百年恋歌(台湾映画・2005年) |
<試写会・シネマート心斎橋>
2007年3月14日鑑賞
2007年3月15日記
台湾で最も有名な侯孝賢(ホウ・シャオシエン)監督の最新作をやっと観ることができて大感激!舒淇(スー・チー)と張震(チャン・チェン)の2人が3話のオムニバス形式で紡ぐ物語はいずれも男女の恋だが、侯孝賢監督の視点の独創性は誰にも真似ができないもの。とりわけ、第2話がサイレント映画とされていることにはビックリ!静かな分、同じ台湾の鬼才蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督や韓国の鬼才キム・ギドク監督の作品と同じように音や音楽が大切だが、いうまでもなくそれも絶品!あなたの目が131分間スクリーンに釘付けになることまちがいなし。多くの日本人がこんな映画をきちんと観て、勉強してもらいたいものだが・・・。
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監督:侯孝賢(ホウ・シャオシエン)
1966年『恋の夢』
秀美(シウメイ)/舒淇(スー・チー)
青年/張震(チャン・チェン)
秀美の母/狄玫(ディ・メイ)
ビリヤード場の女主人/廖淑珍(リャオ・シュウチェン)
春子(ハルコ)/陳詩姍(チェン・シーシャン)
ビリヤード場の女の子/李佩軒(リー・ペイシュアン)
1911年『自由の夢』
芸妓/舒淇(スー・チー)
客/張震(チャン・チェン)
老女将/梅芳(メイ・ファン)
女将/狄玫(ディ・メイ)
妹芸妓/陳詩姍(チェン・シーシャン)
2005年『青春の夢』
靖(ジン)/舒淇(スー・チー)
震(チェン)/張震(チャン・チェン)
靖の母/廖淑珍(リャオ・シュウチェン)
BLUE/陳詩姍(チェン・シーシャン)
MICKY/李佩軒(リー・ペイシュアン)
プレノンアッシュ配給・2005年・台湾映画・131分
<2・28事件とは?『悲情城市』とは・・・?>
1945年8月15日の日本敗戦を受けて、中国から日本軍を追い払ったものの、その後中国本土は国民党と共産党の内戦に明け暮れた。その内戦に敗れ台湾に逃れた国民党、すなわち戦後中国から台湾に渡ってきた外省人である国民党が、1947年2月28日、戦前から台湾に住んでいた住民(本省人)たちの抗議運動に対して、武力で弾圧した血なまぐさい事件が「2・28事件」。
これによって、戦前から戦中の日本統治下で日本流の教育を受けてきた多数の知識人も逮捕・処刑され、その犠牲者は推定1万8千人~2万8千人とされている。そして、それを描き多数の賞を受賞した名作『悲情城市』(89年)は、侯孝賢(ホウ・シャオシエン)監督の代表作。
<はじめて観た侯孝賢監督作品>
2007年2月4日、台湾の蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の『楽日』(03年)と『西瓜』(05年)をはじめて観てビックリしたのに続いて、今日は台湾で最も有名な監督侯孝賢の作品をはじめて観ることができた。
2001年から映画評論を書き始めた私は、コトあるごとにこの侯孝賢監督と『悲情城市』の話を聞かされてきたが、残念ながら今日までまだそれを観ていない。また、2003年に公開された一青窈が出演した『珈琲時光』も見逃したまま・・・。そんな中、今回はじめて侯孝賢監督の作品を観ることができた。
その結果は以下のとおり大満足。近時の何百本と公開されている「商業映画」とは全く異質の、「これぞ映画!」と感じさせてくれる美しい映像が、何とも美しい音楽の流れとともに、スクリーン上を流れていった。静かにスクリーンに集中した131分。侯孝賢監督、ありがとう!
<邦題VS原題、どちらがピッタリ・・・?>
侯孝賢監督の前作『珈琲時光』は原題と邦題が全く同じだったが、今回は『最好的時光』という原題に対して、邦題は『百年恋歌』に。この映画は①1966年、②1911年、③2005年という3つの時代における若い男女の恋心を綴る映画だから、『百年恋歌』という邦題もよく工夫された日本語への名訳・・・?しかし、映画をよく観察し、プレスシートに書かれた侯孝賢監督の思いを読むと、恋愛はたしかにストーリーの骨格を形づくっているものの、監督が真に描きたかったものは夢、そして人間の心の中に刻まれた記憶・・・。
もっとも、まさか1911年の記憶を今の人間が持っているはずはないから、1966年の記憶が侯孝賢監督がこの映画製作を思いついた出発点だが、3部作のオムニバス形式としているこの映画に共通する基盤は夢。そして物語のテーマは、当然男女の恋だ。さて、①1966年『恋の夢』、②1911年『自由の夢』、③2005年『青春の夢』に登場する、夢と男女の恋の行方は・・・?
