犬神家の一族(日本映画・2006年) |
<東宝試写室>
2006年11月15日鑑賞
2006年11月18日記
90歳を超えた市川崑監督と60歳を優に超えた石坂浩二のコンビによる横溝正史文学の金字塔『犬神家の一族』が30年ぶりに製作されたが、終戦直後の犬神財閥の遺産相続をめぐる「ドロドロ殺人事件」の新鮮さは今なお健在!ただ、弁護士生活32年となった今の私には、遺言状をめぐる法的諸問題についての処理の甘さが目につくのだが・・・?
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監督:市川崑
金田一耕助/石坂浩二
野々宮珠世(たまよ)/松嶋菜々子
犬神松子(佐兵衛の長女)/富司純子
犬神竹子(佐兵衛の次女)/松坂慶子
犬神梅子(佐兵衛の三女)/萬田久子
犬神佐清(すけきよ)(松子の息子)/尾上菊之助
犬神佐武(すけたけ)(竹子の息子)/葛山信吾
犬神佐智(すけとも)(梅子の息子)/池内万作
犬神寅之助(竹子の夫)/岸部一徳
犬神小夜子(竹子の娘)/奥菜恵
犬神幸吉(梅子の夫)/螢雪次朗
犬神佐兵衛(犬神財閥の創始者)/仲代達矢
猿蔵(犬神家の雇人)/永澤俊矢
古館弁護士/中村敦夫
等々力署長/加藤武
仙波刑事/尾藤イサオ
那須ホテルの主人/三谷幸喜
はる(那須ホテルの女中)/深田恭子
琴の師匠/草笛光子
お園(松子の母)/三條美紀
東宝配給・2006年・日本映画・134分
<あれから30年・・・>
角川映画の第一弾として企画され、結果的に横溝正史ブームをまきおこしたのが、1976年に公開された『犬神家の一族』。あれから30年。再び同じ市川崑監督、石坂浩二主演で『犬神家の一族』が製作されたが、市川崑監督は1915年生まれだから90歳をこえて再び『犬神家の一族』に取り組んだことになる。また、渥美清、古谷一行、西田敏行などの金田一俳優を押しのけて圧倒的な存在感を示したのが石坂金田一だったが、彼も1941年生まれだから既に66歳になっているわけだ。しかし、摂生のおかげか、全然そんな老齢とは思えず30年前と全く同じ。石坂金田一の36歳と66歳の顔がほどんど同じであることにビックリ!
<時代は終戦直後!>
横溝正史シリーズの文庫本は、手を変え品を変えて本屋の棚に並んでいるから若者たちもよく知っているだろうが、1902年生まれの彼が推理小説を書き始めたのは、1945年の日本敗戦の直後から。その第一弾は『本陣殺人事件』(46年)で、以降『獄門島』(47年)、『八つ墓村』(49年)、『犬神家の一族』(50年)、『女王蜂』(51年)、『悪魔が来りて笛を吹く』(51年)、『悪魔の手毬唄』(57年)と次々と続いていったわけだ。したがって、ゲタばき袴姿で、長髪をボサボサかくとフケがポロポロ落ちてくるあの金田一耕助のスタイルはあえて奇をてらったものではなく、終戦直後という時代状況の下では当然のもの・・・?
美しい着物を着た松子(富司純子)、竹子(松坂慶子)、梅子(萬田久子)の三姉妹やブラウス、スカート姿がまぶしい野々宮珠世(松嶋菜々子)が登場するが、これは信州那須町にある犬神財閥の家だからこそできるぜいたくな姿。金田一耕助が泊まる那須ホテルだってホテルとは名ばかりの古びた旅館だし、謎の復員兵が泊まる商人宿・柏屋もあの時代の古い旅館。21世紀に製作された『犬神家の一族』だが、犬神家の遺産相続をめぐって血生臭い事件が次々とおきた時代は50年以上前のことだということを、しっかり認識することが必要・・・。
<印象深いのは白く浮かび上がるゴムマスク・・・>
新興勢力として1970年代に角川映画を立ち上げるについて、その第1弾に選んだのがこの『犬神家の一族』だが、それはやはりあの白く浮かび上がるマスクのインパクトが強かったため・・・。「復員兵」という言葉が登場し、戦争が終わってもまだ内地に戻ってきていない佐清や静馬のことが語られると、ああこの原作は終戦直後の推理小説なんだという実感を強くするが、その戦争の傷痕と白いゴムマスクを結びつけたのが、『犬神家の一族』が大ヒットした理由・・・。
犬神家の長女松子の一人息子佐清は、松子が言うように「世が世であればお殿様」なのだが、その佐清はお国のために戦ったことによって顔面に大ケガを負ったため、白いゴムマスクをしているというところがこの物語のミソ・・・?松子の妹たちや佐清の兄弟たちは、このマスクの男が本当に佐清かどうかわからないと疑うのは当然だから、遺言書を開封するにあたって第1の関門となったのがそれ。古館弁護士(中村敦夫)の職務上、当然ともいえる要請の前に、マスクをはがすことは認めた松子だったが、那須神社に奉納されていた佐清の手形とのつき合わせは断固拒否したから、話はややこしいことに・・・。
<コトの発端は遺言状から・・・>
この映画は、まず仲代達矢扮する佐兵衛の臨終の場面から始まる。そこで、長女の松子から「お父さま、遺言は?」と催促された佐兵衛は、布団の中から顧問弁護士の古館の方を指さしたから、仕方なく古館弁護士は「遺言書は私が預かっております」と答えざるをえないことに。その直後、佐兵衛は珠世の顔をチラッと見て息を引きとったが、さてその遺言状の中身は・・・?またそれ以上に大切なことは、それが開封されるのはいつ?その答えは、古館弁護士の言葉によると、佐兵衛翁の意思によって、佐清が復員してきた時にはじめて開封、発表されることになっているとのこと。そうすると、もしいつまでも佐清が復員してこなければその遺言状は一体どうなるの、一瞬そんな意地悪な質問をしてみたくなったが、そこはよくしたもので、小説でも映画でも行方の知れなかった佐清が小倉に復員してきたとの情報が入り、今母親の松子が佐清を迎えにいっているところ。しかし、関係者全員が信州の那須に集合しているのに、なぜ松子はいつまでも連絡をしてこないのだろうか・・・?
