歓びのトスカーナ(イタリア=フランス映画・2016年) |
<ギャガ試写室>
2017年6月12日鑑賞
2017年6月16日記
イタリアのアカデミー賞たるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で7部門を受賞したパオロ・ヴィルズィ監督の『人間の値打ち』(13年)はメチャ面白かったが、それに続いてヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で5部門を受賞した本作もすばらしい。
2人の精神病患者がヒロインと聞けば重苦しそうだが、診療施設ヴィラ・ビオンディから脱出し、トスカーナ州の各地をめぐるロードムービーには明るさも・・・。
『テルマ&ルイーズ』(91年)は悲しい結末を迎えたが、さて本作は・・・?前作に続いて星5つのパオロ・ヴィルズィ監督に注目!なお、精神病施設と精神病患者のあり方についての日仏比較もしっかりと!
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監督:パオロ・ヴィルズィ
出演
ベアトリーチェ・モランディーニ・ヴァルディラーナ/ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
ドナテッラ・モレーリ/ミカエラ・ラマッツォッティ
フィアンマ・ザッパ/ヴァレンティーナ・カルネルッティ
ジョルジオ・ロレンチーニ/トンマーゾ・ラーニョ
ビエルルイジ・アイティアーニ/ボブ・メッシーニ
トッリジャーニ/セルジョ・アルベッリ
ルチャーナ・モレッリ/アンナ・ガリエナ
モランディーニ・ヴァルディラーナ夫人/マリサ・ボリーニ
フロリアーノ・モレッリ/マルコ・メッセーリ
レナート・コルシ/ボボ・ロンデーリ
2016年・イタリア=フランス映画・116分
配給/ミッドシップ
<『人間の値打ち』に続く、このイタリア人監督に注目!>
原題の『人的資本』でも邦題の『人間の値打ち』(13年)でも題名だけでは映画の意味や狙いがわからなかったが、パオロ・ヴィルズィ監督の『人間の値打ち』はメチャ面白い映画だった。そこでは、交通事故による損害賠償額が、上流、中流、下流によっていかに違うのかを、大きく4つの章に分けて、スリリングな物語を展開させていた。そして、この面白さを私は、「『ワイルドシングス』(98年)以来!」と表現した(『シネマルーム39』171頁参照)。
そんな私の評価と同じように、同作はイタリアのアカデミー賞と呼ばれるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で7部門を受賞したそうだが、そのパオロ・ヴィルズィ監督の新作である本作では、再度同賞の作品賞、監督賞、主演女優賞等5部門を受賞したというから、すごい!
邦画では、さる3月5日の「おおさかシネマフェスティバル2017」の会場で観た『ケンとカズ』(16年)の小路紘史監督らに注目(『シネマルーム39』272頁参照)だが、洋画では『人間の値打ち』に続く1964年生まれのイタリア人監督、パオロ・ヴィルズィに注目!
<主人公は2人の精神病患者!なぜそんなテーマを?>
パオロ・ヴィルズィ監督は、『人間の値打ち』では、「イタリアは鉄壁のクラス社会!階級社会!」であることを明確に指摘するとともに、『ゴッドファーザー』3部作で見たヴィトー・コルレオーネのお屋敷と見紛うばかりの広大な大富豪のお屋敷に出入りする3つの階級を代表する個性豊かな人物を登場させて、とにかく面白い物語を展開させた。それに対して、精神病患者の女性2人を主人公にした本作では、同監督は自らイタリアの精神病施設や精神病患者の治療実態を綿密にリサーチしたうえで、「彼女たちの立場に立ちたい」と強く望んで、本作の脚本作りと演出に集中したらしい。私も1度だけ見学したことがある日本の「精神病院」は、監獄と同じような施設と待遇だが、さて、イタリアでは・・・?
