犯人に告ぐ(日本映画・2007年) |
<GAGA試写室>
2007年9月20日鑑賞
2007年9月21日記
2年前の郵政解散による9・11の劇場型選挙は圧巻だったが、今年9月23日の自民党総裁選挙は派閥型選挙に逆戻り・・・?そんな中、連続誘拐犯逮捕の切り札として「劇場型捜査」が大展開!したり顔のキャスターを尻目に、初の刑事役のトヨエツはマイクの前で犯人を挑発したが、その狙いは・・・?地位や名誉に固執する警察組織の幹部たちや、視聴率万能主義に躍るマスコミ組織の恥部を裏の軸としながら、捜査大劇場で展開される犯人の絞り込みはいかに・・・?硬軟合わせた面白さに、きっとあなたも満足できるのでは・・・?
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監督:瀧本智行
原作:雫井脩介『犯人に告ぐ』(双葉社刊)
巻島史彦(県警本部刑事総務課付特別捜査官(警視))/豊川悦司
曾根要介(県警本部本部長(警視監)、巻島の因縁の上司)/石橋凌
杉村未央子(植草の大学時代の同級生、「ニュースライブ」のキャスター)/片岡礼子
植草壮一郎(県警本部刑事総務課長(警視)、巻島の直属の上司)/小澤征悦
早津名奈(「ニュースナイトアイズ」のキャスター)/井川遥
津田良仁(足柄署刑事課主任(巡査部長)、巻島の部下)/笹野高史
巻島園子(巻島の妻)/松田美由紀
巻島一平(巻島の一人息子)/山寺優斗
韮沢五郎(「ニュースナイトアイズ」の看板キャスター)/崔洋一
迫田和範(コメンテイター、元大阪府警捜査一課長)/石橋蓮司
ショウゲート配給・2007年・日本映画・117分
<テーマは劇場型・・・>
小泉元総理の政治は劇場型政治と言われ、彼の決断による2005年9月11日の衆議院議員総選挙(郵政選挙)は劇場型選挙と呼ばれた。ところが、それから2年後の9月23日に安倍晋三前総理の辞職を受けて実施された自民党総裁選挙は、「劇場」が圧倒的に小さくなり、旧来型の派閥選挙に逆戻りしてしまった感じ・・・。
ところが、この映画で「BADMAN」と名乗る犯人による川崎連続児童殺害事件の捜査が行き詰まる中、新たに神奈川県警本部長に就任した曾根要介(石橋凌)が発案した方針は劇場型捜査。すなわち、曾根が新たに捜査責任者に任命した巻島史彦警視(豊川悦司)をテレビのニュース番組に出演させることによって視聴者からの反応を集め、その中から犯人逮捕のヒントをつかもうというものだった。
芸能ネタを中心としたバラエティである、いわゆるお昼のワイドショー的なテレビ番組は、近時東京では視聴者の減少によって視聴率がとれなくなり、次第に姿を消しているらしい。他方逆に、夜のニュース番組がどんどんワイドショー化している中、新たにニュースバラエティというジャンルが生まれているらしいが、そんなテレビをめぐる時代状況の中、劇場型捜査というのはたしかに1つの手法・・・?
<橋下弁護士の呼びかけも劇場型・・・>
現在大阪弁護士会の弁護士たちの話題によくのぼるのが、テレビでの橋下弁護士による「懲戒請求をしよう」という呼びかけに応じて、約4000件も提出された山口県光市の母子殺害事件の弁護団に対する懲戒請求の是非。そしてまた、逆に3名の弁護団員から橋下弁護士に対して提起された損害賠償請求事件の行方。これは、私が毎週見ているやしきたかじんの『そこまで言って委員会』における橋下弁護士の発言に端を発したものだが、これも橋下弁護士自身が十分認識しているように、「劇場型」問題提起・・・。
私は橋下弁護士がこんな形でこんな問題提起をしたことの正当性は全くないと確信しており、いずれ近いうちに彼もマスコミから使い捨てにされるだろうと考えている。つまり私は、「劇場型○○」や「劇場型△△」は基本的にナンセンスと考えている。私の考えでは「劇場型○○」が例外的に意味をもつのは、小泉元総理がそうであったように、仕掛ける側がマスコミをうまく利用できる場合だけ。したがって橋下弁護士のように、あるいは多くのタレントやコメンテイターがそうであるように、テレビに出演させていただき、マスコミに利用される状態での「劇場型○○」は、全くナンセンスと考えているわけだ。
するとさて、この映画における巻島警視は、マスコミやテレビをうまく利用しているの・・・?それとも、視聴率至上主義のマスコミのために利用されているだけなの・・・?
