サウスバウンド(日本映画・2007年) |
<角川映画試写室>
2007年9月13日鑑賞
2007年9月14日記
定職なしの元過激派オヤジの生き方と教育方針は、一見無茶苦茶だが正論も・・・?夫が夫なら、東京に見切りをつけ沖縄西表島への引越しを決めた妻の決断も破天荒・・・?映画後半は、土地収用反対に立ちあがる主人公をコミカルに、しかし温かく描くもの・・・。こんな、ハチャメチャながらカッコいい団塊世代オヤジ万歳!となればいいのだが・・・。
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監督・脚本:森田芳光
原作:奥田英朗『サウスバウンド』(角川書店刊)
上原一郎(父)/豊川悦司
上原さくら(母)/天海祐希
上原洋子(長女、OL)/北川景子
上原二郎(長男、小学6年生)/田辺修斗
上原桃子(次女、二郎の妹)/松本梨菜
堀内たえ(さくらの母)/加藤治子
南先生(二郎の担任)/村井美樹
新垣巡査/松山ケンイチ
区役所のおばさん/吉田日出子
校長先生/平田満
ベニー(ヒッチハイクの外国人)/ショーン・ペロン
角川映画配給・2007年・日本映画・114分
<団塊世代万歳!おやじ万歳!>
昔は、地震、カミナリ、火事、おやじと言われ、少なくとも恐さではナンバー4に位置づけられていたおやじの権威は、戦後62年を経た今、妻に対しても子どもに対しても完全に失墜してしまった。「教育再生」をテーマとして掲げ、学校教育の再生とともに家庭教育の再生にも意欲を燃やしていた安倍晋三総理だったが、9月12日、何ともみじめな形で辞職したことは周知のとおり。その結果、家庭内におけるおやじの権威回復の可能性はさらに遠のくことに・・・?
他方、2007年以降必然的に団塊世代の大量退職が進むため、真っ昼間から家の中でゴロゴロしている60歳過ぎのおやじが大量増員してくれば、彼らはそのうち粗大ゴミ扱いされる危険さえも・・・?
そんな危機的時代状況の中、何ともタイムリーに、団塊世代讃歌、おやじ讃歌の映画が登場した。それが、次女の桃子(松本梨菜)の口から、「うちのお父さんは元過激派、元アナーキスト」と紹介される上原一郎(豊川悦司)を中心とした家族を描いたこの物語!
<元過激派は、今・・・?>
上原一家の家は浅草にあるらしいが、その生計はどうも妻さくら(天海祐希)の経営する喫茶店の収入によって成り立っているらしい。つまり、元過激派の一郎は定職なし・・・?ところが言うことだけは一人前で、ある時は税金を取り立てに来た区役所のおばさん(吉田日出子)が「税金を払うのは国民の義務です」と主張するのに対して屁理屈をこねたうえ、「じゃ、国民をやめちゃおう」とまで・・・。また小学6年生の息子二郎(田辺修斗)の修学旅行の積立金が高いのは、学校と旅行会社の癒着によるものだと断定し、校長への面会を求めたり、元過激派の面影がチラリホラリ・・・。
彼が口癖のように口走る「ナンセンス!」は、私たちが学生運動をやっていた時の常用句だったが、一郎が言う「ナンセンス!」はソフトすぎるため、私には少し違和感が・・・。さらに、二郎の担任の南先生(村井美樹)が家庭訪問にやってくると、なぜか彼女に興味を示し(?)、「あんた年いくつ?」となれなれしく聞いたり、「○○について述べよ」と議論をふっかけてみたり、意外にかわいい面も・・・。
これには、二郎と桃子はもとより、OLとして働きながら両親と同居している長女洋子(北川景子)もいつも戸惑い、恥ずかしい思いを・・・。もっとも、物語が進むにつれてさくらの過去も暴かれてくる(?)が、そんな過去を含めてさくらは元過激派の一郎に今でもホレているようだから、上原一家の姿は微笑ましいもの・・・。
<ブルジョアジーとは?プロレタリアートとは?>
映画の冒頭に登場する回想シーンでは、「革共同」のヘルメットをかぶり、ゲバ棒をもった一郎の勇姿(?)が登場する。しかし、現在の一郎は、言葉だけは過激だが家の中でのんびりと過ごしている姿が多いのはナゼ・・・?
