消えた天使(アメリカ映画・2007年) |
<ホクテンザ2>
2007年8月25日鑑賞
2007年8月29日記
アメリカでは2分に1人が性犯罪の被害に・・・。そこで成立したメーガン法は、性犯罪前歴者をデータベース上で公開し、閲覧できる制度。アンドリュー・ラウ監督のハリウッド進出第1弾の主人公は、彼らを監視する監察官という大変な職業だが、ミイラ取りがミイラにならなければいいが・・・?『シネマから学ぶ生きた法律』に格好の素材として、したたかな性犯罪者たちの素顔とこれと向き合う新旧監察官たちの人間観察をしっかりと・・・。
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監督・製作:アンドリュー・ラウ
エロル・バベッジ(公共安全局の監察官)/リチャード・ギア
アリスン・ラウリー(バベッジの後任の女性監察官)/クレア・デインズ
エドマンド・グルームス(強姦罪で摘発された男、性犯罪登録者)/ラッセル・サムズ
ベアトリス・ベル(エドマンドのガールフレンド)/アヴリル・ラヴィーン
ビオラ・フライ(美容師、性犯罪登録者)/ケイディー・ストリックランド
ボビー・スタイルズ(バベッジの上司)/レイ・ワイズ
グレン・カスティス(児童ポルノのカメラマン、性犯罪登録者)/マット・シュルツェ
ハリエット・ウェルズ(誘拐事件の被害者の少女)/クリスティーナ・シスコ
ムービーアイ配給・2007年・アメリカ映画・105分
<新たに格好の素材が・・・>
私がかねてから計画している『シネマから学ぶ生きた法律』に格好の素材が新たに1つ加わった。すなわち、そのテーマは性犯罪累犯者の登録・公開制度の是非、そして監察官制度の是非というもの。
この映画には、冒頭「米国で登録されている性犯罪者は50万人以上 1人の監察官が1000人の登録者を監視する。米国では2分に1人 女性、または児童が性的暴行を受けている」との字幕が流れる。そんな実態にある以上、個人情報の保護という人権擁護の価値よりも、性犯罪者の情報を管理し、一般住民がそれを自由に閲覧したり、監察官が日常的に監視するという犯罪防止の価値の方が大・・・?
そこが法律上の論点だが・・・。
<新旧監察官の師弟コンビは・・・?>
リチャード・ギア演ずるこの映画の主人公は、公共安全局の監察官エロル・バベッジ。そして共演するのは、18年間公共安全局で性犯罪登録者を監視してきたバベッジがあと18日で退職することを受けて、新たに配属されてきた新人の女性監察官アリスン・ラウリー(クレア・デインズ)。残り少ない日々をアリスンの指導にあたることになったバベッジは、アリスンを伴い担当している登録者たちを次々と訪れたが、そこで出会う登録者たちは見るからにヤバそうな奴ばかり・・・?
かつて優秀な監察官だったバベッジが、今上司のボビー・スタイルズ(レイ・ワイズ)からやっかい者視され、事実上解雇のような形で公共安全局を辞めていくのは、かつてアビゲイルという少女を救えなかったことをずっと悔いているバベッジが、その後警官でもないのに拳銃を持ち歩くなど、監察官としての一線を超えるような行動が目に余るようになったため。こんな先輩の直接指導を受けるのは、アリスンにとっては、ひょっとしてありがた迷惑・・・?
