お嬢さん(韓国映画・2016年) |
<大阪ステーションシティシネマ>
2017年3月12日鑑賞
2017年3月17日記
パク・チャヌク監督最新作は、英国の小説『荊の城』を大胆に脚色し、舞台を1939年の日本統治下の挑戦半島に移したもの。そう聞くと、チェ・ドンフン監督の『暗殺』(15年)を思い出すが、韓国人俳優がしゃべる日本語の違和感は大きい。しかし、それを差し引いても本作の面白さは抜群だし、エロ度(?)とサド度(?)も突出!
もっともそれはサブ的なテイストで、本作のエッセンスはあくまで、お嬢様、侍女、インチキ伯爵3人の騙し合い。それを第1部、第2部、第3部と「視点」を分けて「分析」されると、真実を見抜くのがいかに大変かを再認識できるはずだ。
さあ、あなたは如何に騙される?パク・チャヌク監督の映画づくりの構想力と騙しのテクニックに脱帽!
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監督:パク・チャヌク
原作:サラ・ウォーターズ『荊の城』
秀子(日本人令嬢、上月の姪)/キム・ミニ
スッキ(珠子)(盗賊団の一味に育てられた朝鮮人の少女)/キム・テリ
藤原伯爵(詐欺師の朝鮮人)/ハ・ジョンウ
上月(華族、秀子の叔父、富豪の朝鮮人)/チョ・ジヌン
佐々木夫人/キム・ヘスク
秀子の叔母/ムン・ソリ
2016年・韓国映画・145分
配給/ファントム・フィルム
<原作『荊の城』を、パク・チャヌク監督が大胆に脚色!>
パク・チャヌク監督は、キム・ギドク監督の次に私が注目している韓国の監督。『オールド・ボーイ』(03年)(『シネマルーム6』52頁参照)と『親切なクムジャさん』(05年)(『シネマルーム9』222頁参照)の衝撃度はすごかった。その後の『渇き』(09年)(『シネマルーム24』未掲載)はイマイチだったが、ハリウッド進出を果たした『イノセント・ガーデン』(12年)ではミステリアスなストーリー展開に驚き、衝撃の結末には口あんぐりだった(『シネマルーム30』131頁参照)。
そんなパク・チャヌク監督の最新作は、19世紀半ばのイギリスを舞台にしたイギリス人小説家サラ・ウォーターズの原作『荊の城(Fingersmith)』を大胆に脚色し、舞台を1939年の日本統治下の朝鮮半島に移したもの。英国風と日本風を一体にした大豪邸の主は日本の没落華族の娘(ムン・ソリ)を2番目の嫁にして、日本名・上月(こうづき)を名乗る、初老の朝鮮人(チョ・ジヌン)。本作のタイトルになっている主人公「お嬢さん」は、上月の日本人妻を叔母にもつ美しい姪っ子の秀子(キム・ミニ)だ。
その秀子に、盗賊団の一味に育てられた孤児の少女ながら、「ある目的」を持ってメイドとしてお屋敷に勤めることになった朝鮮人娘・スッキ(キム・テリ)と、藤原伯爵を名乗って秀子と結婚することにより、上月家の財産の乗っ取りを狙う詐欺師(ハ・ジョンウ)が絡むことによって、三つ巴の騙し合いが展開されていくことに・・・。
<官能的で耽美的、SM的で倒錯的なテイストに注目!>
本作は本来そんな「スリラーもの」(?)だが、当時の植民地支配の反動として、朝鮮人でありながら身も心も日本人になりたいと願う上月が、官能的で耽美的、SM的で倒錯的な生活を愛したところから本作のテイストが決まっていく。そのため本作は「R18」の成人映画に指定されたが、それでも動員400万人以上を記録する大ヒットになったのは、ひとえにパク・チャヌク監督の力量だろう。本作の官能的で耽美的、SM的で倒錯的なテイストは、まさに「荊の城」となる広大な上月のお屋敷の中で展開される「読書会」の風景に集約されるからそれに注目!