一郎とさくらが学生結婚かどうかは知らないが、20年ぶりにさくらの母親堀内たえ(加藤治子)が一郎の家族を訪ねてきた時の様子をみれば、さくらは両親の許可なく勝手に家を飛び出して一郎と結婚したらしい・・・?二郎や桃子にとってはじめて見るおばあちゃんの姿だったが、その家に行ってみるとビックリ!何とさくらの実家はブルジョアジーだったのだ。そのため、一郎は子どもたちに対して「おばあちゃんの家がブルジョアジーだからといって、お小遣いを期待してはダメ」とクギをさし、「わが家はプロレタリアート、すなわち労働者階級だ」と諭したのは立派。もっともそれに対して二郎に「お父さん、全然労働していないじゃん」と反論されたから、一郎はギャフンだが、息子が小学6年生にしてそこまでの理論派に育っていることに安心したのでは・・・?
もっとも今ドキ、家の中で子どもに対してブルジョアジーとかプロレタリアートなんて言葉を使うおやじが一郎以外どこにいるの・・・?
<決断はさくらによって!>
この映画は前半の1時間が東京、後半の1時間が沖縄が舞台となるが、一家の沖縄への引っ越しを決断したのは一郎ではなくさくら。そのきっかけとなったのは、二郎とその親友たちがずっと絡まれていた不良の中学生とある事件を起こしたこと。普通は、息子が事件を起こし、相手方や学校からとっちめられると頭を下げるだけの両親が多いが、上原家は大違い。
一郎のタンカの切り方はさすが元過激派なら、東京で誰もが歩む人生にはたいした価値がないので、一郎の故郷である沖縄で暮らす方がよほどまし、という決断を下したさくらも立派。もっとも、洋子は大人だから彼女の判断を尊重し一人でアパートに住むことになったが、二郎と桃子は不安でいっぱい・・・?
<やる時はやるもんだ・・・>
期待いっぱいの一郎とさくらに対して、不安いっぱいで沖縄の西表島にやってきた二郎と桃子だったが、東京ではあれほど恥ずかしい存在だった一郎が、沖縄では地元の人たちから大歓待してもらうほどのヒーローだったことにビックリ!また、助け合い精神豊富な地元の人たちから舟をプレゼントされた二郎は大喜び。また最初は寂しがっていた桃子も次第に西表島での生活に慣れてきた。
他方薪割りはもとより、家の改修作業や農作業をテキパキとこなす西表島での一郎の働きぶりは抜群で、一家の支柱としての存在感は日増しに高まっていった。さすが沖縄出身の団塊世代のおやじは、やる時はやるもんだと感心。ところが、さくらが言うようにいつも何かの問題が起こるもの・・・。
去る9月9日の日曜日に観た「NHKスペシャル・激流中国『土地をめぐる攻防』強制立ち退きの現場─住民が決起・当局と対決」は、貴州省貴陽市におけるマンション開発業者による強制的な土地収用に対して弁護士をたてて闘う地元住民の姿を放映していたが、それと全く同じような事態(?)が上原家の土地と建物を襲ったから大変。もっとも弁護士の私が見る限り、中国貴陽市の事例は住民側に味方したいものだったが、一郎の場合はどうみても土地の不法占有のようだから、あまりその味方はしたくないというのが正直な心境・・・。
<一郎の闘いの論理は・・・?>
中国貴陽市のケースにおける弁護士の裁判闘争の主張は、①公聴会をやるべきであるにもかかわらずそれをやっていないこと、②保証金の額が不当に低いことの2点だったが、さて一郎の闘いの論理は・・・?まさかかつての文化大革命当時の紅衛兵たちが唱えた「造反有理」では、日本のようなきっちりと法的手続を経た強制執行に対抗できないはず・・・。
まあ映画を楽しむには、また今ドキ珍しい元過激派とその家族の生きザマ温かくかつ感動的に描くには、そんな難しい法律上の理屈は横においた方がいいのかも・・・。多分、今や黒沢明監督の名作『椿三十郎』(62年)をリメイクするほどの巨匠になった森田芳光監督も、そこらあたりはお見通し・・・?しかして森田芳光脚本による一郎の闘いの論理は、元過激派らしくあくまで官憲の弾圧に対する抵抗。そして、それには妻さくらも全面協力を・・・。
さあ、クライマックスにおける、官憲の権力の行使に敢然と立ち向かうカッコいい一郎の勇姿を中心とした、ラスト10分間の展開は・・・?
