苦い銭(苦銭/Bitter money)(フランス・香港合作映画・2016年) |
<ビジュアルアーツ試写室>
2018(平成30)年1月22日鑑賞
2018(平成30)年1月26日記
ワン・ビン監督が習近平体制下の経済成長著しい中国で、何ともタイムリーなテーマで、ドキュメンタリーの新作を!
『無言歌(夾辺溝/THE DITCH)』(10年)も『収容病棟(瘋愛/'TIL MADNESS DO US PART)前編』(13年)もテーマが重過ぎてしんどかったが、本作は物語性と問題提起性がほどよくいい加減で『三姉妹~雲南の子(三姉妹/Three Sisters)』(12年)と同じくらい・・・?
銭にまつわる物語は古今東西たくさんあるが、都市住民と農民工との格差が広がる中、出稼ぎ労働者たちの「苦い銭」にまつわる興味深い物語に注目!
本文はネタバレを含みます!!
それでも読む方は下の「More」をクリック!!
↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!
読まれる方はご注意ください!!
↓↓↓
監督:王兵(ワン・ビン)
撮影:前田佳孝、リュウ・シャンホイ、シャン・シャオホイ、ソン・ヤン、ワン・ビン
小敏(シャオミン): 16歳、雲南省巧家県出身、女性
小孫(シャオスン):18歳、雲南省巧家県出身、男性
元珍(ユェンチェン):24歳、雲南省巧家県出身、女性
蘭蘭(ランラン):19歳、安徽省出身、女性
厚琴(ホウチン):19歳、安徽省出身、女性
凌凌(リンリン):25歳、安徽省出身、女性
二子(アルヅ):32歳、安徽省出身、男性
方兵(ファン・ビン):29歳、安徽省出身、男性
老葉(ラオイエ):45歳、安徽省出身、男性
黄磊(ホアン・レイ):45歳、安徽省出身、男性
配給:ムヴィオラ/163分
■□■タイトルの意味をしっかりと!■□■
日本では平成の時代が2019年4月で終わるが、30年間続いた平成の世が始まったのは、バブルが崩壊した1989年。それ以降、日本はいわゆる「失われた10年」「失われた20年」といわれるデフレの時代に突入し、経済成長はストップした。それに対して、1989年6月4日に天安門事件を経験した中国は、その後も「改革開放政策」を進める中で高度経済成長が続き、習近平体制の今、その経済的・軍事的力量は、アメリカに対抗しようかというところまで高まっている。
私は、2015年9月に直腸癌、2016年10月に胃癌の手術をしたため、中国旅行は2015年6月の北京電影学院での“实验电影”学院賞の授賞式への出席がラストになっているが、2000年から2015年までの間に10数回の中国旅行を体験する中でその経済成長の姿をつぶさに見学してきた。今は1元=約17円だが、2000年当時は1元=約13円だったし、2004年11月に雲南省に行った時は、その景色の美しさとともにマッサージ代の安さにびっくりしたものだ。しかして、ドキュメンタリー映画にして第73回ベネチア映画祭で脚本賞&ヒューマンライツ賞を受賞した王兵(ワン・ビン)監督の本作のタイトルは『苦い銭』(英題Bitter money)。そのチラシには「1元=約17円(2017.10現在)」「苦い銭を稼ぎにいくんだ」等の文字が躍っているが・・・。
古今東西を問わず、「金がすべて」という価値感は確立しているし、それをテーマにした人間ドラマは多い。大阪には『ナニワ金融道』等の独特のドラマがあるが、日本を代表するドラマとしては、ジョージ秋山の『銭ゲバ』が有名だ。「世の中、金だ」とうそぶく主人公の蒲郡風太郎は財界で力をつけた後、政界へと進出していくが、さて彼の運命は・・・?そんな波乱万丈の人生を見せる風太郎の生きがいは当然銭だったが、ワン・ビン監督が本作に登場させた実在の人物たちの人間ドラマのテーマも銭。そして、それは「苦い銭」ばかりだ。銭にまつわる格言やことわざは多いが、本作では「アイロン掛けは時給が16元か18元だ」「社長の気前のよさは2元ね!」「1日150元稼げる奴もいる 俺みたいに70元しか稼げないのはダメだ」等の銭にまつわる印象的なセリフがたくさん登場するので、それに注目!