<法律の勉強 その1ーメーガン法とは・・・?>
アメリカには、過去に複数の性犯罪歴があった男によって強姦のうえ殺害された7歳の女児の名前にちなんだメーガン法がある。これは、まず1996年にワシントン州で成立し、その後連邦法となったもので、性犯罪の前歴者などの個人情報をデータベース上で公開し、一般住民がこれをインターネット上で閲覧できるもの。また、州政府は性犯罪前歴者が引っ越してきた場合、近隣住民にその旨を告知することが義務付けられている。
ちなみに、8月19日に観た『リトル・チルドレン』(06年)は、性犯罪の前歴をもつロニーの情報が近隣住民に公開され、元警察官のラリーがこれに対して異常なほどの敵意をもっていたことが物語の骨子となっていたが、この映画ではそんな性犯罪の前歴者のオンパレード・・・。
<法律の勉強 その2ー日本では・・・?>
日本では、2004年11月に奈良県内で起きた小学1年生の女子児童の誘拐・殺人事件を受けて、警察庁は性犯罪前歴者の出所情報の提供について法務省との間で協議を重ねた。その結果、2005年6月1日を期して、子供の心身に重大な被害を与え、社会に深刻な影響を及ぼす「子供対象・暴力的性犯罪」について情報の提供を受けることとし、子供対象・暴力的性犯罪の出所者による再犯防止に向けた措置の実施に取り組むことになった。つまり、「再犯防止措置対象者」を警察庁が登録し、出所後継続的にその所在確認を続け、仮に性犯罪が発生した場合には、その情報を活用しようというわけだ。
一民間人にすぎない私には、警察庁が各地方機関の長と各都道府県警察の長に宛てたこの通達がどのように運用されているのか、またどのような成果をあげているのかはわからない。また今後、この制度がアメリカのように情報公開の方向に進んでいくのか、またこの映画のように監察官のような制度が創設されるのかどうかについても全く不明。しかし、今後日本でも性犯罪の数がアメリカ並みになっていくとすれば、そんな制度の創設もすぐそこに・・・?
<なぜこんな主人公を・・・?>
この映画で、リチャード・ギアが演ずる主人公バベッジはたしかに熱心な監察官だが、監察官としての一線を超えた行動が何かと問題となり、18年間続けてきた監察官を事実上あと18日間でクビにさせられるという問題児。
いうまでもなくアンドリュー・ラウは『インファナル・アフェア』3部作で世界的に有名になった香港の監督。この3部作が面白かったのは、マフィアへ潜入した警察官とマフィアから警察に潜入したスパイが、どちらがどちらかわからない状態で展開していくサスペンス劇のサマ。こんな映画を観ていると、10年以上自分を偽って正反対の組織に身をおけば、善良な警察官だってマフィア風に染まっていくだろうし、逆に根はマフィアであっても次第に善良な警察官に育っていく可能性がある、ということがよくわかる・・・?
すると、リチャード・ギアのようなアメリカを代表する紳士だって、監察官として18年間も性犯罪者ばかりに接していると、一方では彼らを通して自分自身の異常性を再認識させられるとともに、他方では監察官としての公務執行の限界を感じ、熱心な監察官であればあるほど「自分の手で鉄槌を・・・」と思うようになるのは当然。アンドリュー・ラウ監督が『インファナル・アフェア』3部作に引き続いて描きたかったのは、そんな一種の人格破綻的な主人公・・・?
<「The Flock」とは・・・?>
この映画の原題は『The Flock』。これは「群れ」を意味するもの。したがって、この映画では「登録者」、すなわち性犯罪前歴者の登録者たちを意味することになる。
バベッジとアリスンが性犯罪前歴者の登録者たちに次々と接触していったのは、少女ハリエット(クリスティーナ・シスコ)の失踪事件が発生したため。誘拐か単なる家出かはわからないが、大学近くの線路脇で乗馬ブーツを残したまま、ハリエットは失踪してしまったわけだ。かつて、アビゲイルの失踪事件を解決できなかったことで自分を責めているバベッジは、今回もきっと登録者たちの犯行によるものだと確信し、新人研修には少しハードだが格好の素材とばかりに、登録者たちの尋問を開始したが・・・。
<あやしい奴ばかり・・・>
日本でも性犯罪は増大し多様化しているが、アメリカのそれはケタ違い・・・?ちなみに、パンフレットには、「触り屋、露出狂、のぞき屋、強姦魔、デート強姦魔、フェティシスト、動物性愛、障害者性愛」という言葉が並ぶが、日本ではまだまだ・・・?