<一皮むけば人間なんて・・・?組織なんて・・・?>
この映画は、劇場型捜査によって「BADMAN」に迫っていくストーリーが表看板で素人受けするところだが、実は警察やマスコミの組織またその中で働く人間たちの醜悪さをリアルに描いているところが玄人筋に受けるところ・・・?
前警視総監を父にもつエリート警視の植草壮一郎(小澤征悦)のお坊っちゃまぶり、バカさ加減は想定の範囲内だが、一見理知的で、理想的なボスのような雰囲気をもつ神奈川県警本部長の曾根要介や自らの番組の視聴率低下に危機感を募らせているニュースキャスター杉村未央子(片岡礼子)の汚なさ、身勝手さをここまでハッキリ見せられると、きっとあなたの人間不信が募っていくはず・・・?
その点は、巻島警視を出演させることによって視聴率が倍増したと喜んでいる、ミヤコテレビ「ニュースナイトアイズ」の早津名奈キャスター(井川遥)や韮沢五郎キャスター(崔洋一)そして迫田和範コメンテイター(石橋蓮司)やプロデューサーたちも同罪で、みんな自分の立場でしかモノを見ていないし、主義主張を述べていない。
そんな醜悪な組織があり、その中に身勝手な人間たちがたくさんいるからこそ、逆に犯人逮捕のみに執念をみせる巻島警視や、6年前の2000年に巻島警視たちの捜査ミス(?)により最愛の息子を誘拐犯によって殺されてしまった父親が、息子は巻島警視によって殺されたと怨み、遂にそれを行動に移すシーンが人間的に見えてくることになるわけだ。
そしてこれは、警察の世界やマスコミの世界だけでなく、政治の世界も金融、経済、経営の世界もみんな同じ・・・。もちろん弁護士の世界だって・・・。一皮むけば人間なんて・・・?組織なんて・・・?
もっとも、人間はそれを前提として、より強く生きていかなければならないのだが・・・。
<ポイント その1─掌紋は誰のもの?>
この映画のネタばらしをするわけにはいかないが、この映画のストーリー構成については2つのポイントがあるので、その点だけは確認しておきたい。その第1は、巻島警視による「ニュースナイトアイズ」での呼びかけ(挑発?)に対して予想通り何千通ものFAXや手紙がテレビ局に送られてきたが、その中に1通、未発表の情報が盛り込まれたホンモノらしき手紙が発見されたこと。そこに書かれてある内容の分析はあなたや捜査陣に委ねるとして、ポイントとなるのはその手紙に犯人らしき人物の掌紋がついていたこと。右手でペンを持って書くときに、左の手のひらで紙を押さえると必然的に紙につくのが掌紋だ。この掌紋を分析し照合すれば、犯人の特定に役立つはず。捜査陣はこの発見に色めき立ったが・・・。
<ポイント その2─犯人のミス>
いかに完全に計画され仕組まれた犯罪であっても、人間がやる以上計画違いや何らかの偶発的ミスが発生する可能性は常にあるもの。巻島警視があえて「劇場型捜査」にチャレンジし、これでもかこれでもかと「BADMAN」を挑発しているのは、犯人がそれに対応する動きを示せば、その中で必ず何らかのボロを出すだろうという信念にもとづくもの。
「劇場型捜査」といっても、実は巻島警視がテレビで犯人に呼びかけ、それを聞いた犯人からの手紙を待つというだけの単純なもの。そんな中、某市の高速道路の植え込みの中に落ちていた「BADMAN」から巻島警視に宛てた手紙が発見されたから大変。なぜ、この手紙がここに・・・?犯人がどこかで落としたのか・・・?すると、犯人はこの近くに住んでいるヤツ・・・?等々想像が膨らんでいくわけだが、その手の推理のセンスは巻島警視を慕っているベテランの津田良仁巡査部長(笹野高史)が抜群!やはり捜査の責任者ともなれば、いい手足といい頭脳をもっていなければ・・・。
