フリージア(日本映画・2006年) |
<テアトル梅田>
2007年2月24日鑑賞
2007年2月26日記
近未来の日本。そこは戦時体制下にあり、秘かに瞬間凍結爆弾の実験が・・・。他方、数十年前に制定された「犯罪被害者支援法」の発展形である「敵討ち法」も施行されていた・・・。そんな面白い発想の原作を、劇画風に映像化したのがコレ。敵討ちの執行場面が3度登場し、その都度同法の理解と問題意識が深まっていくことに・・・。エンディングは多少物足りないが、アホバカバラエティーに馴れた頭をヤバい現実に切り換えるきっかけには十分・・・?
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監督:熊切和嘉
原作:松本次郎『フリージア』(小学館刊)
叶ヒロシ(執行代理人)/玉山鉄二
岩崎トシオ(岩崎恒夫の息子、敵討ち対象者)/西島秀俊
ヒグチ(執行事務官)/つぐみ
溝口(ベテラン執行代理人)/三浦誠己
岩鶴(新人執行代理人)/嶋田久作
山田一郎(執行代理人)/柄本佑
シバザキ(トシオの整備工場の同僚)/竹原ピストル
隅川栄一(ヤクザ幹部、敵討ち対象者)/鴻上尚史
ナツミ(敵討ち対象者の妻)/坂井真紀
幽霊(業界最強の警護人)/大口広司
岩崎恒夫(元軍幹部)/すまけい
シネカノン配給・2006年・日本映画・103分
<面白い発想に感心 その1>
「敵討ち執行代理人」の叶ヒロシ。彼は、松本次郎が月刊『IKKI』(小学館)に連載中の原作『フリージア』の主人公だ。この単行本は現在8巻まで発売中で、それを大胆に映画化したのが熊切和嘉監督。
敵討ち執行代理人という職業が成立しているのは近未来の日本で、その法的根拠は、一定のルール下で犯罪被害者遺族が加害者に対して復讐できるという法律、「敵討ち法」だ。これは、近時注目されてきた犯罪被害者支援のあり方と2000年5月に成立した「犯罪被害者保護法」、そしてこれらの諸施策の延長線上にある考え方が結実したもの・・・?
この敵討ち法には、①申請から執行までの流れ、②敵討ちのルール、そして③対象者がルール違反を行う恐れがある場合に適用される特例措置、が定められている。その詳細はパンフレットを勉強してもらわなければならないが、映画を理解するために最低限必要な概念は次の3点。すなわち、①被害者の委任を受けて加害者への敵討ちを行うのが執行代理人で、3名まで可。②執行代理人は執行代理人事務所に所属し、一定の免許が必要。③対象者は身辺警護人を2名までつける権利があり、国選制度もある。
弁護人はもちろん、刑事裁判制度に興味を持つ人たちにとっては何とも面白い発想に感心!
<面白い発想に感心 その2>
「敵討ち法」だけでも面白い発想だが、この映画(原作)は、その法律が成立したのは「治安の悪化した戦時下の日本」という前提としたから、さらに一層社会問題性が増幅することに・・・。もっとも、①なぜ治安が悪化したのか?②日本は誰と戦っているのか?③スクリーン上には軍人が行進している姿が登場するが、この時日本は既に徴兵制になっているのか?④その時、日本国憲法の第9条はどのように改正されているのか?などの諸点については何も回答していないが、それはやむをえない・・・?
この映画が面白いのは、原作にもないという「フェンリル計画」と、その前提として生物の細胞を一瞬にして凍結させるという瞬間凍結爆弾なるものを創設した(デッチあげた・・・?)こと。そして、××年その試作品が完成し、実用化に向けた対人実験プロジェクトとして、ある山の中に集められた30名の戦災孤児たちに対してそれが投下されたという恐ろしい状況設定をしたこと・・・。
本来、敵討ち法は刑法上の「個人的法益に対する罪」を対象にしているものだが、軍内部でも非人道的と非難を受けたこのフェンリル計画の実施は、犠牲となった戦災孤児たちの個人的法益に対する罪であると同時に、「社会的法益及び国家法益に対する罪」でもあるはず。したがってこの場合、敵討ち法がどのように適用されるのかは法的には難しいのでは・・・?しかしまあ、そういうややこしい話は別として、このプロジェクトの最高責任者であった岩崎恒夫大佐(すまけい)の息子である岩崎トシオ(西島秀俊)が、孤児たちの引率及び現場警備をしていたため、今は動けない父親に代わってトシオが敵討ち法のターゲットにされたところが、またこの映画の発想の面白いところ・・・。
<キーウーマンは執行事務官のヒグチ>
2月25日(日)の『サンデープロジェクト』で、司会の田原総一朗は、教育再生会議の山谷えり子首相補佐官と、大田弘子経済財政政策担当大臣の2人をゲストに迎え、教育再生と経済財政のリーダーシップをとるのが2人とも女性であることをさかんに強調していたが、この映画でも、敵討ち法の執行について中核となるのは、「カツミ敵討ち執行代理人事務所」の執行事務官ヒグチ(つぐみ)。映画の冒頭に登場するある敵討ち執行の現場で、自信タップリの先輩の溝口(三浦誠己)と下っ端の山田(柄本佑)に同伴し、初任務ながら無表情で見事にその執行を完了した叶ヒロシ(玉山鉄二)に注目したのがヒグチ。
民間経営しているカツミ執行代理人事務所の経営状態がどうなっているのかは、弁護士大量増員時代を迎え、近い将来食っていけない弁護士が登場するであろうと予測される今、近未来の弁護士にとっては大いに興味のあるところだが、そのテーマはこの際おいておこう・・・?このカツミ事務所の様子を見る限り、かなりたくさんの案件を処理しているようだが、なぜかヒグチもヒロシと同じようにクール。そして、顔だけでなく会話のトーンも無表情なのが気になるところ。それは、映画全体を通して統一されているスクリーンの色調の暗さもあるが、どうもそればかりではなさそう・・・?
