onceダブリンの街角で(アイルランド映画・2006年) |
<GAGA試写室>
2007年10月17日鑑賞
2007年10月18日記
ミュージカル映画ではない、音楽と映画が見事に融合した珠玉の名作が登場!ストーリーは至ってシンプルで、タイトルどおりの男女の出会いと別れを、美しい音楽が紡がれる中で描くもの。最近の、ヤケに長くかつ複雑・難解な映画が多い中、一服の清涼剤に・・・。
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監督・脚本:ジョン・カーニー
ストリートミュージシャンの青年/グレン・ハンサード
チェコから来た移民の女性/マルケタ・イルグロヴァ
ショウゲート配給・2006年・アイルランド映画・87分
<ダブリンはどこの都市・・・?>
この映画の原題は「ONCE」。ところが、邦題は日本人にも映画の雰囲気がよくわかるよう、それに「ダブリンの街角で」を加えている。しかしそれでも、ダブリンがアイルランドの首都ダブリンを指すものであることがわからなければ、この映画の良さが、そしてまた主人公のストリートミュージシャンの青年の歌の良さもわからないはず・・・。したがっていつも言うことだが、映画の良さを理解するためには、一定の勉強が必要。そこで、アイルランドの首都「ダブリン」の街と音楽にはいかなる関係が・・・?
<「ザ・フレイムス」とは・・・?>
それを正確に知るには、アイルランド出身のバンドとして有名なU2のボノや世界的な人気を得ている女性ミュージシャンのエンヤだけではなく、U2世代を代表するロックバンドとして「ザ・フレイムス」がアイルランドで根強い人気を得ているということを知る必要がある。また、主人公の青年を演ずるグレン・ハンサードが、「ザ・フレイムス」のリーダーであることを知る必要がある。さらに驚くことに、この映画を監督・脚本したジョン・カーニーは、元「ザ・フレイムス」の初代メンバーでベースを弾いていたミュージシャンとのこと。
U2やエンヤを生んだアイルランド国民の音楽性の高さは世界的に有名だが、この映画はそのタイトルどおり、ダブリンの街角で起きた、たった一度の出会いを、音楽で綴った美しい物語・・・。
<サンダンス映画祭に感謝!>
夕張市が財政破綻し、1992年2月の福岡県旧赤池町(現福智町)に続いて、15年ぶりに財政再建団体に指定されたのは、2007年3月のこと。これによって、世界的に有名だった「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」の継続が危うくなったことは周知の事実。
他方、2007年10月17日付朝日新聞は、山形国際ドキュメンタリー映画祭で中国の王兵(ワン・ビン)監督の『鳳鳴(フォンミン)─中国の記憶』が大賞ロバート&フランシス・フラハティ賞に選ばれたことを報じたが、各地で行われているこんなユニークな映画祭は何とか存続してほしいもの。
そういう視点で考えると、アメリカにはサンダンス映画祭がある。これは俳優であり映画監督でもあったロバート・レッドフォードが私財を投入して1978年から始めた映画祭で、映画製作者たちをユタ州に惹きつけることを目指したもの。巨額の製作費を投じるメジャー系の映画ではなく、インディペンデント(独立)系の映画を集めたユニークな映画祭だ。サンダンス映画祭から育った映画は『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99年)や『セックスと嘘とビデオテープ』(89年)などたくさんあるが、『onceダブリンの街角で』もその1つ。すなわち、この映画は2007年サンダンス映画祭で観客賞を受賞したことによって口コミで一気にその人気が広がり、全米のマスコミ、批評家の間で大絶讃されたとのこと。もちろんそんな事情がなければ、日本でこんな珠玉の作品を楽しむことはできなかったはず・・・。したがって私としては、とりあえずサンダンス映画祭に感謝!
<なぜチェコからの移民が・・・>
『ギャング・オブ・ニューヨーク』(01年)や『プルートで朝食を』(05年)を観ても、アイルランドという国は貧しく、アメリカへ移民したアイリッシュたちはみんな差別と貧困で苦しんでいるものと思っていたが、この映画のプレスシートを読み、今やそれは完全に過去のものであることを知ってビックリ。すなわち、松山晋也氏の「アイルランドの今日とリアリティ」によれば、「1990年代初頭、国民1人あたりのGDPは日本の1/3ぐらいだったが、今は日本をはるかに凌駕し、世界でもトップを争うほどだ。ダブリン市内はもちろんのこと、かつては牧草地が延々と続いていた地方の田舎道沿いにも瀟洒な新興住宅が立ち並ぶなど、国中で建設ラッシュが続き、物価も高騰の一途を辿っている。そうした経済活況をあてに、昨今は東欧やアフリカなどからの移民も大量に流入するようになっている。レストランのウェイトレスやホテルのメイドなどは、今や大半がポーランドやルーマニアから来た女性だ。かつて、移民の代名詞だったアイルランド人が、今や金持ちになって移民を受け入れる時代なのである」とのことだ。
しかして、この映画に登場するもう1人の主人公はチェコから来た移民の女性(マルケタ・イルグロヴァ)だが、そんな現在のアイルランドの経済情勢を知ればそんな設定にも納得。プレスシートによれば、マルケタ・イルグロヴァも「自身で作詞、作曲をこなす新鋭シンガーソングライターであり、若干19歳で本作で共演したグレン・ハンサードと共に音楽アルバム(「The Swell Season」)をリリースし、豊かな才能を証明した」とのことで、ピアノの弾き語りで聞かせる美声は一級品。
もっとも映画のストーリー構成上、彼女は夫をチェコに残し、今は母親と一人娘と共にアイルランドで花を売って生活しているという設定だから、その年齢が全然わからなかったが、実際は何と1988年生まれ。したがって19歳の彼女に、子持ち役をやらせたのはちょっとかわいそうだと私は思ったが・・・。
<やっぱり、オリジナル曲が・・・>
大阪北新地を夜遅く自転車で自宅に戻っていると、いつもの位置でいつものストリートミュージシャンが歌っている。新地本通りを東に抜けた信号前で歌っているのは、ここ数年同じ顔のお兄ちゃん。かぐや姫の『妹』やバンバンの『いちご白書をもう一度』など私がカラオケでよく歌う歌をいつも歌っているが、私が聴く限り私のレベルとあまり変わらない感じ(?)だから、彼のメジャーデビューはまだまだ先・・・?
