涙そうそう(日本映画・2005年) |
<東宝試写室>
2006年9月7日鑑賞
2006年9月7日記
森山良子が亡き兄への想いを歌詞に託した、夏川りみの大ヒット曲『涙そうそう』をモチーフに、現代沖縄版「兄妹愛」の泣かせる映画が登場!かぐや姫の名曲『妹』をモチーフした林隆三、秋吉久美子版『妹』や『昭和枯れすすき』をモチーフにした高橋英樹、秋吉久美子版『昭和枯れすすき』と異なるのは、血のつながった兄妹ではないこと。さて、その相違点はどんな影響を・・・?また、大切な小道具「古いアルバム」の使い方は?『いま、会いにゆきます』に続いて、あなたの「涙そうそう」(涙がぽろぽろあふれて止まらない)ぶりが目に見えるよう・・・。
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監督:土井裕泰
脚本:吉田紀子
音楽:千住明
主題歌:夏川りみ『涙そうそう』(ビクターエンタテインメント)
新垣洋太郎/妻夫木聡
カオル(洋太郎の妹)/長澤まさみ
恵子(洋太郎の恋人、医学生)/麻生久美子
光江(洋太郎の母)/小泉今日子
カオルの父/中村達也
カオルの祖母/平良とみ
恵子の父/橋爪功
東宝配給・2006年・日本映画・118分
<作詞に込められた想いは・・・?>
夏川りみが歌う『涙そうそう』は今やカラオケ人気NO1の曲となっているうえ、NHKの紅白歌合戦でも4年連続で歌われるという超国民的な曲となっている。もちろん、私のカラオケバージョンのうちの一曲・・・。そして、作詞が森山良子、作曲がBEGINであることは私もよく知っていたが、森山良子が若くして天国に旅立った兄への想いにはじめて向き合ってつくった曲であることは、この映画を観て、パンフレットを読むまで全然知らなかったこと・・・。誰が聴いてもすばらしいと思えるこの曲の歌詞の背景にそんな想いがあったことを、エンドロールとともに流れる名曲を聴いて再認識!
<テーマは兄妹愛だが・・・>
そんな想いが込められた歌詞をモチーフにしたこの映画の主人公は、兄の洋太郎(妻夫木聡)と妹のカオル(長澤まさみ)との兄妹愛。兄妹愛を歌った有名な曲はかぐや姫の名曲『妹』。そして、この曲をモチーフにした名作が、林隆三と秋吉久美子の『妹』(74年)だった。また、さくらと一郎がデュエットして大ヒットした『昭和枯れすすき』をモチーフにした兄妹版が、高橋英樹と秋吉久美子の『昭和枯れすすき』(75年)。その違いは、これらはいずれも血のつながった実の兄妹であるのに対し、『涙そうそう』は血のつながらない兄妹だということ。
すなわち、洋太郎の母光江(小泉今日子)が、連れ子のカオルを持つトランペット吹きの父(中村達也)と再婚したため、洋太郎とカオルは兄妹の関係になったわけだ。ところが、洋太郎もカオルも幼いうちに再婚後、(義)父は妻子を捨ててどこかへ行ってしまい、光江も病気で死亡。幼い2人はカオルの祖母(平良とみ)の下で育てられたが、光江が息を引き取る前に8歳の洋太郎が約束したのは、身寄りのないカオルをどんなことがあっても必ず守るということ。こんな設定を見ただけで、これはきっと泣かせる映画だという予感が・・・?
