TOMORROW/明日(日本映画・1988年) |
<テアトル梅田>
2006年8月23日鑑賞
2006年8月23日記
1988年、はじめて黒木和雄監督は「あの戦争」と向き合い、後に「戦争レクイエム3部作」と呼ばれる第一歩を刻んだ。時は1945年8月8日。舞台は長崎。原爆投下の1日前、そこには結婚式に集う人々、出産直前の妊婦、恋人との別れに悲しむ女たちなど長崎市民の織りなす生活の1コマ1コマがあった。そして夜が明けた8月9日午前11時20分、それらの人々の営みは一瞬にして・・・。スクリーン上には原爆の悲惨さを訴えるものは何もないが、私たち観客は未来をすべてお見通しの神サマと同じような目で観るだけに、それがかえって深い悲しみと憤りに・・・。戦後世代に語り継いでいかなければならない必見の映画!
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監督:黒木和雄
原作:井上光晴『明日・1945年8月8日・長崎』
ツル子(ヤエの姉)/桃井かおり
ヤエ(看護婦)/南果歩
中川庄治(ヤエの夫、病気持ちの工員)/佐野史郎
昭子(ヤエの妹)/仙道敦子
英雄(昭子の恋人)/岡野進一郎
泰一郎(ヤエの父)/長門裕之
ツイ(ヤエの母)/馬渕晴子
石原継夫(中川の友人、俘虜収容所勤務)/黒田アーサー
銅打(写真屋)/田中邦衛
水本(市電の運転手)/なべおさみ
亜矢(ヤエの同僚の看護婦)/水島かおり
春子(ヤエの同僚の看護婦)/森永ひとみ
娼婦/伊佐山ひろ子
産婆/賀原夏子
山口(養鶏場の経営者)/原田芳雄
商店主/殿山泰司
ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画配給・1988年・日本映画・105分
<第1作は1988年!>
『美しい夏キリシマ』(02年)、『父と暮せば』(04年)、そして『紙屋悦子の青春』(06年)と晩年の作品が「戦争モノ」で続いた黒木監督の「戦争レクイエム3部作」の第1作『TOMORROW/明日』の公開は、意外にも1988年。その後『浪人街』(90年)、『スリ』(00年)と戦争モノとは無関係の作品を挟んで『美しい夏キリシマ』に至るわけだが、この間14年も空いていたのは意外・・・?
しかしよく考えてみれば、逆に、1966年の『とべない沈黙』以来、『キューバの恋人』(69年)、『日本の悪霊』(70年)、『竜馬暗殺』(74年)、『祭りの準備』(75年)、『原子力戦争』(78年)、『夕暮まで』(80年)、『泪橋』(83年)と続いてきた黒木作品にあって、あの戦争を直視した映画は1988年の『TOMORROW/明日』がはじめて。『美しい夏キリシマ』は黒木監督自身の分身を中心とする多くの人たちの視点からあの戦争を描いたが、『TOMORROW/明日』はそれ以上に、あの戦争における1945年8月9日の長崎への原爆投下の前の日の人々の日常生活を描く視点がシンプルで、涙を誘うもの・・・。
<呼び方の変更が必要では・・・?>
これまで『TOMORROW/明日』『美しい夏キリシマ』『父と暮せば』が黒木監督の「戦争レクイエム3部作」と呼ばれてきたが、これは『紙屋悦子の青春』が公開されるまでの話。そこで、今あらためてこの4作品を考えてみると、前者3つだけで「戦争レクイエム3部作」と呼ぶのは適切ではなく、『紙屋悦子の青春』も加えて「戦争レクイエム4部作」と変更すべきだろう。もっとも、私が思うに、4作品とも「あの戦争」のある特定の場面を抽出して描いているが、『父と暮せば』と『紙屋悦子の青春』は少人数型であるのに対し、『TOMORROW/明日』と『美しい夏キリシマ』は多人数型。別の言い方をすれば、『父と暮せば』は1組の父と娘、『紙屋悦子の青春』は1組の夫婦に焦点を当てて、あの戦争の悲惨さを浮かび上がらせたのに対し、『TOMORROW/明日』は長崎に原爆が投下された8月9日の前日に長崎で暮らす人々の日常生活を淡々と描き、『美しい夏キリシマ』は康夫少年をはじめとする、霧島を臨む小さな村でくり広げられるたくさんの登場人物たちの人間模様を描く中で、あの戦争の悲惨さを浮かび上がらせたもの。したがって、全4作品を「戦争レクイエム4部作」と呼ぶのはいいが、その中でも『父と暮せば』と『紙屋悦子の青春』はワンポイント型、『TOMORROW/明日』と『美しい夏キリシマ』はアラカルト型とでも呼んで分類する必要があるのでは・・・?
