明らかになるから、なるほど人間は「個が全体に同調する動物」だということにも納得!
しかし、そんなことをホントに納得していいの?ホントにそうなら「ミルグラム博士の恐るべき告発」のとおり、私たち人間はすべて「アイヒマンの後継者」になってしまうのでは・・・?
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監督・脚本:マイケル・アルメレイダ
スタンレー・ミルグラム(社会心理学者)/ピーター・サースガード
アレクサンドラ(サシャ)・ミルグラム(ミルグラムの妻)/ウィノナ・ライダー
ジェームズ(学習者)/ジム・ガフィガン
被験者/ジョン・レグイザモ
被験者/アントン・イェルチン
被験者/タリン・マニング
オジー・デイヴィス(TV俳優)/デニス・ヘイスバート
ウィリアム・シャトナー(TV俳優)/ケラン・ラッツ
実験者/ジョン・パラディーノ
被験者(先生役)/アンソニー・エドワーズ
2015年・アメリカ映画・98分
配給/アット エンタテインメント
<アイヒマン裁判に続いて「アイヒマン実験」の勉強を!>
2014年1月25日に『ハンナ・アーレント』(12年)を観るまで、私はナチス・ドイツの迫害を逃れアメリカに亡命した女性哲学者ハンナ・アーレントの名前を知らなかったし、「アイヒマン裁判」を傍聴した結果をまとめた「悪の陳腐さ(凡庸さ)」も知らなかった(『シネマルーム32』215頁参照)。しかし、同作鑑賞後は『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(15年)(『シネマルーム36』36頁参照)、『顔のないヒトラーたち』(14年)(『シネマルーム36』43頁参照)、『帰ってきたヒトラー』(15年)(『シネマルーム38』155頁参照)、『ヒトラーの忘れもの』(15年)等の「ヒトラーもの」と並んで『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』(15年)(『シネマルーム38』150頁参照)、『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』(15年)等の「アイヒマンもの」が次々と公開され、私はそのすべてを鑑賞している。しかして、『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』という邦題のミルグラム博士とは一体ダレ?また「恐るべき告発」とは一体ナニ?
それは、アイヒマン裁判が始まった1961年にアメリカ・イェール大学でユダヤ系アメリカ人である社会心理学者のスタンレー・ミルグラム博士(ピーター・サースガード)が行った「アイヒマン実験」と呼ばれるものらしい。しかしてその内容は?また「アイヒマンの後継者」とは一体誰のこと?どうもその実験の狙いを聞いていると、それはあなた自身あるいは私自身を指すようだがそれは一体なぜ・・・?
<人間はなぜ権威に服従してしまうの?>
本作冒頭の舞台は、1961年8月のイェール大学の実験室。ミルグラム博士が主催するこの実験に応募した2人の被験者は一定の報酬をもらったうえで、くじ引きで「先生役」と「学習者役」に分かれ実験の簡単な説明を聞いた後、別々の部屋に入っていく。先生役は問題を出すだけだが、学習者役はミス回答をすると罰としてその都度腕に電流が流されるうえ、失敗を重ねるたびにその電圧が上げられるから大変。軽い心臓の持病があるという被験者のジェームズ(ジム・ガフィガン)は不安を訴えたが、最初に承諾し報酬も貰った以上は仕方なし・・・?
現在日本では高齢者ドライバーの運転免許証更新に際して「認知症テスト」を実施をしているそうだが、本作の先生役が出す問題はそのレベルを超えた難しいもの。したがって、最初の1、2問は正解できてもその後は不正解が続き、次々と電圧が上がっていくから学習者役の被験者は大変だ。時々「うっ」という悲鳴があがり、ある時からは「止めてくれ!」という悲痛を訴えるため、それを聞いた先生役の被験者(アンソニー・エドワーズ)は何度も実験者(ジョン・パラディーノ)の方を振り返り「やめようか?」と指示を仰ぐが、実験者が「続けて下さい!」と命じると先生役は当惑した身振り素振りを交えながらも忠実に自分の役割を実行し、学習者役が不正解を続けると次々と電圧を上げていくことに・・・。
ミルグラム博士が挑んでいる「アイヒマン実験」と呼ばれるこの実験のテーマは「人間はなぜ権威に服従してしまうのか?」だが、なぜこんな実験でそれがわかるの・・・?
