墨攻(中国、日本、香港、韓国合作映画・2006年) |
<梅田ピカデリー>
2007年2月11日鑑賞
2007年2月14日記
墨家とは?墨子とは?兼愛、非攻とは?始皇帝登場の約150年前、キリスト誕生の約400年前の中国に、こんなすばらしい思想が説かれ、実践されていたことにまず注目!また、香港の劉德華(アンディ・ラウ)をはじめ、中国・韓国・台湾の名優たちの結集にも注目!そして、日本人に必要なことは中国史のお勉強。硫黄島の勉強が終われば次はコレのはずだが、観客の少なさに唖然・・・?この映画こそ、すべての老若男女が楽しみつつ勉強できる、最高のエンタメ作品なのだが・・・。
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監督・脚本・プロデューサー:張之亮(ジェイコブ・チャン)
原作:漫画『墨攻』森秀樹、小説『墨攻』酒見賢一、漫画脚本:久保田千太郎(小学館刊)
<梁城の人々>
革離(かくり)(墨家の知将)/劉德華(アンディ・ラウ)(香港)
梁王(りょうおう)(梁の君主)/王志文(ワン・チーウェン)(中国)
梁適(りょうてき)(梁王の息子)/崔始元(チェ・シウォン)(韓国)
逸悦(いつえつ)(国王直属の女騎馬隊長)/范冰冰(ファン・ビンビン)(中国)
子団(しだん)(弓隊隊長)/呉奇隆(ウー・チーロン)(台湾)
司馬・牛子張(ぎゅうしちょう)/錢小豪(チン・シウホウ)(香港)
司徒/午馬(ウー・マ)(香港)
蔡丘(さいきゅう)(農民)/林永健(リン・ヨンチェン)(中国)
<趙軍の人々>
巷淹中(こうえんちゅう)(大将軍)/安聖基(アン・ソンギ)(韓国)
微詳(びしょう)(ベテラン将軍)/徐向東(シュウ・シアントン)(中国)
高賀用(こうがよう)(先遣隊の将軍)/洪天照(サミー・ハン)(香港)
袁羽(えんう)(異民族の奴隷)/シャーン・プライス
キュービカル・エンタテインメント、松竹配給・2006年・中国・日本・香港・韓国合作映画・133分
<三者三様の『墨攻』比較・・・>
この映画の原作となったのは、酒見賢一の書いた短編小説『墨攻』と、森秀樹が描いた同名の長編コミック。そしてパンフレットによれば、今般これを映画化するについて自ら脚本を書いた張之亮(ジェイコブ・チャン)監督は、コミック全8巻のうち3巻までの話をベースにしたうえ、映画だけの新しいキャラクターを登場させたとのこと。その象徴が紅一点の逸悦(いつえつ)(范冰冰/ファン・ビンビン)。これによって、ストーリーに多少不自然さが出たものの(?)、恋のペーストを少し含めることによって、映画としては楽しいものに・・・?
また、映画では視覚効果が大切となるため、主人公、革離(かくり)(劉德華/アンディ・ラウ)の風貌も、張之亮監督の好みによって(?)、コミックのスキンヘッドから短髪にヒゲという風貌にしたらしいが、さてその是非は・・・?さらに、穴掘り名人の袁羽(えんう)は、コミックでは怪異な風貌の人物とのことだが、映画では肌の色の違う異民族と設定したうえ、シャーン・プライスを起用したが、その風貌は実にピッタリ。小説とコミックを併せて読めば、三者三様の『墨攻』を味わうことができること確実・・・。
<これは絶対のお薦め作だが・・・?>
私は中国の歴史モノ映画『始皇帝暗殺』(98年)(BC259年頃)、『項羽と劉邦ーその愛と興亡 完全版』(94年)(BC202年頃)、『三国志<国際スタンダード版>』(96年)(AD25~196年頃)などの歴史物語が大好きだし、『国姓爺合戦』(01年)(1644年頃)、『阿片戦争』(59年)(1840年頃)などの歴史大作も大好き。また、3月3日から公開される『蒼き狼 地果て海尽きるまで』に描かれるチンギス・ハーンの歴史物語も大好き。
しかし、秦の始皇帝が燕・斉・趙・魏・韓・楚の6国を滅ぼして中国を統一したBC221年以前の春秋時代(BC770~403年)、戦国時代(BC403~221年)の歴史物語は一般的に日本人にはなじみの薄いもの。したがって、日本人作家が中国のそんな時代の、しかも墨子の教えにターゲットをあてて原作を書いたこと自体が驚きだが、それ以上に香港映画の第一人者劉德華(アンディ・ラウ)や香港人監督の張之亮(ジェイコブ・チャン)監督らがそれに興味を示したうえ、中・韓・香・台の名だたる俳優を結集させてこんなすばらしい作品がつくられたことも驚き。まあ、そうは言っても『PROMISE』(05年)を観た時のように期待を大きく裏切られることもあるので、用心しなければダメだが、この映画は期待どおりのもの。