ワン・ビン監督ならではの鋭い視線で描く本作では、そのタイトルとなっている「苦い銭」の意味をしっかりと!
■□■「監督のことば」に注目!■□■
公式ホームページによれば、本作の「監督のことば」は次の通りだ。
苦い銭』は、雲南の故郷を離れて、出稼ぎ労働者が多く働く中国東海岸の街へと向かう、3人の若者の姿を追う場面から始まります。 カメラはそれぞれの人物に近づき、彼らの過酷な労働の日々にあらわれる感情や、賃金を受け取ったときの失望を捉えます。中国社会では、現代ほど「金」が重要な時代は、これまでにありませんでした。今、誰もが裕福になりたいと願っています。しかし現実から見れば、それは誰もが空想の中に生きていると言うしかありません。目にする限り、人生とは不毛です。幻想と失望に満たされた時代にあって、従順な人生を送るために、私たちはしばしば自分の気持ちさえ欺いているのです。“流れゆくこと”は、今日の普通の中国人の重要なテーマです。私は、彼らの物語を語るために、カメラのショットや捉える人物をずらしながら、ある被写体から別の被写体へ、焦点を揺らすようにひとつに絞らずに撮影しました。
■□■「苦い銭」の物語は?その社会問題は?■□■
公式ホームページによれば、本作の「物語」は次の通りだ。
雲南省出身の15歳の少女シャオミンは、バスと列車を次々と乗り継ぎ、、遠く離れた浙江省湖州へと向かう。縫製工場で働くためだ。そこは出稼ぎ労働者が住民の80%を占める街。朝から晩まで働いて、ただ働いて。それでもそこには胸に響く一瞬がある。初めて町で働き始める少女たちの瑞瑞しさ、酒に逃げる男、ヤケになる男・・。14億が生きる巨大中国の片隅で、1元の金に一喜一憂する彼らの人生を想う。そして気づく。“彼ら”は世界のいたるところに存在する“私たち”。
----------------------
本作はドキュメンタリー映画だが、後に紹介する多くの登場人物(=出稼ぎ労働者たち)が織りなす「苦い銭」にまつわる「物語」は興味深い。もちろん、その人物はすべて素人だが、ワン・ビン監督がそれを撮影し繋いでいくと壮大な「物語」になっていくところが面白い。ワン・ビン監督の前作『収容病棟(瘋愛/'TIL MADNESS DO US PART)前編』(13年)はそのテーマがあまりに重くてしんど過ぎた(『シネマルーム34』285頁参照)が、本作はそれほどのしんどさはなく、ちょうど良い加減。「何でも銭」の世の中は嫌なものだが、それでも現実は現実。習近平独裁体制の強化が進み、経済成長がどんどん進んでいく中国において、「苦い銭」にまつわるこんな物語=社会問題があることを、本作からしっかり学びたい。
■□■出稼ぎ労働者たちの出身地に注目!その1■□■
私は浙江省にも雲南省と安徽省にも旅行に行ったことがある。浙江省の湖州市にある織里(ジィリー)の縫製工場や浙江省にある巨大な雑貨卸売り市場である「義烏(イーウー)小商品城」で働く本作の出演者(=出稼ぎ労働者)たちの出身地は、そのほとんどが雲南省や安徽省だ。
冒頭に登場する小敏(シャオミン)(16歳)、小孫(シャオスン)(18歳)、元珍(ユェンチェン)(24歳)の3人は雲南省出身。また、安徽省出身の19歳の蘭蘭(ランラン)は、同じ19歳の女の子、厚琴(ホウチン)とともにシャオミンらが働く織里の縫製工場で働いている。しかして、その労働の実態は?賃金は・・・?