バベッジが担当している「登録者たち」の顔ぶれも、そうそうたるメンバーばかり・・・?第1は、強姦罪で摘発され、司法取引で自由の身となったエドマンド(ラッセル・サムズ)。ガールフレンドのベアトリス(アヴリル・ラヴィーン)と共にバベッジとアリスンとの面会に応じたエドマンドは身なりも良く、一見不審な点はみられないが、ベアトリスの欠けた前歯を見れば・・・?第2はビオラ(ケイディー・ストリックランド)。3件のバラバラ殺人で死刑になった夫がいる彼女は、自身も違法監禁、性的暴行未遂3件の罪で摘発を受けたが、司法取引で2年に減刑され、今は美容師として働いている。第3は、児童ポルノのカメラマン、グレン・カスティス(マット・シュルツェ)。児童ポルノ写真にも当然モデルは必要だが、緊縛された少女レベルのモデルならまだしも、切断された手足が写された写真はちょっとヤバイ・・・?
<やり過ぎの監察官はやはりダメ!>
この映画の中盤は、失踪したハリエットの犯人探しのためにアリスンを連れ回しながら、聞き取りを続けるバベッジの姿を追っていくが、そのやり方はムリ筋を超えて明らかに不当であり、違法なもの・・・。それはバベッジが公安安全局のデスクや建物から追放されてしまった後は一層エスカレートし、アリスンの部屋に忍び込んでまで彼女の協力を要請するという事態に・・・。
これには、プライバシーの侵害だと大憤慨したアリスンだったが、そこはやはり職務熱心な彼女のこと、結局犯人探しのため、組織の枠を超えてバベッジに協力する事に・・・。しかし、こんな監察官が増えれば大問題になるのは当然だから、やり過ぎの監察官はやはりダメ。
ハリウッド映画におけるやりすぎの警察官の代表は、クリント・イーストウッド演じる『ダーティー・ハリー』シリーズのハリー・キャラハン刑事だが、「消えた天使」における監察官の分野でも、バベッジのようなやり過ぎのヒーローを登場させるのは、あくまで映画だけの話にしてもらいたいもの・・・。
<ネット情報の公開にも、功罪が・・・?>
バベッジとアリスンが犯人探しを進めていく上で大きなポイントになったのは、性犯罪前歴者の情報をネット情報から得ているのが、監察官や一般住民だけではなく、前歴者同士もそこから情報を得ていたと言う問題点(ジレンマ)。それがわかったのは、バベッジとアリスンがビオラの自宅を捜索した時。そして今、ビオラとカスティスの二人はバベッジの前から姿をくらましていたが、それは一体ナゼ・・・?
ビオラの部屋には、かつて彼女が住んでいた農家のベッドの写真が残されていたが、これがひょっとして緊縛された少女のポルノ写真の舞台・・・?
何はともあれ、バベッジとアリスンはそこへ急行する事になったが、性犯罪前歴者のネット情報の公開には、こんな功罪が・・・?
<字幕が暗示する心理とは・・・?>
この映画のパンフレットには宮台真司(首都大学教授/社会学博士)の「善性の危うさ」と片田珠美(精神科医)の「あんたの中に私らがいる」という二つの解説がある。これは、アンダーラインをひきながら2、3回読み返さなければなかなか理解できない小難しい論文のようなもの。何故そんな解説が2本も載っているのかというと、それはこの映画の最初と最後に字幕として流れてくる
①ある人が言っている
“怪物と戦う者は、その過程で自らも怪物にならぬよう気をつけよ”と
②“深淵を覗くとき、深淵も覗き返している”
あんたの中に私らがいる
人生の決定的瞬間は突然来る
という二つの文章をきちんと理解する必要があるため。つまり、性犯罪者の『The Flock』と18年間も向き合ってきたバベッジが今やっている戦いは、ある意味で性犯罪前歴者と同じものが中にある自分自身との戦い・・・?それは当然だが、ミイラ取りがミイラになってしまったら、元も子もなくなってしまう事はたしか。果たして、モンスターと戦うバベッジは、アリスンが一瞬そう思い込んでしまったように、自分自身もモンスターになってしまっているのだろうか・・・?この映画は、たまたま結果オーライとなったから良かったものの、もしそうでなかったなら、一体どうなるの・・・?
性犯罪前歴者達の情報管理とその公開の是非というテーマはあまりに重く、この映画1本を観ただけで解決したことにならないのは当然。この字幕が、暗示する真理をもっと深く追及し、考えてみなければ・・・。
2007(平成19)年8月29日記