クワイエットルームにようこそ(日本映画・2007年) |
<角川映画試写室>
2007年8月27日鑑賞
2007年8月30日記
精神病棟における患者の拘束性というテーマは深刻で、強烈な社会性をもつもの。しかし、それをタイトルもソフトに、内容も喜劇風の青春群像劇に仕上げたのが、松尾スズキ監督のマジック・・・?9年ぶりに主役を張る内田有紀をはじめ、蒼井優、りょう、大竹しのぶら新旧美人女優と、宮藤官九郎、妻夫木聡の「怪演」を楽しみながら、精神病棟に集まる患者たちをじっくり人間観察したいもの。ちなみに、毎晩酒を飲んでいるあなたには、ヒロインと同じようにいつか5点拘束の日が待っているかも・・・?
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監督・脚本:松尾スズキ
原作:松尾スズキ『クワイエットルームにようこそ』(文藝春秋刊)
佐倉明日香(フリーライター)/内田有紀
鉄雄(明日香の同棲相手、放送作家)/宮藤官九郎
ミキ(入院患者)/蒼井優
江口(ナース)/りょう
コモノ(鉄雄の子分)/妻夫木聡
西野(元AV女優、過食症の患者)/大竹しのぶ
山岸(ナース)/平岩紙
サエ/高橋真唯
チリチリ/馬渕英俚可
栗田/中村優子
アスミック・エース配給・2007年・日本映画・118分
<こんな才能があるんだ・・・>
私は、この映画の監督・脚本・原作をした1962年生まれの松尾スズキという人物を特に意識したことはなかったが、この映画のプレスシートにおける彼の活動歴を見てビックリ。演出家、劇作家、俳優、コラムニスト、エッセイスト、小説家などさまざまな顔による、ここ10年近くの活躍はすごいもの。
もっとも、私が映画監督としての彼の作品を観たのは、『フィーメイル』(05年)(『シネマルーム7』312頁参照)、『ユメ十夜』(06年)(『シネマルーム13』425頁参照)というオムニバス映画の中の短編2つだけだったが、両方とも私の評価はイマイチ。というより最低に近いもので、いずれも星2つだった。
しかし、今回の『クワイエットルームにようこそ』は、「こんな才能があったんだ!」と思うぐらいすばらしいもの。
もっともそれは、原作と脚本のすばらしさもあるが、内田有紀と、その相手役宮藤官九郎をはじめとする、そうそうたる俳優陣の実力による面も・・・。
<物語の始まりは「5点拘束」から・・・>
私は2、3度精神病院の中に入ったことがあるが、そこは仕事でなければホントは一歩も足を踏み入れたくない世界。もっとも、松尾スズキ監督がイメージする通称「クワイエットルーム」と称する、女子だけの閉鎖病棟(つまり精神病院)内にある保護室(監禁室?)は、ここならしばらく入院してもいいなと思える(?)ような清潔で明るい部屋。
映画の冒頭、そんなクワイエットルームのベッドの上で酸素マスク(?)をつけて仰向けに寝ている内田有紀演ずる明日香が5点拘束されている姿が登場する。観客はまず、なぜそんな状況に、と驚くはずだが、それが松尾スズキ監督の狙い・・・?
明日香は今必死に、なぜこんな状況になっているのかと記憶をたぐり寄せようとしているのだが、それが出てこないのが恐いところ。そんな明日香を入口のドアを少し開けて覗き込み、何やら口を動かしている美女が蒼井優扮するミキ。実はそこで彼女は「クワイエットルームにようこそ」と語りかけていたそうだが、もちろんそれは後でわかる話。
さあ、こんな形でスタートし、映画のタイトルともなっている「クワイエットルーム」とは一体ナニ・・・?そして、そこでは一体どんな人間模様が展開していくの・・・?
<4人の美女の「怪演」に注目を!>
北野武監督の『監督・ばんざい!』(07年)で、出番は少ないものの、大きな存在感を示したあの美人女優の内田有紀が、この映画では仕事も恋愛もうまくいかないフリーライター明日香役で登場。内田有紀は、大量の睡眠薬とアルコールを一気に飲んだため、自殺未遂とまちがわれ、「同居者の承諾」によって「クワイエットルーム」に入れられたヒロイン(?)明日香役を「怪演」している。まずは、9年ぶりに主役として登場した、この内田有紀の怪演に注目したいもの。
この映画には内田有紀の他、①食べたくても食べられない、入院患者のミキ役で、私の大好きな美人女優蒼井優が、②ステンレスの心を持つ、冷酷ナース江口役で、あのきつめ女のりょうが、③そして元AV女優、過食症の患者西野役で、大御所大竹しのぶが登場し、それぞれの「怪演」を見せてくれるから、それにも注目。大竹しのぶの怪演はたくさんあるが、りょうはともかく、あの美人女優蒼井優の怪演はおそらくはじめて・・・?この映画ではとにかく新旧4人の美人女優の怪演の共演に注目し、それを楽しまなければ・・・?
