わたしは、ダニエル・ブレイク(イギリス、フランス、ベルギー映画・2016年) |
<シネ・リーブル梅田>
2017年4月2日鑑賞
2017年4月6日記
引退宣言を撤回してまで英国のケン・ローチ監督が挑んだのは、従来の「英国病」が更に悪化した、格差の広がりと貧困の告発!常に労働者階級や移民の目線で映像を作り続けてきた巨匠による、現代版「スパルタカスの反乱」とは?
妻に先立たれた59歳の頑固ジジイという設定は、スウェーデン映画の傑作『幸せなひとりぼっち』(15年)と同じだし、ストーリー展開上の共通点も多いから、ぜひ両者を比較検討したい。
民進党のように野党の立場から現行制度の矛盾や問題点を告発するだけなら簡単だが、そこに人間の絆や温かさ、そして希望や再生を感じさせる映画にするのは難しい。そう考えると、まさに本作はケン・ローチ監督の最高傑作!
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監督:ケン・ローチ
ダニエル・ブレイク(大工、59歳)/デイブ・ジョーンズ
ケイティ(27歳のシングルマザー)/ヘイリー・スクワイアーズ
ディラン(ケイティの息子、7歳)/ディラン・フィリップ・マキアナン
デイジー(ケイティの娘、10歳)/ブリアナ・シャン
アン(職業安定所の職員)/ケイト・ラッター
シェイラ(職業安定所の職員)/シャロン・パーシー
チャイナ(ダニエルの隣人の青年)/ケマ・シカウズウェ
2016年・イギリス、フランス、ベルギー映画・100分
配給/ロングライド
<引退宣言を撤回してまで、鋭い問題提起を!>
社会派監督として有名な1936年生まれのイギリスの巨匠ケン・ローチ監督は、カンヌ国際映画祭の常連で、『麦の穂をゆらす風』(06年)でパルムドール賞を受賞した。そして、前作『ジミー、野を駆ける伝説』(14年)を最後に引退を宣言したが、イギリスや世界各国で拡大し続ける格差や貧困の問題を目の当たりにした彼は、敢然と引退宣言を撤回して、本作に挑戦!そして、2017年の第69回カンヌ国際映画祭において、本作で2度目のパルムドール賞を受賞したからすごい。
昨年6月の国民投票によるイギリスのEU離脱と、昨年12月のアメリカ大統領選挙におけるトランプ候補の当選とそれを受けた1月の大統領就任。この2つの出来事によって2017年の政治・経済・外交を巡る国際情勢は大きく変わろうとしているが、そんな時代状況の中、貧困と格差をテーマとし、大工という職業を持ちながら心臓病のため一人で生きていくのが困難になったダニエル・ブレイクという59歳の主人公の生きザマを追った本作は、見応えがある。ちなみに、昨年12月に観たスウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』(15年)も59歳の「わがままジジイ」を主人公にした面白い映画で、「高負担、高福祉の国スウェーデンは、日本と違って老人が安心して暮らせる国」と思っていた私たち日本人に対する鋭い問題提起作だったが、本作もまさにそれ。さあ、ケン・ローチ監督がイギリスの現状を批判的に踏まえ上で、本作に込めた問題提起はいかに!
<妻の死亡、心臓病、仕事を引退、さあその後は?>
イギリスの地方都市ニューカッスルに生まれて59年、大工仕事に誇りをもって生きてきたダニエル・ブレイク(テイヴ・ジョーンズ)は、妻に先立たれた後も規則正しく勤勉に暮らしてきた。しかし、突然発症した心臓病のためドクターから仕事を止められ、やむをえず国の援助を受けるため職業安定所に赴くことに。大工仕事ができないのだから、他の仕事もできないのは当然。いやいや、軽い事務仕事ならできるのでは?もしそれもできないのなら、仕方なく生活保護の手続きに・・・?日本ならそんなシステムだが、さてイギリスのその手の制度は・・・?