「読書会」の会場には、上月が懸命に集めた日本の「春本」がいっぱい!マルキ・ド・サド流の西欧モノも刺激的だが、意外に日本の春本も刺激的・・・?秘密のサロンに数名の秘密のメンバーを集めた「読書会」では、えらく露骨な放送禁止用語(?)がいっぱい含まれたさまざまな日本の春本を元にマルキ・ド・サド的なストーリー(?)が秀子の口で朗読されるから、そこに集まったメンバーはもちろん私たち映画の観客も唖然!韓国人がしゃべる日本語に大きな違和感を感じたのは『暗殺』(15年)も同じだった(『シネマルーム38』176頁参照)が、本作では日本の春本に登場する官能的なシーンを表現する日本語がえらく直接的だから、日本人にはそれを秀子が朗読する姿に見る違和感がよけいにすごい。マルキ・ド・サドの小説に伏字や放送禁止用語が多いのは当然だが、パク・チャヌク監督は日本の春本に登場する物語で、そこらの日本語と韓国語の表現の違いを如何に処理・・・?
<耽美趣味二態に注目!>
上月が住む大きなお屋敷は和洋折衷だが、秘密のサロンで行われる読書会は日韓折衷。成り上がりで大金持ちの韓国人のエロティックな日本趣味を、偏執狂的に高めたものだ。ちなみに、日本では『卍』や『鍵』を書いた谷崎潤一郎が耽美趣味作家として有名(?)だが、本作に見る上月の耽美趣味はその数十倍のスケールなのでそれに注目!読書会でのその代表的なシーンは、赤い着物を着た秀子がロープに吊るされた状態で、同じくロープに吊るされた木造人形と交わるシーン。日本の「SMもの」では団鬼六の小説や映画が有名だが、本作のシーンのSM度はそこまで過激ではなく、美しいロープ吊りのシーンになっているので、美術、照明、小道具等とテクニックと共にそれに注目!
他方、本作の耽美趣味を代表するもう1つのエロティックなシーンは、浴槽につかった状態の秀子が「歯が当たって口の中が痛い」と訴える場面で、スッキが秀子の歯を指貫で削ってさしあげるシーン。パク・チャヌク監督は原作を読んだ時から瞬間的に「ここは映画になる、活字で読んで終わらせるのはもったいない」と思ったらしい。そのため、このシーンを音や匂いを感じるシーンにするため、原作では窓際で展開される話だったものをわざわざお風呂場の設定に変えたそうだから、音や匂いを感じながらこのエロティックなシーンの出来ばえを満喫したい。
<「事実」は視点によって大違い!これぞ騙し合い!>
本作は第1部、第2部、第3部に分かれている。もっとも、それは3つに分かれる「事実」を順次描いていくのではなく、「1つの事実」を第1部=「スッキと藤原伯爵の視点」、第2部=「秀子と藤原伯爵の視点」、第3部=「スッキと秀子の視点」から描く構成になっている。ちなみに、原作も3部に分かれているが、そこでは第1部がスッキの視点、第2部が秀子の視点、そして第3部がスッキと秀子の出生にまつわるもうひとつのどんでん返しとされているそうだ。前述した『キネマ旬報』3月上旬号によれば、その原作を読んだパク・チャヌク監督は当初、詐欺師でもある藤原伯爵の視点も作ろうと考え、第1部はスッキ、第2部は秀子、そして第3部は伯爵を主人公とするつもりだったが、第3部はいろんなものを総合した形で新たな物語にしようと思い直した結果、第3部は搾取されてきたスッキと秀子の「開放のドラマ」になっている。
弁護士はいつも「事実」を証拠によって明らかにすることを目指しているが、その「事実」も見る視点によってさまざまに姿を変えていくから、「ホントの事実」=「真実」を見抜くことは難しい。ましてや本作のように、華族の上月がインチキ華族なら、そのお嬢様(=秀子)の侍女としてお屋敷に入り込んだスッキもインチキ。さらに、秀子との結婚と上月家の財産の乗っ取りを狙う藤原伯爵もインチキという騙し合いの構図の中で描かれる「事実」が、視点によってさまざまに変わるのは当然だ。多くの観客は本作の第1部で展開されるストーリーを見れば、スッキと藤原伯爵が騙しの加害者、秀子はその被害者と考えてしまうが、視点を秀子に変えた第2部を見れば、被害者は逆にスッキになってしまう。さらに第3部を見ると、スッキと秀子という2人の若い女性のたくましさ(?)に唖然とさせられるはずだ。
