人が人を愛することのどうしようもなさ(日本映画・2007年) |
<東映試写室>
2007年8月24日鑑賞
2007年8月25日記
『ハナヘビ』から2年後、石井隆監督が放つハードボイルド・エロティック・サスペンスの主役は、美少女から清純派女優を経て、今35歳となった喜多嶋舞。その体当たり演技は、杉本彩に決して負けない生ツバものの絶品!他方、劇中劇の物語は傑作が多いとの格言(?)どおり、その練られたストーリー構成も絶品。家族連れでとはいかないだろうが、たまにはあなたもこんな映画で、エロティックな刺激を受けてみては・・・?
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監督・脚本:石井隆
土屋名美(人気女優)/喜多嶋舞
岡野(名美のマネージャー)/津田寛治
土屋洋介(名美の夫)/永島敏行
洋介の浮気相手/美景
葛城(編集者)/竹中直人
小倉(名美をおっかけるコスプレの中年男)/伊藤洋三郎
東映ビデオ配給・2007年・日本映画・115分
<『ハナヘビ』もすごかったが・・・?>
私は1988年の『天使のはらわた 赤い眩暈』で一躍有名になった、石井隆監督の昔の作品は全然観ていない。つまり私は、昔からの固定的かつ熱狂的な石井隆作品ファンには怒られるかもしれないが、『花と蛇』(04年)、『花と蛇2 パリ/静子』(05年)を観て、石井隆監督ファンになったもの・・・。そしてそれから2年後、『天使のはらわた』以来彼が描き続けてきたという「名美」シリーズの頂点に立とうかという作品が『人が人を愛することのどうしようもなさ』。
杉本彩が主演した『ハナヘビ』もすごかったが、今回は何とあの清純派女優のイメージが強い喜多嶋舞が主演。同じく清純派女優として名を売った内藤洋子の娘として1972年に生まれた彼女は、1986年に14歳でCMデビューし、美少女ブームの一翼を担った女の子。私は彼女を映画で観たのは『八つ墓村』(96年)と『おもちゃ』(98年)だけだが、私の目で見る彼女はトップに立っているわけではなく、それほど目立たない2番手、3番手というイメージの女優。しかし、今回はアッと驚く喜多嶋舞として、すごい映画に、まさに身体を張って登場だ!
<劇中劇の物語は傑作ぞろい!>
私は2006年に韓国で4人に1人が観た(1300万人動員)という『王の男』の物語について、「『恋におちたシェイクスピア』VS『王の男』」という小見出しで、この両傑作の共通点は劇中劇だということを指摘した。つまり、「劇中劇の物語が面白いのは、劇中劇とホンモノの劇とが時々ごっちゃになり、互いに刺激を受けあうこと」というわけだ(『シネマルーム12』315頁参照)。
喜多嶋舞が扮する土屋名美の仕事は女優。夫の洋介(永島敏行)も俳優だが、人気女優として活躍している妻の陰に隠れている落ち目の俳優だから、そんな場合、夫婦仲がうまくいかなくなるのは当然・・・?そこで、洋介は若い女優(美景)との浮気に精を出しているが、今回名美が鏡子役で主演する映画『レフトアローン』の共演者は夫の洋介。そのうえ、洋介の浮気相手の若い女優も出演するというから、それにマスコミが注目したのは当然・・・。
喜多嶋舞が名美役で主演した映画『人が人を愛することのどうしようもなさ』は、喜多嶋舞が鏡子役で主演した映画『レフトアローン』の撮影風景を劇中劇としてふんだんにとり入れながら展開していくが、さて、どのシーンがどっち、そしてどのシーンがどっちのもの・・・?
あなたの頭がごっちゃになるのは当然だが、それこそが石井隆監督の狙い。やはり劇中劇の物語は傑作ぞろい・・・。
<インタビュー形式によるリードも新鮮!>
竹中直人は香川照之と並んで、ヘンな役柄を演じれば演じるほど能力を発揮する異能派俳優・・・?したがって、『完全なる飼育』シリーズにはそんな竹中直人がピッタリだが、この映画で、人気女優名美に映画『レフトアローン』についていろいろな観点からインタビューする編集者葛城を演ずるのが竹中直人。
彼の巧みな質問に誘導されるように名美は、「脚本を見ながら説明しましょう」と膝を乗り出し、「映画『レフトアローン』。それは愛のない夫婦生活に絶望した女優・鏡子の切ない物語・・・」と語り始めたから、さあお立ち会い・・・。
映画全編にわたってこのインタビューの模様が続いていくが、インタビュー形式によるリードも新鮮なもの!