本作は、心臓病の宣告を受けた後、国からの「雇用支援手当」の支給者になったダニエルが「継続審査」を受けているシーンから始まる。担当者が次々と繰り出す質問に対して、受給継続希望者は誠実に答えなければならないのに、ダニエルは、「俺が悪いのは心臓だ!だのになぜ、次から次へとくだらない質問を!」とさかんに反撃し、逆質問をぶつけるから、質問者はうんざり・・・。その数日後、ダニエルは「就労可能。手当は中止」という通知を受け取ることに。それに憤慨したダニエルは直ちに窓口に電話したが、長々と待たされた上、認定人からの電話を待てと言い放たれたから、唖然!そこで仕方なくダニエルは、職業安定所に赴いたが・・・。
日本でも縦割りのお役所仕事の評判は悪く、どの窓口でも待たされ続けるのが常だが、それはイギリスでも同じ。いや本作を観ていると、対応の悪さはそれ以上・・・。それでも、ダニエルは窓口担当の中年女性アン(ケイト・ラッター)から求職者手当の申請をするよう説明され、パソコンは使えないのに「申込みはオンラインのみ」と言われて途方にくれているダニエルに対して親切に教えてくれたから、かなりラッキー。私にはそう思えたが・・・。
<キレる若いシングルマザーを見て、主人公も・・・>
役所でも病院で順番待ちが常だが、イライラしながら順番を待っていたダニエルに聞こえてきたのは、悲痛な声をあげて担当者に食い下がっている若いシングルマザーのケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)。10歳の長女デイジー(ブリアナ・シャン)、7歳の長男ディラン(ディラン・フィリップ・マキアナン)を連れたケイティは懸命に遅れてきたことを詫び、その弁解をしていたが、担当者は「約束の時間に遅刻したから、給付金は受け取れない」の一点張りだ。弁護士の私の目で公平に判断すれば、一方では遅れてきたケイティが悪く、いくらそれを弁解しても無意味にも思えるが、他方で、「規則だ、規則だ」と、偉そうにかつ杓子定規に言わなくてもいいのでは?少しは融通をきかしてもいいのでは?と思う面も・・・。
「これ以上騒ぐと警察を呼びますよ」の言葉を聞いて、ダニエルは俄然立ち上がってケイティの「擁護」を始めたが、これは日本流に言えば「義を見てせざるは勇無きなり」の精神に沿ったもの。イギリスでは、「ノーブレスオブリュージュ」は貴族階級のものだが、労働者階級だってそれなりの正義感や義侠心は健在というわけだ。
もっとも、そんなダニエルのささやかな抵抗は何の効果も生まず、2人は職業安定所から追い出されてしまうだけのみじめな結果に・・・
<奇妙な友情の芽生えとその進展は?>
59歳の、妻に先立たれた孤独なわがままジジイが主人公だった『幸せなひとりぼっち』でも、中盤以降は、近所に引っ越してきたイランからの移民一家に対して見せる主人公の意外に親切な行動が、興味の焦点になったが、それは本作も同じ。隣に住む若者チャイナ(ケマ・シカズウェ)が、朝のゴミ捨てをjきちんとしないことに文句をつけるダニエルの姿は、『幸せなひとりぼっち』の主人公が、団地内の「憲兵」の役割を果たしていたのと同じだが、職安を一緒に追い出された後に、ダニエルがケイティとその2人の子供たちに対して示していく、友情あふれる態度には感心する他ない。ダニエルがもう少し若ければ、そこに「色気絡み」があるかもしれないが、本作のダニエルにそれが全くないのは明らかだ。
ダニエルが最初に示したケイティへの友情は、プライドを持った大工として、ロンドンからニューカッスルに引っ越してきたケイティ一家が入居している、広いけれども古い家のさまざまな修理をしてやること。それはお手のものだが、2人の子供たちともぎこちないながら真正面から向き合っていくうち、いつの間にか彼らからの信頼も勝ち取ることに・・・。
<フードバンクとは?ケイティの身に迫る危機は?>
アメリカの非営利団体「社会発展調査委機構(Social ProgressImperative)が発表した社会発展指数(SPI:Socia Progress Index)によると、「世界で住みやすい国ランキング」の上位は、フィンランド、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー等の北欧諸国が占め、日本は14位。ちなみに、アメリカは19位、韓国は26位で、イギリスは9位だ。
その程度の知識で、本作にみるイギリスの社会福祉制度の一端をみると、本作中盤にみるフードバンク制が面白い。日本にはこんな制度はないが、パンフレットにあるケン・ローチ監督のインタビューによれば、「英国は世界で5番目に飢えに苦しむ人がいる国だということです。多くの場所で慈善給食や、無料で食料を配布するチャリティが行われています。10年前には想像もできないことでした。」と語られている。しかも、食料を配っているのは慈善団体らしい。順番を待つ長い行列とあわせて、現在の英国に見る、フードバンク制の実態に注目!
