エンロン(アメリカ映画・2005年) |
<東映試写室>
2006年10月23日鑑賞
2006年10月24日記
売上高全米第7位の巨大企業「エンロン」に2001年に起きた事件は、全世界を揺るがし、「コーポレートガバナンス」の議論に火をつけ、「企業改革法」制定の動機となった。そんな直近の大事件を、ドキュメンタリー映画として完成させたハリウッドの底力にまずは感心!市場原理の尊重と規制緩和の必要性は当然だが、大企業の崩壊もタイタニックの沈没と同じ芽であり、所詮人間のなせる技・・・?すべての日本国民が、自分の胸に手をあてながら考え、学習すべき教訓がここにあるはず・・・。
本文はネタバレを含みます!!
それでも読む方は下の「More」をクリック!!
↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!ご注意ください!!
↓↓↓
監督・脚本:アレックス・ギブニー
原作:ベサニー・マクリーン、ピーター・エルキンド
『The Smartest Guys in the Room』
ナレーション/ピーター・コヨーテ
ケン・レイ(元会長、元最高経営責任者(CEO))
ジェフ・スキリング(元最高経営責任者(CEO))
アンディ・ファストウ(元最高財務責任者(CFO))
シェロン・ワトキンス(元副社長)
ピーター・エルキンド(原作の共同執筆者)
ベサニー・マクリーン(原作の共同執筆者)
ファントム・フィルム配給・2005年・アメリカ映画・110分
<「エンロン事件」を知っていれば、あなたはかなりの知識人!>
昨年以来のライブドア、ホリエモン騒動や今年に入ってからの村上ファンド事件、そしてダイエーをはじめとする大企業の破綻問題などを通して、日本国民が少しは経済問題や企業経営のあり方に関心を持ってきたのは喜ばしいこと・・・。2004年4月に登場した法科大学院でもその方面の勉強の必要性が痛感され、民事法研究会で私が出版した『実務不動産法講義』(2005年)と同じシリーズの『実務 企業統治・コンプライアンス講義』(井窪保彦・佐長功・田口和幸編著・2004年)が出版されている。その31頁にコラム「エンロン事件と企業改革法」があるが、エンロン事件とは「2001年12月、全米第7位の大企業であったエンロン社が、連邦破産法第11章(通称「チャプターイレブン」と呼ばれる我が国の会社更生法に相当する手続)の適用を申請して倒産した」事件。全米を揺るがしたこの事件の反省の上に生まれたのがわが国で「企業改革法」と呼ばれている「2002年サーベンス・オクスリー法(Sarbanes-Oxley Actof 2002)」だ。
日本のコンプライアンスやコーポレートガバナンスの議論は1990年代頃から始まり、近時大いに高まっているが、その理解のためにはこのエンロン事件から学ぶことが不可欠。したがって、もしあなたが「エンロン事件」を知っていれば、あなたはかなりの知識人!
<さすがアメリカ!さすがハリウッド!>
私がアメリカやハリウッドに感心するのは、そのウィングの広さと懐の深さ。つまりハリウッド映画は一方でアメコミを題材としたくだらない大作を次々とつくるが、他方では、9・11テロを直接のテーマとした『ユナイテッド93』(06年)や『ワールド・トレード・センター』(06年)をつくるところがすごい。その最たるものがこの『エンロン』で、アメリカ流の企業経営の失敗例であり、アメリカ人の恥さらしともいえる事件を真正面から取りあげる勇気はたいしたもの。
その上、この映画は2006年度アカデミー賞ドキュメンタリー部門ノミネート作品にふさわしく、エンロンの最高責任者たちや議員、弁護士、マスコミ関係者たちが素顔で登場し、ナマの言葉をぶつけてくるから、その迫力は相当のもの。日本でこんなドキュメンタリー映画をつくるのは到底不可能と思えるだけに、さすがアメリカ、さすがハリウッドと、まずはほめておきたい。
<エンロン急成長のポイントは・・・?>
エンロンは1985年に天然ガスのパイプライン会社として設立された会社だが、天然ガスや電力の販売による巨大な収益にいち早く目をつけたのがエンロンの創設者のケン・レイ。彼は、そのためには徹底した規制緩和が必要と考え、当時のブッシュ大統領やその息子であるブッシュ・テキサス州知事(現大統領)などと接触しながら、それを着々と実現していくことによって、わずか15年間で売上高全米第7位、世界で第16位の巨大多国籍企業に成長させたわけだ。
その企業経営の手法は、ライブドアのホリエモンが盛んに口にしていた株価の上昇に最大のポイントをおいた「時価総額」主義。したがって、その成長ぶりは中国の青島で1984年に生まれたハイアールが、約20年の間に冷蔵庫のシェアで世界トップの企業に成長したのと結果的には同じようだが、その内実は大きく違っているよう・・・。
<原作は?内部告発者は?>
この映画の原作は、ジャーナリストでありスクリーン上にも実名で登場するピーター・エルキンドとベサニー・マクリーンが共同で書いた『The Smartest Guys in the Room』とのこと。エンロンの心臓部は、自由市場の絶対性を信奉し、規制の撤廃を主張しながら、日々天然ガスや電力の販売にいそしむトレーダーたちだが、果たしてその中でどんな不正が行われていたのだろうか・・・?