<今日は兄妹の再会の日>
それから10数年後の2001年。洋太郎は今、自分の店を出すという夢を持ってひたむきに生きる働き者の青年として、沖縄本島で暮していた。そんな洋太郎にとって今日は特別な日。なぜなら、今日はカオルが高校に入学したため、オバァと暮らす島を離れて本島にやってくる日だから。これから2人は一緒に暮らし、一緒に生きていける、カオルの成長だけを楽しみに高校も中退し、父親代わりとして一生懸命働いてきた洋太郎にとって、それがどれほどうれしいことだったかは誰もが理解できること・・・。
船着場で待つ洋太郎を見つけ、船の中から無邪気に手を振るカオル。久しぶりの兄妹の対面だが、16歳になった妹の大人びた美しさに、洋太郎は戸惑いを隠すことができなかった・・・。
<『タッチ』や『ラフ』よりやはりコレ・・・>
『キネマ旬報』9月下旬号の巻頭特集は「注目の本格派若手女優2006」だが、そのトップを飾るのは長澤まさみで、その次は宮﨑あおい。「現代女優論 若手女優に見る日本カルチャー」という対談の中に、「長澤まさみと宮﨑あおいが今の日本映画女優の二本柱だと思います」との発言があるが、私は全くこれと同意見。もっとも、宮﨑あおいは作品を選び、若くしてその個性を十分に発揮しているが、長澤まさみの『タッチ』(05年)や『ラフ』(06年)を観ていると、あまりに美人すぎるのではまり役が見つからないという感じ・・・。その点は黒木メイサも同じで、逆に(?)堀北真希は宮﨑あおいタイプ・・・?
しかし、私が期待していたように、この『涙そうそう』での長澤まさみは実にお見事!16歳の高校1年生から19歳で大学入学が決まるまでという難しい年頃の役を、実にうまくイキイキと表情豊かに演じているし、そして成人式を迎えようとする中で起こる「悲劇」を受けての演技も立派なもの。日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞した『世界の中心で、愛をさけぶ』(04年)は別格として、『涙そうそう』は撮影中に19歳を迎えた彼女の10代の代表作になるのでは・・・?
<兄の思い、妹知らず・・・?>
秋吉久美子版『昭和枯れすすき』もそうだったが、兄は「妹のために」という思い一筋で頑張っているし、それが生き甲斐なのだが、ある年頃に達した妹にとっては、それが重荷になるものらしい・・・?したがって、自分の店を持つという夢に向かって努力し、やっとそれを実現することができたのに、それが騙されたと知って落ち込む兄、さらにそれを乗り越えて妹のために夜遅くまで肉体労働に励む兄の姿を見ているカオルが、それを少しでも手助けしたいと思ったのは当然。しかし、兄の妹への期待は、しっかりと勉強し大学に入ること。ところが、妹にそんな期待をかけることは、「学歴なんか・・・」と言って高校を中退してしまった洋太郎の生き方と矛盾することは明らか・・・。
子供の頃ならともかく、高校生ともなれば女の子の思いは複雑なもの。したがって、兄の思い、妹知らずになるのも当然・・・?もっとも、秋吉久美子が演じた妹は、1974年の『妹』、1975年の『昭和枯れすすき』という時代状況を前提としているため、林隆三の兄に対しても、あるいは高橋英樹の兄に対してもかなりエキセントリック、そしてまた自分自身の男関係もいろいろあったが、長澤まさみ演ずる妹は平和で豊かな現代のニッポン(沖縄)だから、いたって品行方正・・・?
<兄離れ、自立も当然の道筋・・・>
カオルの大学合格の報告を聞いて喜ぶ洋太郎だったが、これくらいの年になると一生懸命働いているだけの単純な兄より妹の方がオトナ・・・?「まずは乾杯」とはしゃぐ洋太郎に対してカオルが宣言したのは、大学入学を契機に家を出ていくということ。洋太郎はいたって単純に、いつまでもこんな兄妹2人の生活が続くと思っていたのだが、それが幻想にすぎないことはよく考えてみれば明らか・・・。
そんな決断を下したカオルの気持の中には、自分たちを捨てていった父親との再会があったが、そんな微妙な気持の揺れを長澤まさみは見事に表現している。そして、自立し兄離れしていく妹を認めつつ、寂しい思いでこれを見送る洋太郎の何とも言えない気持を、妻夫木聡も見事に・・・。
<男女交際にはやはりバランスが・・・?>
この映画は兄妹愛という大きなテーマとは別に、洋太郎と医学生恵子(麻生久美子)との交際を通じて、男女交際における「釣り合い論」を考えさせる構成になっている。沖縄本島に戻ってきたカオルがまずビックリしたのは、洋太郎が才色兼備の医大生恵子と恋人同様の交際をしていたこと。スクリーン上の洋太郎は妻夫木聡が演じているから、そりゃどんな仕事をしていてもそれなりにカッコいいものの、医大を卒業して医者になるはずの恵子が、高校中退で働いている洋太郎と本当に結婚を前提に交際できるのか?と真正面から問われると、お互いに???となるのでは・・・?