人間は正直な方がいい。それはそれで不変の真実だが、しょせん人間はウソをつく動物だという本性も変えられないから、やはり本作のような騙し合いの映画を見る中で一生懸命「真実」を見抜く能力を養わなくては・・・。
<女同士の「対決」と「協力」はいかに?>
本作は基本的には「華族の上月とそのお嬢様である秀子」vs「上月のお屋敷に入り込み、共謀してインチキ結婚と上月家の財産の乗っ取りを狙うスッキ・藤原伯爵連合軍」の騙し合いという構造だが、第1部、第2部、第3部と続くにつれてそのストーリーが二転三転していくところが面白い。そして、その転換の中でパク・チャヌク監督流の「四者四様」の人物模様が浮かび上がってくると共に、視点によって誰が味方で誰が敵かがコロコロと変わっていくのでそのサマを存分に楽しみたい。
第1部と第2部では、お嬢様・秀子vs侍女・スッキの力関係と騙し騙されの構図が明快だが、若い女同士特有のエロティックな関係が興味深いうえ、本来敵同士である2人の女が少しずつ心身共の交流(?)を深めていく中で2人が次第に手を結んでいく展開が興味深い。それに対して、第3部では、日本までやってきて所定の目的を達成した女2人がいかに協力して日本を脱出するかがストーリー展開の焦点になるが、そこではあっと驚く女2人の姿も登場するので、それはあなた自身の目でしっかりと・・・。
<男同士の残忍かつグロテスクな「対決」は?>
秀子お嬢様を演じたキム・ミニは竹内結子によく似た(?)韓国を代表する女優で、その演技は安定感がある。それに対して侍女のスッキ役を演じたキム・テリは、本作のオーディションで1500分の1の競争を勝ち抜いた新人女優。したがって、これまでほとんど演技経験がなく、短編やCMに出演していただけらしいが、そうだからこそ彼女がはじめてお屋敷に奉公にあがる侍女役の姿には特有の初々しさがある。もっとも、その生まれ育ちは盗賊団一味だから根は性悪女で、騙しなどはチョロイもの。また、初心なお嬢様への性的手ほどきも手慣れたもの・・・?スクリーン上で展開されるそんな女同士の風景はそれが道徳的に良いものか悪いものかは別として、それなりに美しく絵になるが、第3部で顕著になる男同士の「対決」はどうしても残忍かつグロテスクなものになってしまう。
第1部、第2部ではお屋敷の専制的な主として君臨し、読書会では暴虐の限りを尽くしていた上月だが、自分の出張中に秀子がスッキを従えて藤原伯爵と共に駆け落ちして結婚し、日本に脱出してしまうと上月はいかなる手を・・・?『暗殺』ではハワイ・ピストルと呼ばれるどことなくマカロニウェスタン的雰囲気の「殺し屋」を演じて3人の主人公の一角を担っていた韓国人俳優ハ・ジョンウが、本作第1部、第2部では女2人の間でキーマンとなる詐欺師の役割を見事に演じているがさて第3部では・・・?
パク・チャヌク監督が第3部を女同士の「開放の物語」としたため、そのとばっちりを受けた(?)のがハ・ジョンウ演じる藤原伯爵。つまり、上月を騙して秀子と結婚し、上月家の財産を乗っ取ったはずの藤原伯爵は、ラストではスッキに裏切られ、秀子には逃げられてしまった挙句、上月のお屋敷でさまざまないたぶりの刑を受ける羽目に・・・。そして、そういうシーンになると俄然調子が出てくるのがパク・チャヌク監督流だ。すべての策謀が失敗に終わってしまった藤原伯爵と、この男のおかげでお嬢様=秀子を失ってしまった上月との男同士の残忍かつグロテスクな「対決」ぶりもあなた自身の目でじっくりと・・・。
2017(平成29)年3月17日記