<8月8日の人生模様その1>
この映画が描く、1945年8月8日現在長崎に住んでいた人たちの日常は、当然ながらごくありふれたもの。といっても、人それぞれの節目はいろいろある。その第1は、病気持ちの工員の中川庄治(佐野史郎)と看護婦のヤエ(南果歩)の結婚式。といっても、「こんなご時世」だから、空襲警報がならないうちにひと通りの儀式をすませなければならないが、そこに用意された祝いの膳は精一杯豪華なもの。この祝いの席に集うのは、新郎側は①俘虜収容所に勤務する友人の石原継夫(黒田アーサー)、②写真屋の銅打(田中邦衛)ら、そして新婦側が①父親の泰一郎(長門裕之)、②母親のツイ(馬渕晴子)、③妹の昭子(仙道敦子)、④姉のツル子(桃井かおり)、⑤市電の運転手をしている水本(なべおさみ)らの面々。
<8月8日の人生模様その2>
第2の節目は、ツル子の出産。予定日が近づいているため、結婚式の最中に陣痛を起こすなど大変だったが、結婚式が終わり夜が明ける頃には、無事に玉のような男の子を出産。生まれたばかりの赤ん坊に乳を含ませる幸せを実感していたツル子だったが・・・。
<8月8日の人生模様その3>
ヤエの妹の昭子も恋多き年頃で、彼女には長崎医大の英雄(岡野進一郎)という恋人がいた。しかし、「大切な話がある」という手紙を受け取った昭子が会いに行くと、そこで告げられたのは、期待に反して(?)「赤紙が来た。13日までに出頭しなければならない」ということ。召集令状(赤紙)自体は仕方のないものだが、さてここで2人が示す対応は・・・?
<8月8日の人生模様その4>
今日結婚式を迎えたヤエと看護婦仲間の亜矢(水島かおり)そして春子(森永ひとみ)は、自称「花の3人娘」と呼んでいるらしいことが結婚式のスピーチで明らかになるが、そんな亜矢にも恋人がいた。しかし、呉に行った恋人からは既に40日ほど何の連絡も来ない。そんな中「もしや・・・」と思って産院を訪ねてみると、彼の子供を妊娠していることが判明。藁をもすがる思いで彼の家を訪ね、彼からの連絡がないかと母親に訪ねたが、母親からは「見ず知らずのあなたに、なぜそんなことを話さなければならないのか!」と冷たく言い放たれる始末・・・。さて、亜矢はこれからどんな選択を・・・?