<巻島警視の家族も大変・・・>
大阪の上田潤二郎弁護士事務所の事務員木内正子さんが殺害された事件は、今大阪の弁護士の中で大きな波紋を呼んでいる。オウム真理教による横浜の坂本堤弁護士一家殺害事件をはじめとして、弁護士事務所の事務員や弁護士の家族にも依頼事件絡みで危険が迫ってくる可能性が最近増大しているから、弁護士稼業は大変。しかし、刑事稼業は犯人の逮捕毎に犯人やその周辺の人たちの恨みをかうから、もっと大変・・・。ましてや、夫がテレビのニュース番組で悪役として映し出されれば、情報社会の現代ニッポンではそれだけでもう大変・・・。
2000年の桜川健児少年誘拐事件で、当時神奈川県警の刑事部長であった曾根から「責任者は誰だ?」と言われて、その責任を一身に負わされた巻島警視は、マスコミ対応のミスも重なって、その後は神奈川県警から足柄署に左遷されることになった。そのうえ誘拐犯人によって息子を殺された健児君の父親からは、息子の仇と恨まれる立場に・・・。
そして6年後の今、神奈川県警刑事部長から見事に神奈川県警本部長に出世した曾根警視監の要請(?)によって「劇場型捜査」の責任者に指名された巻島警視は、テレビでの露出度を増していけばいくほど「BADMAN」の標的にされることに。
そんな夫と結婚した妻の園子(松田美由紀)も大変なら、事件に何の関わりもない一人息子一平(山寺優斗)も大変。もっとも、そんなおやじの仕事上の大変さは、妻も子どもも理解してくれているはず・・・。巻島警視はもちろん、私を含めて多くの男たちは勝手にそう考えているのだが・・・。
<ローラー作戦は法的にも物理的にも・・・?>
雫井脩介の原作を映画向きにうまく脚本化したこの映画は、巻島警視による数回のテレビでの呼びかけをストーリー展開の表の軸とし、権力欲や視聴率そしてライバル同士の嫉妬心などの人間的な欲望の展開を裏の軸としながらスリリングに展開させていく。そして巻島警視による犯人への最後の呼びかけが、「犯人に告ぐ。お前はもう逃げられない。・・・今夜は震えて眠れ」という断定的で確信に満ちたものだった。
私が思うに、この巻島警視はたしかに人間的な心を失わない、今ドキ珍しい刑事らしい刑事。しかし同時に人並みの出世欲や名誉欲そして自己顕示欲も持ちあわせているうえ、ちょっと自信過剰気味という欠点も・・・?それが6年前の桜川健児少年誘拐事件の際も、「大丈夫です。警察にまかせて下さい」という軽々しい発言につながり大失態となったのだが、今回のこの自信に満ちた犯人への呼びかけの根拠は・・・?
大きなお世話ながら、私がそんな心配をしていたところ、彼が今一気にやり切ろうとしているのは掌紋照合のローラー作戦。つまり、犯人が住んでいる地域が限定されたとして、その地域に住む住民全員の掌紋照合を行うというものだ。その狙いは、照合を拒否して逃走しようとするヤツをあぶり出すことだが、何万世帯もの住民全員にそんな調査をすることはホントに可能なの・・・?もちろんその照合は任意だから、そもそも照合に応じてくれる人は50%にも満たないのでは・・・?このように、弁護士の私が考えるには巻島警視が立案したこのローラー作戦は、法的にも物理的にも不可能に近いもの・・・?したがって、それを前提として、あんなに断定的に犯人に呼びかけたのでは、数日後ローラー作戦が失敗すると、再び巻島警視は左遷されることになるのでは・・・?