<やはり自分の国で・・・>
①ビリヤード場につとめる女性、②遊廓の芸妓、③不毛な都会に生きる歌手、という3人の女性を演ずる舒淇(スー・チー)は、この映画で2005年台湾電影金馬奨最優秀主演女優賞を受賞したが、それは当然と納得させてくれる演技を展開している。
私が彼女をはじめて観たのは、リュック・ベッソン製作の『トランスポーター』(02年)。そして私はその評論で、「この美女ライを演じるのは舒淇(スー・チー)。台湾生まれのベッピンさんだ」「どうもこの手の映画は私は面白くない。(中略)せいぜい台湾の女優は可愛かったなという程度の印象しか残らない」と書いた(『シネマルーム2』188頁参照)。監督にしても俳優にしてもハリウッド進出の夢を持つのは当然で、張藝謀(チャン・イーモウ)監督や陳凱歌(チェン・カイコー)監督そして中国を代表する美人女優章子怡(チャン・ツィイー)など、中国(本土)からハリウッドに進出して大成功した例や、アン・リー監督のように台湾からハリウッドに移って大成功した例も多い。しかし、フランスのリュック・ベッソン製作の『トランスポーター』における舒淇はあくまで添えモノ的存在・・・。
そう考えると、やはり自分の国で、自分の国の監督や俳優たちと共に立派な作品をつくるのが1番。まずはそんな初心に戻って、舒淇には自分の国の映画で女優としての才能をさらに発揮してもらいたいものだが・・・。
<張震の名演技もタップリと・・・>
目につく女優の名前はすぐに覚えるのに対して、男優の名前の覚えが悪いのが私の致命的な欠陥だが、それは根がスケベ親父だから仕方ない・・・?そんな性分のおかげで、ウォン・カーウァイ監督の『ブエノスアイレス』(97年)、『2046』(04年)、『愛の神、エロス』(04年)やアン・リー監督の『グリーン・デスティニー』(00年)などで何度も顔を観ているのに、はっきりと覚えていなかった男優が張震(チャン・チェン)。彼の次回作は、田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)監督の『呉清源』だが、その映画の情報は既に私の頭の中に十分インプット済み。したがって、次回作は余裕と親しみをもってこの張震をスクリーン上で観ることができるはず・・・。
そんな張震はこの映画では、①兵役を控えた若者、②若き革命文士、③孤独な都会のカメラマンを熱演。渡辺謙の30代を彷彿させる雰囲気を少しもった(?)この若者の、静かな名演技をタップリと・・・。
<第1話 1966年『恋の夢』 これこそ侯孝賢監督の夢>
この映画については、言葉を連ねたストーリー紹介やさまざまの形容詞を使って絶賛する評論は全く不要。場合によればそれは有害ですらあるかも・・・?したがって、いつもはたくさん書いてしまう傾向が強い私の評論だが、今回のそれはホンの最小限に。
そこで、1966年の第1話。前半の舞台は高尾にあるビリヤード場で、ここで働く女性秀美(シウメイ)と兵役を控えた若者との恋を描くもの。もっとも後半は、高尾の店を辞めた秀美の足跡を若者が追いかけていくロード・ムービーになる(?)とともに、『煙が目にしみる』など1960年代のオールディーズのナンバーが満載。さらに、私たちの世代には何とも懐かしい『星は何でも知っている』のカバー曲が流れてくるから、それにも注目を・・・。
侯孝賢監督は若い頃ビリヤードをするのが好きで、「心に浮ぶのは、いつもビリヤード場で流れていた『煙が目にしみる』の曲の断片だ」とのこと。そんな自分の夢をそのまま映画に表現することができるのだから、映画監督ってホントにいい仕事・・・?