<第2の執行事例は特例措置で・・・>
映画ではナレーションや字幕を使って敵討ち法の説明をすることは可能だが、それでは「芸がない」と言われる(?)ため、熊切監督は映画冒頭の執行場面に加えて、ヤクザの隅川(鴻上尚史)に対する敵討ち法の執行を特例措置の適用事例として描くというサービス心を見せている・・・?敵討ち法では、通常敵討ちは対象者の居住地で行われるが、執行前や執行中に妨害する可能性のある者に関しては、特例措置として人気のない指定地域に場所を移し、軍の監視下のもとで行うとのこと。なるほど、なるほど・・・。
執行対象者は、自ら雇った身辺警護人と共に執行代理人たちを返り討ちにすればいいわけだが、この隅川はヤクザであるにもかかわらずダラしない男で、オタオタするばかり・・・。ところが、なぜかヒグチが隅川の身辺警護人として推薦したのは、業界で最も恐れられている通称幽霊(大口広司)と呼ばれている男。彼はかなりの老人で一見頼りなさそうだが、実は影のように素早く動く能力の保持者だったから、拳銃さばきに自信を持つヒロシも翻弄され、背中をグサリと・・・。しかし、「痛みを知れ」と言いながらさらにナイフを突き刺してくる幽霊に対して、ヒロシは敢然と反撃の一発を・・・。
<ヒロシに感覚がないのはなぜ・・・?そしてヒグチは・・・?>
ヒロシの頭の中に、時折幻覚となって現れてくる少女がいた。それは今から15年前、少年兵だったヒロシが30人の子供たちを山の中に連れて行き、写生の道具を渡した後、上官のトシオを追って山の中から離脱していた時、突如後方で起こった瞬間凍結爆弾の爆発。これによって一瞬にして山の中はすべて凍りつき、至るところに子供たちの凍死体が・・・。その時、1人だけ離れた場所にいて被爆を免れた少女を救おうとしたのがヒロシだったが・・・。
ヒロシが幽霊から背中を切られても痛いという感覚が全くないのは、その時の後遺症・・・?そして今、無表情に話すヒグチが、執行通達書を偽造してまで第3のターゲットと定めたのは、15年前の瞬間凍結爆弾の人体実験で戦災孤児たちを犠牲にした、あの時のヒロシの上官岩崎トシオだった。それはなぜ・・・?するとひょっとして、あの時の少女は今・・・?
<いよいよヒロシVSトシオの対決だが・・・>
ヒグチから次の執行対象者がトシオであると聞いたヒロシは、執行の前日トシオと15年ぶりに再会し、自分が明日執行代理人として赴くこと、そしてあの時の後遺症で自分には感覚がないことを告げるとともに、いくつかの微妙な会話を・・・?
そして執行当日には、さまざまなドラマが・・・?しかし結局、ヒロシは逃げるトシオを追跡しやっと銃を向け合ったにもかかわらず、トシオの目から涙が流れるのを見て思わず銃口を下げてしまったが、それは一体ナゼ・・・?ここらあたりは、15年前の上官VS部下、そして現在の執行代理人VS執行対象者という立場の相違を含め、さまざまの微妙な感情が交錯する名場面なので、その意味合いについてはあなた自身の目でしっかりと確認してもらいたいもの・・・。
<ヒグチへの射殺命令は・・・?>
トシオへの執行は、ヒロシとトシオの対決のみならず、それに執行代理人として登場した溝口や、執行代理人の仕事に疑問を持ち、今回は警護人の立場で登場した山田たちを巻き込む大パニックとなったが、それはすべて、ヒグチによる執行通達書の偽造が原因。
近未来の日本の刑法がどうなっているのか知らないが、公文書偽造は重罪のはず。そして、ヒグチによる執行通達書の偽造は、裁判官の判決文の偽造をはるかに超えていわば法務大臣の死刑執行書の偽造のようなものだから、ムチャクチャ重い犯罪であるのは当然。
したがって、この映画のストーリーでは、ヒグチに対して射殺命令が下り、国家から派遣された射殺班がヒグチに迫ってくることに・・・。ところが、ここで射殺班を逆に射殺し、ヒグチを救出したのがヒロシ。そしてここで、ヒロシがヒグチに言うのは「ヒグチさん、すべてが終われば、あの場所に行ってみませんか?」ということだが、それはなぜ・・・?
それに同意したヒグチは今1人、あの山の中に向かい、大きな木の前に立っていたが、果たしてそこにヒロシは現れるのだろうか・・・?もちろん、ヒロシはそこに行くつもりだろう・・・。しかし、ヒロシにはまだトシオと最後の決着をつけるという大仕事が残っているのでは・・・?
いろいろと複雑で難しい問題点がいっぱいだが、見どころは十分。じっくりと考えながらご鑑賞を・・・?
2007(平成19)年2月26日記