<マジックにはネタが!同様に、この実験にもネタが!>
テレビで時々見るさまざまなマジックショーは興味深いがそこには必ずネタがある。それと同じように、実は「アイヒマン実験」にもこんなネタ、あんなネタが含まれているのでそれに注目!もっとも、それをここでバラしてしまうと興醒めなので、ここではそれについては一切触れないでおこう。もっとも、ミルグラム博士が考案した「アイヒマン実験」のネタとその全貌をすべて明らかにしなければ、その実験のテーマが「人間はなぜ権威に服従してしまうのか?」であること、そしてまた「アイヒマン実験」によって見事にそれが実証されることはわからないので、それについてはあなた自身がスクリーン上でしっかり確認してもらいたい。
他方、そのネタがバレるとすぐに「アイヒマン実験」は騙しでは?という疑問が出てくるはずだが、それに対するミルグラム博士の反論は「どの精神科医も心理学者も、最後までやる人などいないと言った」ということ。つまり、どの精神科医も心理学者もミルグラム博士が考案した「アイヒマン実験」を学習者役が苦痛を訴えたり、やめてくれと懇願する場合、最後まで先生役をやる人などいないと予想したわけだが、実際に行った「アイヒマン実験」の結果は・・・?なるほど、なるほど・・・。だからこそ、ミルグラム博士が行った「アイヒマン実験」の全貌を明らかにする本作の邦題には「ミルグラム博士の恐るべき告発」というサブタイトルがつけられたわけだ。
<この被験者だけは拒否!しかし圧倒的多数は?>
本作は劇映画だがドキュメンタリー的色彩もあり、ミルグラム博士があるパーティーで運命の出会いを果たした女性アレクサンドラ(サシャ)(ウィノナ・ライダー)と結婚し、サシャも夫の実験に協力していく姿が描かれる。ちなみに、ミルグラム博士は1984年に心臓発作のために死亡したが、サシャは2017年の今も健在だそうだ。
冒頭に見た「アイヒマン実験」の教師役となった被験者が「やりすぎだ!」と怒りを露わにして実験室を出ていったのは、口ひげをはやした被験者(アントン・イェルチン)の一例のみ。現実にはこれ以外にも教師役を続けることを拒否した事例はもっとあるのだろうが、トータルとしては学習者の悲鳴や「ここから出してくれ」との訴えを聞いても、実験者から「続けて下さい」と言われると、そのまま教師役を続けた例が圧倒的に多かったそうだ。
<電流を流し続けたことへの「弁明」は?>
学習者役の被験者が不正解をくり返す度に罰として電圧を加え続けた教師役の被験者たちは、「なぜ電気ショックを与え続けたのですか?」との質問に対して、異口同音に「俺は途中でやめたかったが、続けろと言われたから続けた」「自分は抵抗をした。したがって自らの意思ではやっていない」と強調したそうだ。しかしそんな「弁明」にもかかわらず、教師役の彼らは実験者の命令に従って行動し続け、学習者役の被験者に対して電流を流し続けたわけだ。
「アイヒマン実験」はその後も、学習者が壁をたたいたり、先生が学習者の手をとり銅板に押し付けて直接電撃を与えたり、場所を変えたり、女性でもテストしたり等のパターンで続けられたが、途中で電圧のスイッチを押すことを拒否する教師役は少なく、圧倒的多数が「続けて下さい」の言葉に従って、電圧のスイッチを押し続けたそうだ。しかして、1962年5月26、27日、最後に実験の模様が動画で撮影され、実験が終了した4日後、アイヒマンは絞首刑に。その時、アイヒマンは「上官の命令がなければ何も行わなかった」と言っていたそうだが・・・。
<人間は個が全体に同調する動物?>
アイヒマン裁判を傍聴した哲学者ハンナ・アーレントが提唱した「悪の陳腐さ(凡庸さ)」が教えてくれるのはアイヒマンは邪悪で狂暴だからユダヤ人を大量虐殺したのではなく、凡庸で普通の人間だからこそ命令に従って行動し、結果的に大量のユダヤ人を死亡させてしまっただけということだ。なるほど、なるほど・・・。
本作のパンフレットには、森達也氏(作家・映画監督・明治大学特任教授)の「ミルグラム実験が呈示する歴史的意義 繰り返されるアイヒマン裁判と本作の意義」と武田邦彦氏(中部大学 教授)の「ミルグラム考」があり、両者とも視点は違うものの、ミルグラム博士の「アイヒマン実験」の正しさと先駆性を評価している。とりわけ、武田氏の「ミルグラム考」は福島原発事故、STAP事件、そして東京都の豊洲問題を取り上げ、ミルグラムの実験があまりにピッタリと当てはまることに「思わず苦笑してしまうほど」と述べているが、私も全く同感だ。弁護士の仕事をしていても、私が「なぜ?」と質問すると、「みんながそう言っているから」とか「新聞にそう書いていたから」「テレビでそう解説していたから」と平気で答える人が多いことに唖然とすることがある。
ちなみに、本作では「アイヒマン実験」以外にも「スモールワールド現象」「放置手紙調査法」「メンタルマップ」「見知らぬ他人」「同調行動」等の実験が紹介されているので、それらも興味深く勉強したい。
2017(平成29)年3月23日記