<スリリングな伏線がもう1つ・・・>
思わず私はそんないらざる心配をしたのだが、映画がそんな展開にならないのは当然。さあ、犯人逮捕に向けて次第に包囲網は絞られていったが、ホントに数万人の住民の中から犯人を絞り込むことができるのだろうか・・・?
そこで犯人絞り込みのために活用されたもう1つのメルクマールが、○○色と△△色というキーワード。実は、私が赤緑色弱であることを知ったのは小学生の時。つまり赤と緑の識別が難しいわけだが、本人はもちろんそのことを何も自覚していない・・・。犯人がテレビ局宛てに出した手紙には、なぜか被害者の服装の色について○○色と△△色を間違って書いていたが、それはホントにまちがいなの・・・?それとも、識別能力がなかったの・・・?それが1つの大きなポイント。したがって、ローラー作戦の実行にあたっては巧妙にそんな点のチェックも・・・?
そんな用意周到そして神奈川県警の威信をかけた大ローラー作戦だったが、その作業が佳境に入っていく中、巻島警視の携帯にある男から、「お前の息子を預かった。命が大切なら○時に△△に来い」との声が・・・。さてこれは誰・・・?追い詰められようとしている「BADMAN」が包囲網から脱出するため、あるいは捜査陣と取引するための窮余の一策・・・?
そんなスリリングな伏線を最後に用意しながら、ストーリーはいよいよクライマックスへ。さて、そこにはどんな結末が用意されているのだろうか・・・?久々にみるスリリングな展開に、あなたはきっと満足するはず・・・。
<トヨエツの新境地がまたひとつ・・・>
トヨエツこと豊川悦司の最近の活躍ぶりは目覚ましいものがある。元過激派ながら少年の心を永久に失わない男(?)をコメディタッチで演じたトヨエツを9月13日に『サウスバウンド』(07年)で観たと思ったら、その1週間後の9月20日にはシリアスな刑事役のトヨエツを観ることに・・・。私の情報では、近々公開される森田芳光監督の『椿三十郎』(07年)でも彼は重要な役で出演しているというから、すごい。
本格的な映画デビュー作である『12人のやさしい日本人』(91年)の時からその芸達者ぶりは際だっていたが、『愛の流刑地』(07年)でのおいしい役(?)を含めたくさんの個性的な役を演じてきたトヨエツが、『犯人に告ぐ』では、犯人逮捕に執念を燃やす人間味豊かでシリアスな刑事役で、新境地を・・・。
<しっかりした原作があればこそ・・・>
竹内結子と沢尻エリカの、スクリーン上ではスムーズながら舞台裏ではかなりツンツンした「共演」が、近時芸能バラエティ番組で話題を呼んでいるのが、私が8月17日に観た『クローズド・ノート』(07年)。一方でこんなしっとりした原作を書きながら、他方でミステリー性と問題提起性に富んだ作品『犯人に告ぐ』を書いたのは、2000年に第4回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作品『栄光一途』でデビューし、今や日本を代表するベストセラー作家となった雫井脩介。
もちろん私はこの原作を読んでないが、2005年に第7回大藪春彦賞を受賞したこの原作に映像化のオファーが殺到したのは当然。原作には警察やマスコミの組織の中でうごめく人間模様や生々しい権力関係のサマが赤裸々に描かれているはずだが、そういうテーマは本来映像化が難しいもので、下手するとハデな「劇場型捜査」の表面ヅラだけを追うくだらない映画になってしまう危険がある。もっとも、『DEATH NOTE(デスノート)(前編)』(06年)、『DEATH NOTE(デスノート) the last name』(06年)では夜神月(ライト)とLのキャラを全面に押し出しながら、「劇場型捜査」のゲーム的面白さで大成功したが、『犯人に告ぐ』は2時間の枠の中で組織や人間のあり方に大きなウエイトをあてることによって深みを加えることに大成功している。それには瀧本智行監督や脚本の福田靖氏の功績大だが、それもこれも、しっかりした原作があればこそ・・・。
2007(平成19)年9月21日記