<第2話 1911年『自由の夢』 サイレント映画とは!>
何の予備知識も持たずにこの第2話を観ると、俳優の口が動いているのにセリフが出てこないことにビックリするはず。ひょっとして機器の故障、そう思うとスクリーンには、突然漢字だけが登場・・・。そう、第2話は何と、『街の灯』(31年)や『チャップリンの独裁者』(40年)などのチャップリン映画でお馴染みの、サイレント映画なのだ。
第2話では、舒淇は遊廓の芸妓。そして張震はそこに通う若き文人だが、1911年の辛亥革命直前の動乱の時代を生きているだけに、この若者は師の教えに従って革命運動に従事している様子・・・。そんな中、遊廓の女将(狄玫/ディ・メイ)や老女将(梅芳/メイ・ファン)が絡みながら、芸妓の義理の妹(陳詩姍/チェン・シーシャン)の身請け話が展開されていくが、肝心の芸妓は・・・?
ストーリー展開の中バックに流れる静かなピアノ曲は、即興で演奏されたとのこと。またサイレント映画ながら、芸妓が切々と唄う歌だけは音として流れてくるが、これは福建省泉州に発祥し台湾に伝わってきた『南管』と呼ばれるものとのこと。美しい映像と相まって、あなたの目がスクリーン上に注目させられること請け合い。たまにはこんなサイレント映画もホントにいいもの・・・。
<第3話 2005年『青春の夢』 はじめてベッドシーンが・・・>
第3話は、後ろに靖(ジン)を乗せてバイクを疾走させる震(チェン)の姿からスタートする。物語の進行につれて明らかになるのは、靖は歌手で、震はそのファンのカメラマンということだが、この2人が惹かれあっていく様子が実に興味深い。ところがヤバイのは、震にはBLUE(陳詩姍/チェン・シーシャン)という彼女が、そして靖にもMICKY(李佩軒/リー・ペイシュアン)という同性の恋人がいたこと。そのため、都会の中で孤独で不毛な現代を生きている若者たちの恋の行方と生態は・・・?
蔡明亮監督の『西瓜』における生々しいセックスシーンには度肝を抜かれたが、侯孝賢監督の『百年恋歌』では、第3話になってやっとキスシーンやベッドシーン(?)が登場する。その露出度は小さいものの、カメラワークの鋭さや色彩のつけ方などによって2人の欲情が生々しく伝わってくるから不思議なもの・・・。そんなスケベ心も満たしつつ、あなたも侯孝賢監督の世界に浸り込むことまちがいなし。
近々公開予定の、韓国のキム・ギドク監督の最新作『絶対の愛』と対比・検討して、天才・奇才の頭の中をたどってみるのも面白いのでは・・・?
<台湾旅行のお薦め>
私は2005年3月はじめて台湾旅行へ行き、台北・台中・台南・高雄などを訪れた。そのおかげで、この映画に登場する地名や舞台も少しは近親感がある。もっとも、第1話後半の舞台は点々と移動するから全くわからないが、それがわかればもっといいはず・・・。台湾は九州と同じくらいの大きさ。したがって、どこへ行っても広大を痛感させられる中国本土とは異なり、大きさの感覚がホントに日本と同じ。侯孝賢監督の名作を理解し、親しみをもつためにも是非1度は台湾旅行を・・・。
<撮影と録音のスタッフにも注目!>
よほどの映画通でもなければ、カメラや録音などの技術の責任者まで興味をもつことはないだろうが、例えば衣装においては国際的に大活躍している日本人の和田エミは超有名。
映画づくりにおいて撮影は最も大切な技術で、陳凱歌監督の『黄色い大地』(84年)や『大閲兵』(85年)で張藝謀が撮影を担当していたことは有名な話。そして、この映画を撮影している李屏濱(リー・ピンビン)も超有名。李屏濱の撮影で最も印象深いのは、何といってもウォン・カーウァイ監督の『花様年華』(00年)(『シネマルーム5』250頁参照)だが、その他にも田壮壮監督の『春の惑い』(02年)(『シネマルーム5』118頁参照)や行定勲監督の『春の雪』(05年)(『シネマルーム9』356頁参照)などで、私もその撮影に注目していたもの。
他方、この映画の大きなポイントは「音」だが、アジア映画随一の録音技師として、『悲情都市』以降侯孝賢監督の全作品の録音を手がけてきたのが杜篤之(ドゥー・ドゥージ)。ちなみに、彼はウォン・カーウァイ監督の『2046』や蔡明亮監督の『楽日』『西瓜』などにも参加しているとのこと。台湾は面積が小さいという理由もあるが、やはり一流の才能を持った人間は互いを呼び合うということか・・・。こんな撮影と録音について最高の技術を持った人物の協力を得て、侯孝賢監督が思い切り腕を振るえたのがこの『百年恋歌』ということだ。
2007(平成19)年3月15日記