他方、ダニエルの親切が身に沁みるケイティだが、ダニエルが生活資金を出してくれているわけではないから、貧乏状態はいっこうに変わらない。そこで、ケイティはある日、あるところからもらっていた電話番号に電話をかけ「面接」に行くと、直ちに「仕事先」が決まったが、さてその「仕事先」とは・・・?2人の子持ちとはいえ、まだケイティは27歳と若く、十分な美貌を保っていたのだから、少しだけ割り切れば「仕事先」はいくらでも・・・。電話番号のメモをみたダニエルがある日、客としてその仕事先を訪れてみると・・・?ケイティにとっては、そんな職場を、今や第一の親友になっているダニエルに見られたことが恥。そのため、「放っておいて、もう2度と会わない」と宣言することになってしまったが・・・。
<再審査の結果は?ダニエルの「反乱」は?>
私は「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(15年)(『シネマルーム38』123頁)を観て、カーク・ダグラスが主演した『スパルタカス』(60年)を再度DVDで鑑賞したが、それを見れば、「スパルタカスの反乱」はローマ帝国の圧制に苦しむ奴隷たちのやむにやまれぬものだったことがよくわかる。そこでは反乱の成否が問題ではなく、反乱を起こすこと自体に意義があったわけだ。
本作中盤でダニエルはケイティとその2人の子供たちに対して、自分が職業安定所の不当な扱いで苦しんでいるとは思えないほどの親切心を示すが、自分の仕事探しは一向に進展しなかった。もっとも、再審査の結果、またしても「働ける」と判定されてしまったダニエルが唯一の収入源となる求職者手当を受け取るには、病気で働けないにもかかわらず、求職活動を続けるしかなかった。しかし、実直で勤勉なダニエルにとって、そんな矛盾した行為は苦痛でしかなかったのは当然だ。
しかして、ダニエルが下した最終的な決断は、「スパルタカスの反乱」と同じ「反乱」。つまり、ダニエルは職業安定所で求職者手当をやめると宣言し、そんな無謀な行動を止めるアンに対しても、ハッキリと「尊厳を失ったら終わりだ」と宣言。なるほど、なるほど、この決断は立派だが、その後ダニエルはどうやって生活を・・・?
そう思っていると、「ダニエルの反乱」は、ある意味「スパルタカスの反乱」以上のものとなり、周囲の人たちの大きな拍手喝采を浴びることになるので、それはあなた自身の目でしっかりと・・・。
<この結末をどう解釈?希望は?再生は?>
ケイティの長男はまだ幼なかったが、長女のデイジーはしっかり者だったから、時が経ち電話が通じなくなったダニエルを心配して、ダニエルの家を訪れてみると・・・。この時点で、ダニエルは蓄えも底をつき、家財道具も売り払って絶望状態になっていたから、デイジーを追い出そうとしたが、デイジーのある一言に胸を打たれ、再び目を覚ますことに。つまり、今度はケイティがダニエルを励まし、助ける役割に転じたわけだ。こういう展開を見ているとついつい安心してしまうが、本作ラストのささやかな食事会のシーンでは、トイレに向かったダニエルの心臓に遂に異変が!
『幸せなひとりぼっち』では、心臓が人より大きいという持病をもっていた59歳の主人公に、最後にはベッドの上でのポッコリ死が訪れてくるという「幸せ」に恵まれたが、さてダニエルの場合は・・・?両者が共に59歳での死亡という結果(設定)になったのは偶然の一致だが、両作の主人公共にやるべきことをやり、それなりに満足していた状態で突然心臓がアウトになったのは、多分偶然の一致ではなく神様の思し召しだろう。私はそのように解釈し、泣きじゃくっているケイティの姿に希望と再生をみたが、さてあなたの解釈は?
2017(平成29)年4月6日記