したがって、多くの皆さんに絶対のお薦め作だが、予想外だったのは、日曜の晩という時間帯にもかかわらず、観客席がかなりガラガラだったこと。『墨攻』というタイトルや劉德華主演というだけでは日本の観客は呼べないということかもしれないが、2008年の北京オリンピックに向けて日中友好を深めていくためにも、日本人が中国の歴史を勉強して共通の話題をつくらなくっちゃ・・・?ちなみに、この映画の主人公、革離が活躍したBC370年という時代の日本は、まだ縄文時代末期という未開の国・・・。
<墨家とは?墨子とは?>
この映画のパンフレットにある、①浅野裕一氏(東北大学大学院教授)の「墨家について」、②浦川留氏の「『墨攻』をさらに楽しむための七項」、そして③来村多加史氏(奈良文化女子短期大学教授)の「戦闘シーンに満載された技へのこだわりー攻城・守城技術について」という3つの解説は、必ず熟読し勉強してもらいたいもの。ちなみに、『墨攻』の直前に観た『夏物語』(06年)のパンフレットは、1200円とバカ高いわりに内容がないのでビックリしたが、『墨攻』のパンフレットは600円で内容豊富だから、これは絶対のお薦め・・・。
孔子・孟子の儒家、老子・荘子の道家、また法家(韓非子)や兵家(孫子)は知っていても、墨子の墨家は日本ではあまり知られていないもの・・・。
上記解説①によれば、「墨家十論」とは、兼愛、非攻、天志、明鬼、尚賢、尚同、節用、節葬、非楽、非命だが、この映画で強調されているのは、その中の兼愛と非攻の2つ。兼愛とは、自分を愛するように他人を愛せという教えだから、まるで墨子が魯に学団を創設した450年後に生まれたキリストの教えと同じ・・・?さらに、非攻とは、侵略と併合は人類への犯罪という教えだから、敗戦後の日本国の国是とされてきた「専守防衛」と同義・・・?
7つの国に分かれ、互いに権謀術策の限りを尽くして争っていた春秋・戦国時代、そしてそんな活気にあふれた時代(?)だからこそ生まれた諸子百家と言われる多種多様な思想の中、ホントにそんな墨家の思想がまかり通ったの・・・?まずはそんな疑問を持って、この映画への興味を深めていこう・・・。
<梁は架空の国・・・>
この映画に登場する梁国(梁城)には、4000人の将兵や農民が生活しているという設定。また、この梁城があるのは、中国の最も北東部に位置する燕とその西方にある趙との国境付近という設定。この燕と趙の位置関係はホントだが、実は梁は実在しない架空の国(城)。
せっかく、中国の春秋・戦国時代に現実に存在した7国の合従連衡を背景とし、また現実に活躍していた墨家にターゲットをあてたのに、なぜそんな架空の国を設定したのかは原作者に聞いてみなければわからない・・・?私が思うに、その第1の理由は、陥落寸前の4000人規模の城で10万人の敵を相手にした方が、「かつてない智略に富んだ戦い」というイメージにピッタリだから。そして第2に、墨家本体から梁城が見放された(?)にもかかわらず、たった1人で登場してくる革離の活躍を浮かび上がらせるためには、この程度の規模の城邑都市が適切だったから・・・。
<劉德華の両脇には、中・韓の名優が・・・>
この映画の主役は香港の劉德華だが、10万の趙軍を率いる名将、巷淹中(こうえんちゅう)を演ずるのは、1952年生まれで子役デビューから50周年を迎えたという、韓国の国民的スター安聖基(アン・ソンギ)。彼は数多くの名作に出演しているが、近時私の印象に残っているのは、『武士(MUSA)』(01年)、『酔画仙』(02年)、『SILMIDO(シルミド)』(03年)、『デュエリスト』(05年)など・・・。ちなみに、彼は北京語の練習だけに気をとられて、役づくりに専念できなくなりそうになったため、「ある方法」をとったとのことだが、さてその方法とは・・・?
