ノー・エスケープ 自由への国境(メキシコ・フランス映画・2015年) |
<TOHOHシネマズ西宮OS>
2017年5月6日鑑賞
2017年5月9日記
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監督:ホナス・キュアロン
プロデューサー:アルフォンソ・キュアロン
脚本:マテオ・ガルシア
モイセス(不法入国を目指すメキシコ人)/ガエル・ガルシア・ベルナル
サム(アメリカ人のヴィジランテ)/ジェフリー・ディーン・モーガン
アデラ(モイセスと共に不法入国を目指すメキシコ人女性)/アロンドラ・イダルゴ
2015年・メキシコ、フランス映画・88分
配給/アスミック・エース
<ショートコメント>
◆アメリカとメキシコの国境に物理的な壁をつくる。これは、大統領候補であったトランプ氏が大統領選挙に際して掲げた公約の一つだ。本作は2015年のメキシコ、フランス映画で、第89回アカデミー賞外国語映画賞のメキシコ代表に選ばれた映画だが、そんな公約を掲げたトランプ候補がホンモノの大統領になったことによって、俄然注目を集めることに・・・。
◆本作は88分と短いが、ストーリーもアメリカへの不法入国を目指しているモイセス(ガエル・ガルシア・ベルナル)とその仲間である十数名のメキシコ人が、望遠レンズ付きのライフルと猟犬でメキシコ人の不法移民狩りに執念を燃やすアメリカ人サム(ジェフリー・ディーン・モーガン)に追われ、逃げ回るだけの物語。
『カルテル・ランド』(15年)(『シネマルーム38』114頁参照)は、アリゾナとメキシコの国境警備にあたるアリゾナの自警団とメキシコの自警団の双方を描く面白い映画だったし、社会問題提起性も十分だったが、さて本作は?
◆映画冒頭、車に乗り、ライフルを持ち、猟犬を連れたサムに狙われ、次々と撃ち殺されるメキシコ人たちの姿が映し出される。しかしここで私がサッパリわからないのは、モイセスたちは一体どこに向かって走って逃げているのかということ。だって、サムは地図を持っているが、モイセスたちは地図もなく、案内人もいないのだから、どこをどう走ったらメキシコからアメリカに逃げられるのかがわかるはずがない。砂漠を走り、岩肌の山をよじ登って逃げていくが、その地理や位置関係が私たちには全くわからないから、スピード感と緊迫感はそれなりにあっても、追っかけっこのホントの理解がイマイチできないため、面白さはイマイチ・・・。
◆本作は、『キネマ旬報』2017年5月下旬号の「REVIEW 日本映画&外国映画」で3人の評論家が星4つ、3つ、3つをつけているが、それはいずれもトランプ大統領の登場と関連付けているためだ。私もその点は全く同じで、実にグッドタイミングの上映だが、そもそも警察官でも、自警団でもないサムが、なぜあそこまでボランティア的に不法移民狩りに執念を燃やすのかについての説明と説得力がないことが本作の根本的欠陥。 サムはモイセスの反撃のため、愛犬を喪うばかりか、自分の命まで失ってしまう(?)のだから、本作では彼の行動理念を明確に示す必要があったのでは・・・?
◆本作を観ながらずっと思ったのは、なぜあれだけ有利な位置からライフルを撃っているのに、弾丸がモイセスだけには当たらないの?ということ。また、モイセスからさまざまな反撃を許すの?また、なぜモイセスは、いったんは置き去りにし、見捨ててしまった相棒の女性アデラ(アロンドラ・イダルゴ)を、サムをやっつけた後に再度迎えにいけるの?そんなシークエンスを観ていると、なぜモイセスはそんなに一体の地理を知り尽くしているの?と少しバカバカしくなってくる。
◆他方、それとは逆に、モイセスの機転によってまんまとサムの車を奪うことに成功したら、それで完全にモイセスの勝ちのはずだが、その車にサムのライフルの弾が撃ち込まれるシーンを観ていると、一体サムのライフルの射程距離は何キロあるの?と、これまたバカバカしくなってしまう。さらに極めつけは、一対一の対決に勝利したモイセスが、足を骨折して動けないサムに対して、「砂漠に殺されてしまえ!」と言い放って殺さないまま置き去りにするシーン。あれほど自分たちを苦しめたサムを目の前にして、モイセスのあの行動はあり得ないのでは・・・?
これらの点において、私は本作に不満がいっぱい・・・。
2017(平成29)年5月9日記