それがエンロン崩壊の最大のテーマだが、その問題点が外部に発覚するには、内部告発者の存在が不可欠。エンロンの不正会計に気づき、ケン・レイに不正を伝える匿名のメモを書き、内部告発者となったのは、エンロン元副社長のシェロン・ワトキンス。彼が新聞記者のミミ・シュワルツと共に書いた『エンロン 内部告発者』がこの映画の重要なネタとなっているし、彼自身もスクリーン上に再三登場するので、インタビューに答える彼の話に要注目!
<3人の主人公たちの運命は・・・?>
良くも悪くもエンロンを引っ張ってきたのは創業者でCEO(最高経営責任者)のケン・レイと彼が会長に退いた後CEOを引き継いだジェフ・スキリングの2人。そしてその補助的役割を果たしたのがCFO(最高財務責任者)のアンディ・ファストウ。以上3人がエンロン事件の主人公たちだが、その運命は大きく分かれてしまった。
まずケン・レイは、2006年5月に詐欺罪や共謀の罪で有罪評決を受けたが、同年7月に心臓発作で死去。他方、アンディ・ファストウは、2004年1月98の罪に問われたが、エンロン内の調査委員会に協力し、刑務は10年に減刑され、2300万ドルの返還にも応じたとのこと。したがって、今最も注目すべきは、2006年5月に証券詐欺や共謀など19の罪で有罪評決を受け、近々量刑が言い渡される予定とされていたジェフ・スキリング。さて、その判決は・・・?
<何という偶然、映画鑑賞は判決の日!>
この評論を書いていた10月24日の夕刊は、テキサス州ヒューストンの連邦地裁が23日、エンロンの元最高経営責任者(CEO)ジェフ・スキリング被告に対し、禁固24年4カ月の実刑判決を言い渡したことを報じた。判決は同時に、被害者への賠償金として4500万ドル(約53億7000万円)の支払いを命じたが、同被告は控訴する方針とのこと。
ちなみに、米企業による一連の不正会計事件では、米通信大手ワールドコム(現MCI)の元CEOバーナード・エバース服役囚の禁固25年に次ぐ厳しい量刑となったとのことだ。
<今、エネルギー争奪戦が熱い・・・>
数カ月前の石油価格の高騰は、アメリカ経済に大きな打撃を与えるのではないかと心配されたが、何とかおさまり、アメリカの株価が1万2000ドル突破と史上最高値をつけてきたのは喜ばしい限り。もっとも、いつアメリカの景気がダウンし、株価がはじけるかという心配は尽きないが・・・。
そんな中、世界的規模で目立っているのが、石油需要の爆発的な増大を受けて、中央アジア・アフリカ・南アメリカ等全世界の産油国に手を伸ばし、経済援助と引き換えに石油のキープと石油権益の確保に躍起となっている中国の動き。また、近時経済成長の著しい(?)ロシアのプーチン政権は、「サハリン2」を舞台として天然ガスの確保に懸命。尖閣諸島の天然ガス開発をめぐる日中のせめぎ合いなどは、これだけの地球的規模のエネルギー争奪戦の前にはチョロイもの・・・?エンロン事件は資本主義社会・自由主義社会・民主主義社会アメリカの中で起こった不正事件だから、民主主義的ルールでそれなりのケリがついたが、共産党独裁下の中国やプーチン強権下のロシア(?)で、石油、天然ガス、電力などのエネルギーにまつわる巨大な利益や利権が動かされるとしたら、果たしてそこにはどんな問題が・・・?
<折りしもコンプライアンスの講演を・・・>
私は10月22日に九州工業大学の同窓会組織である大阪明専会金開部会総会で、「技術者に必要な企業倫理又はコンプライアンス」というタイトルで、1時間の講演をした。その中ではもちろん法的な問題点も解説したが、重点を置いたのは例によって(?)、「映画に見る企業のあり方、不祥事」で、①『金融腐蝕列島・呪縛』(99年)、②『CEO(最高経営責任者)』(02年)、③『県庁の星』(05年)、④『燃ゆるとき』(06年)、⑤『不撓不屈』(06年)を取りあげた。そして、そこで皆さんにお薦めしたのが、この映画『エンロン』。
日本でも大和銀行代表訴訟事件、雪印食品のBSE牛肉偽装事件、西武鉄道の総会屋に対する利益供与事件そしてカネボウの粉飾決算事件など企業の不祥事が多くなるにつれて、「コンプライアンス」や「コーポレートガバナンス」の議論が高まってきたが、その先例となったのが、アメリカにおける「エンロン事件」。長々と壇上からしゃべったり、難しい教科書を読むよりも、授業1コマ分でこの映画を観た方がコンプライアンスの勉強にはよほど効果的・・・?
2006(平成18)年10月24日記