美女と野獣(アメリカ映画・2017年) |
<TOHOシネマズ西宮OS>
2017年5月6日鑑賞
2017年5月17日記
フランスの美女・レア・セドゥが主演した実写版『美女と野獣』(14年)はイマイチだったが、「ハリー・ポッター」シリーズで急成長したエマ・ワトソンが「美女」役を演じた本作は大評判!それは、一体なぜ?
それは、人気ミュージカル『レ・ミゼラブル』と同じく、自己犠牲を伴う崇高な愛というテーマが、ラストの「I LOVE YOU」というセリフの中に見事に集約されているからだ。
そんな単純な理解でたまには童心に戻り、素直な心でこんなハッピーエンドを楽しみたい。
本文はネタバレを含みます!!
それでも読む方は下の「More」をクリック!!
↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!
読まれる方はご注意ください!!
↓↓↓
監督:ビル・コンドン
ベル/エマ・ワトソン
野獣/ダン・スティーヴンス
ガストン/ルーク・エヴァンス
ル・フウ/ジョシュ・ギャッド
モーリス/ケヴィン・クライン
アガット(魔女)/ハティ・モラハン
ルミエール/ユアン・マクレガー
コグスワース/イアン・マッケラン
ポット夫人/エマ・トンプソン
チップ/ネイサン・マック
マダム・ド・ガルドローブ/オードラ・マクドナルド
カデンツァ/スタンリー・トゥッチ
プリュメット/ググ・バサ=ロー
2017年・アメリカ映画・130分
配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン
<アニメもミュージカルも観てなかったが・・・>
私はミュージカルが大好きだが、残念ながらミュージカルの『美女と野獣』(91年)は観ていない。また、ディズニー映画は小さい頃からたくさん観ていたが、『美女と野獣』のアニメ版(91年)も観ていない。しかし、「美女と野獣」のストーリーを、何度も観た『オペラ座の怪人』や『レ・ミゼラブル』と同じようによく知っているのは、それがあまりにも有名なせいだし、また、星3つの採点ながら、フランスの美人女優レア・セドゥが美女に扮した『美女と野獣』(14年)(『シネマルーム33』未掲載)を観ていたためだ。
本作が大ヒットしている要因の一つは、『ハリーポッター』シリーズのハーマイオニー役を長年演じる中で大きくかつ美しく成長した女優エマ・ワトソンをベル役で起用したこと。しかし、私が考えるそれ以上の要因は、①もともと単純ながらストーリーの骨格がしっかりしていること、②メイン曲の『美女と野獣』をはじめとする素晴らしい楽曲が多いこと、そして何よりも、③「I LOVE YOU」の言葉が最も劇的に使われ、その言葉の効用が最大限発揮されるエンディングの素晴らしさ、にある。
本作冒頭に登場する森の中の巨大なお城での華やかな舞踏会の席で、若く美しい王子(ダン・スティーヴンス)がそこにやってきた一人の老婆(ハティ・モラハン)に対して示した冷たい仕打ちのため、老婆=魔女から①城に呪いをかけられ、②王子を醜い野獣に変えられ、③使用人たちを家財道具に変えられてしまう、という3つの呪いのシークエンスは、いかにも西欧風の恐ろしい童話の世界で、子供の頃はハラハラドキドキしながら本で読んだものだ。しかし、そこでの最大のポイントは、「呪いを解くには、魔法のバラの最後の花びらが落ちる前に、王子が誰かを心から愛し、その誰かから愛されなくてはならない。さもなければ、永遠に王子は野獣のまま」といういかにも思わせぶりな(?)呪いのかけ方にある。つまり本作は、冒頭に示されたそのポイントをめぐって美女と野獣の物語が展開していくという(単純な)ものだ。しかし、それが大きなスクリーン上でそんな夢物語に展開していくと、68歳の私でもつい惹き込まれていくことに・・・。
<美女(BEAUTY)のキャラに注目!>
美女(BEAUTY)のベル(エマ・ワトソン)は、小さい村の中で父親モーリス(ケヴィン・クライン)と2人で暮らす娘だが、本が大好き、そして夢見ることが大好きだから、あまり現実的でなく、いつも違う世界を夢見ている風変りな娘で、自他ともに「変わり者」と言われていた。したがって、村の娘の多くが憧れるカッコいい(が実は中身は空っぽの)青年ガストン(ルーク・エヴァンス)からの求婚に、何の興味も示さなかったのは当然。
私は2001年7月に、紹介者である毛丹青氏と共に中国のノーベル賞作家・莫言氏と私の事務所で対談し、その後、有馬温泉に泊まって「温泉談議」をしたが、その際、莫言氏から「坂和章平先生 奇人」と書いた「書」を頂戴した。日本では「変人、奇人」と言うと悪いイメージが強いが、中国では「奇人」は褒め言葉だ。本作に見る村の娘ベルの「変わり者」という評価が、残念ながら褒め言葉でないことはベルの説明から明らかだが、そんなベルのキャラは、本作中盤の野獣との出会いと軋轢の中で最大限発揮されるので、それに注目!