本作冒頭、トスカーナ州の緑豊かな丘の上にある精神診療施設、ヴィラ・ビオンディイの全体像と、そこで心に様々な問題を抱えた女性たちが、経験豊かな診療スタップとともに生活をしている風景が映し出される。まずそこで、この施設の女主人のように振る舞う本作の一方の主人公であるベアトリーチェ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)の姿が強く印象付けられるが、なるほどこの演技を見ているだけで、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキが主演女優賞を受賞したのも当然と納得できそう。
しかし、これがイタリアの精神診療施設・・・?本作のプレスシートには、「精神病院を捨てた国ならではの、狂人喜劇の傑作」と題する「COLUMN」がある。その執筆者たる大熊一夫氏(ジャーナリスト)は、1970年に都内の精神病院にアルコール依存症を装って入院した経験を有することからもわかるとおり、精神施設のあり方についてのプロ中のプロだ。弁護士の私も全く知らなかったが、イタリアでは1978年に精神科医フランコ・バザリアの名にちなんだ「バザリア法」という法律が施行されて、精神病院は廃絶されたらしい。さらに、2015年3月31日には、「司法精神病院を閉鎖する法律」によって、2017年2月に保健大臣はすべての司法精神病院を閉じて、被収容者をふり分けることを宣言したそうだ。ここではその詳しい内容には触れないが、本作をしっかり理解するためにはその勉強も不可欠なので、上記「COLUMN」は必読!
<もう一人の主人公は?2人の性格は正反対!>
本作導入部に見る、ヴィラ・ビオンディにおけるベアトリーチェの女王様然とした振る舞いはハッキリ言ってかなり異常。そのため、施設のスタッフはもちろん同僚たちから大いに煙たがられていたが、本人だけはそんなことにいたって無頓着だ。ベアトリーチェの実家はすごい金持ちらしいし、元夫は有名な弁護士らしいが、さてその実態は?
そんなヴィラ・ビオンディにある日新たに入所してきたのが、やせ細り、全身タトゥーが入った女性ドナテッラ(ミカエラ・ラマッツォッティ)。彼女の表情は暗く、何かを抱え込んでおり、深い孤独感が漂っていたが、陽のベアトリーチェはなぜかそんな陰のドナテッラに興味を示し何かとおせっかいを焼き始めたが、ドナテッラの方は迷惑そうだ。ベアトリーチェは陽気でおしゃべりだから。いつまでしゃべっていても全然疲れないようだが、逆にドナテッラの方はいたって陰気で無口だから、2人の性格は正反対だ。したがって本作導入部では、しばらくヴィラ・ビオンディ内でのそんな何ごとにも正反対でチグハグな2人の動きに注目!
<2人の脱出劇に注目!なぜ2人は親友に?>
本作のストーリーが動き始めるのは、何やかやとドナテッラの動きに気を遣うベアトリーチェに対して、半分迷惑そうにしながらも一緒に行動していたドナテッラが、ある日、ベアトリーチェと共に施設とは別方向に向かうバスに飛び乗ってしまったため。施設外の作業で報酬を得た2人は、そのまま一目散に施設を脱出してしまったわけだ。
私は、リドリー・スコット監督の『テルマ&ルイーズ』(91年)が大好きで、何度もビデオで観ているが、ベアトリーチェとドナテッラの2人がヴィラ・ビオンディを脱出し、思いのままショッピングをし、見知らぬ男の車に乗り込み、トスカーナのハイウェイを気ままにドライブする姿を見ていると、まさに『テルマ&ルイーズ』におけるルイーズとテルマのようだ。もっとも、ルイーズとテルマは思わぬ形で「殺人犯」になるまでは普通の独身女性と専業主婦だったが、本作のベアトリーチェとドナテッラは脱走した精神病患者だから、ヴィラ・ビオンディは大騒ぎに。施設側が精神安定剤などを定期的に飲まなければならない2人を必死に捜し始めたのは当然だから、2人が発見されて連れ戻されるのは時間の問題・・・?
<2人の過去は?それを巡るロードムービーに注目!>
天才ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生涯を、当時の彼のライバルだった(?)アントニオ・サリエリの目から描いた『アマデウス』(84年)はすばらしい映画だった。そして同作では、天才のモーツァルトに対して自分の才能の無さを自覚するサリエリの辛くて重い過去の「告白」がストーリー形成のベースになっていた。ベアトリーチェもドナテッラもヴィラ・ビオンディに収容されている精神病患者だから、彼女たちの過去の辛さと重さを語らせれば、きっとサリエリと同じようなものがあるだろう。しかし、パオロ・ヴィルズィ監督は本作でそんな手法を使わず、ヴィラ・ビオンディを抜け出した2人が自由奔放にそれぞれの目的の地と目的の人をめぐる「テルマ&ルイーズ」風のロードムービーの手法を採用したから、それに注目!