また、1度は趙軍への全面降伏を覚悟しながら、革離に軍の指揮権全般を委ねる決断を下す梁王(りょうおう)を演ずるのは、『始皇帝暗殺』と『北京ヴァイオリン』(02年)での演技が印象深い王志文(ワン・チーウェン)。革離の働きによって趙軍に勝利した後、今度は革離によって王座を乗っ取られるのではないかという疑心暗鬼の気持に陥るという複雑に揺れる梁王には、性格派俳優の王志文がまさにピッタリ・・・。
<司馬と司徒の猜疑心と嫉妬心は・・・?>
前述の解説②によると、司馬とは軍事を司る武官のトップであり、司徒とは教育・厚生などを司る文官のトップ。さらに、前漢時代には土木・民事などを担当する司空もいたとのこと。
この映画では、保守派の(?)司徒(午馬/ウー・マ)は当初から革離の採用に反対で、常にコトなかれ主義の意見を述べているのが印象的。これに対し、司馬の牛子張(ぎゅうしちょう)将軍(錢小豪/チン・シウホウ)は、軍人らしく潔い性格のようで、梁王の命令によって素直に革離の指揮下に入るが、趙軍との戦いが激化する中、次第に内に秘めていた(?)凶暴性や残忍性が表に出てきたよう・・・?
この映画が面白いのは、軍事戦だけではなく、心理戦それも趙軍との心理戦だけではなく内部の心理戦、つまり司馬と司徒の猜疑心や嫉妬心の展開模様・・・。墨家の革離としては、本来それもきちんと処理してナンボのはずだが・・・?
<梁適と子団は・・・?>
司馬と司徒は、革離に対する猜疑心や嫉妬心から外敵の趙軍が去った後、革離を敵視することになるのだが、それとは全く逆に革離の活躍を間近に見る中で、いい方向に性格が変わってくるのが梁の王子梁適(崔始元/チェ・シウォン)と弓の名人子団(呉奇隆/ウー・チーロン)。とりわけ、お世継ぎとして何でもトップになるのが当然と考えていた傲慢な梁適は、弓隊の責任者をめぐって子団と「対決」した後、次第にその性格をひん曲げていくのではなく、逆に革離に心酔していったのは意外・・・?やはり若いヤツは純真で修正が可能だということ・・・?もっともこの2人とも、革離への心酔と忠誠心が裏目に出てしまう結果となったのは気の毒だったが・・・。
<革離の防御戦には楠木正成との共通点が・・・?>
城を守って戦う場合の最大のポイントは、どれくらいの期間持ちこたえれば戦いが終わるのかということの読み。その読みがまちがっていれば、籠城戦は全く無意味になるが、その点、無理攻めをせずじっくりと落城するのを待ったのが、「毛利攻め」で高松城を水攻めにした城攻めの名手豊臣秀吉・・・?革離は、巷淹中率いる10万の将兵がこの梁城を攻めるのは、燕へ攻め込むための前哨戦にすぎないから、1カ月間辛抱して持ちこたえれば、趙軍は撤退すると読んだが、まずその読みの正否は・・・?
次に籠城戦を戦うためには、水や食料そして刀剣や弓矢の蓄えがどれくらいあるかがポイントだが、そういう数字や計算に強かったのが、秀吉の命令で朝鮮出兵の実務処理全般を指揮した石田三成。そのために「武闘派」の加藤清正や福島正則らに嫌われたのが、後日関ヶ原の戦いで石田三成率いる西軍が敗北した原因・・・?
他方、石や木材、お湯や火その他ありとあらゆるものを活用し、ある意味では武士にあるまじき戦いを展開して多数の敵から千早城を守った天才武将が楠木正成・・・?そんな私なりの知識を前提にこの映画を観ていると、BC370年に墨家の革離が採用した城の防御戦のあり方は、日本の南北朝時代(1336~1392年)の楠木正成と共通点が・・・。
<革離は逸悦の女心にどのように対応・・・?>
今や中国トップの世界的大女優は章子怡(チャン・ツィイー)。したがって、誰がその跡を継ぐかが大きな焦点だが、競争社会であるうえすごい才能がゴロゴロ転がっている中国女優陣におけるその候補者の1人が、逸悦を演じた范冰冰(ファン・ビンビン)。范冰冰は『花都大戦 ツインズ・エフェクトⅡ』(04年)で4人も登場した若手美女のうちの1人(『シネマルーム9』56頁参照)。ちなみに、そこでは下記Aと書かれていたが、それは印刷ミスだったので、ここで下記Bと訂正しておきたい。
A 「同じく女帝の密使であり大きな野望を持ったレッド(ファン・ビンビン)も、『芙蓉鎮』(87年)や『乳泉村の子』(91年)に出演した若手美女」
B 「同じく女帝の密使であり大きな野望を持ったレッド(ファン・ビンビン)も、『芙蓉鎮』(87年)や『乳泉村の子』(91年)で有名な謝晋(シエ・チン)監督が開校した謝晋明星学校で演技を学んだ若手美女」
その范冰冰の美女ぶりはこの映画でもますます磨きがかかっているうえ、りりしい甲冑姿の他さまざまなファッションの彼女を見ることができるのが大きな楽しみ・・・?それはともかく、原作にはない美しき女騎馬隊長、逸悦を登場させ、革離とのさまざまな心理的葛藤を描いたことによって、映画としてのテイストはより面白いものに・・・。もっとも、趙軍に大勝した後、たくさんの人間を殺したと悩んでいる革離のところに忍んできた(?)逸悦が、いきなり服を脱ごうとするシーンはちょっと気が早すぎるのでは・・・?さて、司馬や司徒の猜疑心や嫉妬心をうまく処理することができなかった墨家の革離は、逸悦の恋心にどのように対応し、また自分の気持をどのように処理することができるのだろうか・・・?