映画の前半はあえてそんな矛盾点を隠したまま、恵子と洋太郎、カオルとの楽しい関係が描かれるが、中盤以降はその矛盾が一気に爆発・・・?恵子の父親が、詐欺にあった洋太郎に対して数百万円を援助しようとしたのは、体のいい娘との手切れ金・・・?さあ、こんな古くて新しい「男女のバランス論」について、この映画の描き方をあなたはどう思う・・・?
<ドラマ性には台風が、泣かせるためには病気が不可欠・・・?>
昨年は台風の当たり年(?)だったが、さて今年は・・・?台風被害はないにこしたことはないが、映画のドラマ性を盛り上げるためには台風は大いに役立つもの・・・?沖縄地方を襲った季節外れの台風は、街路樹をなぎ倒すほどの勢いとなり、倒れてきた木はカオルが一人住む部屋の窓を直撃!そんな中、一人泣き崩れるカオルを助けに来たのは・・・?
他方、成人式を迎えるカオルが戻ってくるのを楽しみに、今まで以上に働いていた洋太郎は、最近何となく体調不良の様子・・・。泣かせる映画にするために最もよく使われるのは病気だが、さてこの映画でのそれは・・・?それとわかっていても泣かせる映画にするのが、名作の名作たる由縁・・・。『いま、会いにゆきます』(04年)ではミエミエの病気で泣かせた土井裕泰監督が、『世界の中心で、愛をさけぶ』で観客の涙を誘った長澤まさみを起用したのだから、その泣かせぶりがこの映画のハイライトになるのは当然・・・?
<決め手の小道具は「古いアルバム」・・・>
私が中学・高校生の頃に観た映画には、歌謡映画というジャンルがあった。その中でも「日活青春歌謡映画シリーズ」の『いつでも夢を』(63年)、『高校三年生』(63年)、『美しい十代』(64年)、『二人の銀座』(67年)等々、その時代にヒットした青春歌謡をモチーフにした映画を私はほとんど観ている・・・。そんな映画をつくるについては、そのヒット曲の歌詞の中に込められているテーマをうまくスクリーン上に表現することがポイントになる。すると、『涙そうそう』ではそのポイントは・・・?
それは言うまでもなく、最初の歌詞「古いアルバムめくり・・・」の古いアルバム。子供の頃の2人の写真を収めたアルバムは、2人にとっては宝物。さて、その最大の決め手となる小道具、古いアルバムの使い方は・・・?
<エンドロールの途中で席を立たないように・・・>
この映画は幼い頃の兄妹の姿も描かれるが、高校生になった妹が大学生になるまでの兄妹愛がメイン。そこで問題は、冒頭に書いたように2人の間には血のつながりがないということ。ということは、法律上この2人は正式に結婚することもできるということだ。そして、これだけ仲の良い兄妹であれば、お互いの想いが愛情に昇華することは当然ありうるし、それが男女の関係になりうる可能性だって十分あるはず・・・。しかして映画の中でも、そんな感情がチラリホラリと・・・。
ちなみに、「私が大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになるの!」とはよく聞くセリフ(?)だが、それは少なくとも無邪気な少女時代の発言としては、100%本心のはず。そこで、この映画ではエンドロールが終わるまでは絶対に席を立たないようにすることが大切・・・。なぜなら、その後に流れるワンシーンには、かなり深い意味が込められているから・・・。
2006(平成18)年9月7日記