<遺言書の検認手続は・・・?>
昔はあまり細かいことは気にしないで漠然と映画を観ていたが、映画評論を書き始めてから、とりわけ「シネマと法律」というテーマでの本づくりをイメージし始めてからは、法律問題と直結するテーマについては、しっかりと問題意識を持って観る習慣がついてきた。その意味で、この映画では古館弁護士がおもむろにハサミで開封した遺言書を、松子、竹子、梅子の三姉妹をはじめとする関係者がそろった席で読み上げるわけだが、さてその効力は・・・?
遺言の無効確認の訴えという事件は実際にやったことがあるが、そこまでもめる事件はともかく、公正証書遺言以外の遺言書については、家督相続制度などを含む戦前からの旧民法でも「遺言書の保管者は開始を知りたる後遅滞なく之を裁判所に提出して其検認を請求することを要す。遺言書の保管者なき場合に於て相続人が遺言書を発見したる後同じ」(1106条)とされ、昭和23年1月1日に施行された戦後の新憲法を前提とした新民法でも「遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様である」(1004条)とされており、いずれも(家庭)裁判所の検認手続が不可欠とされている。しかるに、この映画では全くそれがなされていないのが、実に不思議・・・?
<さて、原作は・・・?>
この映画では、時代設定は昭和22年と明確に表示されている。したがって、私は遺言書の検認手続や開封手続についての映画の描き方を不審に思い、旧民法と新民法の違いを確認する必要性や、失踪宣告を定める民法30条第2項の「特別失踪宣告」、すなわち、「戦地に臨んだ者・・・の生死が、それぞれ、戦争が止んだ後・・・一年間明らかでないときも、前項と同様とする」という条文を確認する必要性を感じたが、さらに確認すべきは、原作では一体昭和何年という設定にされているのかということ。そこで、直ちに本棚にあった昔の文庫本を引き出して確認したところ、何と小説の一行目には「信州財閥の一巨頭、犬神財閥の創始者、日本の生糸王といわれる犬神佐兵衛翁が、八十一歳の高齢をもって、信州那須湖畔にある本宅で永眠したのは、昭和二十×年二月のことであった」と書かれてあった。つまり原作でも、新憲法の施行や旧民法から新民法への移行という微妙な時代の流れの中、あえて時代設定をあいまいにしていたというわけだ。これは横溝正史文学についての私の新たな発見・・・?
<原作でも珠世は絶世の美女!>
本来推理小説には美人を登場させる必要性は薄いが、その怪奇性を強調するためには、美人を登場さた方がより効果的・・・?そんな意図を持って横溝正史が登場させたのが、犬神家の血筋にはつながらないが、佐兵衛翁の恩人、野々宮大弐の孫娘にあたる野々宮珠世。原作では第1の「発端」に続く「絶世の美人」の項でその紹介がされているが、その美人ぶりを横溝正史は「少し仰向きかげんに、いかにも楽しげにオールを操る珠世の美しさというものは、ほとんどこの世のものとは思えなかった。少し長めにカットして、さきをふっさりカールさせた髪、ふくよかな頬、長いまつげ、格好のいい鼻、ふるいつきたいほど魅力のあるくちびるースポーツドレスがしなやかな体にぴったり合って、体の線ののびのびした美しさは、ほとんど筆にも言葉にもつくしがたいほどだった」と表現している。さて、そんな珠世を演ずるのは一体誰・・・?
