長江哀歌(ちょうこうエレジー)(中国映画・2006年) |
<東宝東和試写室>
2007年7月27日鑑賞
2007年7月28日記
2006年の第63回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、中国でも盛大に公開された、第6世代監督の旗手、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の『長江哀歌』が、遂に日本でも・・・。水墨画に描かれる三峡の長江下りは観光客の憧れの的だが、三峡ダムが建設されると・・・?山西省から古都奉節(フォンジェ)を訪れた、2人の男女の主人公が織りなす罰別の物語の中、水没していくまちは、どのように人々に記憶されていくのだろうか・・・?2009年の三峡ダム完成を控えて、今あらゆる分野で激変している中国の政治・経済や環境行政をにらみながら、じっくりとこんな名作を味わいたいものだ。
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監督・脚本:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)
沈紅(シェン・ホン)(山西省の看護婦)/趙涛(チャオ・タオ)
韓三明(ハン・サンミン)(山西省の炭鉱夫)/韓三明(ハン・サンミン)
王東明(ワン・トンミン)(郭斌の友人)/王宏偉(ワン・ホンウェイ)
郭斌(グォ・ビン)(沈紅の夫)/李竹斌(リー・チュウビン)
幺妹(ヤオメイ)(三明の妻)/馬礼珍(マー・リーチェン)
小馬哥(マーク)(街のチンピラ)/周林(チョウ・リン)
ビターズ・エンド、オフィス北野配給・2006年・中国映画・113分
<全く無関係の2つの物語が・・・>
この映画の主人公は、山西省から奉節(フォンジェ)へやって来た2人の男女だが、実はこの2人は全く無関係で、全く別の2つの物語が展開していく。その1つは、16年前に別れた妻幺妹(ヤオメイ)(馬礼珍/マー・リーチェン)を探すため、奉節にやって来た山西省の炭鉱夫韓三明(ハン・サンミン)(韓三明/ハン・サンミン)の物語。続くもう1つは、同じく山西省から、2年間音信不通となっている夫郭斌(グォ・ビン)(李竹斌/リー・チュウビン)を探すため奉節にやって来た沈紅(シェン・ホン)(趙涛/チャオ・タオ)の物語。
賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督は、この全く無関係なサンミンの物語とシェン・ホンの物語を同じ奉節を舞台として展開させていくことによって、三峡ダムの建設で沈んでいくまちにおける人間の営みのはかなさを、古来より山水画の題材として描かれてきた壮大な長江の風景の中で描こうとしたわけだ。したがって、原題の『三峡好人』もいいが、これぞまさに長江哀歌(エレジー)だから、邦題も実にピッタリ!
<白帝城は・・・?蜀の国は・・・?>
『長江哀歌』は、カトリーヌ・ドヌーヴが審査員長を務めた2006年の第63回ベネチア国際映画祭で金獅子賞(グランプリ)を獲得した映画だが、カトリーヌ・ドヌーヴは「金獅子賞を決めるのに時間はかからなかった」と発言しているとのこと。
この映画の中では、長江・三峡を下る際に歌われたという李白の七言絶句の詩「早発白帝城」が「朝(あした)に辞す 白帝 彩雲(さいうん)の間 千里の江陵(こうりょう) 一日にして還る 両岸の猿声 啼いて住(や)まざるに 軽舟(けいしゅう) 已(すで)に過ぐ 萬重(ばんちょう)の山」と語られる。しかしこれは、李白、杜甫、白居易ら中国唐の時代の有名な詩人の詩や三国志の物語、とりわけ蜀という弱小国の都成都や、劉備玄徳が最後に住んでいた白帝城の知識がなければ、なかなか理解できないはず。
しかして、フランス人のカトリーヌ・ドヌーヴは、さすがに中国の歴史や文化について十分な知識と教養をもっていたからこそ、この映画の良さを瞬時に感じとったのだろう・・・。
<第5作目の中国公開は・・・?>
中国第6世代監督の旗手、賈樟柯監督の作品は、『一瞬の夢』(98年)、『プラットホーム』(00年)、『青の稲妻』(02年)、『世界』(04年)そして今回の『長江哀歌』だが、私が観たのは『青の稲妻』(『シネマルーム5』343頁参照)と『世界』(『シネマルーム9』174頁参照)の2作のみ、もっとも、『一瞬の夢』『プラットホーム』『青の稲妻』は中国での上映が許可されていなかったから、中国人民も劇場で観ている人はほとんどいないのでは・・・?