<喜多嶋舞の熱演は、杉本彩に負けない生ツバもの>
『ハナヘビ』は団鬼六原作のSMモノを石井隆監督が「そこまでやっていいの・・・?」と思うほど、徹底させたすばらしい映画だったが、この『人が人を愛することのどうしようもなさ』はSMモノではなく、あくまで女優土屋名美を描くもの。映画の冒頭、女優土屋名美が両足首をイスの脚にコードで縛りつけられた状態で、男たちからその豊満な乳房に電流を流される拷問によって悶え苦しむシーンが登場するが、実はこれは『レフトアローン』とは別の映画。『人が人を愛することのどうしようもなさ』の観客は、まずこの別の映画のシーンで度肝を抜かれたうえで、『レフトアローン』で名美がみせるアッと驚く大胆シーンにビックリするはず・・・。
その第1は、夫の度重なる浮気に絶望し、家を飛び出した名美が電車の中でみせる姿。今は電車内での女性の化粧姿も珍しくなくなったが、それでも夜12時近くの空いた電車の中で毒々しく口紅を塗りながら、下着をつけていない太ももを大きく広げる女は少ないはず・・・。そして第2は、ネオンのまちの中を誘うような目線で男を漁り、自分が生まれた場所と称する、今は廃墟となっている病院の中で身体を売ること。
さあ、かつての美少女から清純派女優へと成長していったあの喜多嶋舞が、35歳にして魅せるそんな熱演は、杉本彩に負けない生ツバもの・・・。
<まちでの売春は1回こっきりが原則だが・・・>
有名女優土屋名美が、まちで男を拾って売春しているのは一体何のため・・・?それが、この映画のテーマの1つ。昔の吉原の花魁のように、固定した自分の部屋を持っていれば固定客がつくのが当然だが、まちで男を拾うスタイルの売春の場合、男との関係は1回こっきりが原則。とりわけ、名美の場合、「俺が相手したあの女は、有名女優の土屋名美だった」とわかったらヤバイことは明らか・・・。
映画には、名美がその日の気分で誘うお相手として何人かの男が登場するが、執拗に名美を追っかけるコスプレの中年男が小倉(伊藤洋三郎)。最初の快感を忘れられない小倉は、その後必死にまち中を探し歩いて、今日やっと名美と再会できたらしい。そして、名美が美少女アイドルとして登場した15年前の姿を知っている小倉が今日用意してきたのは、アイドル時代の衣装。名美がそんな白いフリルのミニドレスに着替えて歌い踊る中、一体何が虚で、何が実かわからない世界が次々と広がっていき、遂に名美と小倉は・・・?
<さすがマネージャーは・・・?>
名美の夫洋介とその愛人の若い女優がこの映画のストーリー構成に欠かせないのは当然だが、山あり谷ありのスリリングなストーリー構成に大きく寄与するのが名美のマネージャーである岡野(津田寛治)。美少女アイドル時代から一貫して忠実なマネージャー稼業を続けている岡野が、夫の浮気に苦しむ名美の実態を誰よりもよく知っていたのは当然。そのうえ岡野は、夫との関係に絶望した名美がまちで男を拾い売春していることも知っており、大いに心配しているホントに忠実なマネージャー。
そんな彼だから、名美と小倉がモメた(?)時の処理も、さらに後日小倉の妻が登場してきた時の処理も、すべて自分が名美の代わりに受け止めようとしたが・・・?
<何が現実で、何が演技・・・?>
女優業を長くやっていると、何が現実で何が演技かわからなくなる瞬間が必ずあるはず。そして、その役になりきる傾向が強い名女優ほどその回数が多いはず・・・?現にレイプシーンを何度もやっている夫の洋介は、愛人との間でも、また家庭でもレイプシーンの練習をやっているようだから(?)、一体どれが現実で、どれが演技かわからなくなることもあるのでは・・・?
石井隆監督が描く喜多嶋舞演ずる名美は、葛城のインタビューでの受け答えを聞いていると、さすが一流女優と思えるものだが、『レフトアローン』での常軌を逸した行動を観ていると、もはやノイローゼ、神経症、精神錯乱の一歩手前・・・?そんな名美だから、あのコスプレの中年男との出来事も、自ら「カット!」の声をかけ、そこに駆けつけてきたマネージャーの岡野が後始末をしたほど・・・。
そんな名美が今演じているのが、『レフトアローン』のハイライトシーン。これは、若い女と裸でベッドの上に寝ている夫の姿を目撃した鏡子が、台所から持ち出した包丁で返り血を浴びながら女と夫をめった突きにするシーン。演技の概略が説明され、リハーサルを経て、いよいよ「本番ヨーイ!」の掛け声が。包丁を握りしめ、女と夫の殺害に燃える目は、既に準備オーケー。さすが名女優・・・。そんな周到な準備を経たうえで、監督やスタッフたちの目の前で展開される本番のリアルさは・・・?
<映画の充実ぶりと、タイトルの重さをしっかりと!>
劇中劇をふんだんにとり入れたこの映画は、途中の展開がスリリングで面白いうえ、ラストに向けてのアッと驚く展開も、また最後の結末のつけ方も実に面白いもの。
『キネマ旬報』2007年8月下旬号の「Hot Shotsー撮影現場ルポ」(80~81頁)によれば、この映画はハードボイルド・エロティック・サスペンスとされている。長い名前ながら、なるほどと感心させられたもの。しかし、あえてそんな分類をしなくても、この映画の充実度は十分。
他方、この映画のタイトルはまるでフランス映画のタイトルを直訳したような感じで、今風のスッキリしたものでないことはたしか。しかし、この映画のハードボイルドぶり、エロティックぶり、そしてサスペンスぶりをタップリと楽しんだ後は、なるほどこのタイトルはそういう意味だったのかと納得し、その重みを十分感じることができるはず。
そこらあたりをじっくりとかみしめながら、たまにはこんなエロティックな映画を楽しみたいものだが・・・。
2007(平成19)年8月25日記