そんな役柄なら誰でもやりたいだろうが、市川崑監督が選んだのは、1973年生まれの松嶋菜々子。彼女の映画デビュー作『恋と花火と観覧車』(97年)での美しさが強く印象に残っている私としては大きな異論はないが、やはり今風の「絶世の美人」といえば、やはり伊東美咲か竹内結子・・・?
<遺言状の内容は挑発的・・・?>
遺言書の開封の時期や検認手続など、弁護士の目で見ればいろいろと疑問点はあるが、それ以上に困ったのはその挑発的な内容・・・?細かいことは映画を観ていただくとして、それは、珠世が佐清、佐武、佐智の誰かと結婚することを条件として、犬神家の全財産ならびに犬神家の三種の家宝、斧、琴、菊を珠世に相続させるというもの。それを聞いた松子、竹子、梅子の顔からみるみるうちに血の気が失せていったのは当然・・・。さらに、古館弁護士が読み上げる遺言状には、もし珠世が相続権を失った場合には、佐兵衛翁が犬神製薬工場の女工、青沼菊乃(松本美奈子)に産ませた一子、静馬にも5分の2を相続させるという記載があったから、さあ大変。
松子、竹子、梅子の3人にとって憎しみの対象であった菊乃は、3人から手ひどい仕打ちを受けて屋敷から追い出されていたが、その息子の静馬は佐清と同様戦地に赴いたまま、その生死が不明だった。そんなバカな遺言があるか、と関係者一同が思ったのは当然だし、松子の口から「うそです!うそです!その遺言状はにせものです」という言葉が発せられたのも当然だったが・・・。
<推理上のポイントは猿蔵と謎の復員兵!>
この映画でまず第1に殺人事件の犠牲者となったのは、金田一への調査依頼をし、金田一を那須ホテルまで迎えにいった古館の助手の若林久男(嶋田豪)。金田一の世話をしていた那須ホテルの女中はる(深田恭子)は、そんな若林の変死体の第一発見者になってしまうことに・・・。
他方、遺言書開封後、第2の殺人事件の犠牲者は佐武。そして第3の犠牲者は佐智。さあそうなると、珠世の結婚相手は白マスクの佐清に絞られてくるが、犯人推理のポイントとなるのは、佐兵衛翁から「命にかえても珠世を守れ」と言われている不気味な男、猿蔵(永澤俊矢)と、映画中盤から突如、商人宿・柏屋に姿を現す、顔をマフラーで巻いた不気味な謎の復員兵・・・。もっとも、美しい珠世の動きもいろいろと怪しげだが、こんな美人が殺人事件を犯すはずはない・・・?
仙波刑事(尾藤イサオ)と共に事件捜査にあたる単細胞の等々力署長(加藤武)は、コトが起こるたびに「よしわかった、犯人は○○だ」と安易な結論を下すが、金田一の疑問は次々と広がるばかり・・・。もっとも、彼は彼なりにいろいろな調査をしている様子・・・。30年前に『犬神家の一族』を観た人は基本ストーリーを既に知っているはずだが、ウロ覚えの人も多いだろうから、いろいろと推理しながらじっくりと楽しみたいもの・・・。
<指紋や手形のつき合わせは、最先端の科学捜査・・・>
佐武死亡後、なぜか佐清は自分の手形をとり、那須神社に奉納されている手形と照合することを了解したため、藤崎鑑識課員(石倉三郎)の手によって、あの当時最先端ともいえる手形照合の科学捜査が・・・。さらに珠世が佐清に時計の修理を依頼したのは、明らかに佐清の指紋をとるためだから、これも一種の科学捜査・・・。そんな科学捜査を動員しながらも、犯人の特定は容易に進展せず、金田一さんもイライラ・・・。
湖の中に頭を突っ込み、両足だけ水面に浮かべるという印象的な死体が発見されたのはそんな頃。引き上げられた顔にはドロがいっぱいついていたため、一瞬佐清かと思いきや、水で顔を洗ってみると実はそれは佐智。さあ、今後の捜査の進展は・・・?
<三姉妹はさすがに存在感タップリ!>
遺言書開封の際の三姉妹の反応はさまざまだったが、佐清を守ろうとする松子の意思力の強さはさすが長女と感心させられるもの。他方、佐武を失った竹子の嘆き、佐智を失った梅子の嘆きも、その実感が十分伝わってくるもの。そりゃそうだろう、富司純子、松坂慶子、萬田久子という存在感タップリの女優が、市川崑監督の期待に応える演技をしているのだから・・・。
さて、いろいろな事件が次々と起こった犬神家だったが、遂に金田一の推理は行き着くところまで行き、犯人は特定され、その動機やその犯行態様もほぼ解明できたよう。そこで今日は、いよいよその発表会(?)だが、そこで起こった最後の悲劇とは・・・?
こんな熟女3人組と対峙しながら、犯人探しをやってきた石坂金田一も大変だったと思うが、ホントにごくろうさまでした・・・。
2006(平成18)年11月18日記