<恋愛模様はあえて封印だが・・・?>
この映画で上原家の長女洋子役を演じた北川景子は、2006年の『キネマ旬報』9月下旬号の巻頭特集「注目の本格派若手女優2006」の中で、長澤まさみ、宮﨑あおいら7名の若手女優の1人として取り上げられた、浜崎あゆみ風(?)の今ドキの典型的な美人顔の女優で、『Dear Friends ディア フレンズ』(07年)ではじめて主演し、前半タップリとその美貌を見せつけてくれたもの(『シネマルーム13』158頁参照)。そんな北川景子だが、この映画ではケッタイな両親と幼い弟妹の間に立って微妙に上原家のバランスをとっているしっかり者の長女洋子の役をわりと地味に演じている。
彼女の東京でのOL生活はかなりお疲れの様子。したがっていつもOLらしいスーツを着ているが、家の玄関を開けて脱いだ靴をそろえると、とにかく自分の部屋に入ってバタンキューという感じ。ところが、両親と弟妹が引っ越した沖縄の西表島を訪れてくるや、彼女も急に元気な顔に一変・・・。これには環境の変化だけではなく、どうも地元の親切な巡査新垣(松山ケンイチ)の影響が大きそう・・・?『男たちの大和/YAMATO』(05年)では凛々しい軍人姿を見せ(『シネマルーム9』24頁参照)、続く『DEATH NOTE(デスノート)(前編)』(06年)、『DEATH NOTE(デスノート) the Last name』(06年)のL、竜崎役ではビックリするような怪演を見せた松山ケンイチが(『シネマルーム11』393頁、『シネマルーム12』85頁参照)、この映画ではホントに愛されるべきキャラの巡査役を楽しそうに演じている。
この2人の間にほのぼのとした恋が芽生えていることは明らかだが、森田芳光監督はあえてそれに突っこまず、スクリーン上では封印。しかし、このしっかり者の洋子の存在は、官憲との闘いが終了した後、大きな意味をもってくるのでは・・・?
<ラスト10分間の闘争とその後は・・・?>
悪徳開発業者(?)といえども法的手続はすべてバッチリ経ているから、強制執行手続はすべて合法。したがって、それに実力で抵抗すれば威力業務妨害罪で、さらに警察官の行動に抵抗すれば公務執行妨害罪で逮捕される可能性が大。
そう考えると、家の周囲にバリケードをはり、ゲバ棒の規格を超えたかなり太めの角材を手に持って、ブルドーザーや官憲を迎え撃とうという一郎の戦略戦術はかなり無謀・・・?そう思ってハラハラドキドキしながら観ていると、バリケードを突破し侵入してくるブルドーザーは仕掛けられていた穴の中に見事に落ち込んだから、これには思わず私たちも拍手喝采を・・・。もちろん、手に汗を握り固唾をのんで事態を見守っていた3人の子どもたちも、思わず「おやじカッコいい!」と絶賛。
しかし日本の官憲がそれほど甘いものでないことは当然。一郎がポイントをあげたのはその初戦だけで、その後は多勢に無勢。当然予想されるべき結末になっていくのだが・・・。しかし、それだけでは映画としては面白くも何ともない。さあ、そこで森田芳光監督が用意したアッと驚く結末とは・・・?
2007(平成19)年9月14日記