サラエヴォの銃声(フランス=ボスニア・ヘルツェゴヴィナ映画・2016年) |
<テアトル梅田>
2017年4月11日鑑賞
2017年4月19日記
第一次世界大戦の引き金となったサラエヴォ事件とは?まず、それを押さえた上で今、「ホテルヨーロッパ」で行われようとしているグランドホテル形式による85分間の人間ドラマをしっかりと!
ミサイルと核実験を続ける北朝鮮に対してアメリカが空母打撃群を派遣している今、もし一発のミサイルが発射されれば・・・?
そんな対比をし、また本作のタイトルの意味を考えながら、本作の問題提起をしっかり検証したい。
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監督・脚本:ダニス・タノヴィッチ
原案:ベルナール=アンリ・レヴィ(戯曲『ホテル・ヨーロッパ』)
ジャック(演説の準備をするVIPの男)/ジャック・ウェベール
ラミヤ(ホテル・ヨーロッパのエントランスで働く女性)/スネジャナ・ヴィドヴィッチ
オメル(ホテル・ヨーロッパの支配人)/イズディン・バイロヴィッチ
ヴェドラナ(女性ジャーナリスト)/ヴェドラナ・セクサン
ガヴリロ・プリンツィプ(暗殺実行者と同名の男)/ムハメド・ハジョヴィッチ
ハティージャ(ラミヤの母)/ファケタ・サリフベゴヴィッチ-アヴダギッチ
エンゾ(ストリップ・クラブのクラブオーナー)/アレクサンダル・セクサン
2016年・フランス=ボスニア・ヘルツェゴヴィナ映画・85分
配給/ビターズ・エンド
<サラエヴォ事件とは?あれから100年!>
サラエヴォ事件とは、1914年に勃発した第1次世界大戦の引き金となった、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディナント大公夫妻が、セルビア系青年ガヴリロ・プリンツィプに暗殺された事件。1914年6月28日に発生したその事件の内容や時代背景、そして政治情勢や人物関係は複雑だが、ここではその解説はしない。
本作は、そのサラエヴォ事件から100年を記念して、ダニス・タノヴィッチ監督が企画したもの。本作は『サラエヴォの銃声』とタイトルされているが、さて、そこでは一体何の銃声が鳴るのだろうか・・・?
<舞台はホテル・ヨーロッパ、形式はグランドホテル形式>
『キネマ旬報映画総合研究所編 映画検定公式テキストブック』によれば、「グランドホテル形式」とは、ひとつの場所を舞台に、複数の人々のドラマを並行して描くもので、1932年の『グランドホテル』に由来する映画づくりのスタイル。日本では役所広司が主演し、大みそかの1日をグランドホテル形式で描いた『THE 有頂天ホテル』(06年)(『シネマルーム9』288頁参照)が有名だ。
しかして、本作の舞台は、サラエヴォ事件百周年を記念する式典が行われる、サラエヴォで一番のホテルである「ホテル・ヨーロッパ」。そして、「グランドホテル形式」で次々と登場する登場人物たちは、ホテルの支配人オメル(イズディン・バイロヴィッチ)とその忠実なフロントウーマンであるラミヤ(スネジャナ・ヴィドヴィッチ)をはじめとして多種多様だから、それに注目!しかし、そんな映画のタイトルがなぜ『サラエヴォの銃声』とされているの・・・?ひょっとして、1914年のサラエヴォ事件と同じように、100年後の今、「ホテルサラエヴォ」で一発の銃声が鳴るの・・・?
<グランドホテル形式による3つの物語は?その1>
『有頂天ホテル』では、「有頂天ホテル」がグランドホテル形式で展開される物語の舞台となったように、本作では、「ホテル・ヨーロッパ」がグランドホテル形式によって展開していく3つの物語の舞台になる。「ホテル・ヨーロッパ」でサラエヴォ事件百周年を記念する式典が行われるのは、このホテルがサラエヴォ一のホテルだから。したがって、その経営には問題がないと思うのが当然だが、導入部からの支配人オメルの動きを追っていると、どうもそうではないらしく、従業員の給料も未払いになっているらしい。そのため、今「ホテル・ヨーロッパ」の従業員たちはストライキの決行に向けて大結集をしているようだ。
それを察知したオメルはストを阻止すべく、一方ではラミヤを使って従業員の懐柔工作を進め、他方では地下のカジノを経営しているヤクザを使って、ストを中止させようと躍起になっていたが、さてその攻防戦は?大規模なストライキともなれば、それなりの強力な労働組合や指導者がいなければ難しいもの。ところが本作では、ホテルのリネン室で長年勤勉に働いてきたラミヤの母親ハティージャ(ファケタ・サリフベゴヴィッチ―アヴダギッチ)がリーダーシップを取っているらしい。それはそれで悪くはないが、果たしてそんな体勢でホントにストの決行は大丈夫・・・?