それはともかく、そのお兄ちゃんとこの映画に登場するストリートミュージシャンとの大きな違いは、オリジナル曲を歌うかどうかということ。やはり自分を売り込むには、他人の曲をまねるだけではダメで、オリジナル曲をつくって歌わなければ・・・。
ある夜、青年の前に立った1人の女性が感動しながら聴いていたのは、彼のオリジナル曲。そして、そんなオリジナル曲の良さに彼女が気付いたのは、彼女にも音楽的才能が満ちあふれていたから・・・。
<見事に音楽と映画の融合が・・・>
ジョン・カーニー監督が、「僕は元ミュージシャンとして、音楽を使ったシンプルなラブストーリーをずっと作りたいと思っていたんだ。」と言っているとおり、この映画は音楽と映画が見事に融合した作品となっている。私はミュージカル映画が大好きで、それまでふつうにセリフをしゃべっていた人間が突然歌い出したり踊り出したりすることにあまり違和感を覚えない方だが、私の友人にはそれが気に入らないという人も多い。しかし、この映画はそういう不自然さが全くなく、ストーリーの中に歌を取り込み、その歌を自然に観客に聴かせるものになっている。
また面白いのは、この映画の2人の主人公には名前がないこと。ふつう男女が出会った場合、まず最初に自己紹介をするものだが、この映画ではあえてそれをしないうえ、音楽を通じて心が結ばれていく中でも互いの名前を明かしていない。ラブストーリーとしてこれはきわめて不自然なはずだが、観ていてそれに気付かない人も多いのでは・・・?私もそんな1人で、そのことに気付いたのは字幕にGUYとGIRLと表示された時に、「あっそうだった」と気付いた次第。なぜ、そうなるのか・・・?それは、決して観客がボケているからではなく、ストーリーよりも青年が歌う歌に集中し、聴きほれてしまっているから・・・。
<音楽シーンの見どころがいっぱい・・・>
87分というシンプルなこの映画には、音楽シーンの見どころがいっぱい。まずは冒頭の、ストリートミュージシャンとしてオリジナル曲『Falling Slowly』を歌うシーン。続く、楽器店での彼のギターに合わせた彼女のピアノ演奏のシーンも興味深い。
そして音楽のハイライトは、彼がデモ用のCDを製作するシーンと休憩中に彼女が彼の要望に応じて1人ピアノの弾き語りをするシーン。熱気を帯びたレコーディング風景の中で響きわたる彼のギターと美しい歌声は実に圧巻。逆に「オリジナル曲を・・・」との要望に応じて彼女が弾き語る曲はチェコに残っている夫への想いを綴ったものだが、現在の微妙な心理状態の中、彼女は泣き崩れてしまうことに・・・。
またラストには、覚えやすいメロディラインの『Falling Slowly』(それとも『Say It To Me Now』?)の歌声が歌詞が表示されながら響きわたってくるから、思わずあなたもそれを口ずさむはず・・・。そんな風に、この映画には音楽シーンの見どころがいっぱい。
<ラブストーリーの結末は・・・?>
最近の映画は2時間を超えるものが多く、ストーリーも複雑・難解なものが多い。その点この映画はきわめてシンプル。それでも、この映画のラブストーリー構成上のポイントは2つある。その第1は、掃除機の修理を終えた後、彼が彼女を誘った自分の部屋の中でのシーン。そこで思わず、彼は「泊まっていかない?」と聞くのだが、会ったばかりの彼女に対してこれがまずかったのは当然。しかして、そのはね返りは・・・?
第2は、はじめて彼が彼女の部屋に招かれた時。当然彼はそれなりの興味と期待をもって部屋に入ったはずだが、そこには英語をほとんど話せない母親がいたばかりか、何と彼女の娘まで・・・。「そりゃ、ないよ」と、一瞬彼は自分の目を疑ったはずだが・・・。
そんな男の思惑のズレ(?)を抱えながらも、デモCDの完成後彼は一緒にロンドンに行こうと誘うのだが、さてそれに対する彼女の反応は・・・?きっと彼女も一瞬、一緒に行こうと考えたはずだが、「母も一緒に・・・?」との質問が出されると・・・?
そこからはいろいろな展開が予想されるが、この映画が描く結末は至ってシンプル。さてそれはハッピーエンド、それとも失恋模様・・・?あなたの予想は・・・?
2007(平成19)年10月18日記