しかし、処女作の『一瞬の夢』から既に国際的に高い評価を受け、張藝謀(チャン・イーモウ)監督に続いてベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したとなれば、中国国内でもその実力を評価せざるをえなくなったのは当然。そこでプレスシートによれば、『長江哀歌』は2006年12月14日中国各地で劇場公開されたとのこと。また、その2日前には賈樟柯の故郷、汾陽(フェンヤン)で盛大なプレミア上映会が行われ、人々は地元が生んだ英雄を熱狂的に迎えたとのこと。さらに4月20日、香港で開催された「アジアン・フィルム・アワード」は賈樟柯を2006年のアジア最優秀監督に選出。北京電影学院の卒業製作として16mm作品『一瞬の夢』を監督してから10年。賈樟柯は名実ともにアジアを代表する映画作家となったというわけだ。
<これを機会に、土地計画法と土地収用法に関心を!>
私の弁護士としてのライフワークは、都市計画。しかし、都市計画という言葉は多義的であるうえ、都市計画法にいう法律概念としての「都市計画とは何ぞや?」ということの理解がまず難しい。
都市計画法上の「都市計画」は時代の推移とともに増えてきたが、もともとは①市街化区域と市街化調整区域、②地域地区、③都市施設、④市街地開発事業の4つ。すなわち、道路をつくる、空港や橋をつくる、そしてダムをつくるということが、この都市計画に該当するわけだ。
他方、これらの都市計画を行うにあたっては最終的に土地を収用しなければならないケースがあり、その場合に適用されるのが土地収用法というもっとも強権的な法律だ。日本では憲法を大前提とし、1968~70年における近代都市法の成立以来、このような都市計画法を核とした都市法の体系が曲がりなりにも存在したが、中国共産党の一党独裁下の中国(中華人民共和国)は日本とは大違い。日本の黒部第4ダムの約53倍となるバカでかい世界最大の三峡ダム建設のため、移住を強いられる130万人の住人たちは、一体どんな補償を・・・?また、トコトン破壊され水没してしまう2000年の歴史ある古都奉節の記憶は、どのように人々の心に・・・?
<蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督のミューズは・・・?賈樟柯監督のそれは・・・?>
韓国の天才キム・ギドク監督は出演者を作品ごとに変えているが、台湾の天才蔡明亮監督のミューズは、『西瓜』(03年)、『楽日』(03年)に見るように陳湘琪(チェン・シャンチー)。これと同じように、中国の第6世代監督の旗手、賈樟柯監督のミューズは趙涛。彼女は、北京舞踏学院伝統舞踏科を卒業後、山西師範大学でダンスを教えていたところ、『プラットホーム』のキャスティングのために訪れた賈樟柯監督に出会い、主役に抜擢されて以来、すべて賈樟柯監督の作品に出演している。
この映画は、沈んでいく奉節のまちをめぐって展開される人間模様を描くものだから、とりたててヒロインとしての美しさや輝きが必要なわけではないが、女優の美しさやきらめきが最大のポイントとなるような映画になった場合、果たしてこの趙涛がどこまで存在感を示せるのかは未知数。そこで、次には是非そんな作品に取り組んでもらいたいものだが・・・。
<面白い人物 その1ーマーク>
サンミンが奉節で出会った面白いチンピラが小馬哥(マーク)(周林/チョウ・リン)。彼は『男たちの挽歌』(86年)のチョウ・ユンファが大好きだから、マークの動作にはそのモノ真似がいっぱい・・・。最初は、サンミンをいかがわしいマジックショーに連れていくなどかなりのワルかと思っていたが、「俺の家も沈んでしまった」とサンミンに語りかける姿を見ていると、結構面白くていい男。それにしても、「バイクで送ってやるから5元くれ」「部屋を紹介してやったから手数料は・・・?」と何でもカネ、カネ、カネの世相は、一体いつから・・・?そんなマークも、ヤバイ仕事を続けているうちに、遂にある日・・・?
<面白い人物 その2ーグォ・ビン>
グォ・ビンは山西省から奉節に出稼ぎにやって来て工場で働いていたが、その工場は倒産し、今は住民撤去管理部で働いている。これは日本で言えば、土地収用法にもとづく収用手続の元締めのようなところだが、法治よりも人治が強い中国では、違法な強制立退きもやっている様子。現にシェン・ホンが住民撤去管理部を訪れてみると、そこでは頭から血を流した1人の若い男の子の姿が・・・。そこで、すぐに「さあ、仕返しだ!」となるところも、またいかにも中国的・・・?