<攻城・守城の面白さその1>
『HERO(英雄)』(02年)における秦軍の一糸乱れぬ行軍と城攻めは美しかったが、これはあえて現実味を殺し、様式美に観客の目を集中させたもの・・・。それに対し、『タイムライン』(04年)における、中世ヨーロッパ史上有名なラ・ロック・キャッスルの攻防戦は、CGではなくすべてフルスケールで建てられた城のセットによるもので、圧巻だった(『シネマルーム4』82頁参照)。そして、この『墨攻』における梁城の攻防戦も、それに勝るとも劣らない大迫力と面白さ・・・。
弓矢の能力や刀剣の種類・能力等については、前述の解説③に詳しく書かれているのでそれを参照してもらいたいが、私が特筆したいのは、革離が甕城(おうじょう)を築くことを強く主張し、これを実現させたこと。甕城とは「城門を強化するため、門外にもう一重めぐらせた小さな城」のことで、1614年の大坂冬の陣の際、真田幸村が築くことを強く主張して実現した小城砦(出城)としての真田丸とは狙いは違うものの、その最終目標は同じ・・・?もちろん、その効果的活用のためには名指揮官が必要だから、これを活用したすばらしい戦いぶりは、大きなスクリーンの上でじっくりと・・・。
<攻城・守城の面白さその2>
他方、圧倒的な数による火矢による炎上を防ぐために革離が活用したのが家畜の糞だが、これってホントに消火効果があるの・・・?また城内に引き入れた敵兵の上から、油入りの大甕を落して焼き殺すという戦術は残酷だが、これは楠木正成も現実に採用していた戦法(?)だから、これはホント・・・?
他方、映画後半、革離を追っ払った梁王が油断している間に、じっと潜んでいた巷淹中率いる1000人の趙兵が熱気球を使って城内に侵入してくるシーンがある。これは「空の神兵」と呼ばれた、太平洋戦争初期の1942年1月から2月にかけて、パレンバンへ空から降下した大日本帝国陸軍の落下傘部隊を彷彿させる名シーンだが、これは明らかにインチキ・・・?
さらに、穴掘り名人の異民族の大男袁羽は、当初趙国の奴隷として梁城を攻める時の穴掘りに大いに貢献したが、梁城から追放された革離を助けたことによって、今度は再び革離の命令によって梁城を水攻めにするため、地下水脈を集中させることに成功・・・。こりゃすごい戦法だが、秦の始皇帝廟や兵馬俑で明らかなように、たしかにあの当時の中国の土木技術はすごく発達していたが、それにしても、たった1人の力でとてもそこまではムリ・・・。したがって、スクリーン上に登場するさまざまな攻城・守城の技術についても、その真贋をあなたの目でちゃんと見抜かなければ・・・?
<革離は勝ったの?それとも敗れたの?>
この映画前半のエンタメ性はピカイチだが、後半はかなり哲学的で難解・・・?戦争は、勝っても地獄、敗れても地獄とは言うものの、やはり敗れるよりは勝った方がいいに決まっている・・・?しかして、革離はその智略によって約束通り趙軍10万の大軍を撤退させたのだから勝ったはずだが、それによって一体何の問題が、どのように解決したのだろうか・・・?むしろ、革離の追放、革離の支持者への弾圧と事態は悪化・・・?そのうえ、巷淹中率いる1000名の将兵の奇襲によって、遂に梁城は巷淹中の手に・・・。
さあそんな場合、墨家の教えではどうなるの・・・?そして、革離のとるべき行動は・・・?映画後半の革離の行動については、さまざまな評価が下されるはずで、容易にどれが正解かわからないのでは・・・?そして多分、革離自身もわからなかったのでは・・・?
しかして、始皇帝によって他の6国が征服され、秦帝国が成立したBC221年、墨家は忽然とその姿を消していた・・・。これぞ壮大な歴史的ミステリー・・・?
2007(平成19)年2月14日記