<2人の若手男優の「怪演」も・・・>
「妻夫木聡の出演」と聞くと、「どんな主役で・・・?」と聞き返すのが当然だが、意外にもこの映画で彼は、鉄雄の子分、能天気なパンクスのコモノという脇役を・・・。というよりも、まるで喜劇俳優のような演技が要求される、たくさんの映画で主役として登場している妻夫木聡のイメージとは全く異なるもの。妻夫木聡をこんな役で使うというだけでも、松尾スズキ監督の実力は大したもの、なんだ・・・。
また、この映画でヒロインの内田有紀を食ってしまうような怪演を見せるのが、明日香の同棲相手、放送作家の鉄雄役を演ずる宮藤官九郎。私にとって彼は、脚本家としての才能を『舞子Haaaan!』(07年)でやっと認識した程度だったが、この映画を観て俳優としての才能にビックリ。新旧4人の女優陣に負けず、こんな若手男優2人の怪演にも注目を。
おっと、怪演といえば、明日香の元旦那役で登場する塚本晋也監督や、明日香に退院の決断を下す白井医師役の徳井優も、出番は少ないものの、これぞ怪演・・・。
<こんなかわいい女の子が・・・?>
1975年生まれの内田有紀の実年齢は32歳だが、明日香の年齢は28歳と設定されている。『嫌われ松子の一生』(06年)で観たように、かわいいのになぜか不幸をしょい込み、嫌われてしまう女の子がこの世の中にはいるもので、どうも明日香はそんなタイプらしい・・・?
もっとも、『嫌われ松子の一生』は、希望に満ちて学校の先生となった松子が生徒の不始末の責任をとらされて学校を辞めた後、風俗を含めて次々と身を堕としていく姿が時系列に沿って表現されていたが、この映画では、明日香のダメ女ぶりは小出しにされている。それが一挙公開されるのは、喫煙室で西野からタバコとテレカをツケで買った(買わされた)明日香が、西野の「私聞き上手なのよ」よいう甘言(?)に乗って、ついOD(オーバードーズ)の事情を語りはじめた時。
若い女の子が風俗に身を堕とすのはよくある話。それによって親から勘当されてしまった明日香は、そんな職場で知り合ったやさしそうで真面目そうなサラリーマン(塚本晋也)と結婚したものの、自宅で酒を飲み、アホバカバラエティーばかり観ている明日香には、やはり結婚生活はムリだったよう。なぜこんなかわいい女の子が、と私などはつい同情的に見てしまうが、今同棲生活をしている鉄雄だって、やっぱりそんな明日香は、ホントはうっとうしい女・・・?
<精神病棟は人間観察の宝庫・・・>
この精神病棟に明日香の先輩として入っていたのは、前述した①ミキ、②西野の他、③ピアノが上手で、1日2万円のブルジョア個室に5年間も居る20歳のサエ(高橋真唯)。彼女は食べたくなくて食べないという病気らしい。④自分の髪の毛をライターで燃やす性癖があるため入院しているチリチリ(馬渕英俚可)、⑤勝手に退院しようとする行動をくり返す和服姿のおばさん金原(筒井真理子)など、多士済々・・・?
他方、そんな手ごわい入院患者を世話するナースは、明日香の担当となった山岸(平岩紙)や婦長(峯村リエ)は普通だが、江口はステンレスの心を持つ冷酷ナース。彼女の首に残る傷は、何と入院患者から刺されたためらしいが、それでもなおこの病棟でのナースの仕事を辞めなかったというから、江口はかなりの筋金入り。ケッタイなドクターたちを含めて、こんな面白い人物が毎日共同生活をしている精神病棟は、まさに人間観察の宝庫・・・。
<坂和流ポイント その1ー拘束の恐ろしさだけはしっかりと・・・>
この映画は、2006年第134回芥川賞にノミネートされた松尾スズキの同名小説を映画化したものだから、ネタはしっかりしているはず。そのうえ、俳優陣もしっかりし、演出もしっかりしているから、しっかりしたストーリーでしっかりと笑いをとれる青春群像劇に仕上がっていることはまちがいなし。
しかし、よくできた映画であるため、逆に「ああ、面白かったナ」で終わってしまうとヤバイため、この映画の坂和流のポイントを2つだけ指摘しておきたい。その第1は、いみじくも江口が再三言っているように、精神病棟における拘束はすべて法的裏づけのあるものであり、またそうであるため、この映画における明日香のように(?)何かの手違いで拘束された場合、その解放は容易ではないということ。したがって、人ゴトだと思ってヘラヘラ笑っていると、いつか深酒で酔っぱらい記憶にない行動をとったあなたも、明日香と同じように5点拘束され、容易に解放されない恐れも・・・。
<坂和流ポイント その2ー明日香の退院はホントに大丈夫・・・?>
第2のポイントは、明日香の退院に関すること。精神病棟には江口が強調するような厳しいルールがあり、テレカ1枚買うのも大変な手続を要するのはむしろ当然・・・。だって、そこには一般社会を律するルールとは異なるルールがあるのが当然だから・・・。
明日香がクワイエットルームに入れられたのはODのためだが、そんな明日香をいつ退院させていいかの判断は難しい。横綱朝青龍は、解離性障害の治療のため遂に8月29日モンゴルに帰国してしまったが、彼の解離性障害がいつ治り、いつ日本へ帰国させるべきかの判断が難しいことを考えれば、それは明日香だって同じ。
結果的に、○○日間の入院を経て、明日香は退院を許可されることになるのだが、そんな映画の終わり方はともかく、一般論として睡眠薬の常習者であり、大量のアルコールをいつも飲んでいる明日香を社会に戻してホントに大丈夫、という不安がついて回るのは当然。もっとも、明日香のODは自分を傷つけたり、自殺してしまうだけで、他人に対して危害を及ぼすものでないことは幸いだが、ほんの少しでもそんな可能性のある「患者」を精神病棟から退院させるかどうかは、ホントに難しい判断。
したがって、明日香が退院できて良かったネと単純に終わらせることなく、この映画を契機として、精神病棟からの患者の退院はどうあるべきかということまで、深く考えてみることも必要では・・・?
2007(平成19)年8月30日記