彼が2年間も妻のシェン・ホンに手紙を出さなかったのはなぜ・・・?それは大体想像がつきそうなこと・・・。住民撤去管理部の女性オーナーとグォ・ビンがいい仲になっていることは、現場で働く若い男の子たちはみんなが知っているよう・・・?
<面白い人物 その3>
中国には妻をカネで買うという習慣があるしい。サンミンと酒を酌み交わして打ち解けていく中、マークはそれを見抜いたから大したもの。すなわち、サンミンの告白によれば、ヤオメイは奉節から山西省のサンミンの元に3000元で売られて嫁いでいった女性。そんなヤオメイが夫の元を去った理由は明らかにされていないが、16年後の今、故郷の奉節にサンミンがヤオメイを探しに来たのは、一体何のため・・・?
ヤオメイは兄の麻(マア)の3万元の借金のために男に囲われ、南の街宜昌(イーチャン)の船で働いていたが、今再び奉節に戻り、サンミンと再会することになったが・・・?貧しい生活の中、奉節を舞台としてここにもこんな悲しい物語が・・・。
<面白い人物 その4、その5、その6>
シェン・ホンにやさしく接し、夫探しにずっとつき合うのが王東明(ワン・トンミン)(王宏偉/ワン・ホンウェイ)。彼はグォ・ビンの軍隊時代の友人で、奉節の文物管理事務所で発掘の仕事をしているが、いかにも「三峡好人」の代表格という感じの善人・・・。
他方、とりあえずの宿を世話してやったサンミンに対して、さらに女の世話までしようとする親切な(?)唐人閣の女主人も、「三峡好人」の1人・・・?もっとも、彼女の夫は工場の事故で右腕を失ったため、その補償金をめぐって工場ともめているが、その姿を見ると、いかにも中国的・・・?しかしそんな女主人の唐人閣も、ダム建設によって遂に取り壊されることに・・・。
さらに、ヤオメイの兄マアも青石街5号に住んでいたが、ダム建設のための立退きで、今は船上暮らしに・・・。
<音楽がわかればもっと・・・>
この映画は音楽が大きなウエイトを占めているが、残念ながら日本人の私たちにはその意味がわかりにくい。ちなみに、ベネチア国際映画祭で審査員長を務めたカトリーヌ・ドヌーヴは、「金獅子賞を決めるのに時間はかからなかった」と言っているが、彼女はこの映画の中で、音楽が語りかける意味をきちんと理解できたのだろうか・・・?
日本ではケイタイの着メロを楽しむのは若者だけ(?)だが、中国ではサンミンのようなオッサンもこだわりをもっているところが面白い。そして、サンミンとマークがケイタイ番号を交換する際に鳴る着メロが面白い、らしい・・・?すなわち、サンミンのそれは『好人一生平安』(善人には安らかな人生を)で、マークのそれが『上海灘』。
プレスシートにある丸目蔵人氏(音楽ライター)の「映画『長江哀歌(エレジー)』を聴く」によれば、「一方は『おしん』に相当するような国民的人気ドラマの主題歌を素直に愛聴する肉体労働者、一方は1930年代上海の暗黒街を舞台にした香港発のドラマに熱を上げるチンピラ。双方の位置づけが、細かな説明抜きに理解できる」とのこと。しかしそれは、この2つの曲をよく知っている人だけにわかることでは・・・?
<大阪では1館だけだが・・・?>
『長江哀歌』は大阪ではテアトル梅田1館のみの上映だが、私はその予告編を既に5、6回観たことがあるから、かなり力を入れていることはたしか。そのうえ、新聞紙上等でもかなり宣伝されるだろうから、中国映画に少しでも関心のある人は観てみようという気持になるはず・・・。私も、自分自身のホームページやブログ、そして事務所だよりやSHOW-HEYシネサークルの会報「わらじ通信」で宣伝しているから、少しは寄与しているはず・・・。
こんな映画がどれくらい受け入れられるかは、ある意味で国民の文化水準を示すメルクマールになると私は思っている。テレビのアホバカバラエティーを観るのを1日だけやめ、是非こんな名作を劇場で観て勉強してもらいたいと思うのだが・・・。
2007(平成19)年7月28日記