<グランドホテル形式による3つの物語は?その2>
そんな第1の物語と並行して進んでいく第2の物語は、「ホテル・ヨーロッパ」の屋上で行われている女性ジャーナリスト、ヴェドラナ(ヴェドラナ・セクサン)によるインタビュー。これは、サラエヴォ事件百周年を記念するテレビ番組だが、そこに登場してくる面白い人物が1914年のサラエヴォ事件の暗殺実行者と同じ名前を持つ男、ガヴリロ・プリンツィプ(ムハメド・ハジョヴィッチ)だ。テレビ番組のインタビューではインタビュアーが出演者の本音をいかに引き出すかがポイントだが、何人目かのゲストとして登場したガヴリロが生々しく語り始めた本音に対して、インタビュアーのヴェドラナも本音で対抗し始めたから大変。こんな場合、普通は途中でコマーシャルを入れることによって調整するものだが、さてここでは・・・?
<グランドホテル形式による3つの物語は?その3>
さらに第3の物語は、「ホテル・ヨーロッパ」の最高級スウィートの部屋に入り込み、一生懸命にサラエヴォ事件についての演説の準備をしている男ジャック(ジャック・ウェベール)と、密かにそれを監視カメラで追う男たちの姿を追うもの。一人で鏡に向かって演説の練習をするだけならスウィートの部屋はいらないと思うのだが、さてこの男はどれほどのVIPなの・・・?身振り手振りを含めて一生懸命練習している姿は本来美しいはずだが、長い間それを見ていると滑稽に見えてくるが、それは一体なぜ?
本作を監督したダニス・タノヴィッチ監督は、去る4月2日に観た『汚れたミルク』(14年)で大きな社会問題提起をした監督だが、本作中盤ではグランドホテル形式でそんな3つの物語を、ほど良い緊張感とバランスの中で進行させていくので、それに注目!
<突然一発の銃声が!この銃声の意味をどう理解?>
本作中盤ではこれら3つの物語は同時並行的に描かれていくが、一方で女性ジャーナリストとガヴリロとの論争が熱を帯びてケンカ状態となり、他方でストライキが不可避な情勢となる中、ホテルヨーロッパ全体が不穏な空気に包まれていったのはやむを得ない。そして、ハティージャが支配人オメルからの指示を受けたヤクザに襲われたり、ラミヤもオメルからストを止められなかったことの報復を受けたりと、「ホテル・ヨーロッパ」の中で現実の事件が次々と起きていくことになる。そんな中、突然ある場所で一発の銃声が!
これは、演説の練習をしている男ジャックを監視していたグループの男がガヴリロに当てて発砲したもの。しかし、そもそもジャックを監視しているグループとガヴリロの間には本来、何の接点もないはずだ。したがって、サラエヴォ事件の銃声は計画的なものだったが、その100年後の今「ホテル・ヨーロッパ」で響き渡った一発の銃声は、全く偶発的なものだ。しかし、「ホテル・ヨーロッパ」内で今起きている一連の不穏な動きを見ていると、この銃声はある意味で必然・・・?しかも、サラエヴォ事件では、暗殺実行者のガヴリロが引き金を引いたのに対し、本作では同じ名前のガヴリロが銃に撃たれて死亡するという皮肉な結果になっている。さらに、サラエヴォ事件の銃声と「ホテル・ヨーロッパ」での銃声は何の関連性もなく、たまたまサラエヴォ事件百周年記念式典の日に、ホテルヨーロッパの中で銃声が鳴ったというだけのことだ。しかして、そのことの意味をあなたはどう考える?
折りしも、アメリカのトランプ大統領は米中首脳会談の最中にイランに向けて巡航ミサイルを発射した上、ミサイル実験と核実験を強行しようとする金正恩独裁下の北朝鮮に圧力をかけるべく空母群を派遣しているが、そんな情勢下で一発のミサイルが発射されれば・・・?そんなことを考えながら、本作の結末をしっかり検証したい。
2017(平成29)年4月19日記