<8月8日の人生模様その5>
結婚式に中川の友人として出席した石原継夫は俘虜収容所に勤めている軍人だが、俘虜に対しては国際法に則り人道的な対応をすべきというきわめて正常な価値観を持った人間。ところが、病状の重いイギリス兵に対して医師の治療が何ら施されないまま、イギリス兵は死亡。こんなあり方に憤懣やるかたない石原は、その日の夜は娼婦(伊佐山ひろ子)とともにあった。「ここではどんな鬱憤もはらしていいのよ」と言う彼女のやさしさに、彼は「今日はこのまま帰らない」と言って一時の心の安らぎを求めたが・・・。
<8月8日の人生模様その6、その7、その8・・・>
このような形で、長崎に住み生活しているたくさんの登場人物たちの8月8日の動きをすべて描写しても仕方がないので、これ以上は書かないが、その6は写真屋の銅打、その7は市電運転手の水本らの人間模様。さらに、その8以降は①銅打から写真を届けてもらい、お礼に卵を手渡した養鶏場を営む山口(原田芳雄)、②孫が生まれて喜ぶヤエの父親の泰一郎、③忙しい中やっと駆けつけて、無事出産を成功させた産婆(賀原夏子)たち。こんな登場人物1人1人について、それぞれ8月8日の生活があり、人間模様があったのは当然・・・。
<そして8月9日、午前11時20分・・・>
8月8日は12時までに床についた人もいたし、明け方まで出産に苦しんだ人もいた。また、赤紙が来たことや彼からの連絡がないことで悩み苦しんだ人たちもいた。そんなさまざまな人間模様の中、時間はいつものように進んでいった。そして、妻の見送りを受けて仕事に出かける者、洗濯物を干して太陽を見上げる者、路上で遊ぶ子供たち、さらには竹やりを持って行進する人たち。8月9日にも人それぞれの新たな人間模様が刻まれようとしていた。
ところが、時1945年8月9日午前11時20分、はるか上空を飛んできたB29から投下された爆弾がピカリと閃光を放つと同時に、これらの人々の人生の営みは一瞬にして消え去ることに・・・。当の本人たちはこんな運命を何も知らないからいいようなもの(?)の、61年後の今、スクリーンを凝視している私たちは、まるで未来を予測することができる神サマのように彼らの「運命」を知ってるだけに、涙がこぼれてくるのを抑えることができないのは当然・・・。
<かわいい南果歩にビックリ!>
今や役所広司を超えるハリウッド俳優となった感のある(?)渡辺謙だが、その渡辺謙が2005年12月に電撃入籍したお相手が南果歩。渡辺謙も再婚だが、南果歩も2000年3月にミポリンこと中山美穂の夫である作家の辻仁成と離婚したバツイチ同士の再婚。
その南果歩は1964年1月生まれだから、小栗康平監督の『伽倻子のために』(84年)でデビューした彼女は、『TOMORROW/明日』の1988年当時は24歳。親戚や友人たちから精一杯の祝福を受けて幸せいっぱいの南果歩は、新郎のみならず観客の私まで、その初々しい魅力にビックリ。しかし、こんな新婚初夜を終え、翌日夕方のデートを約束した新婚夫婦にも、原子爆弾は情け容赦なく・・・。
<18年前の女優たちの美しさにうっとり・・・>
美しい花嫁の南果歩はもちろんだが、スケベ親父の映画評論家の目には、キラ星のように並ぶ1988年当時の女優たちの姿が美しくかつまぶしくてならない。1949年生まれの私は今日8月8日を精一杯生きている彼女たちの明日の運命を知っているから余計にそう・・・?
『青春の蹉跌』(74年)や『幸福の黄色いハンカチ』(77年)等で既に大女優となっていた1952年生まれの桃井かおりは、『竜馬暗殺』と『夕暮まで』で黒木作品に登場したが、『TOMORROW/明日』当時36歳。大きなお腹を抱えて動き回る演技はもちろん、出産シーンの熱演はさすがと感心させられるもの。また、仙道敦子の愛くるしさにもビックリだし、娼婦に扮した伊佐山ひろ子のやさしさを見れば、石原ならずとも一夜をともに過ごしたくなるはず・・・?また、水島かおりはあまりよく知らない女優だが、子供を宿していることを知って懸命に動く様子を観ていると本当に何とかしてやりたくなるもの・・・?4年前の『美しい夏キリシマ』ではそんなに思わなかったが、18年前の『TOMORROW/明日』では、女優たちの美しさにうっとり・・・?
<男優陣も18年前は・・・?>
ついでに触れておけば(?)、長門裕之、殿山泰司、なべおさみらベテラン俳優の演技はもちろん、佐野史郎、田中邦衛、黒田アーサーらの演技にはほとほと感心。そして、彼らの営みを一瞬にして奪った原爆に対して、あらためて強い憤りが・・・。
2006(平成18)年8月23日記