そのロードムービーの目的地は主導権を持つベアトリーチェの選択に委ねられたが、その最初の地はドナテッラの生まれた故郷。そこではドナテッラの母親が金持ちの老人の愛人となり、老人の死を待ち望んでいたが、そこでベアトリーチェとドナテッラはどんな行動を?次の目的地は、ドナテッラがかつて働いていたクラブ。かつて、ここでクラブのオーナー、マウリツィオと付き合い、妻子がいる彼の子供を出産したものの、子どもと共にマウリツィオから見捨てられたドナテッラは、絶望の中で子供を抱いたまま川の中に飛び込み自殺を。なるほど、こんな辛くて重い過去があれば、ドナテッラが精神を病み、ヴィラ・ビオンディに収容されたのも仕方なし・・・?しかして、スクリーン上で見る何年かぶりのクラブでのドナテッラとマウリツィオの再会と、そこで起きるハプニングとは・・・?
他方、そんなドナテッラの過去を知り、おせっかい心がメラメラと燃え上がったベアトリーチェは、著名弁護士の「元夫」が住む邸宅に乗り込み、周囲の迷惑も省みず元夫とベッドインしたうえ、元夫が寝ている隙に宝石を盗み出し、それを逃避行の軍資金にするという大胆な行動に。何事も陽気にテキパキこなすベアトリーチェの行動を見ていると小気味良く見えるから不思議なもの。しかし、こりゃ明らかに窃盗罪(ヘタすると昏睡強盗罪)だから、いくら辛くて重い過去を持つからといって、こんな行動をくり返してホントにいいの?本作中盤では、『テルマ&ルイーズ』と同じような、2人のヒロインが織り成す楽しいロードムービー(?)をたっぷりと楽しみたい。
<なぜスポーツカーに?海辺のシーンは絶品!>
『テルマ&ルイーズ』では、逃避行になってしまった2人のヒロインが車で疾走するシーンが印象的だったが、本作でも後半、2人のヒロインがオードリー・ヘップバーン風の服装(?)で真っ赤なスポーツカーに乗って疾走するシーンが登場するので、それに注目!なぜ2人は、こんなクラシックな服装で高級車を運転しているの?
本作ではさらに、海辺の護岸コンクリートの上で2人のヒロインが重なり合って眠っているシーンがすごく決まっているが、スポーツカーに乗っていた2人がなぜそんな姿に?そんな映像に続いて本作のクライマックスとして登場するのが、美しいトスカーナ州の太陽の下の美しい海辺の風景だ。愛媛県山市生まれの私は、小・中学生の頃はよく梅津寺海水浴場で遊んだから海水浴の楽しさはよく知っている。フランス映画では、『太陽がいっぱい』(60年)や『ベニスに死す』(71年)(『シネマルーム27』202頁参照)で見た美しい海辺が印象に残っている。しかして、本作のクライマックスは、ドナテッラから過去の告白をすべて聞いた後に、2人がもう一度「あの事件」以降奪われてしまったドナテッラの息子に会いにいくプロジェクト(?)になるので、それに注目!
水着もないままワンピース姿でドナテッラが海の中に入っていくのは如何なものだが、今は大きくなったわが子が水着を着て海の中に入っていくのなら、私だってワンピースを脱ぎ、下着のままでOK!ドナテッラがそんな心境になったのは当然だが、トスカーナ州のある町の美しい海辺でドナテッラがわが子と戯れるシーンはまさに絶品!
迫りくるヴィラ・ビオンディからの追っ手によってベアトリーチェもドナテッラも再び連れ戻されるのは確実だが、こんな経験をした2人のヒロインの今後は・・・?『テルマ&ルイーズ』では2人のヒロインに悲しい結末が待っていたが、本作の2人のヒロインにはきっと明るい再生の道が見えてくるはずだ。
2017(平成29)年6月16日記