他方、中国4大女優の1人である徐静蕾(シュー・ジンレイ)が主演した『我愛你(ウォ・アイ・ニー)』(03年)は、夫婦げんかをテーマにした面白い映画だった(『シネマルーム11』264頁参照、『シネマルーム17』345頁参照)が、普通夫婦げんかは犬も食わないもの。ところが、本作でワン・ビン監督は、安徽省出身の凌凌(リンリン)(25歳)、と二子(アルヅ)(32歳)との夫婦げんかに延々とカメラを向けているので、それに注目!彼らが何のためにけんかしているのかは各自で確認してもらいたいが、その根本原因がおカネにあることは明らかだ。
■□■出稼ぎ労働者たちの出身地に注目!その2■□■
現在『在日本』の社長をしているのが、毛丹青教授の教え子の1人・李淵博君だが、彼の出身地は安徽省。彼の父親は安徽省で大きな電力会社を経営している大金持ちだが、安徽省出身の29歳の方兵(ファン・ビン)は、シャオミンたちと同じ縫製工場で働いているが、「一日150元稼げる奴もいる 俺みたいに70元しか稼げないのはダメだ」と語り、「どうせ仕事の手が遅いから2日試してダメなら故郷に帰る」と、半ばヤケになっている。他方、前述した安徽省出身の19歳のホウチンは近くの工場で働いている男性に遊びにくるように誘われているが、遊びに行く勇気がないらしい。他方、夫婦げんかの仲裁をしていた45歳の老葉(ラオイエ)はまともそうだったが、「マルチ商法」に興味があるようだからちょっとヤバイ。また、彼と同室の45歳の男・黄磊(ホアン・レイ)は酒とギャンブルの日々だから、同郷の社長は真面目に働くよう諭していたが、さて・・・。
中国の人口は13億人だが、都市住民と農民工との格差は大問題で、出稼ぎ労働者問題は大きな社会問題になっている。ワン・ビン監督は本作でそんな出稼ぎ労働者にカメラを向けたわけだ。本作のキーワードは「働けど、働けど」だが、これはどこかで聞いたような文句・・・。そう、これは石川啄木の歌集『一握の砂』の中に収められた有名な短歌で「はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る」というもの。すると、ワン・ビン監督も中国の出稼ぎ労働者たちについて、石川啄木と同じような目線で本作を・・・。
■□■彼らの夢と希望は?昭和の「金の卵」たちに比べると?■□■
産経新聞は、2018年1月「第5部 地殻変動」として、「戦後73年 弁護士会」を5回にわたって特集した。そこでは、金稼ぎに走らざる得なくなった近時の若手弁護士と、相変わらず「人権擁護と社会正義の実現」に熱心な(金持ちの)古い弁護士との「上下の対立」が描かれていた。私は「古いタイプ」の弁護士だから、今どきの若手弁護士が「ゼニ・・・、ゼニ・・・」と仕事あさりをしている姿をみると、嫌になってくるが・・・。
また、この原稿を書いていた1月24日には、中国のいくつかの5つ星ホテルでは、便器を洗うブラシで客が飲むコップを洗っている等の驚くべき「実態」が報道された。そんな行為について当の清掃員は、「1日に12部屋掃除するけど、それ以上できた場合は12元(約206円)もらえる」と話していた。つまり、ノルマ以上の仕事を達成し給料を上げるためには、ずさんな清掃も止むを得ないというわけだ。今では、中国の5つ星ホテルのレストランでコーヒーを飲めば、1杯1000円(500~600元)もするから、1部屋12元が高いのか安いのかはよくわからないが、ここにも今どきの中国における「苦い銭」の物語が・・・。
他方、私は山崎貴監督の『ALWAYS 三丁目の夕日』3部作をテレビで放映されるたびに見ているが、そこでは青森から集団就職で東京にやってきた星野六子(むつこ)の夢と希望が熱く描かれていた。また、2017年上半期放送のNHK朝ドラ『ひよっこ』でも、奥茨城から集団就職で東京にやってきた谷田部みね子たちの夢と希望が面白かった。本作は主に、中国の雲南省や安徽省から浙江省にやってきた出稼ぎ労働者たちの物語だが、彼らの夢と希望は・・・?
平成の時代に比べれば、昭和の時代が夢と希望に満ちていたことは間違いないが、さて、本作のような「苦い銭」まみれになってる今の中国での出稼ぎ労働者の夢と希望は・・・?
2018(平成30年)年1月26日記