<野獣(BEAST)のキャラにも注目!>
他方、今は醜い姿になっている野獣(BEAST)(ダン・スティーヴンス)は、元王子サマなのに老婆の願いを聞いてやらなかった男だから、わがままいっぱいの傲慢なヤツ。当然そんなイメージだし、アニメ版ではそんなキャラが強かったようだが、本作では、そのキャラは大きく修正されている。何よりもベルと共通するのは、本が大好きという点。そのため、お城の中で対立状態にあった2人は、本を通じて少しずつ理解し合い、互いに心を開いていくことに・・・。
また、お城の王子サマともなれば、北朝鮮の金正恩と同じように、「上から目線」になるのが常。しかし、本作では、①城の給仕頭で「燭台」に姿を変えられたルミエール(ユアン・マクレガー)、②城の執事で「置時計」に姿を変えられたコグスワース(イアン・マッケラン)、③城の料理人で「ティーポット」に姿を変えられたポット夫人(エマ・トンプソン)、④「ティーカップ」に姿を変えられたその息子チップ(ネイサン・マック)、⑤オペラ歌手で「洋服ダンス」に姿を変えられたマダム・ド・ガルドローブ(オードラ・マクドナルド)、⑥その夫でマエストロであり、「ハープシコード」に姿を変えられたカデンツァ(スタンリー・トゥッチ)、⑦城のメイドで「羽ぼうき」に姿を変えられたプリュメット(ググ・バサ=ロー)等の行動を見ればわかるように、「召使い」たちがみんな王子サマを愛していることがよくわかる。これは、もちろん自分たちも魔女の呪いを解いてほしいこともあるが、それ以上に、王子サマに愛の本質をわかってもらいたいと熱望しているためだ。さらに、それ以前に王子サマはもともと召使いのみんなから好かれるキャラだということがよくわかる。
野獣はもともとこのようなキャラだったため、お城を逃げ出したベルが、狼たちに襲われていることを知ると、野獣は自らの危険を顧みることなく狼と対決することになる。もっとも、この時点では、なぜ自分が狼と戦うのかについて、野獣自身もわかっていなかったらしい。しかし、ベルが自らを犠牲にしてまで自由の身にしてくれた父親が、ガストンの悪巧みによって無理やり精神病院に入れられる危機に瀕していることを知ると、野獣はベルのそばに置いておきたいという願望を抑えてまでベルを自由にしてやることに。ひょっとして、これは自己犠牲を伴う愛?すると今、野獣はベルに対して崇高な愛の境地に・・・?ミュージカル『レ・ミゼラブル』では、自己犠牲を伴う崇高な愛というテーマと楽曲が大きな魅力だったが、本作でも野獣のそんなキャラを通して、それが顕著に。
<フランスで発揮される民衆の力に注目!>
さる5月9日に実施された韓国の大統領選挙の投票率は77.2%。そこで野党第一党の文在寅(ムン・ジェイン)候補が当選し、9年ぶりに保守党から革新政党への政権交代が実現したが、それについては主に若者の力が発揮された。それと同じようにフランスで、4月23日の初回投票に続いて5月7日に行われた第2回目の決選投票における、無所属のエマニュエル・マクロン候補と極右政党のマリーヌ・ル・ペン候補の投票率は74.56%。結果は、2075万票VS1064万票でマクロン氏の勝利となり、39歳というフランス「第五共和政」始まって以来の若い大統領が誕生した。これは、韓国とは逆に「極右政党の誕生だけはゴメン」という大人たちの良識ある選択の結果(?)で、いささか「民衆の力」によるものとは違うようだが、「フランス革命」の国、フランスでは『レ・ミゼラブル』を見ても、本作を見てもいつも「民衆の力」が発揮されることに注目!
本作でのそれは、お城に住む野獣退治のために民衆が蜂起し、お城を襲うシークエンスになるが、それはガストンの誤った煽動に乗せられたものであることは明らかだ。しかし、押し寄せてくる敵は迎え撃たなければならないため、ルミエールやコグスワースたち、家財道具に変身させられていた召使いたちはバリケードを築き、『レ・ミゼラブル』の革命に燃えた若き学生たちと同じように、敵の侵入を防ごうとするので、それに注目!
<美女の「I LOVE YOU」のセリフに注目!>
もっとも、お城での攻防戦は誰が見ても多勢に無勢で、野獣側が不利。しかも、野獣の命を狙うガストンはピストルを持っているのだから、そのハンディキャップは大きい。そのため、召使いたちも次第に追いつめられたうえ、懸命に奮闘を続けていた野獣も遂にガストンのピストルによって、その命は風前の灯に。そこで本作最大のハイライトとして登場するのが、野獣の側に寄り添ったベルによる「I LOVE YOU」のセリフだ。
レア・セドゥが主演した『美女と野獣』では、野獣が美女に与えたすべての病に効くという「小さな瓶に入った水のような薬」が最後の局面で大きなポイントとなったが、本作では美女の口から出る「I LOVE YOU」のセリフが大きなポイントになるので、それに注目!!さあ、このセリフによって世界はどのように一変するのだろうか?さらに、ガストンの煽動によって誤った形に使われた「民衆の力」はどのように修正されるのだろうか?そして、その結果訪れてくる恩作のハッピーエンドとは・・・?
2017(平成29)年5月17日記